百五十三話 アリシア姉は新しい武器を使いました
先鋒のマオ先輩は攻撃すればするほど興奮する変態と対戦して自らギブアップ。
次鋒のパクト先輩は自慢の身体能力が全ての面で相手に上回られて惨敗した。
いよいよ後がなくなったヨシュア学校の次なる選手は我らがアリシア姉だ!
モチャモチャ。
「アリフィアがふぇふぇきたわよ!(アリシアが出てきたわよ)」
モチャモチャモチャ。
「ふぉんとだ! ふぁふぁふぃぶふぃ見せひらふぁしてる!(ほんとだ、新しい武器を見せびらかしてる)」
「2人共ポップコーンは一旦置こうね」
試合の合間の小休憩中にちょっと小腹が空いたのでフィーネにお使いを頼んだらポップコーンを買って来てくれたのだ。
観戦にはやっぱりこれだよな。絶妙な塩加減とクセになる食感によって無くなるまで手が止まりそうにありません。
ポップコーン美味しいけどこの会場にもロア商会が入り込んでいたりするんだろうか? それとも単純に料理方法パクられただけ?
口一杯に放り込んだ分を消化して会長であるフィーネに聞いてみた。
「ルーク様が広めてほしいと仰ったのでユキが王都に広めたのですよ。王族の方々も食されていると言うこともあり一大ブームが巻き起こっているようです」
色々なイベントに参加しているお偉いさん方が挙ってポップコーンをもちゃもちゃ食べていたら民衆が「なんだアレは!?」と自然と広まったらしい。
今度ロア商会の看板に『元祖』って入れよう。
食文化を改善したいと言う気持ちと、自分のアイデアから生まれた商品だって自慢したい気持ちが複雑に絡み合う今日この頃である。
『さぁ! 後がないヨシュア学校の次なる選手はアリシアさん!
剣と火の魔術を巧みに操り、多くの魔獣を討伐した経験の持ち主です。なんと校内ランキング2位と言う事! ここからヨシュアの反撃が始まるのか!?』
お、流石に期待できる選手はキチンとした紹介してくれるんだな。
明らかに前の2人とは扱いが違う。
「アリシアー! 頑張ってー!」
娘を応援するため残っていたポップコーンを流し込んで完食した母さんが、絶対聞こえないだろうけど観客席から大きな声援を送る。
俺もこのノリに乗っておこう。
何のために皆で王都まで来たのか?
そんなの決まっている!
出場する家族を応援するためだ!!
「新しい武器の力みせてやれーー!!」
『対するレギオン学校は・・・・な、なな、なんとっ! ズン君の登場だー!!
ご存じ前大会にも出場した天才少年が満を持して中堅戦で大暴れするぞー!! なにせ当時7歳にも関わらず名立たる強豪たちと激戦を繰り広げ、レギオン学校をベスト4に導いた将来有望なエリートです!
もちろん校内最強ランキング1位! しかも得意な戦術はアリシアさんと同じく剣と火の魔術と言うのだから、これは一方的な試合になってしまうでしょう!!』
「・・・・やっぱりこの解説者、レギオン学校を贔屓してるよな?」
折角アリシア姉の事を持ち上げたのに、相手の紹介はその上を行っている。
そりゃ2回出場してるのは凄いと思うけど、実戦経験で言えばアリシア姉は学生の中で群を抜いてると思うぞ。
伊達にユキと水中散歩したり、クロに乗って遠征したりしていない。
このズンって少年は海の中に潜った事あるのか?
毎日のように泥だらけになるまで戦闘するのか?
恐ろしい食堂でウェイトレスと死闘を繰り広げたりしてんのか?
すると同じことを思ったのか、母さんがイラ立ちを隠そうともせずに解説席を睨みつけながら話し掛けてきた。
「フィーネ、解説者が鬱陶しいわ。ちょっとバレない様にアイツを黙らせてきてくれる?」
「お、いいね。きっと解説席には生徒の情報書いた紙があるから、この後は全部フィーネが解説やればいいさ」
いい加減イライラしてきた所だ。
他の選手はともかく家族をそんな風に雑に扱われたら温厚で有名な俺でも流石にキレるぞ。
「止めなさい」
チッ、父さんに止められてしまった。
とか言うアンタもずっと貧乏揺すりしてんじゃん。
ちょっとムカついてるんだろ? 素直になりなよ。
「これは圧勝ですね」
俺はもちろん、母さん達もイライラする中、フィーネが初めて試合結果を予想した。
「だよな! アリシア姉が負けるわけないよな!」
「そうよ、そうよ! 攻撃力ならピカイチよ! 日頃私が被害者たちにどれだけ謝罪したと思ってるの!?」
そうだ、そうだ! 校内きっての破壊神を舐めんな!
弟ってだけで先輩から敬語使われる身にもなってみろってんだ。こんちくしょーっ!
