二十二話 フィーネ知り合う
「さぁさぁさぁ! 金が要らぬなら情報でもよい。物資でもよい。我がゼクト商会は、この世界の隅々にまで網を張っておる。塩が欲しいなら海路を、武具が欲しいなら鍛冶師を、学びが欲しいなら文献を、何でも揃えてみせるぞ」
「まずはこの場を片付けましょう。お礼の件はその後でゆっくりと」
盗賊を捕らえたものの、これほどの大人数を数十キロ離れた町まで連れていく手段もなければ連絡手段もない。
自分がこの件を町へ伝えに行き、その間彼等が魔獣に襲われないように保護してもらう。あるいはクレア達が町へ伝えに行き、結界で保護して姿を消す。
先を急げてクレア達と関わり合いにならなくて済む、一石二鳥の流れに持って行くつもりだったフィーネだが――。
「それならば問題ない。すでに通信機でアクア支部へ連絡済みじゃ。間もなく大量の竜車が到着する」
クレアは馬車の据えられた魔道具を得意げに撫でてみせる。
「たしか通信範囲は二十キロほどだったはずですが……」
「ふふん、盗賊どももそれを狙ったんじゃろうが甘い甘い。我がゼクト商会の最先端技術によって、四十キロ先まで届くよう改良されたのじゃ! カーッカッカッ!」
(余計なことを……)
それが通信機であることはフィーネも気付いていた。アクアまで届かないと踏んで話を切り出した彼女の目論見は、あっけなく潰えた。
「我等はその実験中だったのじゃが、まさかこんな街の近くで襲われるとは思わなんだ。目立たぬよう普通の馬車を選んだのが裏目に出たのう」
「ゼクト商会の旗を出しておけば盗賊もビビったかもしれないッスね」
「うむ。じゃがお陰でこれほどの実力者と知り合えた。我の運も捨てたものではないのう!」
うんざりするフィーネとは対照的に、クレアは満面の笑みでこの出会いを喜ぶのだった。
そこで青年がこっそりフィーネに耳打ちした。
「見たでしょ、こんな露骨に避けられてるのに知り合いになったと言い切るんスよ? 悪いことは言わないから諦めた方がいいッス。クレア様、一度興味持った相手にはとことん食らいつくタイプッス。めちゃしつこいッス」
「言い方」
隣の女護衛が肘で青年の脇腹を小突く。
「……では、礼代わりに彼等と少し話をさせてもらえますか」
「え? 俺達ッスか?」
「いや、そっちの盗賊達でしょ」
青年がきょとんと目を丸くするも、女性がすかさず訂正。うんざりした様子でため息をつく。
「どっちでも良いわ! なんじゃその報酬は!? そんなもん我の許可など取らず勝手にやればよかろう!?」
「私の助力も同じですよ。通りがかったついでに声を掛けただけ。この程度のことに許可も礼も必要ありません」
クレアはぐぬぬと口を尖らせるが、フィーネは意に介さず拘束された盗賊達の方へ歩み寄った。
一陣の風で叩き伏せられた彼等にとって、それは絶対的な死神が近付いてくる光景だった。怯えた盗賊達は縄に縛られたまま後ずさろうとし、会話が聞き取れなかった者達の中には涙を浮かべて赦しを乞う声すらあがる。
クレア達も興味を抑えきれず、その様子を見守っていた。その瞳には、恐怖に震える盗賊ではなく、フィーネの横顔が映っている。
「ひっ……こ、殺さないでくれ……!」
「俺達はただ……ただ腹が減って……」
最初に声を上げたのは、まだ若い男だった。頬はこけ、肌は土色にくすみ、武器と呼ぶにも心許ない古びた鍬を握っている。
フィーネは無表情のまま膝を折り、視線を合わせる。
「……腹が減ったから人を襲った。理由はそれだけですか」
「そ、そうだ! 誰が好きこのんで盗賊なんかやるかよ! 生きるためには仕方なかったんだ!」
フィーネの実力は身をもって理解しているはずだが、一周まわって開き直った男は毅然とした態度で答える。
