百五十話 魔術と魔法は違うみたいです
さて、新しい武器で最も大切となるのは所有者の使いやすさだろう。
どんなに良い物だろうと慣れるまでは使いこなすのが難しく、どうしても違和感を覚えてしまうものだ。
ましてやアリシア姉が手にするのは試合直前になるんだから、練習無しの一発勝負になるのを想定しないといけない。
「ってことは作るとしたら大剣か。やっぱり使い慣れた武器が良いよな」
はい~。ここに取り出したるはポッキリ折れた大剣!
新しい武器の参考になるかもしれない、とアリシア姉から渡された物だ。
暗に『これと同じの作ったら折るからな?』と脅されている気がする。
少なくとも改良を加えなければこの剣の二の舞になるだろう。
でも・・・・致命的な問題があった。
俺に鍛冶の技術なんてあるわけないじゃん。
現代知識でどうにかしろって思うかもしれないけど、俺が知ってる刃物なんて包丁、鎌、鉈ぐらいなもんだぞ?
それにしたって接客に必要だったから研ぎ方とか良い品の選び方を覚えただけで、製法なんて皆目見当もつきません。
「ある程度指示していただければ私が作りますので大丈夫ですよ」
すると、折れた大剣を見て途方に暮れている俺にフィーネが声を掛けてくれた。
今まで俺が武具に関心を示さなかったので言わなかったんだろうけど、万能なフィーネさんは剣でも鎧でも作れるらしい。
「・・・・それ、俺いる?」
フィーネが1人で作ればいいじゃんな?
その方が絶対早いし、強い武器になるだろうよ。
「それはいけません。アリシア様が望んでいるのはルーク様が初めて作った武器ですので」
「まぁ意図せず約束してしまったみたいだし作るけどさ」
アリシア姉なら間違った使い方で無用な殺生とかしないだろうし、何だかんだで身を守れる武器を持っててもらいたい弟心もあるのだ。
「愛、ですね」
「フィーネ、『家族』を付けろ。誤解されるから」
愛について否定はしない。
なんでこんなどうでもいい場所で真剣に家族愛について語ってるんだろうか。
「姉を愛するあまり家族としての一線を越えてしまった弟、ですか?」
・・・・いつからボケキャラに転職したんだ?
いいから作るぞ!
「目立たない様にしたいから・・・・2層構造にするか。
フィーネが圧縮魔術で芯を作って、俺が魔法陣を刻む。その周りを普通の鉄剣にすれば違和感ないんじゃないか?」
昔読んだ本に折れない刃物の構造は芯が重要って書いてあった気がする。
でも大剣全部を折れないようにしたら、たぶん見る人が見たら一瞬で凄い武器だとバレてしまう。
そしてそんな武器を持っている事を知られたら襲われる可能性は高いと言う事。それでは本末転倒である。
いや、その作り方なんて知らないけどフィーネに言えば出来そうじゃん。
「はい。こちらが芯になります」
「・・・・ありがとう」
本当にアイデアを出しただけでそれっぽい部分を用意された。
なんか一瞬で欲しいと思った物を出されたので次の部分に取り掛かろう。
ずばり!
この剣において最も重要な部分となるであろう、オリジナリティ溢れる『魔法陣』だ!
アリシア姉の得意属性は火。弱点は水。
得意属性を伸ばして一点特化か、弱点を補うバランスタイプか、悩みどころである。
RPG的に考えるなら主人公が特化、仲間をバランスにしたいところだな。いやヒーラーは魔力特化、前衛の盾は防御極振りにしてバフデバフをかけ続ければあの高難易度クエストも楽々いけるように・・・・いや、素早さも捨てがたいか・・・・・・。
「ルーク様、ルーク様。時間がなくなりますよ」
おっとそうだった。俺のキャラ育成理論とかどうでもいいな。
「・・・・・・・・・よしっ! 決まった!
火力特化の剣にしよう!」
俺は色々悩んだ末、アリシア姉の好きそうな一撃必殺を優先した。
たぶんこれがフィーネの言う『愛』なんだろう。
「ラヴ、ですね」
君らの間では英語が流行ってるのか?
とにかく刻む魔法陣は『火』に決まった。
折角フィーネが用意してくれた鉄なので、
「あっ、それはミスリルですよ。ベルフェゴールさんがお土産にくれたものです」
・・・・凄い素材なので今まで出来なかった事をしてみようと思う。
それは! 魔力の重ね掛けだっ!
昔作った加熱鉄板を覚えているだろうか?
あれは普通の鉄板だったので複雑な魔術には耐えられなかったけど、今回は魔力伝導率が素晴らしいミスリルをさらにフィーネが圧縮して作った素材!
そう簡単に壊れるわけがない。
で、重ね掛けについて具体的に説明すると、まず摩擦して加熱する回路を作る。
次に熱を持っている回路に火属性の魔術を掛ける。
さらに芯に蓄えている魔力が解放されて爆発的に熱量を増加させる。
と言うように火力が3段階アップする画期的な発想だ!
