百七十二話 ヨシュアへ急げ
アリシア姉やレオ兄が主役の交流試合、久しぶりに家族揃っての王都観光、婚約者との様々な冒険、クーさんやケロちゃんとの出会い、お土産探し。
滞在1週間で予定していた以上に色々と楽しい事があった王都セイルーンともお別れの時間となった。
「じゃあイブ、元気でな。皆さんもお世話になりました」
「うん。また会いに行く」
「私達は当分ヨシュアに行けそうにないから、是非また王都に来てね」
「またね。あとなんでルーク君は一昨日から私を避けてるの? ねぇ?」
イブ、ユウナさん、そしてマリーさんが送り出してくれたけど最後の人の方は怖くて向けない。
だってケロちゃんから話は聞いていたのでケモナー話で盛り上がろうとしたら、「犬の方が可愛いでしょ?」とペット全肯定派な俺を脅迫してきたのだ。
何が怖いって、まぁ理不尽。
手こそ上げられなかったけど目の前で王女様が『やんのか、コラ。あぁ~ん?』って睨んでくるんだから怖いのなんの。
それに加えて召喚獣となったケロちゃんを呼びつけて「この爪は・・・・」とか「ここの耳が・・・・」とか犬以外のペットを否定してくるわ、話題転換でリバーシをやったらボロ負けして不機嫌さが増していくわ。
もう散々だったよ。
あ、ケロちゃんを一緒にモフモフしてた時だけは幸せでした。
「ねぇ、なんで避けてるの?」
「ちょっと恐怖を・・・・あ、いえ、マリーさんが魅力的過ぎて」
ゴスンッ!
マリーさんを褒めたらイブが無言で暴力を振るってきました。
精神攻撃のマリー、物理攻撃のイブ。恐ろしい姉妹です。
ちなみにユキから聞いた話ですが、ガウェインさんが「ユウナはその両方を持ち合わせているぞ」と酔った拍子に愚痴っていたそうです。
もちろんその話を聞いたユウナさんが国王様を調教したのは言わずもがな。
「またね~」
「さようなら~」
様々な感情が渦巻く城で王族の方々と別れた俺達。
さて、皆さんは『物語で主人公がお姫様と別れる時』と言えばどんな光景を思い浮かべるでしょうか?
歩いて門を出ていく。
魔法で飛んでいく。
涙ながらに走り去る。
色々あるでしょうが、俺は全部出来ません。
歩いてって言われても王都の中心にある王城から外壁まで5kmはあるし、外に出たからって移動手段であるアルテミスに乗るのは目立つから無理。
魔法はアルテミスに乗って移動するって事になるけど王城の人から禁止されているから無理。
涙も何も、そのアルテミスに乗れば数時間で到着するから割と行き来が自由になったので感動も何もない。
かと言って古龍が飛び立っても大丈夫な山を登るのは別れの場面としてはいかがなものだろう。
お土産探しで歩き回ったから俺、また足攣るぞ。そんな主人公は見たくないし、なりたくない。
「良かったですね~。開拓者になれますよ~」
何故かユキが嬉しそうにしているけど断固拒否する!
