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異世界の魔道具ライフ  作者: 多趣味な平民
二章 フィーネ無双

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二十八話 フィーネ教える

 港から少し離れた大通りに、その建物はあった。


 ゼクト商会、アクア支部。


 四階建ての巨大な木造建築が、周囲の住宅や商店を見下ろすようにそびえ立つ。分厚い梁と黒光りする柱で組まれた骨格は要塞めいており、壁面には職人が丁寧に張り合わせた板が幾重にも重ねられ、潮風にもびくともしない堅牢さを誇っている。


 正面には稲穂と剣を描いた旗がはためき、ここが商会の建物であることを主張していた。


 扉の両隣には槍を携えた屈強な男が立ち、通行人へ無言の圧を放っている。


(ノッチさんかルーさんであれば話が早かったのですが……まあ、こういった仕事は見た目も重要ですし仕方ありませんね)


 いくら言ってもサボるので、ひと目につかない裏方に就かされているだけなのだが、それはさて置き――。


 少しばかり落胆しつつ、フィーネは扉を押し開けた。


「フィーネさん!」


 食品やインクなどが混じり合った雑貨店ならではの匂いに包まれながら、知り合いか受付を探していると、品出しをしていたルーがこちらに気付く。驚いたように駆け寄ってくる。


「お久しぶりです。皆さん妙にひりついていますが、何かありましたか?」


「何かなんてもんじゃないですよ! クラーケンです! 出たんですよ! 今も討伐隊が戦って――」


「もう終わりましたよ」


「……え?」


「海岸で作業していたら死骸が流れてきました。その処理をお願いに来たのです。クレアさんはいらっしゃいますか?」


「………………え?」


 ルーは口をぱくぱくさせるばかり。周囲の店員や客も同じように呆気に取られる。


 フィーネの涼しい声がより一層彼等の戸惑いを引き出していた。


「ちょ、ちょっと待っててください! すぐ! すぐにクレア様を呼んできますから!」


 数秒の思考停止の後、ルーは両手を引き留めるような仕草をしながら、階上へ駆けていった。


 その後ろ姿を見送り、フィーネは近くの棚へ視線を移す。輸入品らしい色鮮やかな食材に混じる木箱の山が目に留まる。蓋を開ければ茶色い塩がぎっしり詰まっている。


「ふむ」


 フィーネは塩の結晶を一つつまみ上げる。指先で軽くこするとキメが荒い。精製が甘い証拠だ。品質は明らかに悪い。値段も相応。


 一方、周りの者達は彼女の視界に入らないよう、それとなく逃げていく。先程まで接客や品定めで賑わっていた店内は、咳払い一つでさえ聞こえるほどに静まり返っていた。遠くで誰かが走り回る音だけが響く。


「フィーネさん、やっちまったッスねぇ」


 入れ違いに現れたノッチが呆れ顔で言う。


「これはもう、商会幹部が動くレベルの大ごとッスよ。隠せるものじゃないッス」


「私が倒したわけではありませんよ?」


「はいはい。詳しいことはクレア様が来てから聞くッス。クレア様なら悪いようにはしないッス」


(……話を聞いてませんね)


 しかし、弁解は近付いてくる足音を待ってからの方が二度手間にならなくて済むと、フィーネは会話を断念して商品の観察を続けた。


 ほどなくして慌ただしい足音と共に、二階から一人の女性が降りてきた。


 商会幹部の一人であり、フィーネの目当ての人物でもある、クレアだ。赤髪は乱雑にまとめ上げられ、目元に若干のくまがあるが、それでも美しさを損ねない。


「本当か!? お主、クラーケンを倒したのか!?」


 階段を駆け降りてきたクレアがフィーネの肩を掴む。赤色の瞳は興奮と疑念が入り混じった複雑な光を宿していた。


「違います。海岸で作業していたらクラーケンの死骸が流れてきたのです。この町の貴族に伝手はありませんし、冒険者ギルドにも顔見知りがおらず疑われて余計な時間を取られるだけ。そんな折、クレアさん達のことを思い出したので、処理をお願いに参った次第です」


