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異世界の魔道具ライフ  作者: 多趣味な平民
一章 オルブライト家

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閑話 フィーネとの出会い

「エリーナ、ちょっと良いか?」


 それは私、エリーナ=オルブライトが三人目の子供を授かったことを、どう夫に伝えようか悩んでいた時のことだった。


 家計だけでなく、ヨシュア北部を治めるオルブライト子爵家の財務も任されている私は、机に並べた帳簿と数字を睨んでいた。そこへ現れたのは、我が家唯一の私兵にして旧友のマリク。


 ちなみに迷ってた理由は、反対されたり心配されるからではなく、どうすれば一番驚かせられるか考えていただけ。


 だってそうでしょ? 人生にそう何度もない吉報よ? 腰を抜かして目ん玉飛び出るぐらいの方がいいと思わない? 思うわよね? 思うって言いなさい。


「……邪魔だったか?」


「なんでもないわ。それで何の用?」


 マリクは基本、無駄に私の邪魔はしない。用がある時だけ来る男だ。


「家の前でフード被ったやつが『光が、人生が!』って騒いでる。冒険者っぽいが、お前とアランに会わせろと」


「そんな怪しい人、わざわざ許可なんて取らずに独断で断りなさいよ」


「いつもの勧誘や乞食より必至でな」


「あ、そ。でも残念だったわね。本当に忙しいの」


 貴族には怪しい勧誘がつきもの。うちのような貧乏貴族ですら日常茶飯事。


 マリクもこうなることを想定していたようにあっけなく引き下がった。


 応対において大切なのは上の者に確認すること。実際にしなくても、確認している素振りを見せておけば大抵の相手は納得する。そのついでに私の様子を確認して、暇そうだったら訪問者を追い返した後でティータイム、資料や物資が必要そうなら持って来る。


 たぶんそんなところだ、彼の考えは。


 この時はこれでおしまい。



 でも次の日も、その次の日も、冒険者は家にやって来た。


 居座ろうものなら町の警備兵に付き出そうと思ったけど、彼(彼女?)はそういったことはせず、日に三度面会を求めては去っていく。


 流石に気になったのか三日目にはアランが直接会った。害はなさそうだと言っていたけど、私は一貫して面会を拒んだ。話があるなら家長のアランにすればいいのよ。



 それでも冒険者は家にやって来た。


 毎回対応しているマリクやエルはもちろん、一週間が経つ頃にはアランまで「土下座までしてるし……」と私を説得し始めた。理由はわからないけど私も同席しなければならないらしい。


 そして八日目。家族全員からそこまで言われては断るわけにもいかず、私は重い腰(体重じゃないわよ?)をあげた。


 全身薄汚れたマントを覆い、目深にフードを被った、性別不明の冒険者。


 外見から得られる情報はそのぐらいだった。胸元は膨らんでいるけど何か物を入れたら男でもこうなる。サイズ感も当てにならない。けど、大きい。


「お願いします! あなたのお腹にいる御方のお世話をさせてください!」


 その声は女性のものだった。


 ただ言葉の意味が頭に届くより先に、私達は全員凍りついた。特に私。月のモノが止まったことを知っているのは、この世で私一人のはず。


「……何のことかしら?」


 これまで人を騙す手口を嫌というほど見てきた私は、生まれて初めて予言というものを信じる気になった。過去に経験したものとは明らかに次元が違う。


 でも口からデマカセの可能性はある。


 百人に嫌われても一人を信じさせればいい。


 詐欺とはそういうものだ。



「アラン、本気でやっていいんだな?」


「怪我だけは勘弁してほしいかな。お互いにね」


「それ俺に言うか? 無理だっての」


 庭の訓練場。刃を潰した練習用の剣を持ったマリクが、黒い笑みを浮かべながらアランと話している。


 今から始まるのはマリクと彼女の模擬戦。


『人類などいつでも滅ぼせる。だがお前達には危害を加えない。理由はわかるだろう?』


 ニュアンスは若干違うかもしれないけど脅迫めいた発言してきたので、こちらとしては乗るしかなくなった。話し合いをしようと思ったのに。


 まあ、こういう手っ取り早くてわかりやすいのは嫌いじゃない。


 彼女が勝ったらメイドとして雇ってこの子の世話をしてもらい、負けたら大人しく引き下がる。


 試験の話は瞬く間に広がり、オルブライト家総出で観戦することになった。


「ねえねえ! ぼうけんしゃってすごいんでしょ! つよいんでしょ!」


(アリシアは結果より戦いそのものに夢中ね。お淑やかな子に育ってほしかったけど、この調子じゃ期待薄だわ)


