二百九話 ボーンロード
骨について語り合って仲良くなった指導者ホネカワ。
そんな彼との特訓がようやく始まる。
『俺のところでは回避を身につけてもらうぜ。あれを見な』
ホネカワがそう言って先の道を指さした瞬間、洞窟の天井、壁、床、ありとあらゆる場所から骨が生えてきた。
デフォルメされた骨だったから良かったものの、リアリティのあるやつだったら失神ものだ。
『ああ、ジョセフィーヌの奴から耳にタコが出来るぐらい言われたからな。骨だから絶対ありえないけど。
人骨見たらルークは気絶する、ヌイグルミみたいな骨にしろって』
ありがとうジョセフィーヌさん。流石はダンジョン1の人格者。
俺はその気遣いに心の中で感謝し、次会ったらお礼を言おうと誓った。
「あの骨を避けて進む訓練なのか?」
だったら簡単そうだ。
乱雑に生えているように見えて、実は適度な間隔で足の踏み場があるから、前回やった崩れる足場と同じようなものだろう。
『いんや、今は生やしてるが訓練中は引っ込んでて、そこからさらに伸びてくる。
言ったろ? 回避能力を鍛えるって』
「なるほど、反射神経・・・・いや魔力で感知能力を身につける訓練か?」
ドッヂボールで避け続ける感じかな。もしくは目を瞑ってても気配を感じて『そこっ!』って出来るとか。
と、思ったらそれも違うらしい。
『お前が本気で冒険者になろうってんなら第六感を鍛えても良いが、そうじゃないなら無駄になる。ってかどうせ才能ないから出来やしない』
「まぁな!」
自慢じゃないが戦闘技能を習得出来るとは思えないし、感知魔術とか覚えても使いどころが思いつきません。
『だったら目を鍛えろ。攻撃を見切れるようにしろ。見えない攻撃をする奴からは全力で逃げろ。
俺の考える回避は逃げる事だ』
「身も蓋もないな!?」
『おいおい、俺は生き延びる術を教えてやってるんだぜ?
「命を掛けたら何とかなる」とか「弱点を突ければ勝てる」なんてのは死にたがりのやる事だ。大抵の場合、戦う前から勝敗は決まってるんだよ。
それを初撃で察して逃げた奴が長生きできる』
ホネカワが語ったのは俺が考えていたのと同じ事だった。
普通の人生において挑戦するのは良いが、冒険する必要はない。
命を掛けて戦う場面なんて来ないし、逃げ回ることで解決する道だってあるのだ。
「俺もお前に会えて良かったよ」
理想の特訓だと大手を振って喜んでいたのも束の間、ここからスパルタ特訓が始まる。
『んじゃ、やってみろ。
飛んでくる骨自体は骨粗鬆症もビックリのスッカスカの骨だから安心しろ』
「おう!」
意気揚々と『ボーンロード(命名ホネカワ)』に足を踏み入れた俺を襲ったのは超高速の骨。
それが3本。
「ぐえっ!?」
たしかに俺に当たった瞬間砕けるような脆い骨だけど、雪玉ぐらいの威力はあった。
何より・・・・見えない。
俺は急いで助けを呼んだ。
「ホネカワさーん! ホネカワさん!! 全然見えないんですけど!?」
『あん? 当たり前だろ。見えてたら訓練にならないじゃん。見えない物を見えるようにする訓練だぞ?』
ま、まさか・・・・この速度を見切れと!?
