閑話 その頃、ヨシュアでは2
「今日も誰か来ねぇかな~」
「昨日はニーナさんが来てくれましたけど、この時期ロア商会の皆さん忙しそうですからね~。
やっぱり本命はオルブライト家に用事のある貴族様でしょうか? 暇つぶし相手になってくれるとは思えませんけど・・・・」
ルーク達が王都へ行った翌日。
相も変わらず静かなオルブライト家で暇をしているマリクとエルの下に再び来客があった。
「全くなんでアタシがこんな事を・・・・ブツブツ」
フィーネから街の守護を頼まれたルナマリアである。
街を見て回った後、オルブライト家に立ち寄るよう言われているのでこうしてやってきたのだ。
ヨシュアを練り歩かなければならないため、エルフとバレないようにフードを被っていたので人間とは接触してないはずだが不機嫌そうである。
もちろん顔見せのために来たので今は被っていない。
((本当にルナマリアさん来ちゃった・・・・))
昨日、エルが暇つぶし相手を適当に予想したのだがそれが見事に的中。
人間嫌いな彼女が来ることなど完全に無いと思っていた2人は驚いているし、そもそもオルブライト家自体と交流がないのにこうして訪問されたのだから、どう対応していいものか悩んでいる。
「え~っと・・・・いらっしゃい?」
エルに突かれたマリクが『俺かよ!?』という顔をしながらもルナマリアを出迎えた。
「ええ、来てやったわよ。じゃ、帰るわね」
「帰っちゃうんですか!?」
後ろに控えていたエルもまさか挨拶しただけで帰るとは思わず、ズイッと前に出て来てツッコミを入れた。
するとルナマリアは鬱陶しそうに帰る理由を説明し始めた。
「帰るに決まってるじゃない。なんで仲良くしないといけないのよ。アタシがアンタ達に興味があるとでも思ったの?」
「いえ・・・・暇つぶし相手になって欲しいな~、なんて」
下手に嘘をつくべきではないと考えたエルが恐る恐る真実を口にした。
2人は今日も暇なのだ。
しかしほぼ初対面の相手から暇つぶし相手になれと言われたルナマリアは当然のように怒りを露にする。
「ハァッ!? 知らないわよ、そんなの。勝手に知り合い呼べばいいでしょ」
「長期休暇で誰もヨシュアに居ないんだ」
「です、です」
だから話し相手になってくれとマリクも援護に回った。
「アタシは忙しいのよ。じゃあね! ちゃんと来た事をフィーネに報告しなさいよっ!」
そんな2人の交渉に応じることなくルナマリアは早々に立ち去ろうとしてしまう。
「なんじゃ。てっきりフィーネだと思っていたが別のエルフじゃったか」
するとオルブライト家にさらなる訪問者が現れた。
世界有数の大商会であるゼクト商会の愛娘『クレア』だ。
「ほら~、やっぱり夏休みだから旅行してるんですって」
「タイミング最悪ッスね」
お供のルー&ノッチコンビも一緒だった。
実に3年ぶりの登場である。
「・・・・アンタ、フィーネの知り合い?」
帰ろうとしていたルナマリアが、自分の知らないフィーネ関係者に興味を示して立ち止まった。
「まぁ商会仲間じゃな。3年ほど前に一時行動を共にしていた」
「はいっ! 美味しい料理もらいました! ねぇ、別のエルフよ!」
「盗賊から助けてもらったッス! エルフッスね!」
商人として勉強中の自分が久しぶりにヨシュアに立ち寄ったので、こうしてオルブライト家を訪れたと言うクレア。
護衛達は相変わらずのハイテンションである。
((なんか妙な展開になってきたけど暇は潰せそう))
今日も楽しい時間が過ごせると思った2人は、満面の笑みで4人を家に招き入れるのであった。
居間でお菓子とお茶と言う応接セットを出されたクレアは、お土産に各地の珍しい果物を手渡した。
「・・・・これ誰が作ったの?」
それに誰よりも早く反応したのは受け取ったエルではなくルナマリア。
農業に目覚めた彼女の目から見ても、嫌いな人間に思わず質問してしまうほど極上の品々だったのだ。
「これは自然になった物じゃ。ただ育成には気候が大切らしく、この見た目もあって一部の地域でしか食されてはいないがな」
商人として世界中を巡っているクレアからしても珍しいと言うその果実は、たしかにどれもグロテスクな見た目をしている。
「へぇ~。やっぱりエルフの里に籠ってたらダメね。長年生きてるけど見たことも無い果実だわ。これとか古龍の尻尾そっくりじゃない。こっちは手そっくり。
面白そうだし今度農場でも挑戦してみようかしら?」
「「通称ドラゴンフルーツです(ッス)!!」」
エルフですら知らない事を自分達が教えられることに感動して、思わずドヤ顔になりながら声を揃えて喋る護衛コンビ。
古龍など知らない一般人からすれば、このフルーツの見た目はドラゴンに例えるのが最も適切なのだ。
「それぐらい知ってるわよ。ただこんなに種類が多いとは思わなかったの!」
クレアのお土産は5種類のドラゴンフルーツだったため、2種類しか知らなかったルナマリアは驚いたのだ。
知らない人が今の彼女を見たらとても人間嫌いとは思えないだろう。
それほどまでに農家として新たな道を見出したルナマリアは上機嫌に会話している。
ただ残念そうにクレアが「このドラゴンフルーツに合う調味料の方は長持ちしなかったため土産に出来なかった」と言う。
にも関わらず初めて訪れる家のお土産に選んだと言う事は、この5種類のドラゴンフルーツはそれほど珍しい品なのだろう。
「ルーク様が調理方法知ってたりしないですかね?」
「アイツなんでも知ってるからな。一口食べたら『あぁ、これならこうして』とか言いそうだ」
結局ルーク達が帰ってくるまで冷蔵庫行きになり、エルが調理場へと持っていった。
それを名残惜しそうに見ていたルナマリアが少し照れながら発言する。
「も、もし・・・・もし美味しく料理できたら食べに来てあげても良いわよ!