 我が娘は二歳にして血を求めている。


 逆に、長男のレオポルドはオルブライト家の将来を案じて、彼女の従者力チェックに余念がない。戦いの中に美を求めるタイプだ。


「マリクさんは元王国所属のエリート兵士ですよね。並の冒険者には負けませんよ」


 エルはその中間。好奇心と観察眼の両方を光らせている。


「そうね。しかも負けず嫌い。たぶん今も手加減できないとか言ってるんじゃない?」


「エリーナ様はこの勝負どうなると思いますか?」


「友人としては善戦を願うけど……幼い頃からの願望と貴族の妻としては、彼女に圧勝してもらいたいわね。前後の対応もしっかり見ないとね」


 相当の実力者なのだろう。立ち振る舞いも申し分ない。言動がちょっとアレだけど、貴族として優秀な人材は常に求めている。


 何より元冒険者の私にとって雑草がエリートを圧倒する展開は憧れだ。王国騎士団がなんぼのもんじゃい。実戦で鍛えた筋肉と魔力こそ最強に決まってるわ。


「エリーナ様、なんか目が怖いです……」


「あら、ごめんなさい。久しぶりの戦いに年甲斐もなく興奮してるみたい」


「興奮というか私怨っぽかったですけど……」


 そんなことをしているとマリクがアランを遠ざけた。


 そして、準備運動をするわけでもなくお前なんて相手にならないとでも言うかのように悠然と立っている彼女から、五メートルほど離れた場所に立った。


「危ないから下がってなさい」


 私は子供達を庇うように前に出る。戦闘の心得はそれなりにあるのよ。


「では――始めっ!」


「いくぜぇ! はああっ!」 


 アランの合図と同時に、マリクが魔力で足を強化して突進。凄まじい速度で剣を振り下ろした。


 フェイントなしの全力攻撃は、一見愚直のように思えるけど、お互いの力量を図るためには最適な方法だ。マリクに手加減は一切ない。


 もし相手がただの詐欺師なら脳天が砕けて大惨事だけど――。


「なにぃ!?」


(まあ、そうよね……)


 彼女は高速で振り下ろされた剣を、訓練用とは言え当たれば打撲では済まない一撃を、落ち葉でも掴むような柔らかな動作で受け止めた。


「くっ……」


 マリクの手が震える。筋肉が軋んでいる。しかし剣は空中に固定されたようにビクともしない。


 肉眼で見えるほどの魔力の込められた彼女の手は、マリクの抵抗も空しく二メートル近い巨体を楽々持ち上げ、


「かはっ……!」


 マリクが武器を手放すより早く彼女が腕を振り下ろした。マリクは地面に叩きつけられて沈黙した。


 圧倒的だった。魔力量の桁が違う。歴戦の戦士が反応もできない。


「それと外部の精霊ですね。世界は私の味方です。肉弾戦でも同じことができましたが、皆様はこちらをご希望しておられたようでしたので」


 読心術なのか顔に出ていたのか、彼女は私の思考を補足してきた。


「凄いわね、あなた一体何者?」


 あまりに一方的だったため、彼女はフードすら脱いでいない。世界中の実力者はそれなりに覚えている。顔さえ見れば判別できたかもしれないのに。


 余裕すら漂わせる彼女は、ようやくマントを外し、顔を晒した。


「「「エルフ!?」」」


「はい。エルフ族のフィーネと申します」


 長い耳は紛れもないエルフ族の証。


 美貌と力を備えた長寿の種族。人間嫌いで交流も少なく、『精霊の恋人』と呼ばれるほど力を持つ彼等が人間社会で生きる場合は必ずと言っていいほど冒険者になるので、誰かに雇われることも皆無に等しい。


 近いのに遠い存在――それがエルフ。


(でも何故私達の子の世話係を買って出るの? この子に何かあるって言うの?)


