百三十三話 初めての授業
自己紹介を終えた俺達は、親睦を深めるための時間など無いまま学校生活最初の授業を受けている。
どうやら担任は算数の教師だったらしく、ヒカリの自己紹介を最後に、
「じゃあ教科書開いて~。2ページからね」
と言って授業を始めてしまったのだ。
この授業潰してレクリエーションにしてたら皆で遊んだり出来たのにな・・・・。
結構な人数が俺と同じことを思っているようだったけど、勉強の方も楽しみだったのか不満の声は上がらなかった。
この世界の子供は、平和な日本の子供達より自我がハッキリしているので『幼い生徒達の担任が全ての授業を受け持って安心感を出す』と言うことは無く、それぞれの教師が得意分野を教えてくれる。
そっちの方がメリットも大きいので最年少の俺達1年生が平気なら問題ないだろう。
え? 前回の騒ぎ?
授業の妨げになり始めたことに怒った担任が黒板を『キィィーッ!』って爪で引っ掻いて黙らせたよ。
後でヒカリが教えてくれたけど自分だけちゃっかり防音魔術使っていたらしい。ズルい・・・・。
なので俺達は今、何事も無かったかのように授業を受けている。
しかし前世の知識が存分に活かせる授業で話す事なんて特にない。『1+1=2』とかやるんだぞ?
でも折角の初授業だし、ちょっとだけ紹介しよう。
「ん~・・・・んん~?」
ヒカリはあまり勉強が得意ではないので、他の生徒達同様に初っ端から苦戦していた。
教師は黒板に丸を書いて足し算の基本を教えてくれているので決してわかりにくい訳じゃない。むしろお手本のような教え方だ。
これを見ても理解できないほどヒカリはおバカじゃないはずなんだけど。
「どこがわからないんだ? ほら、あの丸と隣の丸を合わせたら合計2個だろ」
授業について行けなくて成績が悪かったらヒカリが落ち込んでしまうかもしれない、と思った俺は『隣の女の子にわからない所を教える』と言う憧れの行為をすることにした。
仲良くないと「気持ち悪っ!」とか「は? 何話し掛けてんの?」とか言われるじゃん・・・・。
まぁ俺のトラウマ話は置いておこう。
で、これならわかるか?
「全然・・・・。だってわたしがクラスの子と共闘しても戦力2倍にはならないよ? 魔術を合わせたら威力は何倍にもなるのに。
それに料理だったらどんなに合わせても1だよね? 調味料によっては食べられなくなるし」
「・・・・取り敢えず何かに例えるのは止めようか」
どうして子供ってこう柔軟な発想をするんだろうな? 純粋に見たまんま『同価値の丸』でいいじゃないか。
余計な事は一切考えず黒板の丸だけに集中しなさい。
「ん~・・・・2本の剣を使っても一刀流の人には邪魔になるだけだし、二刀流の人なら何倍も強くなるし、剣士じゃないなら弱くなるし・・・・ん~?」
それでもなお、黒板に書かれた2つの丸を同等の物として考えようとしないヒカリ。
そんな彼女を見かねて俺はさらなる助言をすることにした。
「じゃ、じゃあ俺とヒカリが銅貨1枚づつ持ってるとして、店で買い物をするといくらの物が買えるでしょう?」
そうだよ。最初から世界共通の『現金』で例えたら良かったんだ。
柔軟過ぎる発想の子供に考えさせるといつまで経っても答えに辿り着きそうにない。
「え~っと・・・・銅貨2枚!」
よし! 出来たじゃないか!
「それとノルンちゃんからオマケを貰って、商店の2階に居るトリーちゃんからクッキーも貰って、帰り道で街の人から色々貰って・・・・金額にすると銅貨4枚ぐらい?」
・・・・そうだった。ロア商会と親密なヒカリは、買い物をするとオマケがもらえるのが常識になってるんだった。
俺、教師向いてないわ。
その後どうやってもヒカリに『1+1=2』を理解させることが出来なかった。
この算数の授業以外にも理科では、
「空や海が青いのはなんでですか~? 一部魔界の海は黒いのに~」
「人が地面や海の底に行ったことないのに、なんでマントルの存在や海底の圧力がわかるんですか~?」
などなどの難問で教師を唸らせていた。子供の純粋さとは時に残酷なものである。
魔法陣や魔力の授業なんてもっと悲惨だ。
何せ専門学者ですら解明できていない謎についてバンバン質問が来るのだから、いち学校教師に答えられるわけがない。
そんな時、全ての教師がこの万能な言葉を使っていた。
「まだ解明されていないので皆さんが大人になったら研究してみてください」
要は『俺達は知らん、自分で調べろ』という事である。大人ってすぐ逃げる。
ちなみに人間では到底調査できないであろうマントル等も一般的に認知されているのには理由がある。
俺の知り合いでもユキが海底探索をしていたり、ベーさんがマントルを寝床にしていたりするんだけど、彼女達が『アレ』なだけで研究者に協力する真面目な強者も居るらしい。
海底とかなら種族によっては生活圏内だし、精霊と仲の良い種族なら空や海が青い理由は『光が精霊に反射して色を変えている』と知っているのである。魔界の黒い海は闇精霊の影響が大きいため。
全部フィーネ達から聞いた話だ。
ここで久しぶりの新作魔道具の発表をしよう。
入学前に学生生活には必要かな~と思って作った物がある。
ずばり『シャーペン』だ!
