百三十一話 新生活
入学式の翌朝。登校する時間になっても俺は部屋に引きこもっていた。
「ルーク、学校行くよ~」
「やだ、休む」
昨日はアリスの家で時間も忘れて楽しく遊んだからスッカリ忘れてたけど、寝る寸前になって校庭で暴れたアリシア姉を同級生達に見られた事を思い出したのだ。
それはそれは悶々とした(ちょっと違うか?)夜を過ごしたさ。
これでノコノコと学校に行ってクラスメイトや教師に怖がられた日にはショックで対人恐怖症になるかもしれない。
そんな事になるくらいなら俺は最初から自宅学習に励む。
幸い『友達を作る』と言う当初の目標は達成しているので、例え登校拒否になっても彼らと疎遠にならないように暮らすのは難しくないだろう。
何ならロア商会開発部長というユキの地位を奪い取って社会人生活に突入することも辞さない覚悟だ。
学校編が始まろうとしてるところ悪いけど、俺に楽しい学生生活は送れそうにない。
ドンドンドンッ!
「初日から休むなんて私が許さないわよっ! 後輩は先輩の言う事聞かないといけないんだから!」
そんなネガティブ思考に陥った俺が本格的な将来設計を始めていると、全ての原因であるアリシア姉が部屋の扉を壊す勢いで叩き始めた。
しかし例えぶち破られたとしても俺は断固として休むのだ。暴力には屈しない。
「フッフッフ~。ここは交渉上手なこのユキさんにお任せですよ~」
いよいよ扉が粉砕されそうになったその時、ユキがネゴシエーターとして名乗りを上げた。
なにやら自信があるらしいけど覚悟を決めた俺は一切動じないぞ。
伊達に前世で10年間引きこもったわけじゃないのだ。週一の買い物以外は家から出ないなんて余裕だし、食事を提供してくれるって言うならそれも不要。
楽しい魔道具ライフ(引きこもり生活)が今、始まる。
しかし流石に自室からも出ないと言うのは難しいので、家族の承諾なしには俺の生活が成り立たないだろう。
なので扉の前に居るヒカリ達にだけでも登校拒否する理由を説明しておくとしよう。ついでに無駄な交渉をしようとしているユキを追い返してやる。
「今でも十分稼げてるから学校行く意味ないじゃん。友達だって居るし」
『将来の仕事』と『交友関係』。それ以外に学校に行く理由とはなんだろう?
両方を揃えている勝ち組な俺にはわからない。
「ライバルがいた方が燃えるじゃない」
「見分を広めるって意味でも社会生活は必要なんだよ」
と、アリシア姉とヒカリがそれぞれに登校する理由を話し始めた。
戦闘狂のアリシア姉らしい回答だし、競争相手が必要って言うのもわかる。
ヒカリは・・・・なんか凄く大人な意見だ。
でも2人共に言える事だけど、それこそ学校行かずに世界を見た方がいい気がしないか?
アリシア姉だって魔族のライバルとか欲しいんじゃないか?
俺が引きこもった暁には、通信技術を発達させて映像付きで通話できるようにしてみせる!
つまり異文化交流し放題。新しい技術を取り入れ放題になるわけだ。学校行くより世界と繋がれるぞ?
「「・・・・それは」」
俺の価値観を伝えると2人は黙ってしまった。
所詮は子供。60年近く生きている俺を言い負かすなんて50年早いわ!
え? 普通?
いや、だって同じぐらい生きたら口論で勝てる気がしないし。
そんな感じで俺を説得出来ず、むしろ共感してしまった2人の代わりに交渉人ユキが口を挟んできた。
返り討ちじゃ!
「おやおや~。そんな事言って良いんですか~。
ルークさんとの楽しい学校生活を夢見るフィーネさんが黙っているとでも?」
そんな脅しには屈しない。例えヨシュア学校が崩壊しても俺には無関係だ。
一応説明しておくと話題に上がったフィーネは最近商会の方が忙しいらしく、今日も早朝から出掛けている。
それにフィーネだって俺と一緒に生活出来るのでむしろ喜ぶんじゃないだろうか?
