閑話 ユキサイド『承』
国王ガウェイン、第2女王でイブの母親ユウナ、そしてイブと共に王家の墓がある白霊山を登っているユキ。
その道中で様々な真実が明らかになり改めてユキの凄さを実感したイブ達だが、それは序章に過ぎなかった。
「あ~、懐かしいですね~。アイリーンさんが亡くなってから一度来ただけですけど、昔と変わらないです~」
一同が山頂に到着し、開けた場所にある巨大な墓石を見たユキが思い出に浸った事からそれは始まった。
この山は頂上までの1ルートしか移動できないので荒らされる事がなく、自然がそのまま残っている場所なので数百年だろうと変わることはない。
さらにアイリーンの『いつも賑やかであって欲しい』と言う要望通り、誰でも自由に訪れることが出来る山になっているため、今回の様な王族が集まる日以外なら立ち入り禁止にならず、相当な頻度で人がやってくる観光スポットにすらなっていた。
「ご先祖様、はじめまして・・・・イブです」
あちこちをフラフラとしているユキを置いてイブ達は墓参りを始める。
『・・・・・・』
するとイブの挨拶に合わせたかのように、上空から羽ばたき音もなく巨大な黒龍が舞い降りてきた。
その龍は体長8mほどの細身の体躯を屈ませてイブ達の顔をジッと見つめている。
彼こそがガウェイン達の言っていた神獣だった。
「おぉ! 神獣様、お久しぶりです!
良かったなイブ。彼がこの山の守護神であり、代々我々をお守りくださっている神獣様だ。さぁ挨拶を」
「・・・・イブです」
『・・・・・・』
しかし黒龍からは何の反応もない。
「・・・・イブです」
イブが再び挨拶をしても結果は同じである。
初対面の龍相手に頑張って話しかけたイブは落ち込んでいるが、そこへ事情を知っている国王がフォローを入れる。
「気にする必要は無いよ。今まで彼と会話出来た者は居ないと言われているほど寡黙な方、いやおそらく人間の言葉を話せないのだろう。
何度も王国の危機を救っていただいているから、我々の顔は覚えているようなのだが・・・・」
国王ですら目の前に居る黒龍の名前を知らないと言う。
そしてジッと墓参りの様子を見ている龍を尻目に、イブ達の先祖への挨拶を終わった。
姿の見えないユキを呼んで帰ろうとした、その時・・・・。
「ああぁーーーっ!
『みっちゃん』じゃないですか~。久しぶりです~」
山の中を散策していたユキが帰って来て、山の守護神たる黒龍に対してペチペチと馴れ馴れしく話しかけ始めたではないか。
(((・・・・みっちゃん?)))
まさかこの黒龍の名前なのだろうか? と思ったイブ達はハテナ顔である。
これほど雄々しくて威厳のある神獣が『みっちゃん』・・・・。
真実を知っているのはユキだけであり、気になってはいるが聞き出せない大人達は娘にその役目を託した。
「ユキさん、知り合い?」
「お友達です~。アイリーンさんとも交流があって、その時に彼女が付けたあだ名が『みっちゃん』だったんですよ~」
自由奔放な王女様は神獣だろうとお構いなしにペット扱いしていたらしい。
予期せぬ形で神獣の名前を知ってしまったガウェイン達は、今後自分達も『みっちゃん』と言うファンシーな名前で呼ぶべきか悩んでいる。
すると墓参りの間ずっと傍観を決め込んでいた黒龍が動いた。
『・・・・アルテミスだと何度言えばわかる』
「「「喋ったっ!?」」」
「それは神獣ですから喋りますよ~。みっちゃん、ちょっと顔が見えないので人型になってください」
展開が早すぎてついて行けない王族を置いて、ユキがドンドン進行していく。
「貴様が『みっちゃん』を広めるから他の連中までそう呼んでいるんだぞ。昔はアイリーンだけだったのに」
ユキに向かって不満をぶつけたのは、先ほどまで巨大な黒龍だった少女。
褐色の肌と黒髪、頭の上に龍の角がある事によって辛うじて黒龍らしさは残しているものの、そこに居るのはユキと同じく17、18歳ほどの綺麗な女の子である。
服は己の鱗を変質させて作った黒い龍を模したチャイナドレスだ。それも取り合えず己が龍であることをアピールできる服装ではある。
「可愛いですよ? みっちゃん。何が不満なんですか~?」
「威厳が感じなれない。名前を覚えられない。どいつもこいつも1000歳を超える私に対して敬意を払わなくなる。久しぶりに再会した友人から『久しぶり、み、みっちゃん・・・・プププ』と笑われる!
何一つ良い事などあるかっ!」
みっちゃんも色々と苦労しているようである。
「でも年下の女の子にちゃん付けするのは変じゃないですよね~?」
「・・・・くっ。これだからユキは嫌なんだ。貴様どれだけ長生きするつもりだ」
どうやらこの2人、ユキの方が年上らしい。
そして怒りの矛先は傍観しているイブ達にも降りかかって来た。
「王族も! 勝手に男扱いするな!! 私は女だ!!
