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異世界の魔道具ライフ  作者: 多趣味な平民
二章 フィーネ無双

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二十七話 フィーネ討伐する

「さて、今日も塩を作りましょうか」


 入り江に住み着いて十日。


 貯水ボックスでろ過する前に海水に手を加えることで若干の効率化に成功したが、海から離れるほど遅くなることも判明したため、フィーネはそれ以降この場所に居座っていた。


 干物を作ったり断崖を削って倉庫を作ったり、精製自体は相変わらず遅いが、それを支える周辺環境は着実に整いつつあった。


「グボオオオーー!!」


「三十三体目」


「シャギャーーッ!!」


「三十四体目」


 気合を入れてみたものの、海水の分離を待つ以外にやることがないので、討伐数をカウントしたり、魔獣を丁寧に解体して冒険者ギルドの買取担当に喜ばれたり。


 やっていることが完全に冒険者である。


 夕方になる頃にようやく樽一つ分の塩が溜まったが、その横には、それをはるかに上回る数の魔獣が山のように積み上がっていた。


「荷台を用意して正解でしたね。魔獣の運搬が楽になりました。この調子なら、深海に潜って大型魔獣を狩らなくても、竜の代金はなんとかなりそうです」


 誰ともなくそんな話をしていたフィーネは、すぐにその違和感に気付いた。


「……魔獣がいませんね。危険な場所だと思われたのでしょうか?」


 数十分襲われていないだけではない。周囲三十メートルに生体反応がなかったのである。


 その理由はすぐにわかった。


「……クラーケンですか」


 フィーネが名前を口に出した直後、数メートル先の海面が、突然爆発するように激しく水しぶきを上げた。


「別に呼んだわけではないのですが」


 まるで先程の独り言に反応したかのような絶妙なタイミング。フィーネはため息をつきながら、巨大な触手をうねらせてこちらを威圧するクラーケンを見上げる。


 目の前の個体は通常よりも巨大で、海面に出ている頭だけでも三メートルは優に超えていた。全長は十メートルにも達する。


「最近町を賑わせていると耳にしましたが、まだ退治されていなかったのですね。いえ、無傷ということは討伐隊から逃げてきたわけではない……? ああ、なるほど。別個体ですか。長期戦に備えて仲間を呼んだのですね」


 訝しみながら感知魔術を使うと、深海に二体のクラーケンが。それ等も声に反応するように海面から現れる。そのうちの一体は触手が減っている。


 ――ビシュ!


 冷静に考えを巡らせるフィーネに、触手が唸りを上げて迫る。


 だが、フィーネは一歩も動かない。


「私の前に姿を現したことを悔やみなさい。穿て、テンペストアロー」


 詠唱と共に生まれた風の渦は、剣すら通さぬ強靭な皮を一瞬で引き裂き、クラーケン達の頭部を貫いた。


「狩りに行かないとは言いましたが、見逃すとは言っていないので」


 アクアの町を悩ませ続けたクラーケンの、あまりにもあっけない幕切れであった。



「このクラーケン、どうしましょう。売れば竜の代金どころか窓付きの車両に買い替えることすらできそうですが……目立ちますね」


 フィーネは海面に横たわる巨体を見下ろす。


 三メートル超えの異形は、持ち運ぶのも、人知れず売りさばくのも難しい。


 既に目標金額を手に入れている彼女には、不要な代物だ。


「アリシア様は喜びそうですし、魔石と腕の一部は持ち帰りましょうか。その状態でその辺に流しておけば、街の人々も魔獣同士の争いで死んだと勘違いして――」


「フッフッフ~。見ましたよ~」


「……ッ⁉」


 その時、海の中から声がした。


  油断していなかったと言えば嘘になるが、そうだとしても自分の感知能力を潜り抜けられる存在など数えるほどしか居ないはず。


 フィーネは警戒心を最大にして声のする方を振り向いた。


  ――そこには、クラーケンに紛れて水面から顔を出す、少女の姿が。


「見ましたよ~。あなた珍しい魔道具を持ってますね~」


 クラーケンの巨大な本体や触手が漂っている中、スイーっと平行移動してきた少女は、陸へと這い出し、妙なことを言い出した。


 髪の毛、瞳、肌、服に至るまで全身真っ白な、どこか神秘的な美少女。


 水に浸かっていたはずなのにどこも濡れていない。


「ユキでしたか。久しぶりですね」


 突然の出来事に一瞬取り乱したものの、正体が旧友とわかると、フィーネは久しぶりの再会を喜んだ。


「なぜ海の中に?」


 そして、さり気なく話題を切り替えて、貯水ボックスへの興味を失わせる作戦を開始した。


「おやおや~? 誰かと思えばフィーネさんじゃないですか~。随分大きくなっていたので気付きませんでしたよ~。あ、海にいた理由は、海底がどんな風になってるか気になったので、五年ほど前から散歩してたんです~」


