二百十話 ココとチコ
「来たぜ、来たぜー! 子猫人族を見にここまで来たぜー!」
「子猫の猫人族、略して子猫人族ですか~?」
「う~・・・・寒いよぉ~・・・・」
今日は待ちに待ったトリーの赤ちゃんとご対面だ。
いつもはツッコミ役をしているヒカリも、寒さのせいか構ってくれなくて少し寂しい。
ユキは基本俺の発言を受け入れてしまうのでこういう時に困るんだよな。天然ボケのお調子者にツッコミは荷が重すぎる。
あ、今日は赤ちゃんと会うと言うこともあってユキは平常モードだ。冬のハイテンションだと絶対怒られるし泣かれる。
フィーネが「もしご迷惑を掛けたらマヨネーズを炎の精霊で焼き尽くしますよ」と、ユキにとっては筆舌に尽くしがたい拷問をすると脅しているので大丈夫だろう。
ヒカリが無理をしてまで一緒に来たのには理由がある。
この間まで彼女が最年少の猫人族だったけど、双子が生まれたことで先輩になったから、お姉さんとしてお世話をしてあげようと言う割とどうでもいい理由が。
まぁ産休を終えたソーマとトリーは溜まった仕事を片付けないといけないみたいだから助かるとは思う。
アリシア姉も誘ってみたんだけど、ヒカリとは違って赤ちゃんが苦手らしく「行かない」と断られた。
・・・・もしかして昔、チョッカイをかけられた俺が号泣したからトラウマになってるんだろうか?
大勢で行っても迷惑になると言うことで、俺達3人がオルブライト家を代表してソーマ夫妻の家へやって来ている。
商店の裏側にある専用階段を上り、店とは少し違う雰囲気の2階建ての建物こそ2人が寮長をする仕事場兼自宅のロア商会の寮だ。
家族連れ専用で、厳しい審査があるにも関わらず10組分の寮は満室状態。
ロア商会の中でも特に人気の物件らしく、住んでる連中は結構な頻度で「お前引っ越さないの?」と脅されるんだとか。
通勤に便利な最高級住宅に家族全員が無料で住めると考えれば当然だろう。
あ、寮とは言っても実質一戸建て。家が10個入ってる箱だと思ってくれ。
そんな巨大空間に入った俺達が向かったのは、寮長だからなのか他より少し豪華な造りをした玄関。
この向こうがソーマ夫妻の家だ。
俺が入るのは3度目。
1度目は引っ越し祝いとして探索させてもらい、2度目は・・・・今日と同じく赤ちゃんを見に来たはずなんだけど記憶がない。
だから俺からしてみれば冬に生まれた双子ちゃんとは初対面なのである。
「「いらっしゃい」」
事前に連絡していたので俺がノックしたらソーマとトリーが玄関を開けて歓迎してくれた。
・・・・刺股を構えて。
刺股ってほら、あの強盗とか暴漢を取り押さえる先端がUの字になった棒の事だ。
2人はそれを『持って』じゃなくて『構えて』いる。
あとは手を突き出せば俺の身動きを封じれる状態だな。
ただし驚いてるのは俺だけで、ヒカリ達は『当然』って顔をして黙っているし、夫妻も人間違いをしたわけではないようで一向に刺股を手放さない。
「おい、なんだその捕具は?」
「ルーク覚えてないの? 前に来た時、獣人の赤ちゃんを見て発狂したんだよ?
だから今回は暴れ出す前に取り押さえておこうって考えなんじゃないかな」
「サッパリ記憶にございません。
大体そうだとしても魔獣じゃあるまいし、7歳の子供相手にそこまで神経質にならなくてもいいだろ?
仮にも恋のキューピットに対してなんて扱いだ」
久々に会った相手からそんな事をされて不機嫌になると、俺以外の全員が白い眼をしていた。
え? そんなに?
「ルークさんは寝てた『ココ』と『チコ』の耳や尻尾を舐めまわそうと飛び掛かったにゃ」
どうやら以前の俺は、生まれたばかりで穢れを知らない茶色のモフモフを見て理性のネジが吹き飛んだらしい。
トリーは子供達が肉食獣に食べられると思った、と言う。
動物大好きな人がその赤ちゃんを初めて見たら、そりゃそうなるって。写真とかテレビが無いんだから本当に初めてだ。
「『うがぁぁぁっ!!』って吠えてたよ」
その姿はまさに獲物を狙う魔獣そのものだったようだ。
まぁそんな声を出すのは人間じゃないな。
「ユキ様が取り押さえたから安心した瞬間、その拘束を振りほどいてベッドに突進したんだよ。もう僕達は恐怖で動けなかったね」
『あの』ユキに捕まえられてもなお抵抗して脱出に成功したらしい。
人間やれば出来るもんだな。
「流石にあの状態のルークさんに赤ちゃんを触らせるわけにはいかなかったので、氷漬けにして動きを封じたんです~」
まさか逃げられると思わなかったユキが全力で拘束した結果、俺は完全に意識を失ったらしい。
ユキの魔術って人間に使ったら死ぬんじゃないの?