「娘に体を売ってくると言われた親の気持ちがわかるか!? 狂暴な魔獣だらけの山から帰ってきた息子に『これだけしか取って来れなかった』と血まみれで謝れた母の気持ちがわかるか!?」
「村は滅ぼされ、食料も薬もねえ! 役人に追い払われた俺達が、罪を犯してでも生きようとして何が悪い! 大人しく死ねってのか!? 悪いのは魔獣を間引かない冒険者だ! 救う価値があるかで判断する貴族だ! 弱者が生きていけない社会だ!」
その叫びに、他の者たちも堰を切ったように声を重ねる。何も言われないのをいいことに、盗賊達は次々に不幸自慢。口に出せば出すほど一行の『正義は我にあり』精神は勢いを増していく。
護衛の二人が顔を見合わせ、クレアも腕を組んで様子を窺った。
その時――。
「黙りなさい」
「「「――っ!!」」」
地獄の底から響くようなフィーネの言葉が、全てを凍り付かせた。盗賊達は一斉に口をつぐみ、ただ震える。
「そういった世界だと幼い頃からわかっていたはずです。厳しく、不公平で、努力が報われることは少ない。だからこそ、生きたければ力を得るしかない」
言葉は淡々としていたが、その一つひとつに鋭い重みがあった。
「それなのに何もしなかった。実力や技術がないからと悲観するだけ。魔獣と戦う道ではなく、人から奪う道を選んだ。何故ですか」
「それは……」
盗賊達の顔が苦く歪む。
「魔獣であれば殺されるところを人間相手なら命乞いすれば懲役で済み、その懲役も衣食住が保証された労働。成功すれば大金が手に入る。貴方達は他者を不幸にして自分が楽する道を選んだのです。怠けるのも大概にしなさい」
誰一人として反論できず、目を伏せることしかできなかった。
「しかしあなた達は現状を受け入れてもいない。生きるのに必死で見えなくなっているだけで、あなた達には善の心と後悔があります。まだやり直せると私は思います」
その声には厳しさと同時に、確かな希望が込められていた。
「現状を変えるために必要なのは言い訳ではなく行動。やるかやらないかはあなた達次第です。選びなさい。誰かを不幸にしながら生きる先の無い未来か、辛く険しいが胸を張って生きる未来か」
それは彼等の間でも話し合われていたことなのか、しばし沈黙が続いた。誰もが言葉を失い、ただ自分の中の何かと向き合っている。
「……悪かった。何もかも……間違ってたかもしれねぇ」
「俺も……もう、こんなのは嫌だ……」
「一からやり直してたい……子供にも絶対努力させるわ……」
ぽつぽつと漏れる後悔の声。それはやがて連鎖し、盗賊達は次々に頭を垂れた。
そこでフィーネは新たな問いを投げる。
「故郷を襲ったという魔獣。赤いマントを身に付けたキングオーク、右目に刀傷のあるワイバーン、尾に火をともした竜のいずれかですか?」
「あ、ああ……キングオークだ。忘れもしねえ」
その時の光景を思い出しながら、男は震えながら答える。
「キングオークじゃと!?」
「Bランクの魔獣じゃないッスか!」
思わずクレア達も反応する。
冒険者ギルドが定める脅威としては上から三番目。
その名の通り、多くの同族を率いて集落を滅ぼすこともある強敵。軍が動く事案だ。冒険者もろくにいない村はひとたまりもない。
「なら安心してください。私が道中で討伐しました。配下のオーク五十五匹と一緒に」
「なっ!?」
「街もギルドも手を出せなかったあれを……一人で……?」
「で、でもこの人なら……」
フィーネの実力を見せつけられた後だ。嘘をつく理由もない。きっと文字通り一掃してキングオーク以外跡形も残っていないのだろうと、盗賊達は解釈した。