 フィーネは涼しい顔のまま、あらかじめ用意しておいた言い訳を口にする。


 しかしクレアの視線は相変わらず険しい。それどころか犯人を見るようなものに変わった。


「……通信機では逃げられたと報告があったが?」


「途中で力尽きたのでしょう。あるいは別の海洋魔獣に襲われたのかもしれません」


 しれっと答えるフィーネ。その口調とは裏腹に店内の空気がさらに凍りつく。


「嘘つけ! というか事実だとしたらそっちの方が問題じゃ!」


「死骸にはかなりの損耗が見られました。Cランクの魔獣でも十分倒せますよ」


「ぐぬぬ……あくまで白を切るか。まあよい。今はクラーケン討伐という事実が肝心じゃ。確認と回収に向かう。案内せい」


 既に準備を整えていたらしく、クレアは数名の商会員を従え、運搬用の荷馬車にフィーネを同乗させて現場へと向かった。




「なんじゃこれはあああああ!?」


 クラーケンが浮かぶ海面を目にした瞬間、クレアは絶叫した。


「な、何故クラーケンが三体もおるんじゃ!?」


「まったくフィーネさんは常識知らずですね~。普通の人はクラーケンは一体しかいないと思うんですよ~。ちゃんと説明しておかないと~」


「あなたが劣化防止に海面を凍らせたせいでもありますが」


 ユキの無責任な口ぶりにフィーネは眉をひそめる。だが、自分の説明不足も一因ではあるため反論は控えた。


「しかも三体とも頭を貫かれて死んでおる! 絶対お主の仕業じゃろ! こんなことできる魔獣はおらん!」


 確かに一体は討伐隊との戦闘跡が残っていたが、残る二体は頭部以外ほぼ無傷だった。


「割といますよ~、そういうことできる魔獣」


「ええ。いますね」


「お主等の常識を押し付けてくるな! 困難は頑張れば乗り越えられる! 海の脅威も対処できる! 人類はそう思わなければやってられんのじゃ!」


「人間だって頑張ればSランク魔獣を一撃で倒せますよ~?」


「ええ。できますね」


「そういう! ことでは! ぬぁあああいっ!」


 クレアの叫びはもはや悲鳴に近かった。


「こちとらクラーケンの対応に四苦八苦しとったんじゃぞ!? それなのにこんなあっさり解決しおってぇ……しかも二体のオマケ付き! お主、我等を馬鹿にするために来たのではあるまいな!? 新型の通信機を開発して自画自賛していたら実験中に盗賊に襲われた我を、陰で笑っておったりせんか!?」


「そんなことはありません。ただの偶然です」


「はは~ん」


 ユキが指を立てる。


「名探偵ユキさんはわかっちゃいましたよ~。彼女は、自分達で討伐できなかったことに苛立ってるんです~」


「見当違いもいいところじゃが!? どちらかと言えば奇天烈な言動を繰り返すお主達に苛立っておるんじゃが!?」


「倒したいならもう一匹連れてきましょうか~? まあ放っておいても来ますけどね~。魔道具の影響で~」


「ぬあああああ! 問題は一つずつ処理せい! それが商人の鉄則じゃぞ!」


 赤髪を搔き乱しながら懇願するクレア。そんな彼女とは対照的に、ユキは海の香りを纏いながら無垢な笑顔でひらひらと手を振る。


「私、ユキって言います~。見ての通りフィーネさんのお友達です~」


「……まあそこからじゃよな。クレア=ゼクトじゃ」


「ノッチッス」


「ルーです」


 自己紹介、終了。


 他の商会員達も続こうとしたが、クレアの放つ邪魔するなオーラに怖気づいて口をつむぐ。


 時間を無駄にする以上に、余計な情報を与えたら何をするかわかったものではない。主に脱線。


「クラーケンを連れてくるってなんじゃ? まだ残っておるのか?」


 それ等を遮るのに有効なのは、クレア自ら質問して答えさせる一問一答方式だ。


「近場にはいないですね~。あ、私、水魔術が得意なので、海底からクラーケンを探すのは余裕のよっちゃんなんです~」


「うむ、まあわかる。話を聞いておったら大体わかる。別に手柄とかいらんから連れてくるのはやめてくれ。わざわざ問題を起こす必要はない」


「面白いですし成長には必要ですけどね~」


「我が質問したこと以外喋るなっ! この件が片付いたらいくらでも聞いてやるから今は従ってくれ! 頼むから!」


「私、自由に生きてないと退屈するタイプなので~」


「退屈ぐらい我慢せい!」


「ふふっ、相性抜群ですね。ではそちらの対応はお任せします。ユキはクラーケンを発見しておきながら放置し、さらには海洋魔獣に影響を与える魔道具のことも知っているようです。責任と実力の両方がありますから手伝ってもらいますよ」


