二百七話 ルーク初めてのダンジョン2
あれからいくら説明してもジョセフィーヌさんは『冗談ばかり』と笑うだけで埒が明かなかったので、嫌々ながらと戦ってみることにした。
もちろん彼女は受ける一方で絶対に攻撃しない約束だ。
「せいっ!」
ぺちん。
『・・・・』
「てや!」
ぽこん。
『・・・・・・』
「ヘッドローーーック!」
きゅっ。
『・・・・あ、あの・・・・本気・・・・ですよね?』
あれだけ説明したのにまだ信じていなかったのか、ジョセフィーヌさんは俺の放つ正拳突きや回し蹴りを棒立ちで喰らって、そのあまりの弱さに『そ、そんな・・・・』という驚きの表情を見せる。
「だから言ってんだろ!? 人間の子供はこんなもんなの!
テコの原理を使わないと鉛筆も折れない非力な存在なの!」
『数㎝の木の棒すら!?』
ツルツルな紙が普及し始めたので、黒鉛と粘土を練り合わせて作った芯を使用した鉛筆も量産していて、このダンジョンのある山からも木材を提供していただいている。
だから彼女も鉛筆を知っていたのだろう。
「やってみせましょう」
流石にそれはない、と笑う彼女の指を曲げようと、俺は渾身の力を込めた。
当然微塵も曲がらない。
『はぁ~、驚きですわ。よく繁殖してこられたものです』
「そんな世界の神秘に感心したような声出すなよ・・・・。
まぁ実際ここまで力の差があるのになんで人類が繁栄しているのかわからないけどさ」
『ですわね~』
俺達は摩訶不思議なアルディアの環境について「あ~でもない、こ~でもない」と意見を出し合い、考古学者の気持ちを少し理解した。
無駄な時間のように思うかもしれないけど、それによって彼女はようやく俺の実力を把握してくれたのだ。
「ところで他にも指導者が何人か居るらしいけど、もしかして俺毎回こんなことをしないとダメなのか?」
交流を深めるって意味ならやるけど、いちいち説明するのは正直言って面倒臭い。
それなら趣味とか好みの異性とか聞いた方がまだ有意義な気がした。
『それもそうですね。わかりました、次回までにワタクシの方から皆さんに伝えておきます。
全員、アリシアさんやヒカリさんが下の方だと思っていたもので、彼女達に合わせたダンジョンにしていますから』
「あの規格外の魔法剣士と万能獣人を最低ランクだと!?
同年代なら最強クラスなんだぞ。ガチで底辺の俺と一緒にするんじゃない」
『どうやらそのようですね。ビックリです』
俺の意見に共感したジョセフィーヌさんが説明しておいてくれるようなので助かる。
何はともあれ、これで俺に見合った訓練が出来るだろう。
太陽も時計も無いから具体的な時間はわからないけど、一切トレーニングする事なく俺がダンジョンに入ってから1時間ぐらい経った頃。
趣味は動植物の世話だと言うので2人して家庭菜園の話で盛り上がっていたら、再びダンジョンを作り替えていたジョセフィーヌさんが声を上げた。
『出来ましたわ! これならどうでしょう?』
実力を知ってもらうために全力で戦ったから疲れて休憩している間に、今度こそ俺用のダンジョンが完成したのだ。
ただ信用は出来ないので内容を確認しておく。
「具体的に解説を」
『はい! テーマは「お子様も安心、アスレチックダンジョン」です!
まず動く床。
こちらは一定速度以上で走らないと進めなくなっていますわ』
見た目通り闇魔術特化のジョセフィーヌさんは、それを活かして作った黒い床を動かして説明を始めた。
このダンジョン。どうやら結構な広さがあるらしく、今いる階層だけでも魔術で作った壁の仕切りが無ければヨシュア北部が入りそうなくらいだ。
そんな巨大通路を歩く彼女について行きながら俺も軽くアスレチックを体験する。
「ふむ、普通のランニングマシーンぐらいの速度だな。コケても床が絨毯になってるから安全だし、床全体が動くから踏み外しもない。いい感じだ」
時々加速する場所もあるので見極めが肝心、っと。
声には出さないようにして俺は心の中にメモを書き加える。
下見段階から攻略法を見つけるのは反則じゃない。策略だ。
『次に崩れる足場。
走って疲れた体に鞭を打ってジャンプしながら進んでいただきます』
先ほどの絨毯ゾーンは最後に上り坂が待っており、次はその高低差を使った訓練をするらしい。
ここでも当然お試しプレイをする。
「ホッ・・・・っと・・・・ハッ!」
荷重を掛けると数秒で落ちる足場を3回飛び移り、途中からは空を飛んでいるジョセフィーヌさんに運んでもらった。
もちろん下には安全に配慮してクッションが設置されてるけど、だからと言って落ちたくはない高さだ。
まぁ足場はそれなりに広いし、ジャンプする距離も適切だろう。
ひび割れの有無で落ちるまでの時間に差があるので瞬時の判断が大事になるな。
『さらに押し迫る壁。
ここから足腰ではなく腕を鍛えるトレーニングになりまして、左右から迫る壁に潰されないように進んでいただきます』
彼女の合図と同時に壁が『ゴゴゴゴッ』と音を立てて迫ってきたので、試しに押し返してみると何とか俺でも動かせる重さだった。
左右に手を伸ばしながら100m進めって事らしい。
迫る壁は怖いけど、昔こういうやり方で壁面を登ったこともあるし楽しめそうだ。
均等にやった方がいいのか、交互に押していった方がいいのか、悩みどころだな。
『最後は試しの門です。
全身を使って押してください。筋力に見合った扉まで開きます』
ジョセフィーヌさんは1から10までの番号付きの巨大な門を片手で全て開いて説明する。
これについて言うことは何もないだろう。
少年漫画でありがちな『お前〇番まで開いたのかよ! 俺〇番しか開かなかったぜ』って筋力差をわかりやすく数値化出来るアレだ。
試しに押してみたけど体力全快の状態で2番まで開いた。
これが疲労した状態だったら・・・・いや、考えるのはよそう。
成長が目に見えるのでやってて楽しそうだ。
『以上のアスレチックに挑戦してもらいます。
ワタクシもついて行きますので随時難易度は変えていきますよ』
「なるほど。攻略法は絶対に見つけられないって訳か」
コースの解説を終えてスタート地点に戻った俺達。
最後の補足説明を聞いた俺は、準備運動をしながらこれまでインプットした情報を削除する。
さきほどまでのルートは使えない。
ならば・・・・己の力で切り開くのみ!