「ですが放っておけば新たな魔獣が住みつくでしょう。一刻も早く罪を償い、人手を集め、魔獣を間引き続けることをお勧めします。襲ったということは発生源である魔力溜まりはなさそうですし、餌や進化を防げば十分暮らしていけるはずです」
淡々と現実を告げるその声音に、盗賊達はただ頷くしかない。
人を襲う行為は重罪だ。捕まれば労働奴隷として罪の度合に応じた金額が稼げるまで、魔封じの首輪によって仕事以外での魔力の使用を禁じられたり、契約者と一定以上離れることが出来なくなるなど様々な条件は課せられた上で過酷な労働を強いられる。
処刑するより労働力として民衆がやりたがらない仕事をさせる方が世のためになるという考え方だ。貴族や王族であっても例外ではない。
仕事は選べず家族や仲間とは離れ離れになるが、生きてはいける。
「技術や知識を身につけるつもりなら強制労働も悪くはありませんよ。炭鉱、海上、農業、清掃、過酷な肉体労働ばかりでしょうが決して無駄にはなりません。もしかしたら親切な誰かが手を差し伸べてくれるかもしれませんよ」
フィーネが視線を送ると、クレアはにやりと笑った。
「うむ。キングオークはこちらで回収しておこう。見たところ盗賊経験も浅いようじゃ。我等に被害も出ておらんし数週間の労働で済むじゃろう。出てきたら我のところに顔を出すがいい。復興資金として魔獣を売った金を全額渡してやろう」
「……っ! あ、ありがとうございます!!」
安堵の波が盗賊達に広がっていく。罪の意識に苛まれていた者達も、胸の重しが下りたようで、ゆっくりと顔を上げる。
彼等の瞳には、かつての濁った色はもうなかった。
盗賊たちが顔を上げたその時、遠くから地鳴りのような音が近づいてきた。
「来たようじゃの」
クレアが満足げに口元を緩める。やがて丘の向こうから、竜に曳かれた大列が姿を現した。土煙を巻き上げ、鉄の車輪が唸りを上げる。先頭を走る竜車は武骨な鉄枠に囲まれ、荷台には鎧姿の護衛と捕縛用の鉄枷や檻が整然と積まれていた。
「ご無事ですか、クレア様!」
先頭の商会員が馬車の前で膝をつき、声を張り上げる。即座に護衛兵達が降り立ち、盗賊達を手際よく捕縛していく。
「足の速い竜とはいえ、この短時間でこれほどの人数を動かすとは……素晴らしい対応力ですね」
フィーネはゼクト商会の迅速かつ丁寧な対応を褒め称える。
「じゃろう? こんなことが出来る一流商会に頼みたい願いは決まったか?」
「これならお二人だけで持ち堪えられたのかもしれませんね。それと二キロほど離れた橋に四人拘束しているので、そちらの回収もお願いします。おそらく主犯です」
自身の掘った墓穴をこっそり埋めつつ、状況を確認している商会員達に追加の伝達事項を伝えるフィーネ。自分の助力は必要なかったアピールも忘れない。
「だ、大丈夫なのか……? 今の季節、この辺りは魔獣が活発になることで有名じゃ。あんな状態で生き延びておったら奇跡じゃぞ?」
反応したのは商会員ではなくクレア。芋虫と化した盗賊達を見て不安そうな声を上げる。
「その時はその時です。手っ取り早く人間を更生させるためには、走馬灯を見せ、悔いの残る人生だったと思わせるのが一番です」
「デッドオアアライブ過ぎる!!」
「そうですか? 他者の痛みを知ることなど誰にでも出来ます。そのようなものは罰ではありません。必要なのは傷つけた以上の痛み。それは死すらも生ぬるいものです。盗賊に身を落とすような輩は死んで当然。生きていれば更生している可能性が高いので第二の人生に期待です」
「「「…………」」」
クレア達も盗賊達も、死が選択肢に入っていてもなお平然としているフィーネの倫理観に引いていた。
どうやら魔除けの結界を張っていることは黙っておく方針らしい。
意地の悪いエルフである。