 フィーネの冷ややかな一言で、事態は一変する。


「あーっ! さてはフィーネさん、こうなることを予想してわざと見逃しましたねー! クラーケンがどこに何体いるのかも、魔道具がどういうものかも知ってたでしょー!」


「根拠のない憶測は感心しません」


「どっちでもよいわ! まずその魔道具のことを教えろ!」


「むぅ……わかりましたよ~」


 クレアの言葉と、フィーネの目線での催促を受けたユキは、北の方角を指差した。


「あっちにある給水ポンプです~。クラーケンはそれに刺激されて集まったんですよ~。停止させたことで標的を見失って近海に居座ったんです~。今はまだクラーケン程度ですけど、使い続ければもっと恐ろしい脅威を呼び寄せちゃいますよ~」


「北というと……ドギュン水産か!」


「確かに、最初に被害が出たのはあの辺りッス!」


「最新式のポンプで塩の生産量大幅アップとか言ってたけど、やっぱり裏があったのね。前から怪しいと思ってたのよ」


「禁術絡みの噂もあったのう。魔獣の習性を利用するとか、なんとか」


  ゼクト商会の三人は、憶測に憶測を重ね、勝手に真相へと突き進んでいく。



 事情を聞いたクレアは慌てて通信機を取り出し、商会に給水ポンプの調査と封鎖、および調達を依頼した。領主を経由することになるが無視できるはずもない。


「なんで調達するんです~?」


「ユキ、お主が協力してくれるんじゃろ? ならば実際に使って確かめるのが一番早い。ついでにクラーケンで被った損失を一気に回収じゃ! 海洋魔獣の入れ食いじゃ!」


「え~? 本当に罰あるんですか~? 損失ってこのクラーケンで十分なのでは~? 想定の三倍ですよ~。無傷も二体ありますよ~」


 ユキの発言に、全員の視線が自然と海へ向く。


 凍り付いた海面に、巨大なクラーケンの死骸が三つ。


「まあ触手の何本か解体して樽に詰めちゃってますけど~」


「魔獣同士の争いで流れ着いたものが先に拾われただけです。発見者として当然の権利ですね。あ、魔石も一つ先に流れ着いていますので。残りは差し上げます」


「その言い訳、もうだいぶ苦しいぞ!」


 怒鳴りつつも、クレアの視線はクラーケンから離れない。


 大きさ、皮の張り、肉の厚み、触手の柔軟性。どれも最上級の代物だ。


「……これ、売れるな」


「「…………」」


 ぽつりと漏れた呟きに、誰もが黙り込む。


「し、仕方ないじゃろ! クラーケンじゃぞ!? それも過去に例を見ないほど巨大で、一撃で仕留められておるんじゃぞ! これに目の色を変えぬ者は商人ではない!」


  開き直ったクレアは通信機に向かって叫んだ。


「こちらクレア! 至急、大型回収船と解体班をこの座標に! 繰り返す、大型回収船と解体班じゃ! この海は金のなる海じゃああああっ!」


 返事を待たず通信を切ると、改めて脳内でそろばんを弾き始めた。


「皮は耐水布に加工、市場で争奪戦じゃ。肉は王都の貴族どもが飛びつくはず。骨は細工に……いや、魔道具の核材にも応用できるか。魔力の残留部位は研究機関に高値で……ぐへへ、金貨が舞うぞぉ~!」


 その姿は歓喜というよりも、ほとんど狂喜。


 もはや誰も止めようとは思わなかった。


「これがホントの皮算用ですね~」


「お、上手いッスね。クラーケンの皮だけに」


 軽口を叩き合うユキとノッチ。その横でルーが真顔で問う。


「フィーネさん、あれ、本当に譲ってもらえるんですか?」


「同士討ちに破れたクラーケンという筋書きは崩れていませんし、クレアさんなら上手く処理してくれるでしょう」


 笑顔で答えたフィーネは、続いて視線をユキに移した。


 その瞳の奥には「働け」という無言の圧が宿る。


「フィーネさん、まさか本当に私に護衛させるつもりですか~!?」


「明日一日、ポンプでおびき寄せた魔獣の被害を防ぐだけです。私と一緒にいたければ分身でもしておきなさい。こちらは帰路に着くだけですが」


「領主様に呼ばれると思いますけど……さすがに隠せませんし、誤魔化したとしても発見者として話を聞かれるかと」


「……わかりました」


 一瞬、ユキと交代するか迷ったフィーネだが、トラブルを起こす未来しか見えなかったので大人しく受け入れることに。


(これは将来ここで塩を作るためにも必要な交流。そう思うことにしましょう)

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― 新着の感想 ―
[一言] 金貨180枚もあれば、そのお金で塩を買って帰れば良いのでは?
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