俺、別に魔術耐性があるわけじゃないよ?
まぁそこまで言われたら弁明のしようもないので、俺は大人しく拘束されることにした。
だってそうでもしないと赤ちゃん見せてくれそうにないし・・・・。
「ところで、茶色いから『ココア』『チョコ』を文字って『ココ』『チコ』って名付けたわけじゃないよな?」
「え? その通りだけど?」
「皆を笑顔に出来る人になってもらいたかったにゃ。甘い物を食べれば皆ハッピーにゃ」
嫌な予感は的中してしまった。
その真実は本人達に伝えないであげてください。きっとグレます。
・・・・あ~、でも甘そうな名前だから俺もペロペロしたくなっちゃったな~。チョコレートと間違えて口に入れちゃうかもな~。
俺は心の中で誰かにそう言い訳をした。
とにかく俺を信用できないと言う面々。
その警戒は双子の赤ちゃんが寝ている部屋まで来ても変わることはなく、ベッドから半径5m以内には近寄らせてもらえず、扉の外側から眺めるだけだ。
「だ、大体! 可愛いものを愛でる事のどこがおかしいって言うんだ!?
可愛いは正義、可愛いは最強、可愛いは世界を幸せにするんだぞ!」
「「「ルークはやりすぎ(だにゃ)」」」
くっそ~、ここからじゃよく見えない。
ただ遠目から見てもそこに天使が居ることは理解できた。
顔はサルみたいだから可愛いとは思わなかったけど、猫耳と尻尾は別だ。
いくら見てても飽きないし、それ等を兼ね備えた赤ちゃんが可愛くないわけがない。
あの丸まってる茶色い塊をモフモフ出来ないだと!?
なら何のためにここまで来たんだ!?
あの尻尾や猫耳をちょっと口に入れてモギュモギュさせてくれるだけで良いんだぞ!
ケモナーならわかるだろ!?
わかるって・・・・わかるって言ってくれよぉぉぉぉおおおおおおぉぉーーーーーっ!!!!
「うがぁぁぁーーーっ!!」
「「せいっ!」」
我慢できなくなった俺はソーマ達の拘束を振りほどき、天使が寝ているベッドに近づこうとして意識を失った。
・・・・あれ? ここはどこ? 私は誰?
目覚めると見たこともない天井、そしてベッドの上だった。
「おはよう。ここは商店の仮眠室だよ。
ルークはまた理性を無くして飛び掛かったから気絶させて運び出したの」
どうやら同じ家に置いておくことすら危険と判断されたようで、寮の下にあるロア商店で寝かせられていたらしい。
同じ過ちを繰り返すなと言われたけど、あの可愛さは反則だ。仕方ないじゃないか!
「前回の教訓を生かして拘束では不安だったので、鳩尾と首元を私とヒカリさんの2人で同時攻撃しました~」
「だから、それ一歩間違ったら死ぬんだって。軟弱で貧弱な子供になんてことを・・・・」
当たり前だけど俺が何を言っても聞いてくれなかった。
しかしこのままでは双子ちゃんを愛でる事すら出来そうにない。
「くっ、俺にはまだ階位が足りないと言うのか・・・・っ!」
これは猫の手食堂でモフモフして修行するしかないだろう。
「ルークが言う階位が何なのか知りたくもないけど、2人が大きくなるまで待つのはダメなの?」
「おいおい冗談だろ? 幼少期にしかないモフモフがあるんだぜ(キラァン!)」
それから俺は憂さ晴らしとばかりにユキとヒカリに獣人の素晴らしさを語り聞かせた。
「ねえ聞いて聞いて。生まれたての子猫ってね、前足をふみふみさせて甘えてくるんだよ。お乳の出をよくするために前足で揉むんだって。その時の感触や幸せな気持ちを思い出したいから毛布とか温かくて柔らかい物に触れるんだって。可愛いよね。
それとさ・・・・・・」
(あれって犯罪者の考え方だよね?)
(その時にしかない輝きがある、とか言って変態行為に走る前に何とかするべきですね~)
・・・・ねえ聞いてる?
メリークリスマス!
それだけです。別にイベント用の話はありません。