百七十六話 古龍 vs 魔王
遥か昔。
後に神獣と呼ばれるようになるアルテミスは、その頃はまだ深層ならどこにでも居る普通の古龍だった。
そしてこれまたありきたりな感じで力に溺れ、自らを最強だと名乗りつつ敵を排除していた。
「カッカッカ! 50年程度長生きしたからってその間ずっとダラダラと自堕落な生活をしているヒキニートなど私の敵ではないわ!」
戦う事が仕事な魔獣にも関わらず修行をしていない年上の古龍を倒し、今日も今日とて調子に乗るアルテミスが住処としている洞窟に戻ると、そこに1人の魔族が寝転んでいた。
彼女こそ最近世間を騒がしている魔王ベルフェゴールである。
が、そんな地上の知識などないアルテミスは自宅へ勝手に入り込んだ不審者を敵と見なした。
「貴様・・・・ここは私の縄張りだぞ? それを知って挑戦しに来たと受け取っても良いのか? 命を捨てる覚悟があるんだな? んん~?」
百戦錬磨の彼女は自らを最強だと疑わず、相手の力を見定めることなく挑発し始めたではないか。
いや寝床を奪い、家主が帰って来てもなお寝転んでいるベルフェゴールも相当だが、とにかく和解は不可能のようだ。
そんな古龍の怒りに気付かない魔王はゴロゴロと転がるだけ。
「良い睡眠は・・・・良い寝床から~・・・・今はここが~、ベストプレイス~」
「いい度胸だ! くたばれっ!」
寝床を取るどころか勝手に地形まで変え始めたベルフェゴールに対して怒り狂うアルテミスは、強力なブレスで洞窟もろとも邪魔者を消し飛ばした!
「私の寝床・・・・です・・・・よ」
しかし転がり魔王はさらに強大な魔力でその全てを包み込みアルテミスに反射。
見事なカウンターで手に入れた寝床を守りつつ敵を排除したのであった。
「くそっ、やるじゃないか・・・・だが!」
「いい・・・・寝床です・・・・」
その後も圧倒的な力を前に無意味な抵抗を続けたアルテミスは、最終的にはボロボロになりながら住処を追い出されたのであった。
そもそも相手にされていないと言うツッコミは置いといて、彼女は魔王ベルフェゴールに復讐を誓った。
いつの日か必ずや倒す目標として、古龍人生全てを掛けた1からの修行が始まったのである。
と、同時に相手の事も調べ尽くした。
ベルフェゴールは怠惰の魔王として無気力ながら歴代魔王の中でもトップクラスの力を持ち、最近めきめきと頭角を現してきた強者だった。
あまりの強さから『敵なし』とまで言われるほどの人物だが、理不尽なまでの強さを誇るもその無気力具合から魔王をクビになったとの噂あり。
ちなみに彼女が魔王になった理由は、今回のように好き勝手に寝床を探していたらたまたま魔王城の広間が気に入り、それに怒った先代魔王を含め王城全員を倒したら部下になっていたと言うだけだったりする。
同じように敵国から攻められた時も部下がベルフェゴールを国境に配置したり、敵の王城に投げ込むだけという謎の戦法で百戦錬磨。
自ら進んでは戦わないだけで、眠りや食事の邪魔をされればその力をいかんなく発揮するのである。
このようにキチンと扱えるのなら無敵な魔王なのだが、気に入った寝床から動こうとしない事も多いので不安定な戦力、かつ眠りを邪魔されない限り敵と見なさないので『怠惰』として有名になってしまうと敵も戦わずに済むように歓迎するようになった。
核兵器を守るシェルターの如く、ベッドを用意したり、望む食糧を提供したり、気温を変化させたり、と手厚い介護を受けるようになってしまったためこれまでの必勝戦法が使えなくなったのだ。
ベルフェゴールは己の欲望が叶うのなら無力な女性でしかない。
対策されて以降は戦力として役立たなくなったベルフェゴールが魔王として扱われることもなくなり、さすらいの旅人として世間からその名を消すことになる。
だた人々からは恐怖の対象として『怠惰』と言う不名誉な二つ名だけが残った。
「怠惰め! ベルフェゴールめ! 今に見ていろ!!」
魔王でなくなったとは言え自分の住処を取られた事に変わりはなく、アルテミスが復讐を胸に50年にも渡る修行を終えてかつての住処に舞い戻って来た頃にはベルフェゴールの姿はなくなっていた。
まぁ50年どころか1週間ほどで気分が変わったため移動したのだが、そんな事を知る由もないアルテミスはあてもない魔王探しの旅を始めたのだった。
その道中でアイリーンとユキに出会い使役させられるの事になるので、友との出会いはベルフェゴールのお陰とも言えるのだが、彼女は絶対に認めないだろう。
「ふっ・・・・聞くも涙、語るも涙の物語だ」
話し終わったみっちゃんがハンカチで涙を拭きながら感動的な雰囲気で締め括った。
でも涙の要素なんて一切ない。
ベーさん昔から変わってないな~。
みっちゃんより強いんだな~。
生涯の友達と出会えて良かったね。
そんな感情しか出てこないのだ。
「ロナンド山脈の東・・・・?」
「いやマロード火山地帯だ」
結局ベーさんも思い出してないし、これと言った収穫のない思い出話だったな。
「だ、だが! かつての私とは違うと言う事を今、思い知らせてやろう!」
んでもって俺達からの冷たい視線に耐え切れなくなったのか、さっきまでハンカチ片手に泣いていたみっちゃんが気を取り直してベーさんに挑戦状を叩きつけた。
どうやら勝算はあるらしい。
「これが! 貴様を倒すために溜めていた力だぁぁああああ!!」
叫びと共に尋常じゃない魔力が彼女の体中からほとばしる。
それは神々しく輝き、見る者全てを魅了する不思議な暖かさのある力だった。
強者特有の『ゴゴゴゴゴ』という地鳴りも発生している。
「そういう事は事前に言っておいてください。食事中の皆様のご迷惑になりますから」
とフィーネがいつ通りに結界を張って周囲への配慮を欠かさない有能具合を見せる。
神獣の全力を隠せる結界がある時点でフィーネの方が強いっぽいな。
なんて呑気は俺は状況説明に徹しようと思います。
「おぉ~~・・・・凄いです・・・・」
流石に手加減できる相手じゃないのか、ベーさんも本気モードになった。
・・・・かもしれない。
相も変わらず寝転んでるし緊迫感のない声だけど、取り合えず驚いてはいた。
「やー」
カッッ!!!
