百三十四話 最下位
美少女の幼馴染が居て、同性の友達が居て、何かと絡んでくるクラスメイトが居て、そんな連中と一緒に授業を受けると言う何気ない日常。
ああ、素晴らしき学生生活。
今日も今日とて、ごくごく当たり前な日常を満喫していた俺は入学3日目にして早くも挫折を味わうことになる。
理由は簡単。授業についていけなくなったのだ。
足し算を忘れた? いや違う。
地理が覚えられない? それも少しあるけど違う。
教え方が下手な教師が居る? いいや違う。
その授業とは・・・・体育っ!
ついさっき入学して最初の体育があったんだけど、教師が皆の身体能力を知りたいと言うので各種測定をする事になった。
で、まず短距離走をしたんだ。
1年生だし50m走れたら十分だろ、とたかをくくっていた俺の予想はすぐに覆された。
「ぜぇ・・・・ぜぇ・・・・・・はぁ・・・・・・・」
「ルークはやっぱり運動不足だよ。もう少し身体を鍛えた方がいいんじゃない?」
まぁ身体能力オバケな獣人ヒカリには最初から勝てると思っていない。
魔力による強化無しで軽く走って50mを6秒とか化け物だろ。6歳だぞ?
「ごほっ・・・・げほっ・・・・・・きっつ~」
「情けない男ですの」
次に早かったのはファイ自慢のメイドであるシィ。
この子も入学前の自宅学習の時から良い成績を収めていたと言うので、そりゃ運動面でも強いとは思っていたので除外。
女子に負けるな?
いやいや、この年代は男も女も身体能力に差はないのだよ。むしろ女の子の方が成長が速いので上な場合も多い。
つまり俺がダメなのではなく、彼女達が凄すぎるのだ。
「はぁ・・・・ひぃ・・・・もう無理・・・・・・1歩も動けない」
「たしかに彼女達は速すぎるかもしれないけど、それでもルークは遅いねぇ」
と言うのは唯一の男友達ファイ。
彼もシィに負けず劣らずの好タイムを叩き出し、そのために日頃からやっていると言うトレーニングメニューを語ってくる。
この年で50mを9秒は中々だろう。
まぁコイツも貴族として良い成績を収めなければいけない立場らしいから入学前から必死にトレーニングしてたんだな。うん、そうに違いない。
「あ~、今になって足痺れてきた・・・・横腹も痛い」
「ルークさん、流石にそのタイムは恥ずかしいですわよ?」
上級生の模擬戦を見て自信の無さそうにしていたアリスですら俺より速い13秒だった。
くっ・・・・さては『俺、全然勉強できないんだよな~』とか言って相手を油断させる卑怯者だな?
自信あるけど自分を下に見せた方がより好印象みたいな。もしくはこの3日間で運動のコツを掴んで急成長したかだ。
「そう、だから俺が遅いんじゃない。みんなが速過ぎるだけなんだ」
これまでの会話時間を使ってようやく疲労回復した俺はそう言って締めた。
「「「いや、50mを20秒は遅いよ」」」
そんな俺の言葉に全員がツッコミを入れるし、それを聞いた名前も覚えていないクラスメイトですら同意するように遠くの方で頷いていた。
ですよね~。
生まれて初めて全力で短距離走(俺にとっては長距離走)をしたけど、自分でもビックリするぐらい足が動かなかった。
おっかしいな~? ジョギングとダッシュってこんなに違ったっけ?
もうコケなかったのが奇跡ってぐらい1歩足を踏み出す度にふらついたんだよ。完走出来ただけでも凄いと思う。
ちなみに2回タイムを計ったので、どうせ最下位だと諦めて2回目は短距離移動術の縮地を使ってみた。
当然スタートした瞬間はトップだったけど、着地した途端に足がこんがらがってコケてしまったのだ。
あれは2歩目以降の足の扱いが難しすぎる。それに筋力も足りないから今の俺ではどうやっても転ぶだろう。
だから俺の結果は初めての50m走で感覚を掴んでいない1回目のタイム20秒のみ。
そりゃ2回目もちゃんと走ってたらもっと速かったさ!
19秒には出来たねっ!
「そもそもなんで皆そんなに運動出来るんだ?」
俺の知ってる6歳児ってもっと身体能力低いんだけど。
勝手にクラス平均をプラス3秒ぐらいで予想してたからビックリしたわ。
「貴族は周囲のお手本にならないといけないから普段から鍛えてるんだよ」
「同じくですわ」
チッ・・・・やっぱり自信あったんじゃないか。裏切り者め。
「ち、違いますわ! 家での訓練では他の皆様が本当にお強くて、わたくし自分が弱いと感じましたのよ。
でもクラスの中ではそれなりに運動出来る方のようで安心していますわ」
俺から責めるような視線を受けたアリスが慌てて訂正してくる。
はいはい、どうせ俺は底辺ですよ~。
「みんな家の手伝いとかで体を動かすし、遊ぶにしても健康的に走り回る事が多いから自然とこうなるんだよ」
と言ったのは俺よりヨシュアに詳しい情報通なヒカリ。
つまり生まれた時から身体を動かさずに頭を使っていた頭脳派な俺がついていけないのは当然って事だな。
言わば俺とクラスメイトではスタート地点が違うって事。
きっと同じ生活を送っていたら俺も12秒ぐらいで走れたさ!
