百四十一話 やっぱり登場
フィーネが体育の特別顧問として学校に入り込んだと言う事は、近いうちに『アイツ』も現れると想像するのは当然の流れだろう。
そもそもイベント盛りだくさんなこの状態で来ない訳が無い。
問題は何の授業を担当するか、である。
戦闘のみに特化した2人が教えられる授業なんて体育以外にあるのだろうか?
おそらくフィーネもそう思ったから体育の顧問を選んだんだろう。
なので一応俺なりに『アイツ』の膨大な知識が役立つ場所を考えてみた。
可能性があるとすれば『魔学』(魔力、精霊、呪文など魔術の基本を学ぶ授業)。もしくは地理や歴史なのだが、どれもピンと来ない。
彼女達が常識だと思っている事は教科書に書いてある情報を遥かに超えているため、テスト用に教科書丸暗記するような授業には向いていないし、ちょっと前に各科目の教科書を見せたら数ページ捲る毎にクスクス笑いあっていた。
たぶん英語圏の人に中学生英語の教科書を見せたようなものなんだろう。
This is a pen. (これはペンです)
見りゃわかるわ! ってな。
そんなわけで俺は『アイツ』が如何なる手段で入り込み、どのような授業を担当するのか実はちょっと楽しみにしていた。
トラブルの原因にしかならないので出来れば現れないでもらいたいけど、そんな事は世界がひっくり返っても不可能だ。
だから開き直る事にした。開き直るしかなかった。
『アイツ』が俺の学園生活に介入しない方法なんてものがあると言うなら是非教えてくれ。
「マ~ヨ、マ~ヨマヨ、マヨネーズ♪
世界を、マヨで、埋め尽くしたい~♪」
俺がこんな事を考えたからってわけじゃないだろうけど、廊下から謎の歌が聞こえて来た。
間違いない、ヤツだ!
恐ろしい事を口走っているけど数千年単位で生きるアイツなら現実味を帯びている。マヨネーズで小さな海ぐらいなら作れそうだ。
そんなマヨの歌はドンドン大きくなり俺達の教室の間で止まった。
そして何の躊躇もなくドアを勢いよくガラッと開けて『アイツ』が姿を現したのだ。
ご存じトラブルメーカーのユキである。
「やっぱり来ちゃったね」
「まぁ来るわな」
ヒカリも俺と同じく予想出来ていたのか特に驚いた様子は無い。
が、他のクラスメイトは違った。
突然見たことも無い大人が教室に入って来たのだから当然と言えば当然の反応だけど、全員が不審者を見るような目をしながら席を立ちあがってユキから距離を置く。
世が世なら即通報モノだし、なんなら今すぐ攻撃されても文句の言えない状況ではある。
しかしそこは子供。取り合えず様子見をしつつ、もうじきやって来るであろう次の授業の教師を待っていた。
よく見ると数人がクラスメイトを盾にしている・・・・。よし、コイツ等とは絶対仲良くならない。友達を犠牲にするなんて言う考え方が論外だ!
騒がしかった休憩時間から一遍、沈黙の教室と化してしまう。
そんな沈黙を全く気にすることなくユキはゆっくりと教壇に向かって歩き出し、クラス中を見渡せる中央に立って大きな声で、
「遊びに来ましたー!」
とだけ言った。
・・・・・・あれ? それだけ?
突然そんなこと宣言されても俺を含めて全員がポカーンとするしかない。
以前として静まり返っている教室で、廊下から聞こえる学生達の騒ぎ声だけをBGMに呆然とすること数分。
教室に国語の教師が入って来た。
俺達が呆気に取られていてポカーンとしている間に休み時間が終わっていたらしい。
「あっ、もう授業始めるんですね~。私は邪魔にならないように後ろで見学してます~」
「・・・・アンタ誰だ?」
良いぞ教師! そういうツッコミを待ってたんだ!!
クラス一同の気持ちを代弁した国語教師に心の中でエールを送る。
「え? ユキちゃんですよ~」
まさか知らないの? と常識を疑うような顔で名乗るユキ。
彼が欲しい情報はお前の名前じゃないんだ。当たり前の顔してここに居る理由なんだよ。
そんな自己紹介をされた国語教師は当然、不審者を追い出・・・・
「あぁ~。じゃあ見学するんだな?」
「イエース」
・・・・さなかった。
え!? 納得しちゃうんだ!?