会話しなかったのも関心がなかったからで、人語を理解出来ないわけではないわ!!
そもそも守護神とか崇めている割にドラゴンフルーツも持ってこないとかありえんだろ!!」
「も、申し訳ございませんっ!」
これまでの不満をここぞとばかりにぶつけてくるみっちゃん。もといアルテミス。
信仰の対象ですらある神獣からそんな事を言われては、例え国王であろうと謝罪するしかなかった。
(((・・・・ドラゴンフルーツ好きなんだ。龍なのに)))
そんなツッコミが出来る状況ではないのだが、どうしても思わずにはいられないイブ達は、再来年から墓参りの時にはドラゴンフルーツを持ってこようと心に決めた。
「相変わらずドラゴンしてますね~。龍なのに。ププッ」
「・・・・貴様っ」
「ユ、ユキさん!? ちょっと黙っててもらえます!?」
空気を読まずバカにし続けるユキを強引に黙らせたガウェインとユウナだが時すでに遅し。
アルテミスはさらにヒートアップしてしまった。
実際彼女自身も気にしていたのかもしれない。
「あんな弱い連中と一緒にするな! 私は誇り高き古龍! それも歴戦の覇者『黒龍』のアルテミスだ!!」
「でも最近は古龍も弱くなりましたよ~。この前も100歳ぐらいの子が居ましたけど、力の差を理解せずに私に襲い掛かってきましたし」
「ぐぬぅ・・・・たしかに若い龍の中には人語すら喋れないバカも多いが」
「そうですよ~。いくらみっちゃんが古龍の中で優れた存在の神獣とは言え、知らない人からしたら古龍もドラゴンも神獣も同じですって。だからドラゴンも間違いじゃないです~」
「ユキはどうしても私をドラゴン扱いしたいわけだな? そうなんだな?
そもそもドラゴンが地上にのさばっているせいで珍しい形をしたフルーツは全てドラゴンに例えられ、妙な名称が付くようになった! ドラゴンアップル、ドラゴンボール、ドラゴンオレンジ、ドラゴンベリー。さらにはドラゴン草などと!
何がドラゴンだっ! アレは古龍の方が似ているだろう!?」
「みっちゃん、ドラゴンフルーツ大好きですもんね~」
アルテミスが言った果実はドラゴンの部位に似ているため、人々からは『ドラゴンフルーツ』の略称で取引されている。
そして彼女はそれが大好物なのだ。
「だからこそ意識改革のために地上に居るドラゴンを殲滅していたら勝手に神獣と呼ばれ、崇められ、奉られ・・・・。
そんな事はいいからドラゴンフルーツと言う名前を変えろ! 龍フルーツにっ!」
「言いにくいです~」
自分達をドラゴンから守る存在だと勘違いされたため守護神と呼ばれるようになったらしい。
「最初ドラゴンフルーツを食べたのだって、アイリーンさんが変な名前のフルーツねって言って面白がって持ち歩いていた時にたまたま出会ったからじゃないですか~」
「まさか果実1つで使役させられるとは思っても見なかった・・・・」
ユキとアイリーンによって無理矢理口に放り込まれたドラゴンフルーツが美味しすぎてもう一口欲しいがために友達になると言ったのだ。
所詮は獣。欲望には忠実なのである。
一触即発、どころか完全に彼女の逆鱗に触れてしまったユキは全く気にすることなく話を続ける。
「そんなドラゴンさん「またドラゴンと!」 ・・・・まぁまぁ、それは一旦置いといて朗報ですよ~。
実は最近ですね~、面白い人物とお友達になりまして。美味しい料理が食べられるようになったんです~」
「だからどうした? 今から貴様を料理する私の腕への当てつけか?」
「出来もしない事は言うものじゃないですよ~。
で、その人物ならみっちゃん大好物のドラゴンフルーツに合う料理方法も知ってるはずですよ~。彼の発想力には私も脱帽しましたし、その腕前から数々の女性を落としてきたため『落とし神』と言っていいほどです~」
「ぬ? きょ、興味深い話だな・・・・」
「でしょ~? でも逆鱗中のみっちゃんを会わせるわけにはいかないですね~」
「・・・・仕方ない。龍フルーツのためだ、一旦休戦にしよう」
なんとか彼女の怒りは収まったようだ。
「だからと言って逆鱗を触るな! 無性に暴れたくなるから!!」
「コリコリした感触がクセになるんですよ~。そんな触りたくなるような逆鱗をしてるみっちゃんが悪いです~」
「・・・・ユキさん、次は私」
コリコリコリコリ。
アルテミスの腹にある逆鱗を興味深そうに見ていたイブがユキに交代してもらい、ひたすら新しい感触を楽しんだのであった。
「・・・・・・アイリーンの子孫でなければ国ごと滅ぼしている所だ」
なんだかんだ言って抵抗しない優しい龍と言う事だ。