閑話 凄いぞベーさん
夏休み前の話になります。
『アレ』や『ソレ』について掘り下げました。
ゴロゴロゴロゴロ!
今日もベルフェゴールは転がっている。
時に激しく、時に勢いよく!
・・・・などと言うことは無く、重力に逆らわないのでその勢いは下山する時だけ変わる。
そして今は勢いよく下山している真っ最中なのだ。
ガッ!
「だ・か・らぁ~~。その下り方は止めろっていつも言ってんでしょうが!
従業員は慣れても家畜たちが怖がるのよ! 作物に砂ぼこりが付くし、毎度毎度アンタのために畑の場所を考えるの面倒だからっ!!」
いつもの通りルナマリアが足で止めて説教を始めた。
寝転んで移動するベルフェゴールのために2m近い道幅を作らなければならないのが嫌だと言うが、半年以上繰り返している作業に今更文句をつけている訳ではない。
これが2人の挨拶なのだ。
「・・・・ダンジョンマスター」
それをわかっているのか、説教を意に介さないのか、ベルフェゴールはそのままの体勢で下山した目的を伝える。
(・・・・コイツ、いっそ無視してやろうかしら?)
とは思いつつもキチンと相手をしてあげる優しいエルフのルナマリアは足をどけて話しを聞き始めた。
「で、今日は何? ダンジョン経営したいの? なら農作業の邪魔になるから魔界でやりなさい」
「・・・・寝てたら・・・・出来ました」
「は? ダンジョンが? 一夜で?」
「オー・・・・イエー・・・・」
「どこによっ!?」
「山全体・・・・」
「意味わからないわよっ!」
ベルフェゴールが言うには、フィーネから任された山は勝手に掘ると怒られるので『自分の寝床として新しい山が欲しい』と幹部の2人にお願いしたらしい。
すると丁度ロア商会としても林業を拡大する予定だったので快く承諾された。
で、仕事の邪魔にならない程度なら自由にして良いと許可を貰ったので意気揚々と山を掘っていたら、そこを闇精霊が気に入ったらしく寝て起きたらダンジョンとしての機能が備わっていたと言う。
ただでさえ精霊が活性化している場所をベルフェゴールと言う元魔王が寝床にしたので、突然変異の魔獣がわんさか生まれているのだとか。
しかも地盤が崩れないギリギリまで掘っていたので山の内部はほぼダンジョンになっている。
「どうすんのよ!? おちおち林業も出来ないじゃないっ!」
「私のダンジョン・・・・」
「潰しなさいよ! 今すぐに!!」
「寝床を占拠されたので・・・・怒ったら・・・・『コレ』もらいました」
ベルフェゴールが取り出したのは『ミスリル』と言う超高価な鉱石。
世界中で最も魔力伝導率が高い鉱石で、武具や魔道具として幅広い使い道のあるそれは、手のひらサイズで城が建つとまで言われている非常に希少価値の高い石。
それがそのダンジョンから採れるらしい。
ちなみに取り出した場所はその豊か過ぎる胸元だったので、とてもそんな谷間など作れないルナマリアは舌打ちをしていた。
「・・・・・・なんで、もらったの?」
「・・・・え? 『家賃です』って」
「そうじゃないわよっ!! 喋るの!? そのダンジョンで生まれた突然変異の魔獣は喋るの!?
そんでもって何ミスリルを家賃にしてんのよぉぉぉーーーっ!!!」
「良い人達・・・・ですよ・・・・?」
その後、普通ではありえない事態の把握に丸2日費やしたルナマリアであった。
「ここがそのダンジョンですか」
「無駄に綺麗な作りしてるわね」
「良い睡眠は・・・・良い寝床からー」
フィーネ、ルナマリア、ベルフェゴールの3人がやって来たのはロア商会が買い取った山に出来たダンジョン。
そこは一般的な洞窟とは違い、精密に計算されたかのような階段や足場が備わった非常に歩きやすい場所だった。
しかもダンジョンの中でも最も探索しやすい部類のダンジョンで、洞窟全体に魔力が溢れているので常時明るく、ダメージを軽減できる結界の役割も兼ね備えている。
無駄に広い安全なダンジョンを探索している3人。
するとそこに3匹の魔獣が現れた!
