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異世界の魔道具ライフ  作者: 多趣味な平民
二章 フィーネ無双

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二十一話 フィーネ旅に出る

主人公不在の裏舞台ですが主要キャラが多いので本編扱いで進めます。


(ふふっ、この空気も久しぶりですね)


 四年振りに安っぽいマントを身に纏ったフィーネは、正体がバレないようフードを目深に被り、主から預かった貯水ボックスを懐に忍ばせて空を駆けていた。


 体内の魔力と外界の精霊を融合させる高等技術と風魔法の合わせ技によって、本来なら一カ月かかるアクアまでの道のりを、わずか二日で踏破しつつあった。


 ビュッ――。


「ん? 今なんか通ったか?」


「んなわけねぇだろ。目に捉えられないとかどんな生き物だよ。テメェごときが精霊を感知できるようになったわけでもあるまいし、気のせい気のせい」


 彼女の纏う風は、攻撃であり、防御であり、世界から存在を隠す魔法。


 よほど勘の鋭い者でなければ、駆け抜けた後に残る風さえ感じ取れない。


 ビュッ――。


「グルァアア!?」


 野生動物とて例外ではなく、不幸にも彼女の通り道にいた魔獣は、無残にその命を散らしていく。


 放置された死骸を見つけた冒険者が、「ファイアードレイクが殺されてたぞ。ヤベェのが潜んでる」と報告し、存在しない脅威を生み出すことになるが、おそらく誰が悪いわけでもない。


 例え気付かれても、彼女は微笑んで「警戒心を持つのは良いことですよ」と言うだけだろう。そしてそれを目にした者達は涙ながらに首を縦に振るのだ。



「……このようなところに検問? 妙ですね」


 アクアまで残り数十キロ。橋を塞ぐように設けられた検問に気付いた。といっても数キロ先のこと。さすがの感知能力である。


「見つからずに通り過ぎることも出来ますが……帰りも通る道です。トラブルであれば今の内に解決しておきましょう」


 フィーネは空から降り立ち、徒歩に切り替えて草原を歩き始めた。


「何かありましたか?」


 声を掛けると、四人組の男の一人が答えた。


「只今、この先に大型の魔獣が出現しているので、王国軍が討伐するまでの間は通行禁止となっております」


 他の者達も旗や鎧を見せつけ、自分達がその王国軍だと主張してくる。


(……嘘ですね。十キロ以内にいる大型生物は、この四人と、二キロ先の数十人のみ。気配と魔力が入り乱れていることから察するに、あの一団はおそらく盗賊。貴族か商人でも襲っているのでしょう)


 目の前の男達をその一味と判断したフィーネは、通行禁止令を無視することに。


「先を急ぎますので通してください。塩……魔獣がいるようなら倒しておきます」


「「「塩?」」」


「そのようなことは言っておりません」


 しれっと答えてそのまま歩を進める。


(ちょっとしたミスも見逃せないほど心が荒んでいる……困窮の中で生きるうちに、心の余裕すら失ってしまったのですか)


 意味不明な自己正当化はさて置き、人間の寿命が尽きるほど長い時間旅をしていた彼女はこういった輩を山ほど見てきた。その度に同じ感想を抱く。


「待て! 通せないと言っただろう!」


 彼女の同情も圧倒的強者感も男達には通用せず、四人の中で最もふんぞり返っていた毛むくじゃらの男が掴みかかる。


「私に触れて良いのはあの方だけです」


 次の瞬間、男は風に弾き飛ばされた。


「ウォルツ!?」


 仲間の叫びも意に介さず、フィーネは冷ややかに告げる。


「今後使えないアドバイスですが、身なりぐらい整えておくべきですね。王国軍にしては安物の鎧、体も貧弱。旗は拾い物か偽物でしょうか。それでは子供も騙せませんよ」


「「「チッ……」」」


 舌打ちし、剣を抜き、臨戦態勢を取る男達。


「言ったでしょう。今後は使えないアドバイスだと……風よ、ウィンドサークル」


 詠唱とも呼べない言霊と共に現れた風の輪が収縮し、倒れている男も含めて全員を拘束した。


「う、動けねぇ!」

「鎖か!? いや魔術、まさか精霊術!?」

「ぐぬああああ!!」


 一纏めにされた男達は地面に横たわったまま暴れるが、どれだけ暴れても風の鎖が緩むことはない。


「本当に魔獣が来ないことを祈りなさい。では、失礼します」


「「「~~~ッ!!」」」


 容赦のない言葉に、四人の顔から血の気が引く。


 瞬きする間に、もう彼女の姿はなかった。


 だが、例え泣いて助けを求めても彼女は振り返らないだろう。自分達がそうだったのだから。立場が狩る側から狩られる側に変わった。ただそれだけの話だった。


 男達は魔獣を呼び寄せないよう無言で必死に足掻き始める。





 フィーネの予想通り、二キロほど進むと大勢の盗賊が一台の馬車を取り囲んでいた。


 馬車には稲穂と剣を描いた旗――商会の証が掲げられている。


 人々が生きていくための必需品を運ぶ商人を襲うことは、世界を敵に回すに等しい。だが今を生きたい者達には通用しない理屈。襲撃者は後を絶たない。


「やっぱり街で待ってれば良かったッス!」


「文句言う暇があったら一人でも多く倒しなさい! 手を動かせ、手を!」


「こんな人数、相手にできるわけないッス! 逃げましょうよ!」


「どこに逃げ道があるってのよ!」


 護衛に立つのは若い男女二人の剣士。


 なんだかんだ言いながら防衛できている彼等は優秀なのだろうが、この人数を相手にするのは流石に厳しいらしく、攻めに転じられずジリ貧になっている。


 ――だが、妙だ。


 襲撃者は三十人いるが、全員が素人同然。構えは腰が引け、武装も粗末。女子供は隠れて震えるだけで罠すら仕掛けていない。


「……飢えに耐えかねて盗賊の真似事ですか。装備や胆力もない。おそらく検問をしていた四人が首謀者でしょう。貧民を唆して高みの見物といったところでしょうか。討伐ではなく、制圧が妥当ですね」


