百四十二話 秘密
今日も平和な学生生活を送った俺は、ヒカリと共に帰宅している途中で国語の宿題がある事を思い出した。
それは『文字の書き取り』と言うひたすら同じことを繰り返すだけの時間が掛かるもので、既にマスターしている俺にとっては苦痛でしかない宿題である。
もちろん覚えるための反復練習は大切だと思うし、筆やペンの持ち方の練習にもなるので必要な事なんだけど俺は嫌いだ。
という厄介極まりない宿題は流石にノートと教科書を持ち帰らなければ明日提出することは不可能。
しかもよりによってこの国語教師、「なんで体育担当じゃないんだよ」ってぐらい肉体派な男性で、宿題を忘れた生徒には容赦ない鉄拳制裁と宿題倍増が待っている。
俺は受けたことがないけど、前にあのドMのエースが殴られた痛みで号泣したんだぞ。
あれはヤバい。絶対回避しなければ!
にも関わらず宿題の事をスッカリ忘れていた。
ぐぬぅ・・・・仕方ないから取りに戻るか。
「ヒカリ、ちょっと忘れ物したから先帰っててくれ」
「1人で大丈夫? 誘拐とかされない?」
ノートを取りに教室へ行くだけでトラブルに巻き込まれる訳がない。と否定出来ないのが辛いな。
でも俺にはフィーネから貰った腕輪があるので、心配そうなヒカリの前で不可視な結界を展開して安心させる。
後から知ったけどこの結界、周囲に見えるようにしたり、見えなくするのは自由自在だったらしい。
なので今回は不可視にして普通の子供っぽく取りに行ってくるよ。結界張ってるとかバレたら完全に不審者扱いされるからな。
「ほら、これで大丈夫だろ。それにいざとなれば助けを呼ぶさ。フィーネかユキがどっからか登場するだろうし」
自分が危機に陥っている姿を思い浮かべる事すら出来ないのは彼女達への信頼の証なのだろう。
ここまでされてはヒカリも引き下がるしかなかったのか、
「・・・・うん。じゃあ家で待ってるからね」
と言って何度もこちらを振り返りながら家へ帰っていった。
部活動など存在しないので、夕方にもなると残っている生徒はほとんど居なくなる。
俺はそんな人気が無くなって静まり返った廊下をコツコツと音を立てて歩く。
まぁ足音すら結界の効果で消えてるから聞こえてるのは俺だけなんだけど。
「・・・・ぉ・・・・・・・か」
俺が教室の前まで来ると、教室の中から微かに誰かの話声が聞こえてきた。
あれ? 俺以外にも忘れ物した奴が居るのか?
しかしその考えは次の言葉で否定される事になる。
「どういうつもり・・・・? 私の正体に気付いてる・・・・」
・・・・なんか明らかにトラブルの臭いがする。
平穏をこよなく愛する俺は聞かなかったことにして引き返そうとしたけど、次に聞こえてきた名前を耳にした俺は引き続き聞き耳を立てる事にした。
「答えてもらえ・・・・。
フィーネ先生」
こんなこと聞いてしまったら事の成り行きを見守るしかないじゃないか!
怒っている声が知り合いの名前を出してしまっては無関係ではない。
俺が教室前の廊下に居る事に気付いた様子もなく話しているので、全く知らなかったけど結界の機能に『気配を消す』ってのがあるようだ。
流石に姿を見せたら無意味だろうけど、廊下から話を聞くぐらいなら大丈夫そうだな。
たぶん教室にはフィーネと正体不明な女の2人が居て、言い争いをしてるって感じか?
ちょっと女の方の声が聞き取り辛いけど何とか会話の内容は理解できる。
「私は何も知りませんでしたよ。貴方が勝手に正体を明かしただけです」
「嘘・・・・。ならなんで重力魔術をほとんど掛けなかっ・・・・」
ふむ。どうやらフィーネに正体がバレたと思った女が目的を聞いているようだ。
重力魔術ってのは先日フィーネが体育の授業で訓練の一環として俺達に掛けたやつだろう。
生徒達に限界まで疲労した状態を体験させるために個別で威力を変えてたらしいけど、それを彼女だけは手加減されていたと言う。
つまりこの女は俺のクラスメイト?
にしては声が大人びてる。こんなセクシーな声は子供には出せないし、聞き覚えも無かった。
「子供の貴方ならあれで十分だと感じたからです。
もっとも自ら身体能力を上げるとは思っていなかったので、訓練にはならなかったようですが。途中から威力を変えれば他の生徒から怪しまれますので」
「くっ! ならアンタは私達に関わるつもりは無いって・・・・」
「その通りです。こちらに影響がなければ、ですが」
「ふん。あの人が勝手にやってるだけで私は一切関わろうとはしてない・・・・」
あの人?
話の流れ的にフィーネ、ってか俺の知り合いが彼女の大切な人っぽい。
俺のクラスメイトの女。
俺の知り合い。
大切な人、つまり主。
まぁそんな人物1人しか思いつかない。いや、彼女とは声が違うけどさ。
「今後はお互い不干渉でお願いしますの。もちろん私の正体は秘密ですの」
「はい。構いませんよ」
話し合いは穏便に終わったらしく教室から2人が出てくる。
最後だけハッキリと聞こえたけど。
『ですの』かぁ・・・・。
「フィーネと・・・・やっぱりシィか」
声じゃわからなかったけど会話の内容で大体予想は付いていたし、教室から出てきた少女は間違いなく俺の友達シィだった。
フィーネが「子供の姿」とか言ってたし声だけ大人に変化させてたんだろう。
話を聞く限り、彼女が不愛想で俺とあまり接しないのは意図的のようだ。
「ん~。これはファイとシィのためにも聞かなかった事にするべきかな~」
今の関係性に不満は無いし、俺に影響が無いって保障してくれたから忘れてもいいだろう。
シィの正体は気になるけど藪蛇だな。
「それが良いでしょうね」
「おわっ! フィ、フィーネ・・・・気付いてたのか」
「もちろんです」
誰も居なくなったのを確認して教室に入ったら後ろから声をかけられた。
シィは結界のせいで俺が傍に居る事を気付いてなかったみたいだけど、フィーネは最初から気付いていたらしい。
「ファイさんとシィさんの問題ですので、私達が関わるべきではないでしょう」
「だな。一応聞くけど大丈夫なんだよな?」
「はい」
何が、とは聞かない辺りフィーネの有能さが表れている。
しかし俺の周囲には変な連中が集まるな~。
明日からファイ達に今まで通り接することが出来るだろうか・・・・。
まぁ俺、役者だし何とかなるか。
「お、おおおお、おはよぉー。きょ、今日もいい天気だなぁー」
無理だった。
翌日俺達より早く登校していたファイとシィに自然な挨拶をしたら、声は上ずるわ、目線は合わせられないわ、挙動不審だわ、変な場繋ぎをしようとするわ。
これじゃあ完全に秘密を知ってしまった人じゃないか。
「・・・・放課後、ロア商会の事で相談がありますの」
そして当然俺を睨みつけているシィから呼び出されてしまう。
しかも『放課後』の『校舎裏』で『2人きり』という3種の神器(?)。
こんなの誰がどう考えても「恐喝するぞ」って言われてるようなもんだろ。
「い、いやぁ。今日は早く帰らないといけないから「そ・う・だ・ん・がありますの」・・・・・・はい」
鼻と鼻が当たるほどの至近距離まで迫って来て俺を睨みつけるシィ。
ファイ達と出会って2ヶ月。今までで最もシィから感情をぶつけられた気がするよ。
実は初めて見た時から好きでした! って展開にならないかな~。