 フィーネの思惑通り、ユキは話題に乗ってきた。


「あなたは昔から好奇心の赴くままに生きていましたが、相変わらずフラフラしているようですね。海の中に面白い物はありましたか?」


「たくさんありましたよ~。知ってます? 深海魚は目が無くて、海底の魔獣は三層で棲み分けをしているんですよ~」


「それは研究者が泣いて喜ぶ情報ですね。ぜひ彼等に話してあげるといいですよ」


 魔獣の生態は未だ謎だらけで、数多の研究者に喜びと絶望を与えている。人類が足を踏み入れていない深海ともなればなおのこと。


「面倒なのでお断りです~。それと海底にも火山があって泡がボコボコ出てましたよ~」


「将来新しい島が生まれるかもしれませんね。近くの領主に場所を教えてあげるといいですよ」


「それも面倒なので嫌です~」


 ユキは自分のしたいことをするだけ。


 フィーネの知る限り、世界で最も自由な者だ。


 それをするだけの力と時間もある。


「それでこの魔道具はなんですか~? 何やら妙な力を感じたんですけど~? これ、お塩ですか~?」


 ユキの無邪気な視線と白い指が、貯水ボックスに向けられる。


「ええ、まあ。ちょっとした塩づくりの実験をしているだけですよ」


 フィーネはできる限り事務的な口調で答えた。


「ふぅ~ん。でもこれ、魔法に近いものですよ~? 魔術、精霊術、魔法陣、それらを束ねたこの世の理を、な~んで魔法陣だけで再現できてるんですかね~?」


 フィーネの目元がピクリと動く。


「構造はたしかに魔法陣ですけど、理に干渉して法則を作り替えてますよね~? まるでこの世のものじゃないみたいな~?」


「……はぁ……やはり気付きますか」


 フィーネは観念したように静かに息を吐いた。


 元々誤魔化せるとは思っていない。唯一の逃げ道は、存在を忘れさせることだった。


「フッフッフ~。精霊を舐めないでもらいたいですね~。このくらいの違和感、すぐわかっちゃいますよ~?」


 どこまでも無邪気な笑顔。


 しかしその笑みは、見る者によっては人の常識では捉えきれない〝何か〟を感じさせる。


 ――ユキの正体。それは、人の姿をした精霊だった。


「普通の精霊は気付きませんよ」


「まあ、王ですし~」


 それも精霊達の頂点に立つ、世界を統べる存在。精霊王。



「なんとォ!? 異世界の知識と経験を持つ人ですか! そんな面白そうなこと、どうして私も誘ってくれなかったんですかー!」


 話を聞いたユキが、瞳を輝かせて詰め寄ってくる。


 まるで宝石を見つけた子供のような純粋な興奮が、全身から溢れていた。


「私も最近知ったのですよ。それにユキは海底散歩を楽しんでいたのでしょう? 連絡しようがありません」


「言い訳無用! 絶対仲間に入れてもらいますからねー!」


「私は構いませんが、ルーク様やオルブライト家の方々が断れば、すぐに出て行ってもらいますからね。もちろん他言したり迷惑を掛けてもです」


「ご心配なく~。人に気に入られるのは得意ですし、常識人なので~」


 悪戯っぽく目を細めて、へらっと笑うユキ。


「その自信はどこから沸くんですか……」


「心ですよ~」


 ルークとユキはどこか似ている。彼女を嫌うことはないだろう。


 こうして、精霊王が加わった塩づくりは、少しだけ賑やかになって、続行されることになった。



「なんで塩以外も混ぜてるんですか~? これも実験の一部なんですか~?」


 クラーケンの解体作業を進めつつ、塩ができるのを待っていると、貯水ボックスを覗き込んでいたユキが不純物の存在に気付いた。


「本当は高純度の塩を作りたいのですが、魔道具の性質上、どうしても不純物が混ざってしまうのです。乾燥させたり、海底の澄んだ水を使ったりと試行錯誤はしましたが、あまり効果はなく……」


「な~んだ。私に相談してくれればよかったのに~」


 わざとらしくため息をつくユキ。


「忘れましたか~? 私、雪の精霊なんですよ~? 水とは兄妹みたいなもの。精製なんて朝飯前です~」


 そう言い放つと、彼女は得意げな笑顔を浮かべて、海へ飛び込んだ。


 そして数分後。


「お待たせしました~!」


 貯水ボックスと同じサイズの水塊を抱えて浮かび上がってきた。


「精製済みの超濃縮深層水で~す。これで塩を作ってみてください。驚きますよ~」


「……わかりました」


 フィーネは期待を込めて、その塊を貯水ボックスへと投入する。


 水はみるみる魔法陣へと吸収され、一分と経たないうちに、箱の底に雪のような塩が現れた。


 手に取ってみると、さらさらとした手触り。不純物もまったく見当たらない。


「……これはすごいですね。ここまでの品は見たことがありません」


「ふふーん、ちょっとドヤ顔してもいいですか~?」


 ユキは両手を腰に当て、得意げに胸を張る。


「ええ、好きなだけどうぞ。それより、もう一仕事お願いできますか?」


「え~? 今ドヤ顔するのに忙しいんですけど……」


「ルーク様に会うのが遅くなりますよ」


「ヤダなぁ、冗談に決まってるじゃないですか~。で、お願いってなんですか~?」


 ――絶対本気だった。一瞬忘れていた。


 ヘラヘラするユキにジト目を向けつつ、フィーネは要望を口に出す。


「この海水、なるべく持ち帰りたいのですが、どれくらい圧縮できます?」


「さあ~? なにせ限界までやったことないんですよね~。あ、でも昔、この街と同じぐらいのサイズの水球を圧縮したことがありますよ~。その時は手のひらサイズまでいったんですけど~、周囲の人達に『やめて!』って止められちゃって~」


 飄々とした口ぶりとは裏腹に、口にするスケールは常軌を逸していた。


「……その一割で十分なのでお願いできますか」


「お任せあ~れ~」


 言うが早いか、ユキはひらりと踵を返し、海へと飛び込む。


 その後、フィーネの手元にはユキ特製の濃縮深層水が次々と届き、わずか一時間でタルを満たすほどの高純度の塩が生産されることとなった。

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[気になる点] 水だけを吸う箱より塩だけを吸う機構を作れば早いのでは?
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