『絶望』と言う名の訓練を始めてしまった俺は、骨まみれになりながらその道を駆け抜けた。
走っただけでも疲れたのに、その上無数の骨に突かれた俺は出口で倒れこんだ。
『酷い有様だな』
「・・・・うっさい・・・・見えないのに回避しろとか無理ゲー過ぎる」
全身真っ白の俺を見てホネカワは『仲間、仲間』と嬉しそうにしているけど、そんな事より俺はこの服を洗濯するであろうフィーネやエルのお説教が怖くて仕方なかった。
はぁ・・・・帰りも同じことをするのか・・・・。
『訓練の趣旨を間違えるなよ。耐久度を上げる目的じゃねぇぞ? 避けろ避けろ』
「できるかっ!」
俺の言葉を聞いたホネカワは『やれやれ』と言いながら壁と壁の間に細いけど目視できる線を作った。
『んじゃこれを見てろ。
(バシュッ)・・・・何が見えた?』
「骨」
何かが発射される音と同時に、白い骨が線の上を飛んでいくのが見えた。
『今通って来た道と発射速度は同じだ。違うのは通過する場所に目印がある事と、タイミングを知っていた事。
それが見えたってんなら、つまりは集中力の問題なんだよ』
たしかに今のを避けろと言われたら出来たかもしれない。
ただあくまでも1本に集中したらって話で、数百単位のランダム攻撃に対処するのは不可能だ。
『けけけっ! ここはなぁ・・・・それをする場所なんだぜぇ~』
ホネカワはニヤニヤしながら俺に近寄って来た。
「い、いや・・・・来ないでぇぇぇえええええぇぇぇーーーーっ!!!」
『満身創痍』
今の俺にピッタリな言葉だ。
あれから地獄のような骨責めに遭った俺は、物凄い疲労感に襲われながら地面に倒れている。
特に目が酷い。
縦横無尽に飛び交う骨を見続けたから、使い過ぎでかつてないほど充血していると思う。ってか酔った。
『まぁまぁだな。やっぱり最初に最高難易度を経験させたら大抵の事じゃ弱音を吐かなくなるな』
「・・・・わざとか」
『おうよ! ボーンロードはアリシアもヒカリも成功しちゃいないし、言っちゃなんだがあれを無傷で走り切れるなら絶対冒険者になるべきだ』
つまりコイツは俺の心を挫くためにあえて無謀な挑戦をさせたのだ。
そりゃその後の訓練は楽に感じるさ。
数字の書かれた骨を見るだけとか、1本の骨を躱し続けろなんてお茶の子さいさいよ。
『ならなんでそんな白いんだ? ボーンロードの汚れは落としたはずだぞ』
「あくまでも難易度を比べたらって話だ。出来るなんて一言も言ってない」
目の限界を迎えた俺の訓練は予定より早く終わったんだけど、アリシア姉達がもう少し頑張るらしいので待つことにした。
ダンジョンについて聞きたかったから丁度いい。
『どうよこの部屋。俺1人でコツコツ作ったんだぜ』
骨だけにコツコツってか。
案内されたのはホネカワが暮らしていると言う骨の小屋。
まぁ全部骨で出来てるってこと以外は普通の部屋だな。
来客用のティーカップに紅茶を入れてもらって一息ついた俺は早速質問を開始した。
「気をつけた方がいい事ってある? ジョセフィーヌさんとホネカワしか知らないんだけど、怒るワードとかタブーとかあったら教えてくれ」
皆良い人だとは聞いてるけど触れられたくないことだってあるだろう。
ならわざわざ不愉快な思いをさせることはない。
『あぁアイツな。俺の鎖骨を使っても貫けない皮膚を持ち、密度たっぷりの骨を砕く拳、俺に近い速度で動ける尋常じゃない脚力。骨の折れる相手だぜ』
「いやジョセフィーヌさんの情報は良いから。あの人まず怒らないから。
俺が聞きたいのは怒る人の事! んで全部骨で例えるな!」
『居ねえな』
・・・・そうですか。
「ところで礼儀正しい連中だって聞いてたけど、ホネカワは随分言葉遣いが雑じゃないか? それこそヤンキー上がり丸出しだ」
礼儀正しいとは言っても、全員が全員ジョセフィーヌさんやゴーレムさんみたいな雰囲気じゃないのかもしれない。
『俺みたいなヤツは多いんだぜ?
まぁ理由は簡単。最初猫を被ってたからだ。
初めてフィーネさんを見たときは震えたね。敵意はなかったが「どんな魔獣か確かめる」って目が笑ってなかったんだ。とてもジョークを言える雰囲気じゃなかった』
当時の事を思い出して全身の骨をカタカタ鳴らすホネカワ。
フィーネもここの連中が敵か味方か判断するためにあえてそうしたんだろうな。ってか『さん』付けで呼ばれてんのか。
ちなみに生みの親であるベーさんは感謝と尊敬の念を込めて『マスター』と呼んでいるらしい。
この巨大なダンジョンについても聞いてみた。
ヨシュアの3割ほどの大きさの階層が13個。
もしかしたら地面の下にあると言う深層まで届いてるような気がしてたんだ。
『あぁ~、居た居た、少し強い連中が。
喧嘩売ってくるヤツは叩きのめしたけど、考えてみりゃ俺等が侵略者だな。けけけっ』
「笑い事じゃねぇよ・・・・。
ロア商会が恨まれたらどうすんだ!? 知能がある魔獣も居るだろうよ!」
『そんときゃ俺等がダンジョンから出て行って追い返すさ。戦いが嫌いな奴も多いが責任は取らせる』
俺の脳内にベルダンから這い出してきた13体の強者が世界中を蹂躙する光景が浮かんだ。
それって今やってる商会活動だけじゃなくて、冒険者としても有名になるって事ですよね?
俺の平穏・・・・。
あ、元から無いか。んじゃどうでもいいです。
その後、俺以上にボロボロのアリシア姉達と共にまったり帰った。
戦闘目的の2人はダンジョンについて詳しく聞いた事がなかったらしく、俺の話を聞いて驚いてたな。
「もしかしてあの壁を崩せば・・・・」とか言ってたけど無視した。
どうせ世界一強固な壁なんだ。考えたところでどうしようもないだろう。