百三十八話 遠足2
『広場』と呼ぶに相応しいだだっ広い草原にやってきた総勢88人の1年生達。
先生や護衛を入れると100人を超える大所帯だ。
そんな人数が居ても余裕で遊べるほど巨大な広場には先客が居て、冒険者らしき人達が訓練していたり、家族連れがピクニックを楽しんでいたりと結構な人数が居た。
とても街の外とは思えないほど平和そうな場所だ。
「じゃあ1組は勝手に遊んでね~。あ、遠くに行かない様に。責任とか色々面倒だから~」
早速俺達も自然を満喫しようじゃないか、と気持ちを高ぶらせていた矢先、ウチの担任(28歳独身)は生徒に丸投げした。
他のクラスは担任が用意した遊具や遊び方でそれなりに統率の取れた時間を過ごしているのに・・・・。
折角の遠足なんだからクラス単位で何か思い出作りをしようとは思わなかったのか!?
ほら、2組とかはちゃんとグループ分けしてケイドロ始めたぞ。3組は静かに自然観察するパッシブ組と、広場を使って運動するアクティブ組で、それぞれが楽しそうに遊んでるぞ。
お、おい!? 先生! 横になるんじゃない!! 絶対そのまま寝るだろ!
生徒を楽しませることを放棄するなぁぁぁーーっ!!
「クリスちゃん寝ちゃったね・・・・」
「あぁ寝たね」
「寝たですの」
「寝ましたわ」
俺達の蔑むような目線をものともせず、目を瞑ったまま動かなくなった担任。
「し、仕方ない・・・・ここはロア商会自慢の遊具で遊ぶことにしよう」
え? いやこんなの想定しないから当然持ってきてないぞ。
しかしそんな時には非常に便利なヤツが居るのだ。
「ユバスチャン、カモン!」
そう。普段から呼べば(呼ばなくても)転移で現れるユキが今日は護衛としてついて来ているのだ。
つまり彼女はこの近くに居て、しかも俺の位置を常に把握しているはず。
そりゃ絶対に来るね!
「・・・・・・・・・・・・」
「「「・・・・・・何も起きない(ですわ)」」」
「スイマセン。ユキさん来てくれますか?」
「呼ばれて飛び出るユキちゃんですよ~。
どうしたんですか~? 護衛任務が忙しいんですけど~」
ユバスチャンと言う呼び方は本当に嫌だったようで、聞こえているにも関わらず無視していたらしい。俺は気に入ってるんだけどな~。
そしてやっぱり襲撃者が居るんだな・・・・。
まぁ想定内だ。
「護衛ご苦労! なんか皆で遊べる遊具を適当に持って来てくれるか? ほら、イベント企画者があの調子だから」
そう言って俺は草原に寝そべる担任を指差す。
くそ・・・・ちょっと気持ちよさそうじゃねぇか。初めての遠足じゃなかったら俺も同じ行動を取ってしまうかもしれない。
しかし! 流石に今はクラスメイトと交流を深める事の方が大切なのだ!
「了解です~。つまり全員分の枕と掛布団を用意すればいいんですね~?」
「・・・・なんでそう思った?」
俺の指示を無視したユキは見当違いな事を言い出した。
俺、皆と仲良く遊びたいって言ったよな?
「ルークさんが寝たそうな顔をしてたからです~。
フッフッフ~。心で思っている事を察して行動出来る私を『先読みのユキちゃん』と呼んでいいですよ~」
「ちっげーよ! 遊具って言ってんだろ! ウチから持ってくるの!!
何が先読みだ。お前なんて転移しか能の無い『マヨ』で十分だ」
「マ、マヨっ!? ・・・・有りですね~。マヨラーに相応しいです~」
ゴメン。嫌がるかと思ったんだけど気に入ってしまったみたいだし、やっぱり呼ばないでくれと言っていた『ユバスチャン』に変更で。
と言う俺の訂正案を聞く間もなくユキは嬉しそうにしながら転移して、数分で帰って来た。
「取り合えずフリスビーとボールを数種類。一応木剣も何本か持って来ましたよ~」
「ありがとう。でも防御結界の無い場所で木剣は怪我するから絶対使わないし、使わせないから意味な「ソイヤ~」・・・・お気遣いどうも」
学校の訓練場と同じ結界を展開したユキが再び護衛任務に戻っていった。
余計な事を・・・・!