『あ、いらっしゃいませ。お待ちしておりました』
『どうぞ、どうぞ。お茶とお菓子を用意してますので』
『座敷と椅子、どちらが良いですか?』
「「・・・・・・」」
そこに暮らしていると言う魔獣達から手厚い歓迎を受けたフィーネとルナマリアは呆気にとられている。
長生きしている彼女達でも人語を話す魔獣など神獣ぐらいしか知らなかったので衝撃的過ぎる出会いだったのだ。
「座敷で~」
そんな中、ベルフェゴールだけは慣れたもので転がって畳の上に移動した。
おそらく椅子では自分が座れないと考えたので座敷にしたのだろう。
取り合えず神獣と同じ扱いをすることに決めたフィーネ達はダンジョンに生息する全ての魔獣を集めて質問を開始。
『二足歩行する虎』『子供が入れるぐらい大きなスライム』『どこにでも居そうな大蛇』などなど多種多様な魔獣が12体も居た。
「それで皆さんはここに住みたいと言う事ですが、具体的にはどのような生活をご希望ですか?」
『誰にも迷惑を掛けないのか』『食事はどうするのか』『戦力はどのぐらいなのか』『手加減ができるのか』などなど聞くべきことはいくらでもあるのだ。
「寝てんじゃないわよっ!」
「もふん!? ・・・・痛いです~・・・・首がゴキって、鳴りました」
おそらく責任者になるであろうベルフェゴールがウトウトしているのを察したルナマリアが、地面に転がっている元魔王の首をサッカーボールの如く勢いよく蹴飛ばした。
『マスター大丈夫ですか?』
『湿布、あっちのタンスに湿布が入ってますから』
『いや、たしか冷やすは逆効果だって聞いて事がありますよ』
すると既に家主として扱っている魔獣達が痛がるベルフェゴールの世話を焼き始めたではないか。
「随分俗世に染まってるわね!? 本当に魔獣?」
少なくともタンスに湿布を常備している魔獣は世間一般的に魔獣とは呼ばないだろう。
しかも的確な対処でベルフェゴールを看病する。
「あ・・・・どうも、どうも」
「では総勢12名が階層ボスとしてここで生活すると言う事ですね?」
「私が・・・・ダンジョンマスター・・・・」
話し合いの末、気の良い平和主義者な彼らはこのダンジョンで静かに暮らすこととなった。
「とは言ってもこんなのダンジョンとは呼べないし、冒険者を入らせるわけにもいかないでしょ? それとも一般開放して普通の魔獣っぽい演技でもするの?」
一応ルナマリアなりに今後の方針を提案してみたのだが・・・・。
『見ず知らずの人を殴るなんて出来ませんよ』
『そうですよ。もし怪我したらどうするんですか。湿布は少量しかないんですからね』
『武器に毒が塗ってあったら・・・・肌荒れの原因に! あぁ怖い! 解毒薬も常備しないと』
安全志向の魔獣達は、自分の爪や牙の事は棚に上げて「戦闘怖い」と全力で拒否する。
傷つくのも傷つけられるのも嫌なんだとか。
それに怒ったのは折角出した案を却下されたルナマリアである。
「あれだけ強いんだから絶対怪我しないわよっ!
手加減しているとは言えフィーネの不可視魔術を平然と避けるわ、アタシの蹴りの衝撃をプヨプヨな体で吸収するわ、ベルフェゴールのローリングアタックを受け止めるわ!
アンタ等一体何なのよ!?」
彼らの危険性を確かめるために少しだけ戦闘をしたのだが、強者を相手に無傷で戦闘出来るほど全員が強かった。
そんな魔獣が12体。
ダンジョンとしては最高難易度に設定されるレベルだろう。
「いっそルーク様一派専用の訓練場にしましょうか。ダンジョンに潜ると言う貴重な経験が出来そうです」
ルーク一派・・・・既に世界征服できるレベルの集団である。
その実力をさらに磨きあげるためにこのダンジョンを使わせてもらおうと言うフィーネ。
「まぁ有りじゃない? コイツ等も退屈でしょうし、手加減も出来るみたいだし、何よりベルフェゴールに仕事を与えないとこのバカはいつまでも寝続けるのよ」
「掘るぜー、ちょー掘るぜー」
やる気満々に意味なくブンブン腕を振り回すベルフェゴール。
その動作からは溺れている人しか想像できないが、とにかく頑張るらしい。
「アンタのキャラ何なの? 全然固まってないじゃない。ってかそれ作ってんの?」
「・・・・何のことだか・・・・サッパリです」
取り合えずベルフェゴールが作ったダンジョンなので彼女が経営することになった。
とは言え既に完成していて拡大しようのないダンジョン。
彼女はここを寝床として使うぐらいで何もしないだろうが・・・・。
『大丈夫ですよ。我々が頑張りますから』
『子守って憧れてたんですよね~。やってきた子供を指導すればいいですよね?』
『歓迎するために花飾りとか用意しないと。各層をクリアしたら一服してもらえる休憩スペースも作って』
魔獣達が忙しそうに、そして嬉しそうにダンジョン内を駆けまわり始めた。
もちろん家賃であるミスリルを集めるのも忘れない。
「あー・・・・そんな感じで・・・・」
『了解です!』
今日もベルフェゴールは、まるで上司の仕事は指示することだと言わんばかりに何もしていない!
凄いぞベーさん、頑張れベーさん!!
ダンジョンの行く末は君に掛かっていないけど!!