閑話 おうぢ様 vs イブ
マリー&ユキによるケルベロスの躾けが行われている同時刻。
久しぶりに再会した親族を王族達は歓迎していた。
リリスとジークは完全にケルベロスを見捨てている。と言うより今回はどう考えても彼が悪いのでパーティには2人だけで来た事にしたらしい。
その歓迎する王族の中でも最も付き合いの長い先代国王アーロンは旧友との再会に大喜びである。
「相変わらずリリス殿はお美しい。ワシも後50年若ければ放って置かなかったのぉ~」
「おおっ! アーロン殿、久しいな。
しかし同じようなセリフを50年前から言われている気がするが?」
「ふぉっふぉっふぉ。本心じゃからの。50年後も同じことを言うつもりじゃわい」
「あ、あぁ・・・・ジジイ、せいぜい長生きするんだぞ」
「リリス殿の結婚式に参加するまで死ねんわい。ふぉ~ふぉっふぉっふぉ。
あ~そう言えばイブは5歳で婚約者を作ったのぉ~。他の王族も10歳までには居るもんじゃが・・・・はて? リリス殿はいつご結婚を? このままではワシ神獣様より長生きするかもしれん」
「こんのっ、クソジジイが!
それは出会いの無いわらわに対する嫌がらせか!?」
城で最年長のアーロンが子供の頃から容姿の変わっていないリリスだが、年上扱いされていないので会う度にこうしてからかわれていた。
「こんにちは・・・・」
他の王族達も挨拶をする中、イブはキョロキョロと周囲を見回しつつ心ここにあらずと言わんばかりの挨拶をする。
何かを探しているらしい。
「あぁ、イブ殿とは先日ぶりだな。
ケルベロスを探しているなら訓練場でマリー殿とユキ殿に調教されているぞ。戦場がどうこう言いながら威嚇したので怒らせてしまったようだ」
「わかった・・・・それじゃあ」
最低限の顔見せをしたイブは目的の人物に会うために早々と訓練場へ向かおうとする。
リリスはともかく、その隣に居るジークの標的になりたくないのだろう。
が、時すでに遅し。
「まぁ待つのである。皆に挨拶を終えた吾輩も訓練場に用があったので共にゆこうではないか!
どのように話を持ち出そうかと思っていたが、自ら体を鍛えて欲しいと言ってくるとはイブ殿が積極的になって吾輩感動しているのである! ハッハッハッハ!!」
訓練場ですることはトレーニングしかないと言い出したおうぢ様に捕まったイブ。
しかも今そこには第二の標的マリーも居るのだから一石二鳥であり、進んで筋肉を鍛えると言われた(と勘違いしている)ジークの喜びは計り知れない。
「・・・・ち、違う」
「さぁ! 共に青春の汗を流そうではないかーっ!!」
嫌がる少女の手を引き、おうぢ様は当初の目的であった『王女の肉体改造計画』を実行するため訓練場へと向かった。
「ル、ルーク君! ・・・・た・・・・助けて・・・・!」
非力なイブが辛うじて出来た抵抗は、いつも身に付けている携帯でルークに助けを求める事だけだった。
事態を面白がったユキによって無意味にされてしまったが・・・・。
「そろそろパーティの時間かしらね。じゃあ最後よ!
ケロちゃん、ハウス!」
「ハイ、マリーサマ・・・・」
2時間にわたる躾けを耐え抜いたケルベロスは、片言になりながらもマリーのペットとして満足のいく対応を身に付けていた。
「マリーさん良かったですね~。前々からイブさんや私の話を聞いて羨ましがってましたもんね。人語を話すペットが欲しいって」
「ええ! 私は断然ワンちゃん派だったから嬉しいわぁ。
でもお城はペット禁止だから飼えないのよね・・・・」
この夢のような時間がもうすぐ終わりだと自覚して心底残念そうにするマリー。
可能であればケルベロスを城で飼いたいようだが、王女と言う立場上どうにもならない事もあるので今回は諦めるしかなさそうだ。
それを聞いたケルベロスが生気を取り戻す。
(そ、そうだ・・・・この2日間耐えれば私は自由になれるんだ! あぁ素晴らしき魔王城での平穏な生活)
マリーにとっては悲しい知らせでも、彼にとっては人生トップ3に入るぐらいの朗報だった。
が、次の一言でそんな幸せな時間は終わりを告げた。
「あ、折角ですから召喚獣として契約しますか~?
いつでもどこでも呼び放題です~」
「「え!?」」
歓喜するマリー。
絶望するケルベロス。
正反対の両者だが、奇しくも同じ反応をするのであった。
「ほっ・・・・ほ、本当!? ユキさん! 本当にケロちゃんを好きな時に呼べるようになるの!?」
「う、ううう嘘ですよね!? 私、神獣じゃないんで召喚獣になんてなれませんよね!?」
素敵な提案をされたマリーはユキに詰め寄り、信じがたい提案をされたケルベロスもユキに詰め寄った。
少なくとも彼の知っている召喚獣は自力で空間を歪められる神獣クラスの化け物か、魔法陣で転移しても世界に影響が出ないほど弱い生き物かのどちらかなのだ。
「たしかにケロちゃんを神獣と呼ぶにはまだ早いですけど、私が協力すればノープログレム。結構な魔力を使いますけど召喚出来ますよ~」
「やったやった! 私、自分の召喚獣を持つのが夢だったのよね! それが理想のペットのケロちゃんだなんて!!