 彼女の正体を知って私達は余計に混乱した。




「偶然ヨシュアを訪れた私は、町に近づいた瞬間、これまでに視たこともない強い光を感じました」


 応接室。貴族の私から見ても見事な仕草でソファーに腰を下ろした彼女は、淡々と語り始めた。


「それがこの子だと?」


「はい。エリーナ様、あなたのお腹には将来世界を変えるほどの御方がいらっしゃるのです」


 にわかには信じがたい話だ。


 世界を変えるという話もそうだけど、彼女がここへ来たのは今から一週間以上前。まだ胎児とすら呼べない存在を感知するなんて常識ではあり得ない。


「エルフは他の胎児も同じように感じ取れるのかしら?」


「触診であれば。十キロメートル離れた場所からはさすがに難しいですね」


 …………ま、まあ良いのよ! エルフのことなんて誰も詳しくないんだから! 精霊術は幻の術! 人生に一度でもエルフと交流できたらラッキー! 彼女は私の想像を超える力を持っていた!


 以上! この話おしまい!


「なら、この子が特別な理由もわかるの? 私達はもちろん、お互いの家系を何代遡っても何の変哲もない一般人なのだけど?」


「才能に血筋は関係ありませんよ。全ては神と精霊の御心のままに。努力次第で後天的に超えることも可能です。私は何度もこの目で見てきました」


 説得力のある言葉だった。彼女が何歳なのかはわからないけど、長い時間……もしかしたら私達の人生より長い時間旅しているだろうから。


 そしてそれは同時に、誰がいつ特別な力を持って生まれても不思議ではないという説明でもあった。


「……まあ、今更断る理由もないでしょ」


「そうだね。フィーネはメイドとして雇うということで」


 基本的に貴族の従者に必要なスキルは『戦闘』『家事』『客人の応対』『政治』の四つ。政治は人間社会に馴染むまで保留、応対も遠慮したいというので、残り二つを任せることに。


 優秀なエルフの従者が(というか格安で雇える従者が)欲しかった私達は、彼女の出した条件を呑むことにした。もちろん最低限はやってもらうけど。




 フィーネはすぐにオルブライト家になくてはならない存在になった。


 エルと仲良く家事をし、マリクと兵士教育計画を練り、子供達(主にアリシア)の世話をし、旅の話で皆を楽しませる。圧倒的な能力を持ちながら、誰かの仕事を奪わず支える形で。


 個人的には、家の空調を整えてくれたのと、財務の相談に乗ってくれたのが特に有難かった。


 そして出産の日。


「おぎゃ~! あぅ~! だぅ~!!」


 出産経験はなくても産婆経験はあるらしく、レオとアリシアの時もお世話になった人と協力して取り上げてくれたのだが、そのお陰か今までで一番の安産となった。もしかすると精霊の力を使ってくれていたのかもしれない。


「おめでとうございます。元気な男の子ですよ」


 第三子はフィーネの言っていた通り、男の子――名前はルーク。


 約束通り、彼女に世話を任せることになった。




 フィーネと出会って七カ月。私は困っていた。


「ねえ、これ普通じゃないわよね? レオもアリシアももっと泣いたし、ルークも最初は泣いてたのよ?」


 ルークが生後二週間を過ぎた頃からまったく泣かなくなったのである。『ほとんど』ではなく『まったく』。


「理由はわかりかねますが、肉体に異常はありません。精神的にはむしろこれまでより落ち着いています」


 光属性の魔力を己や他者の肉体に流して悪いところを治す治癒術は、扱えるだけで一生食い逸れることはないと言われる力。王族すら受けられないであろう高位治癒術を掛けても、ルークの異常は見つけられなかった。


「少し前も息止まってたことあったし、これがフィーネの言う特別なの?」


 あの時は本当に心臓が止まるかと思った。普段通りの生活を送っていたはずなのに突然動かなくなって。でも目覚めるとケロッとしていて、それ以降同じことは起きていない。


 フィーネは寝ているだけと言っていたけど。


 子供が病気で亡くなるのは珍しくない。あまりにも多いので、魔力を授かって肉体が強くなるまでは、家族以外に秘密にするのが常識だったりする。


 でもウチにはフィーネがいる。


「どうしたら良いのかしら?」


「強者の中には、幼い頃から精霊と会話ができる者もいます。ルーク様もそういった選ばれし人間なのかもしれません」


「つまり放っておくしかない?」


「はい。むしろ構わない方が良いかもしれません。世界がこの方を育てようとしているのなら、成り行きに任せるべきでしょう」


 ――なるほど。


「それに、私がいます」


「ええ。これからもよろしくね、フィーネ」

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