「あの~。ウチのメイドが居ると授業の邪魔になると思うんですけど・・・・」
流石に事情ぐらい説明するべきだと思い、関わり合いになりたくないけど俺は泣く泣く声を掛けた。
「あ~。彼女は独自にヨシュアの治安維持をしているユキさん。たまにこうして校内を巡回してくれることになったので、先生達と同じような対応をするように」
1人で納得されても生徒達には全く事情がわからないので、俺が勇気をもって質問すると説明を始めた教師。
物は言いようである。暇つぶしに街をブラブラしている行動を『治安維持』と言い張るとは。
いや、まぁたしかに敵が居れば排除するし、街の人から感謝もされてるけど何か納得できないんだよな~。
そこはかとなく賄賂的な臭いがするけど、学校側が受け入れてしまった以上俺達は何も言えない。
「あ、賄賂じゃないですよ~。『フィーネさんばっかりズルいです~』って校長先生に言ったら校内を自由に歩き回っていいって許可してもらったので」
心を読んだわけではないだろうが、俺の不服そうな顔を見てユキが裏事情を話す。
そう言えば知り合いとか言ってたな。
どうやって俺の学生生活に関わって来るのかと思ったら普通に入り込んできやがった。
そんなわけで事情を知ってる俺やヒカリなんかは治安維持の一環に校内を巡回すると言うユキを受け入れたんだけど、これはそう単純な問題ではなかった。
「ならウチの私兵が来てもいいよな!」
「俺んちの家庭教師は凄いぜぇ」
「私の護衛はペットの竜だから連れてきていい?」
クラス中が『ユキだけズルい』と言って同じような待遇を求めて騒ぎ出したのだ。
そりゃこうなるって・・・・。この騒ぎどうすんだ? 絶対他のクラス、いや学校中に広まるぞ?
「全員が勝負して1番強い人を警備員として許可するのはどうかな?」
俺が事態を鎮静化するために色々策を練っていると、ヒカリが素晴らしい提案をしてくれた。
「おぉっと~、ヒカリさん良い事言いましたね~。
フッフッフ~。何を隠そう校長先生とそう言う話をしてたんですよ~。名付けて! 『弱者には務まらない! 最強警備員決定戦!!』ですーっ!」
流石に校長も騒ぎになると予想していたのか、ヒカリと同じ案が既に用意されていたらしい。
なら最初に言えよ!
もしも自分が負ければ大人しく学校を去ると寂しげに言うユキだけど、その顔にはデカデカと自信ありますって書いてあった。
純粋な武力でユキを上回れば身内を学校に入れることが許される。つまり『学校で最強の護衛は自分の家で雇っている』と言う事。
それは貴族にとってかつてないほどの使用人自慢になるだろうけど・・・・もはや出来レースの予感しかしない。倍率で言うならユキが1.00倍だ。
隣ではヒカリが「無理無理」と首を横に振っている。
ですよね!
「あ~、ちなみに彼女はロア商会幹部なんだが・・・・その決定戦、やる意味あるか?」
それなりにユキの情報を持っている国語教師も圧倒的戦力差だと思ったらしく、開催前から中止を求めてユキの正体を明かす。
「「「あ、やっぱりいいです」」」
すると幹部と聞いた瞬間全員が戦闘意欲を失った。
ヨシュアの常識『ロア商会幹部は化け物』が発動したのだ。
「ちょっと待てよ。俺はやるぜ。ウチの兵士はスゲェんだ!」
クラス全員がリタイア宣言し出す中、ただ1人、挑戦すると言う猛者が居た。
何となく聞き覚えのある声のする方を振り向くと、悪ガキトリオの隊長エースが立ち上がってユキに宣戦布告をしている。相当自信があるようだ。
「ハッハッハ! 何せ俺の家庭教師も兼任してるぐらいだからな!
本気を出せばこの教室ぐらい一瞬で火の海「今日は蚊が多いですね~。生徒さんが刺されたら大変です~」・・・・は?」
校庭で体育の授業をしていた別学年の生徒に(もの凄く小さな)危機が迫っているのを察したユキが一瞬で氷の結界を展開する。
教室の数十倍の広さがある校庭を比喩でもなく本当に一瞬で氷漬けにしたユキ。
正確には校舎全体を氷の膜で覆って外敵のみを氷結、粉砕した・・・・らしい。ヒカリ談である。
んで、エースさんや、なんだって? 教室を火の海? だから何?
「じゃあ私と貴方の家庭教師さんとの一騎打ちですね~。頑張りましょう~」
桁違いな魔術を見て呆然としているエースに向かって『精一杯いい勝負しようぜ』とでも言うように握手を求めるユキ。
「・・・・あの・・・・・・やっぱりいいです」
当然エースが握手に応じることはなかった。
でしょうね!
「凄い氷魔術を見たって生徒が大勢居るんだけど、ユキ来たの!?」
その後、何事もなく終わった国語の授業。
あ、ユキは俺の下手な朗読を聞いて笑いながら出て行ったよ。
その直後の休憩時間にアリシア姉が教室までやってきて、先ほど就任した新しい不定期警備員の事を聞かれた。
フィーネが俺達だけを指導する事も凄い羨ましがっていたので、もしかしたら今回はユキが別のクラスも担当するかも、と言う期待が籠っている。
話がややこしくなるから出てくるな。
ユキはどうせたまにしか学校来ないし、俺達を指導することもないから。
こうして結局の所、ヨシュア学校にはオルブライトファミリーが入り込んだのだった。