あとアンタ達がこれをもらった地域教えなさいよ。精霊・・・・あ~、ユキに取ってきてもらうから」
精霊王と言う秘密を守るため寸前で言い留まったルナマリア。
知らない人が聞いてわかるようなものでもないが、言わないに越したことは無い。
そして今後マリク達とも仲良くしたそうな所を見ると、案外人間と話すのも悪くないと思ったのかもしれない。
土産話もそこそこに、紅茶と苺ケーキを食べて寛いでいたクレアがオルブライト家へやってきた理由を詳しく話し始めた。
「しかし我はいつになったらフィーネと再会出来るのじゃろうな・・・・。
主のルークとやらも一向に会える気配がない」
そもそもクレア達がオルブライト家へやってきた理由はフィーネ達に会うためだったのだが、残念ながら王都に行っているため会えず仕舞いである。
「まぁ今回は仕方ない部分がありますけどね」
「なんで学校行ってる平日を狙わないんッスか」
アンタが悪い、と2人して雇い主を責めるルーとノッチ。
どうやらクレアは厳しい雇い主ではないらしい。
ノッチに至ってはクレアが楽しみに残していた苺ケーキの苺を横からかっさらう
と言う主従関係の崩壊具合である。もちろんその直後に殴られていた。
「商会の都合があるから仕方ないじゃろ! 大体お前らもここに来るまで『学生は休みだから時間を掛けて交流できますね』とか言っておったはずじゃ!!」
「「記憶にございません」」
「き・・・・貴様ら・・・・っ!」
主を見捨てる護衛の図が完成した。
「ん? 交流ってロア商会とゼクト商会の話じゃないのか? 俺はてっきり同盟でも結ぶために来たのかと思ってたけど」
「いや、たしかに最近のロア商会の急成長は気になっていたが、あくまで個人的な話じゃ。
むろんロア商会で作っている品々を流してもらえるならありがたいがな」
商人ではなく1人の少女としてフィーネ達に会いに来たと言うクレアは、仕事とプライベートを完全に分ける人のようだ。
オルブライト家に来た今日とは別で噂のロア商会について調査しようとは思っていたらしい。
「アタシは良いわよ。世界中に自分の作った野菜が広まるのは生産者冥利に尽きるし」
完全に農家としての意見を出したルナマリアは、ゼクト商会と提携することを考えてもいいと言う。
フィーネ絡みでなければ取り付く島もなくNOの一点張りだっただろうが、自分が少し話しただけでも信頼に値する人物だと思えたらしい。
「む? 先ほどから聞いていればお主、どうもこの家の人間ではなさそうじゃな」
「ええ、農場で護衛をしながら野菜や果物作ってるわよ。まぁ最高責任者と言って良いわね」
実際はモームが農場主なのだが基本的に2人の方針は一致するため、ルナマリアが販売すると言えば拒否はしないはずだ。
「予想外の展開で交渉がスムーズに進んでおるな・・・・。商人としては願ったり叶ったりなんじゃが、これまでの苦労を思うと複雑な気分じゃ。
折角時間もあることじゃし、その農場を見させてもらっても良いか?」
「ええ。ベルフェゴールって言う変な生き物が居るけど問題ないわよ。ついでに山の果実も売りましょうか?」
具体的な交渉に入ろうとするルナマリアとクレアだが、そこにマリクとエルから待ったが掛かった。
「まぁまぁ、もうちょっと暇つぶしに付き合えよ」
「ルーク様とフィーネさんのお話をもっとしましょうよ。そして皆さんの事も聞かせてください」
たった数十分で暇つぶし相手を逃がしてなるものか、と言う強い意志が感じられる。
2人にとって暇な時間とはそれほどまでに苦痛だったらしい。
もちろん断る人間など居なかった。
むしろ色々と聞きたい事があるのはクレア達の方だったらしく、前のめりになりながら質問してきた。
「あっ! 私、エルフの日常生活が気になります!」
「オレ、鍛え方が気になるッス!」
「たしかに天井に張り付いている明かりを放つ魔道具や、このケーキに入っている調味料など気になる事は多いのじゃ」
「アタシも別に良いわよ。こんなにじっくりフィーネの事を他人から聞くことも初めてだし」
その後、全員が盛り上がり続けて夜遅くまでオルブライト家から笑い声が絶えることはなかった。