だから問題ない!
「わたし達はともかくアリシアちゃんが許すとは思えないけど・・・・。
この成績を知られたら猛特訓間違いなしだね!」
・・・・ダッシュシューズとか作ればいいかな?
こう、風魔術でビャビャーっと。
不正、ダメ、絶対?
「運動するって考えはないんだね」
いやいやファイさんや。人には向き不向きがありましてね。わたくし、どんなに努力しても底辺から抜け出せる気がしません。
でも流石に成績悪すぎて補習にならないぐらいには運動しとこう。
そんな体育の一コマ。
「ハッハァ! 成り上がり貴族のオルブライト様は仕事が忙しすぎて息子の教育は疎かになってたらしいな」
話を締めようと思ってたところにエースが突っかかって来た。
ただのモブな少年Aだったのに『ABDトリオ』って名前が気になり過ぎて覚えてしまったじゃないか。まさかこのままメインキャラになるんじゃないだろうな?
「ちなみに俺は10秒だぜ」
「俺、11秒~」
「俺7秒」
こ、こいつ等・・・・聞いても無いのに話し始めやがった。
でも自慢するだけあって最後の奴は速いな。他は普通だけど。
「3人とも魔力使ってたよ」
一応クラスメイトの能力が気になるのか、ちゃんと全員を観察していたヒカリが真実を教えてくれた。
「なんだ、ただのドーピングか。ならむしろ遅い方じゃないか? ファイとかは魔力無しで9秒ぐらいだろ?」
「まぁね! でもボク等はまだ強化の仕方を習ってないから使わない方が速いかもしれないよ。たしかエースは途中でコケそうになってなかったかい?」
不正した上に失敗していたらしい。
ドジだな~。見栄張って出来ない事をしようとするからだぞ。
「「「でも20秒は無いわ~」」」
不正と失敗した事をバカにしつつ責めると、3人が声を揃えて反論してきた。
うっさい! お前らまで憐れむような目で俺を見るな!
「俺は学者なの。発明家なの。だから勉学の成績は良いだろ」
実際前世の知識を使っているとは言え、体育以外の授業はヒカリ達に教えられるぐらいだ。なんなら高校に行く直前のレオ兄にも教えていたほど頭が良い。
入学式に来ていたどっかの貴族も『これからの貴族は運動より勉強だ』って言ってたじゃないか。
「大体ヒカリより運動できないのに文句言うなよ。俺への文句はヒカリに勝ってから言え」
よくわからない理屈だけど貴族の間では、『部下の手柄は自分の手柄』『使用人が素晴らしい成績を収めたらそれは雇い主の功績』になるのだ。
つまり勉強面では俺が、運動面ではヒカリがトップの成績である以上誰にも責められる謂れはなくなる。
だから彼らがヒカリの記録を抜かない限り俺を貶す事など出来ないし、おそらくそれは一生無理だろう。
あまり好きじゃないけど面倒ごとを回避するためなら何でも使うよ俺は。
と屁理屈を言ってみたら案の定受け入れられ、悔しそうな顔をするエース達。
「ちっ。獣人だからそもそも能力に差があんだよ。むしろお前らの反則負けだ」
あろうことかこっちが反則だと言い出したではないか!
猫人族をバカにするとは許すまじ・・・・。
「えーっ!? 獣人差別反対!」
「そうだ、そうだ! 猫耳や尻尾はある方がいいに決まってんだろ! 何なら獣人の素晴らしさを半日ほど語ってやろうかっ!? あぁん?」
獣人を差別したエースの発言に対してキレ気味に反論するヒカリと俺。
しかし種族差がある事もまた事実。
ここは反論の余地をなくして完膚なきまでに打ち負かすべきだろう。
「そんなに人間の相手をしたいんなら、3年後までで良いからアリシア姉の校内記録抜いてみろよ」
あの人、魔力ありだけど100m走を5秒という記録保持者なのだ。
人間相手なら対等なんだろ? やってみろよ。
「ア、アリシアさん・・・・ポッ」
するとエースは何故か頬を染めて自分を抱きしめながら震え出した。
恐怖体験をしたんだから震えるのはわかるけど、嬉しそうなのはなんでだ?
「エース君、あの日以来あの人にホの字なんだ~」
「元々気の強い年上好きだったけどな」
俺の表情から察したビィとディが補足説明してくれた。
どうやら初日に『ニーソで踏まれたい』と言ったのはコイツだったらしい。
そんな生まれ持ってのM気質をアリシア姉による教育的指導で開花させたのだろう。
だからなんで俺の周りは変態とか非常識人ばっかりなんだよ!
とある食堂のドM歓喜イベントが発見されない事を祈るばかりである。
美味しい食事が出来て、可愛いウェイトレスが見れて、その上殴る蹴るの暴行を好きなだけ受けることが出来る素敵なお店、猫の手食堂が・・・・。
この日から俺は真剣に運動するようになりました。
なんだかんだとはぐらかしたけど、バカ共に言い返せなかったのが相当悔しかったんだよ。