そんな俺とユキのやり取りを見ていたクラスメイト達が驚くのは当然の流れだろう。
「「「凄い魔術師だっ!!」」」
ユキの転移を目撃したクラスメイトが「是非紹介してくれ」と、呼び出した俺に詰め寄って来た。当然他のクラスの連中からも注目を集めてしまう。
しかし俺には秘策があるのだ。
「あっ、彼女はロア商会の開発部長なんで」
「「「それなら納得」」」
最早ヨシュアで常識となりつつある『ロア商会幹部は凄い説』により呆気なく納得された。
これ便利だな。まぁヨシュアでしか使えそうにないけど。
俺が商会関係者だと言う事はバレているので、それ以上ユキについて聞かれる事もなく、全員すぐに切り替えてそれぞれに遊具を選び始めた。
「ねぇ! わたし冒険者の人達と試合しても良いかな!?」
「ダメ」
ヒカリは木剣片手に「結界内だから怪我はしない」と言って護衛として同行してくれた冒険者と戦いたがるけど俺が禁止する。
彼女の戦闘スタイルは素手なのでこの木剣は対戦相手に渡すんだろうけど、たぶんフル装備だとしても余裕で勝ってしまう。
無駄に目立つ必要は無いだろ。
いいからその手に持っている木剣を放せ。
しかし頑なに手放そうとしないヒカリの説得は諦め、俺は彼女がより興味のある物を持ち出した。
「ほ~ら。ヒカリの大好きなフリスビーを今から投げるぞ~。急がないと誰かに取られるぞ~」
「!?」
「そーれいっ!」
魔力を込めた事で回転を増したフリスビーは空高く舞い上がり、家の庭では出来なかった全力の遠投で50mは飛んだ。
「フゥーリスビィィィーーッ!!」
そう叫びながら先ほどまで持っていた木剣を投げ捨て、高速で飛んでいくフリスビーに目の色を変えたヒカリは魔力全開で猛ダッシュ。
一瞬のうちに追いついてそのまま空中ダイレクトキャッチ、いやダイレクトで咥えた。
そして尻尾をブンブン振り回しながら嬉しそうに俺の下へ持って帰ってきた。
ヨーシヨシヨシ! よく出来ました!
「な、なんですの!? 今の運動能力は!?」
「獣人・・・・と言うことを考えても有り得ない移動速度だったよ」
「凄いですの」
一連の流れを見ていたアリス達3人が、俺に撫でられているヒカリに向かって口々に称賛を送る。
「え? 魔力使ったらあのぐらい普通だよ?」
驚いている3人に不思議そうな顔で説明するヒカリ。
その『普通』は強者の道を順調に歩んでいる彼女の中での『普通』でしかないと思う。
俺の中で『強者とは非常識人である』って認識しているけどおそらく正解だ。
「だから言っただろ、ヒカリは規格外だって。フィーネから教育されてる兵士だぞ」
いや俺は兵士だって認めてないけど、フィーネ曰く『ルーク様親衛隊』だか『ルーク様近衛兵』だとか言う立派な戦力らしいのだ。
この前から訓練内容もワンランクアップしたようだし。
「もしかしてわたくし来年からのランキング戦でヒカリさんと比べられますの?」
「いやアリスだけじゃないよ。同学年のボク達全員が比べられてしまうんだ」
「・・・・貴族の方々ドンマイですの」
貴族としてトップを目指すならヒカリを超える必要があるし、仮に2位で満足したとしても1位との絶望的な力の差にショックを受けてしまうかもしれない。
何も知らない人々の目には『平民に勝てない貴族』と映る事だろう。
「アリシアちゃんレベルの人って居ないかな?」
「「「居ないよ(ませんわ)」」」
あんな学生がそうそう居てたまるか!
そもそも今の実力ですら勝てるんだろ? 来年にはどうなるんだよ・・・・。
ヒカリの身体能力に驚愕した3人をなんとか納得させた後、俺達はフリスビーで遊んだ。
最初は俺が投げて、『アリスチーム VS ヒカリ』という形で3対1で競り勝つって遊びをしてみたんだけどアリス達の完敗だった。
なので徐々に『2人が投げたフリスビーを1つでも取れたらアリスチームの勝ち』とか、『3人が投げて1つでも落としたらヒカリの負け』とか変則的なルールに変わっていく。
「ハッハッハッ。つ、次は!? 次は!?」
ありとあらゆる方法でヒカリに勝とうとしていた俺達だけど、フリスビーを投げるたびにヒカリが狩猟本能に目覚めてその能力を上げていったので勝てるわけが無かった。
仕舞いには1組全員で別方向に投げると言う反則的な手段に出たけど、空中移動すら可能になったヒカリは全てキャッチしてしまう。
もう数人がフリスビーを地面に叩きつけるぐらいしないと無理じゃないか?
少しでも空を飛んだ瞬間にキャッチされるのだ。
「ふわぁぁあああ~・・・・っと。良く寝た~。みんな~、怪我はない~」
腕がパンパンでもうフリスビーを投げられなくなった頃、数時間の昼寝から目覚めた担任が『さも仕事しました』とでも言うように俺達に集合を掛けた。
「いや~。遠足って楽な授業よね~」
「遠足楽しいねっ!」
「「「・・・・そうですね」」」
寝ているだけで給料もらえる担任と、ひたすらテンション上げていったヒカリだけが嬉しそうだった。
俺達? 帰り道で話す気力すら残ってなかったよ!
こんな感じで初めての校外学習は終わった。
後から考えたら途中でリバーシやカードゲームに切り替えた方が良かったな。
なんで体力の限界まで運動してたんだろ?
まぁ楽しかったから良いけど。
と思った次の日から2日間、腕が痺れてシャーペンも持てなくなり後悔することになる。