「いざ参る!」
黒い液体の砂時計を生み出してタイムを測定すると言うジョセフィーヌさんの合図と同時に猛ダッシュ。
中々進めない床を全力で走り切り、時にケンケンで岩を飛び越え、疲労した体では押し返せない壁を両足使って進んだ。
インドアとは言っても運動が嫌いなわけじゃない。環境さえ与えられればこうして活発な姿もお見せするさ。
やってみたら結構面白いし。
いや、結構と言うか・・・・。
なんだか・・・・。
なんだか盛り上がって来たぜぇぇぇーーーー!!!
俺は我を忘れてダンジョン内を何度も駆け抜けていった。
「素晴らしい! 素晴らしいぞ、ジョセフィーヌさん!
まさか迫る壁に上ルートが存在していたなんてビックリだ!」
天井に違和感あるな~と思ったのは3回目の時だった。
気になったので4回目のタイムアタックを無視して押したら戻る壁を調べてみると、途中の一部分だけ、それこそ俺の身長より少し上辺りに両手両足を使っても押せない場所を発見。
そこを登ってみると最終関門である『試しの門』ではなく、スタート地点まで続く『巨大すべり台』があった。
滑ってみたら最初の床と同じくローラーでも付いているような高速移動をさせられれた。
気分はまさにウォータースライダー。
楽しいからまたやりたかったけど、あそこまで登るのは1度が限界だった。
ジョセフィーヌさんに聞いたところ早い移動に慣れる練習だったらしく、まだやらせるつもりはなかったと言って見つけた俺の観察能力を褒めてくれた。
「も~無理。も~走れない」
7回目のチャレンジを終えて汗だくになった俺は、心地良い疲労感とともにフカフカの床に倒れこんだ。
絨毯かと思ったけど違ったらしく、何で出来ているのかサッパリわからなかったけど岩のような冷たさがあって火照った体とベストマッチ。
あぁ・・・・気持ちいい~~。
『素晴らしいです! 全身の筋肉が悲鳴をあげていますよ! それ即ち鍛えられた事の証明!
思った以上に魔力強化もスムーズに使えていましたし、やる気さえあればルークさんは何でも出来そうですね』
寝転がっている俺をジョセフィーヌさんが褒めてくれる。
褒めて伸ばすタイプなのか、本心なのかは知らないけど、自分でもやり切った達成感があったから素直に嬉しい。
これまでした運動なんてヒカリ達と出会った頃にやったランニングぐらいなもんだけど、それも1週間経たずに戦闘し始めたから1人でやるのも空しくなって止めたんだ。
体が出来上がってない5歳児にはまだ早いとも思ったし。
でも7歳ならそんな事も言っていられない。問答無用のランキング戦がそこまで迫っているのだ。
「こういう運動ならまたやってみたいな」
『まぁ! 聞きました!? ワタクシのお手柄ですわ!』
俺が何気なしにポツリと呟いた一言を聞いたジョセフィーヌさんが大喜びで入り口に向って叫ぶと、同じく笑顔のフィーネとベーさんが現れた。
「ジョセフィーヌさん、お見事です。ルーク様に運動の楽しさを教えていただき、誠にありがとうございます」
「これで・・・・冒険者人生まっしぐらー」
いや「運動なら」って言いましたよね?
皆さん『運動=戦闘』って考え方ですか?
なら一生運動しませんよ。
翌日、筋肉痛になったのは言うまでもないだろう。
ただ楽しかったので後悔はない。
ってかあのダンジョン、遊園地にしたら良くね?
「まぁ面白遊具を堪能しただけで、そもそもダンジョンじゃないですし~」
「ユキ・・・・それを言っちゃおしまいよ」