「身内の不幸自慢はさておき、フィーネはどうしてそう思うんだい?」
俺達の愚痴が始まると思ったのか、父さんが話をぶった切って勝利宣言した理由を尋ねる。
ちぇ・・・・アレとか、アレとか、まだまだ言いたい事あったんだけどな~。
「相性の問題ですね。アリシア様があの武器を手にしている限り、同じ戦闘方法ではよほどの差がなければ勝負になりません。ユキに水魔術で挑むようなものです」
「おぉ~。早速レーヴァテインが役に立ちそうだな!
フィーネが言うなら間違いないし、上手くいけばヨシュアの勝ちもあり得るか」
ふっ・・・・ヨシュアの底力を思い知れ。
この後にはレナード君も控えてるし、アリシア姉がレギオン学校の最強を倒して衝撃を与えてくれればここから3連勝も夢じゃない。
『それでは! 中堅戦・・・・開始ぃぃぃいいいいいいっ!!!』
得意の先手必勝で行くのかと思ったら、合図と同時に動いたのは相手のみでアリシア姉は珍しく出方を窺っている。
『これはズン君の常勝パターンに入ったかー!? 地を這う炎と、高速の連撃で相手は成すすべ無く倒されるぞぉぉーーっ!』
クックック・・・・普通の相手なら、な。
今のアリシア姉を舐めるなよ。ドラゴンのブレスすら弾き返す(かもしれない)剣を持ってるんだぞ。
必勝パターンを返された時の少年の顔が楽しみだわ! ハァーッハッハッハ!
『対するアリシアさんは・・・・まだ様子を見ている! 魔力も一切出していない! 同じ炎使いと言うこともあり何か対策があるのか!?
いや! おもむろに剣を構えて反撃の体勢に入ったぞ!』
フフ、残念だったな解説者よ。
いくら有能とは言え、アリシア姉の事は何一つわかっていないようだ。
あの表情は、
「初めて使う剣の性能が楽しみだけど、折角だし対戦校最強の実力も見てみたいから受け手に回って見たものの、実践ではとても使えないような長ったらしい詠唱を始めたから実力が知れた雑魚。
でもここで攻撃したらマナー違反な気がするから、会場のどこかに居るルークに剣を見せびらそうっと」
って考えてる時の顔だ。
やたらと長い詠唱をする相手を待つことに飽きて剣をブンブン振るって暇つぶしを始めたアリシア姉は、ぶっちゃけこの試合に興味が無くなっているのだ。
「これでランキング1位なのか? 前の2人の方が強かった気がするけど」
「戦術としては正しいのですが、如何せん魔術が稚拙ですのでそう見えるのでしょう。学生にしては十分強いですよ。
詠唱中の攻撃にも対応出来るようですが、それによって余計に詠唱が遅くなっていますね」
どうやら攻防一体の構えだったらしい。
で、それを警戒してアリシア姉みたいに待っていたら必勝パータンに嵌められるってわけか。
そりゃこんな長い詠唱してたら隙だらけになるし、対策を講じなかったらランキング1位なんて取れないわな。ってか本当に長い。
まだかな、まだかな~。
詠唱中の少年1人で白熱されても見てる方は飽きるんだけど。
・・・・あ、終わった。
『ここで今日1番の魔力が解放されるーっ! 余裕の表情を見せていたアリシアさんも思わず困惑する強大な魔術が放たれるぞー!!』
いや、あれは、
「あぁ、やっと終わった、長すぎるのよ! あと魔力が溢れてるから攻撃範囲がもろバレよ!」
って呆れてるだけだ。
ここにきて相手の評価はさらに下方修正されたらしい。
まぁフィーネやユキの魔術に対応することが目標のアリシア姉からすれば、学生の魔術なんてどれだけ凄くても幼稚にしか思えないだろう。
『ついに出たーっ! ズン君お得意の・・・・「ファイアードラゴン!」
地面を縦横無尽に駆け巡る豪炎! これは避けられないぃぃぃっ!!』
それは確かに地を這う竜の如く、高速で相手に向かって四方八方から飛んでいく!
けどアリシア姉は焦ることなく大剣を振り上げた。
「ふぅ・・・・・・・」
上段に構えた剣、そして深呼吸して精神統一。
「・・・・でやぁああぁぁぁーーーーーーっ!!!!」
観客席にまで響く大声を上げてアリシア姉が全身全霊の一撃を放った。
ぶわああああぁぁぁーーーーーーーー!!!
相手が放った魔術より巨大な・・・・いや、会場全体を埋め尽くす炎の波が少年をフィールドの外へ吹き飛ばす。
ズドンッッ!!!
留まる事をしらない圧倒的な火力は石の床を焼いただけでは収まらず、アリシア姉の放った一撃は広がり続け、俺達の居る観客席にまでその衝撃を与えた。
炎の波はユキが作った結界で防がれたけど、それを通り越して余波を伝えたのだ。
「「「・・・・・・・」」」
解説者はもちろん観客の誰もが動くことが出来ない。
呆気にとられる一同を見て、満足そうに全ての魔力を出し切ったアリシア姉は気絶した。
吹き飛ばされた相手の身体には傷とも呼べないような、小さな、本当に小さな火傷が出来ている。
それは闘技場始まって以来・・・・初の怪我人であった。