みっちゃんと同じく掛け声(?)と共に体中から魔力が噴き出る。
その瞬間、世界が震撼した。
「この気は怠惰!?」
「くっ、また力を付けたのか・・・・まだまだ追いつけぬな」
「魔王様! 凄い魔力を感じます! この方角は、ヨシュア!?」
ってのがお決まりですよね。
強者にだけわかる世界だ。
本当にそんな事になってるかどうかは知らん。
でも目の前で起きてる反応は説明しておこう。これが今の俺に出来る精一杯。
「なっ・・・・なんだと!?」
その魔力。そのオーラ。素人目で見てもみっちゃんの5倍はあった。
修行によって強くなり、これなら勝てると踏んでいたみっちゃんは当然ながら驚愕し、絶望している。
「ですから事前に言っておいてください。特にベルフェゴールさんのは強すぎて抑えきれませんから」
それと同様にフィーネが結界を何重にも張って強固にするけど、それでもなお抑えられないようで食堂から従業員達が騒ぎを聞きつけて出てきてしまった。
ヤ、ヤバイ・・・・絶対騒ぎになる。俺がこいつ等と同じ扱いを受けてしまうかもしれない。
どうしよう。
「気にしなくていいわよ。ベルフェゴールとその知り合いの喧嘩だから」
「「「は~い」」」
ルナマリアが説明すると彼らは何事も無かったかのように食堂へ戻っていった。
「っておかしいだろ!? 明らかに異常事態だぞ!?」
「アンタが知らないだけで、このバカ結構派手な事やってるわよ。だから全員慣れてるのよ」
寝床を作るために大地震を起こしたり、邪魔な雲を吹き飛ばすために天を衝く魔術を使ったりは日常茶飯事らしい。
しかも面倒くさがって結界とか張らないので、突然の魔術には流石に対応出来ないルナマリアや従業員達は慣れるしかないんだとか。
そんなベルフェゴールのためにユキが農場と山林に専用結界を作っているのでヨシュアには影響ないらしいけど、それにしたってのんびり屋な性格なのに派手な事を平気でするバカだとツンデレさんが罵っている。
なんでもないならいいや、説明続けよう。
力の差は歴然だった。
「くそっ! 私はまだ勝てないのか・・・・」
「ドンマイ」
無謀な戦いをしないぐらいには落ち着いているみっちゃんが降参し、それを挑発しているわけじゃないだろうけどベーさんが慰めた。
・・・・何の努力もしてないクセに敗者に鞭を打つ嫌がらせは止めてやれ。どうせ才能の差だけで一生追いつけないんだから黙って見守るのが優しさってもんだぞ。
ほら肩・・・・じゃなくて足首をポンポン叩かれて神獣様が悔しさのあまり震えてるじゃないか。
とにかくこれで一件落着だな。
復讐を諦めたみっちゃんが静かになった所で俺は本来の目的であるお土産を渡し、全員で今回の騒動の感想を言い始めた。
お土産の本は普通に喜ばれたけど特に感想は無いとの事です。
「それにしてもアンタどんだけ力を隠してたのよ。よく無名で生きて来れたわね」
「大地が私に力を与えるー・・・・狙うは地の精霊王ー」
そう言えばマントルから力をもらってるとか聞いたな。
魔族だから闇属性かと思いきや地属性だったらしい。
「あ・・・・両方得意分野です・・・・」
デュ、2属性だと!? かっこよすぎる。闇の究極魔法と地の究極魔法を合わせた極大魔法とか使えるんだぜ。今度アイスをプレゼントして見せてもらおう。
闇がブラックホールだとすれば地はなんだろうな~。複合させたら全く別の魔術になったりするのかな~。
え? 世界に悪影響が出る? 結界張っても? あ、じゃあいいです。
なんか精霊の数が大幅に変わってしまうらしいので生涯使うなとだけ言っておいた。
昔、敵国から嫌がらせをされた時に怒って使ったら大変な事になり、珍しく慌ててユキに救援を求めて精霊の比率を元に戻してもらったんだとか。ちなみに土の津波みたいな技らしいです。
そして新情報。
「精霊王ってそんな感じでなるもんなのか?」
「・・・・さぁ?」
気分で話すの止めてくれない?
それっぽい喋り方だと信じるから。
そんな感じで2人の喧嘩は収まりました。
みっちゃんは「あと500年頑張る」と言って次なるステップに挑戦するみたいです。
無理だとは思いますが頑張って一矢報いてもらいたいものですね。
仲直りの印として夕食を一緒に食べることになりました。
俺は猫の手食堂で食べるので神獣様を置いて行きます。
クレアさんが農場にも少量のドラゴンフルーツを置いて行ったので、それを見たみっちゃんは大興奮でした。
ベーさんとそれを使ったアイスについて熱心な話し合いを始めていました。