『では行くぞ』
色々考えてみたら、闘技場で使った不可視の結界を使えば王城から飛び立っても問題ないのではないか、と言う結論に至った。
これまた闘技場での話になるけど、みっちゃんは不可視結界を作る手伝いをしていなかったので「出来るのか?」と聞いてみたら予想通り逃げる系の魔術が苦手みたいで出来ないと言われたけど、ユキなら出来ると言うのだ。
「なら白霊山を登る前に言えよ」って思わずツッコんでしまった。足の攣り損じゃないか。
そしたら「王都観光の一環ですよ~」と言われて黙るしかなかった。
たしかにあの山は王都名物で間違いないし、一応王族の墓だから俺も無関係ではないからな。
まぁそんなわけで王城から飛び立ちます。
「「「お元気で~」」」
忙しいはずの王城中から手を振られつつ空へと舞い上がった古龍アルテミスと背中の俺達。
一気に上空うん百mまで登れるはずなのに、もの凄くゆっくり上昇しているのは別れの挨拶をさてくれようとした彼女なりの気遣いなのかもしれない。
そんな優しさを理解している俺やヒカリもその時間を使って王城の人達に負けないように手を振り続けた。
「みっちゃん、ありがとうな。全員に挨拶する時間なかったんだけどお陰で良い別れが出来たよ。流石は俺の知る一番の常識人だ。
でももう挨拶済んだからいつも通り上昇してもいいんだぞ。ユキが結界張ってるから気にせず飛べばさ」
のろのろ・・・・のろのろ・・・・。
しかしみっちゃんは俺がお礼を言っても相変わらず微速上昇を続ける。
「なんか王都では急上昇出来ない理由があるのか?」
『いいや? 龍フルーツが気圧変化で劣化しないようにだが?』
俺の感動を返せ、バカ野郎。
お前は常識人じゃない。ただの食いしん坊だ。
その後もワイバーンより遅い上昇を続けたドラゴンフルーツジャンキーが平行移動を始めたのは感動的な別れから10分後の事だった。
下は見たくない。
もしイブ達がまだ居たら気まず過ぎるから。
「そんなルークさんに朗報ですよ~。周囲に不可視の結界を張っているのでとっくに見えなくなってますから~」
ユ、ユキぃ~。
普段まったく期待していないだけに、こう言う何気ない場面で役立つと凄く有能に見える。
その優しさはさながら、『トップ層は懸賞金5億~10億が当たり前のはずなのに、海賊王を目指す途中で出会った砂男に「8000万!?」って驚いてあげる航海士や狙撃手』ほど優しい。
今となっては「プププ~、3大勢力のクセにそんな低いの?」って笑わなかった仲間たちの暖かさに感動を覚えるほどだ。
危険度で考えたら世界を滅ぼす可能性がある三十路さんも子供とは言え7900万っておかしいけどな。普通は億だろ。
「え? 下は結界無いよね?
ん~・・・・うん、やっぱり無いよ。だからイブちゃん達からは今も見えてるはずだけど」
と、俺が脳内論争を繰り広げて感涙しそうになっているとヒカリは千里眼を使って真実を口にした。
・・・・・・・。
・・・・。
「は? だって今、ユキが」
「とか言えばルークさんが喜ぶかな~、と。
そして驚くかな~、と。
ヒカリさんが言わなかったら私がバラしてましたよ~。どうですか~。サプラ~イズ!」
くたばれアホ精霊が。
しかもまだ見送られている事まで知ってしまった。
早くっ・・・・みっちゃん、早く移動しろっ!
イブ達は声に出していないだろうけど、「さっさと帰らないかな~」「この後、用事あるから早くしてほしい」って心の声が聞こえてくるようだ。
この恥ずかしさはさながら、『とある宇宙の帝王が「私の戦闘力は53万、変身すれば100万以上はある」と自慢気に言ったのに、実は地球の科学者が人間ベースに作った人造人間はそれを軽く超えていた』時ぐらいに恥ずかしい!
ってな例え話をして周囲から「は?」って顔されてる俺を超えるね!!
「あ、スベッてる自覚はあったんだね」
ヒカリ様の容赦ない痛恨の一撃がルークを仕留めた。
ルークは前のめりに倒れた。
でも相手してくれるだけもありがたい。これが口下手なニーナとかだったら普通に無視されて終わりだぞ。
・・・・しっかし遅いな。俺達の爆笑トークが終わってもまだ上昇し続けている。
『どうせなら雲の中を通ろうと思って普段より高度を上げたんだが、余計なお世話だったか?
ほら、前に綿菓子の説明で雲のようだと言っていたじゃないか。実物を教えてやろうとしたんだぞ』
なんでどいつもこいつもズレてるんだろうか。
なんて説教は後にして、今は一刻も早くこの場から立ち去りたい俺は無言で威圧するしかなかった。
だってここでツッコんだり説教したら絶対その分だけ遅くなるじゃん。
とにかくヨシュアへの帰還です。