 護衛達が手加減していることも、フィーネはすぐに察した。致命傷を与える以外に数を減らす手立てがないからこそ、苦戦を強いられている。


 フィーネは移動速度を落とし、フードを深く被って馬車へと駆け寄った。


「手を貸します」


「だ、誰⁉」


「助かるッス!」


 声を交わすのも束の間、フィーネは軽く息を吐き、魔力を解き放った。


「風よ、ウインドサークル」


 先程と同じ短い一言。だが放たれた力は絶大だった。


 荒れ狂う風が渦を巻き、盗賊達を丸ごと呑み込む。


「「「おわぁぁあああああーーーーっっ!?」」」


 渦巻く風は縄のように手足に絡みつき、抗う隙すら与えず彼等を地面に叩きつけた。


 参戦からわずか二秒。


 三十人の盗賊との戦いは、わずか一陣の風で終わった。



「な、なに……今の……?」


「たぶん風の魔術ッスね。でも範囲も威力も詠唱速度も持続時間も、全部桁違いッス」


 護衛の驚愕を他所に、フィーネは背を向ける。


「では私は先を急ぎますので」


 恩を売る気もなければ他人と関わる気もない。民を救うのは領主や貴族の務めであって、自分ではない。自分にできるのは無傷で捕らえるところまで。


 使命はただ一つ、塩づくり。


 護衛達の視線を受け流し、立ち去ろうとしたその時――。


 ギシ、と馬車の扉が音を立てた。


「待つのじゃ。助けられておいて礼の一つも申さぬのは、商人の誇りにかかわる。我の顔を立てて、礼を受け取ってはもらえぬか?」


 中から現れたのは年若い少女。灼けるような赤髪に、炎のごとき深紅の瞳。幼くも凛とした声が、フィーネを引き留める。


「我が名はクレア=ゼクト。ゼクト商会の娘、と言った方が伝わるかの?」


 ゼクト商会――その名を知らぬ者はいない、世界有数の大商会。誰もが関係を持ちたがる、貴族以上の影響力を持つ存在だ。その娘を助けたとなれば報酬は約束されたようなもの。


「そうですか。私は名乗るほどの者ではありません。お礼も結構です。では」


 だがフィーネにとっては何の意味もない。


 他者と関係を持つことを拒む姿勢を崩さず、別れの言葉を告げ、スタスタと歩き始める。


「いやいやいやいや! そっちは良くてもこっちは良くないんじゃ!」


 クレアは地面に降り立つと、裾を翻しながらフィーネの前に回り込んだ。小柄な体をいっぱいに張り、行く手を遮る。


「お前達も助けられたんじゃろ!? 危なかったんじゃろ!? 礼をするべきだと思うじゃろ!?」


 好きの反対は嫌いではなく無関心。その格言を具現化したフィーネに対し、謝罪はともかく感謝は受け取ってもらわなけば気が済まないクレアは、部下から言質を取る作戦に打って出た。


「御冗談を。お二人とも余裕がありましたよ。それに荷台の“それ”を使えば、一瞬で片がついていたはずです」


「……なんのことじゃ?」


 クレアの眉がピクリと跳ねる。


「隠さなくても結構ですよ。サラマンダーの魔石ですか。それも発動間近の。どうやら私が助けたのは盗賊達の方だったようですね」


「感知を防ぐ魔術布に鉄箱まで使っておるんじゃぞ!?」


「これでも目は良い方でして」


「そ、そういう次元ではないのじゃが……まあいい。お主の言う通りじゃ。照準を合わせて発射するだけで数十メートルの範囲に爆発と火をまき散らすこの兵器を、我等は『爆炎石ばくえんせき』と呼んでおる」


 クレアは観念したように箱を開き、厳重に封じられていた巨大な魔石を見せた。表面にはびっしりと魔法陣が刻まれている。


「言っておくが命を奪うつもりなどなかったぞ。あくまで抑止力じゃ。見せて『撃たれたら負ける』と思わせるだけで十分。費用も馬鹿にならんしの」


「なんと金貨五十枚ッスよ!」


 護衛の一人、口の軽そうな青年が大袈裟に両手を上げて補足する。


 いつものことなのか、機密情報を漏らされてもクレアは気にした様子もなく、それどころか援護射撃を歓迎するようにニヤリと笑って説明を続ける。


「それも手に入ればの話じゃ。サラマンダーを発見し討伐できないことにはどうしようもない。つまりお主はそれ以上の働きをしたということじゃ」


「いえ、その魔石は見せるだけで効果があったはず。実質無料ですね。つまり私の働きも無料です」


「そんなわけあるかああああ! 労働に対価を払わぬなど商会の恥じゃ! 感謝は素直に受け取れと習わんかったのか!?」


「押しつけがましい感謝は詐欺なので断れと習いましたね」


「捻くれておる! お主も、お主にそう教えた者も捻くれておる!」


 クレアは必死に食い下がるが、返ってくるのは冷淡な拒絶。二人の温度差は広がる一方だ。

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