あぁ・・・・なんて良い日なのかしら!!」
不可能と思われたケロちゃんペット化が可能だと言われたマリーは狂喜乱舞である。
「ま、待ってください! それじゃあ私の平穏はどうなるんですか!? 拒否権は!?」
必死で最後の抵抗を見せるケルベロスだが、またもやユキの一言で追い込まれる事になる。
「あれ~? もしかしてケロちゃん・・・・マリーさんが嫌いなんですか~? アイリーンさんにはあんなに懐いてたのに?」
自分の住処に居ついたアイリーンからは逃げられなかっただけで別に懐いてはいないのだが、そんなことはお構いなしに恐怖の問いかけをするユキ。
(ど、どうする? どう答えれば穏便に事を進められる!? 考えろ、考えるんだケルベロス!! 人生最大の分岐点だぞ!!)
今後を左右する質問に即答出来るはずもなく、長考に入ったケルベロス。
まぁそんな事をすれば好きじゃないと言っているようなもので・・・・。
「ねぇ・・・・ユキさん、私パーティに参加するの止めるわ。ケロちゃんともっと大事なお話をしようと思うの。ご主人様への忠誠心や親愛ってものを徹底的に教え込まないとダメみたいだから」
「了解です~。ガウェインさんに伝えてきますね~」
「待ってっ! 待ってくださいっ!! 私に考える時間をください!!」
そんな修羅場を迎えているケルベロスの近くでは、同じくイブも修羅場を迎えていた。
「これが万能トレーニングのスクワットである! さらに胸筋を鍛えるのに欠かせない腕立て伏せ!
どちらも限界を超えて筋肉の震えを実感したら終わって良いぞぉぉーーっ! やり過ぎは逆効果であるからな!
・・・・いやユキ殿が居れば回復して無限のトレーニングが可能になるのでは!? これはパーティどころではないのである!!」
「わ、私・・・・技術者だから」
「頭の回転を高めるには、まず肉体を鍛える事から! 美しい筋肉には美しい精神が宿るのだぞ! さぁっ!!」
「・・・・ルーク君・・・・まだ?」
「この鋼の肉体を見るのである!! 吾輩の様になりたいのであろう!?」
「誰か・・・・助けて」
「イブさんの~~、ワンパン君を見せてみたらどうですか~~」
筋肉以外の話を聞かなくなっているジークを止めるためにはどうしたら良いのか悩み始めたイブに離れた場所からユキが助言をする。
それを聞いたイブはこの状況を脱するため、一縷の望みに賭けて勝負を提案した。
「・・・・私の作った魔道具でジークさんを倒せたら付き合わなくていい?」
「フ、フハハハッ!! 面白い! ユキ殿の魔術に耐えうる体を目指し日々トレーニングしている吾輩を倒せるものならやってみるがいい!!」
どんなに鍛えても魔道具の方が強いと知らしめることが出来れば解放してくれると言う。
意気込むジークを前にイブが取り出したのは手のひらサイズの石。
「ワンパン君0号」
「ちょっと威力調整がまだなんですけど、取り合えず最大出力にしてます~」
構えをとるジーク・・・・いや綺麗好きにとっては全身凶器の汗だくおうぢ様。
そして面白そうなイベントに近寄って来るユキ達。
「お姉様お願い」
「嫌よ。毛むくじゃらに触りたくないもの。汗で透けててなおアウト」
ケルベロスへの調教を再開したマリーは妹からのお願いに即答する。
王城へ来た時の格好ならいざ知らず、今のジークはトレーニングのためにタンクトップ1枚で、それもイブにお手本を見せたので汗を掻いて透け透けなのだ。
「・・・・やるしか・・・・ない・・・・私が」
そう意気込んだイブが己の拳を握りしめ、ワンパン君に未来を託す。
絶対に触りたくないと思ったイブだったが、筋トレ地獄から解放されるにはやるしかなかった。
ぬちょぉぉ~。
「・・・・うぅ・・・・いくよ」
春にも関わらずぴっちりしたタンクトップ姿のジークの腹に少女の拳があたり、その腹の感触に恐怖しながらイブは全力で魔力を込めた。
ズドゴォォォオオオオオォォォーーーーンッ!!!
その瞬間、凄まじい貫通衝撃破がジークを襲った!
「す、素晴らしい一撃・・・・である・・・・カハッ」
手加減なしの一撃に耐え切れずジークは腹を抱えて倒れ込んだ。
「・・・・グスッ」
泣きながらイブがジークをノックアウト。
「ルーク君・・・・私、汚れちゃった」
「服の上からならノーカンじゃないですか~?」
「そうする」
今すぐ出来る対応として汗のついた拳をケロちゃんにゴシゴシ擦り付けるイブ。
この後、石鹸で念入りに殺菌したのは言うまでもない。
「逃げられない・・・・もう終わりだ・・・・」
ケルベロスにそんなことなど気にする余裕はなく、召喚契約を済ませて自暴自棄になっていた。
ある者は歓喜、ある者は絶望、またある者は呆れ笑ったと言う様々な感情が交錯した混沌な3日間であったとさ。