この世界にも鉛筆らしき物はあった。
でも圧縮した炭素芯をそのまま素手で掴んで書くという使い方で、手を汚さないようにするためや書きやすさを追求して木で挟んだりはしていなかったのだ。
と言うよりそんな手間暇かけるなら手を汚して後で洗う方が安上がりって考え方だった。
実際、圧縮魔術で作り出した炭素芯は鉛筆ぐらい太くて丈夫だったし、汚れも付きにくい。強度は数㎜の太さの芯が俺ではへし折れなかったぐらいだ。
それを見た俺はシャーペンを思いついた。
見た目は完全に太めのシャー芯だったので、使いやすいようにノック式の外側を作れば売れると思い、フィーネ経由でドワーフ達に作ってもらった。
え? それじゃあ魔道具じゃなくて普通のシャーペン?
いやいや、慌てなさんな。俺の手が加わるのはここからだ。
そんな訳で完成した一般的なシャーペンだけど、いくつか問題があった。
まず第1に、人の手で作るから芯の形や大きさが一定ではない事。そして、そもそも圧縮魔術が使える人が少ない事。
これは専用のプレス機を作る事で解決した。
圧縮魔術で固めた芯を魔力プレス機で形成し直す仕組み。
魔術に関してはフィーネ先生の指導の下、適正のある人間を数人選出して鍛え上げた。
ほら、物を圧縮するって何かと発明に便利そうだし。彼等には今後も活躍してもらう予定だ。
2番目の問題点は紙がゴワゴワで書きにくい事。
このせいで鉛筆モドキは言うほど広まってなくて、インクを使った筆の方が一般的だったのだ。
文字を書く原理として『炭素を削って紙に張り付ける鉛筆』より『インクを浸透させる筆』の方が粗い目の紙には書きやすいんだよ。
しかーし! ここから俺が考えた魔法陣の出番だ!
書きにくい原因はズバリ『固すぎる芯』と『デコボコな紙』の相性の悪さにある。
調べたところ、紙の製造方法は地球と同じだったので単純に素材と機械化の問題。つまり現状解決しようがなかった。
ならば芯を柔らかくしてみようって事で、カバーの方に小さな魔石を組み込んで持ち手に魔法陣を刻んでみた。
魔石を先端に取り付ける事で、ノックした際に出てきた芯の性質を魔力で変化させて砕けやすくしたのである。粘土化させると思ってもらったらいい。
元々ちょっとした性質変化は魔力さえあれば誰でも可能だったんだけど、本当に微弱過ぎてあまり気付く人が居ないのだ。それこそ魔石の補助が無ければ芯を変化させられないほど。
でもこれによって一般的に流通しているデコボコな紙にも文字が書ける、と言うか芯が削れて紙の繊維にくっつくようになった。
まぁ欠点としては、複雑な魔法陣だから魔石が長く持たないのでシャーペンは消耗品って事と、芯を出しっぱなしにしたら出ている部分は10分ほどでグニャグニャになってしまうって事か。
それでも今までの硬くて書きにくかった鉛筆モドキとは比べ物にならない出来だし、ナイフで硬い芯を削る必要もない。
さらに言えば綺麗にくっついた炭素は消しゴムで落としやすかった。散々落書きした紙を綺麗にして新品ですって言えるレベルだ。
あっ、消しゴムは普通にあった。元々は絵描き向けの商品らしいけど、最悪パンで代用しようと思っていたので助かったよ。
そんな便利なシャーペンを俺1人が使ってたらそりゃあ注目を集める。
流石に授業中は話しかけて来なかったけど、近くの席のファイ達もチラチラこちらを見ていたし、案の定授業が終わった瞬間に質問された。
「ルーク、何を使ってたんだい? ・・・・見たことも無い筆だね」
「インクではありませんわね。
・・・・え? 何度でも修正出来る? 嘘ですわ! 紙に書いたものを消すなんて出来る訳がありませんもの!」
お子ちゃまなファイやアリスは鉛筆の存在すら知らないらしく、他のクラスメイト達も大よそ同じ反応だ。
フッフッフ。ロア商会を舐めるなよ。
見るがいい! このフィット感、この書きやすさ、そしてこの消しやすさをっ!
サラサラサラ~。
ケシケシケシ~。
「「「おぉ~!」」」
俺がノートに描いた絵を消して元の真っ白な紙に戻すとクラスメイト達は歓声を上げた。
どうだ! 銀貨1枚の威力は!
あ、ロア商会でシャーペン・芯5本・消しゴムの3点セットで販売中です。よろしく。
「ルーク、注目集めてるけど良いの?」
・・・・たまに自慢したくなる事もあるんだよ。
この素晴らしい発明品の事をクラスメイト達が帰宅してから親に言ったのか、翌日にはシャーペンが売り切れになったと言う。
量産するつもりだけど製造する人数が少ないから当分入荷待ちだ。