「ではこの芯には精霊術で火を付与しておきますね。高純度のミスリルなのでルーク様の携帯と同じく精霊が宿るでしょう。
魔法陣を掘るためのルーターはこちらをお使いください。ドラゴンの皮膚も削れる一品なので、ミスリルでも時間を掛ければ加工できます。
芯と刃の結合部分はどうしても弱くなるので自己修復機能を付けますね。
いっそ魔力を開放する時に周囲の微精霊を吸い込むような構造にしましょうか?」
・・・・・・俺なにしたらいいの? 口出し? 今フィーネが全部言ったじゃん。
一応魔法陣を掘る作業は出来るみたいだけど、これもやってる最中フィーネがさり気なく改善案を提示してくるだよ。
もうフィーネの作品で良いじゃんな?
「おやおや~、何やら楽しそうな事やってますね~」
俺達が地道に大剣の内側と芯に魔法陣加工をしている、王族が寝静まって暇だから遊びに来たと言うユキがやってきた。
集中していて気付かなかったけど、夕食後すぐに取り掛かったのにもう真夜中らしい。
「ムムムッ? なにやら不快な気配がしますよ~。フィーネさん、火の精霊を呼びましたね~?」
「数時間前ですけどね。まだ残っていましたか」
途中参加で事情を知らないユキのために、精霊を呼んだ訳や俺達がアリシア姉の武器を作っている事を説明する。
「なるほど、なるほど~。残念ですけど、たしかにアリシアさんには水や氷より火の方が似合ってますね~」
得意分野が活かされないことに若干不服そうなユキだけど、何か手出しをするでもなくそのまま黙って作業を眺めている。
自分が手伝うと相性の悪い火の精霊が逃げるかもしれないと言われては仕方がない。
それから数時間、ひたすら魔法陣を掘り続けた俺はいよいよ眠気の限界が来てしまう。
「・・・・ぅぁっ! あぶなっ!」
「ルークさん意識が飛んでましたね~。おねむですか~?」
「無理もありません。こんなに遅くまで起きていたのは初めてですからね」
そうだけど、なんでフィーネが俺の就寝時間を知ってるんだ?
「メイドですので」
さいですか。
「眠いけどここまで来たら最後まで頑張るよ」
あと少しなんだし、初めて作った武器は最後まで責任を持って完成させたいじゃないか。
翌日、というか試合当日の朝。
「ねぇ、アリシアちゃんの武器は完成したの? どんなの? 凄い?」
「・・・・んぁっ!?」
ヒカリの声を聞いて俺は意識を覚醒させた。
徹夜したから寝てはいないけど脳は9割方活動を止めていたらしい。
「・・・・途中までしか知らないけどアリシア姉も納得の性能だと思うぞ。一応頑張ったし」
たぶん俺が作る最初で最後の武器だ。
フィーネ達も協力してくれたし、そんじょそこらの武器には負けないと思う。
気に入ってくれると良いな~と不安になりながら、隣を見るとフィーネとユキがガックリしている。
「やってしまいました・・・・」
「途中から訳のわからないテンションになりましたよね~」
え!? まさか失敗とか?
だってほぼ完成してたじゃん。
「「いえ、凄い武器を作ってしまいました」」
・・・・それは別に良いと思うけど?
しかし詳しい説明を受けて状況を理解した俺も慌てる羽目になる。
この世界に存在する力は主に3つ。『魔道具』『魔術』『精霊術』だ。
そしてこの大剣は、『魔道具』つまり魔法陣で発動する強化の力、『魔術』で威力を高める炎、『精霊術』を生み出せる中心部で構成されている。
それら3つが合わさった物を『魔法』と呼び、それは究極の魔術らしい。
つまりこの大剣、世にも珍しい魔法剣なのである。
「魔法とは、魔の理を覆す力です。
元々は古龍など規格外の敵を討伐するために生み出されたとされる魔法陣ですが、その発祥を辿ると魔法の発動に必要だったために作られた物なのです。
魔法の存在を知らない人々は『魔術陣』などと呼ぶ事もあるようですが、それは間違いですね」
言われてみれば語呂が良いから魔法陣って言ってたけど、魔術しか存在しないなら魔術陣だな。
「やっちゃいましたね~。長年生きてきたユキさんも驚きの一品ですね~。
正式な手順を踏んだ魔法なんて久しぶりに見ましたよ~」
桁違いな魔力で強制的に魔法を作り出す事は可能らしいけど、この剣は振るだけで使えると言う。
そんな物をアリシア姉に渡して大丈夫なんだろうか・・・・。
しかも試合の様子は大勢に中継されるんだぞ?
ここは武器作成失敗しましたって事で何卒。
「ルーク~。武器出来た~?」
しかし、全てをなかったことにしようとする俺の下に意気揚々とアリシア姉がやって来てしまう。
もう知らん。