「ルークさんの将来を考えたフィーネさんは学校に行くように言うと思いますよ~。じゃなかったら私が代わりに『メッ』ってします~。
その結果、1学年全員がオルブライト家に集まって謝罪することになるかもしれませんね~」
・・・・完全防音な部屋にしてやるし。
間違いなく壮絶な光景になるだろうけど、庭を見なければ大丈夫だな。
「逆恨みした人がフィーネさんを襲い、そして返り討ちに。
それに怒った親が私兵を使いますが、これまた当然返り討ち。
段々その規模は大きくなっていき、国をも巻き込む戦争に。
歴史には・・・・そうですね~。『第一次ルーク大戦』とでも命名されて後世まで語り継がれるでしょう~。
もちろん私が語り継ぎます~。画家さんも裸足で逃げ出すクリソツな絵付きで~」
バンっ!
「さぁ~て。今日も楽しい学校生活を送ろうか!」
自分が歴史上の有名人物になるなんて絶対に嫌だ。しかも第一次って事は今後も続く可能性があるんだろ?
あり得ないって言えないのが怖い。
結局引きこもる事に失敗した俺は、一緒に住んでいるアリシア姉とヒカリと共にヨシュア学校へ登校中だ。
「何が不満なのよ? 学校って楽しいわよ?」
その道中でアリシア姉が引きこもった理由を聞いてきたけど、まさかわからないとでも言うつもりか?
まぁ聞かれたからには教えてやるしかあるまい。
「今この瞬間もクラスメイトに見られているかと思うと動悸が止まらないんだよ」
「たしかに注目は集めてるけど、普通でしょ? 私いつもこんな感じよ」
そう、先ほどから、
「あのアリシアさんと一緒に居る1年生は誰だ?」
「何故無傷で居られる!?」
「ほら、足払いされるぞ~。掌底喰らうぞ~・・・・あ、あれ?」
と言う恐怖と嫉妬に塗れた言葉がちょくちょく聞こえてくる。おそらく上級生だろう。
これが普通だと? アンタどんな学生生活を送っているんですか?
同級生に何をした!?
「・・・・つ、強くなろうとしてるだけじゃない」
挙動不審になりつつ弁解するお姉様。
自信を持って言えないって事は少なくとも昔からの破壊活動は収まっていないようで、大人達に注意される日々が続いているらしい。
俺とアリシア姉だけならここで話は終わるんだけど、今は隣にヒカリも居る。
黙って俺達の会話を聞いていた彼女は自分の意見を語り出した。
「アリシアちゃんは悪くないよ。
ウチで再現してもらったけど、明らかに顎を砕こうとしてる攻撃を避けられない対戦相手が悪いよね」
いや、どう考えても授業で顎を砕く方が悪いだろ。いくら戦闘訓練だからって限度ってもんがある。
しかしヒカリと言う強い味方がついたアリシア姉は、やたら理不尽な事を言って自分を正当化し始めた。
「そうよね!? あのぐらい防げて当然よね!?
ほら、女の子ってたまに相手を全力で殴りたい衝動に駆られるじゃない? でもそれが当たって一発で倒れられたらつまらないわよね?
だから態々攻撃する場所に闘気を飛ばして、『今からそこを殴ります』って教えてあげてるのに棒立ちなんだもの。これ以上どうしろって言うのよ!」
おそらく学生達に闘気の意味を理解するなんて不可能だ。
あとそんな衝動知らん。
「うん! そこは空気を読んでくれないとこっちが困るよね。
わたしも『魔術で牽制してキック!』って時に最初の魔術で呆気なく倒れる魔獣とか居ると困るもん。『この蹴ろうとした足はどうすればいいの?』ってなる」
敵を予想より早く倒してしまって困る事なんてねぇよ・・・・ないよね?
ヒカリも弱い奴が悪いと言ってアリシア姉を援護するけど、まさか同じことをするつもりじゃないだろうな?
強い奴が正義みたいな考え方は好きじゃない。もっと弱者に優しい世界になってほしいものだ。
その後『理想の戦闘』について語り合い始めた2人を無視して、出来るだけ注目を浴びない様に俺は少し離れて登校した。
校門をくぐる前にアリシア姉が友達を見つけて駆けだしたので別れた俺達。
ちなみにアリシア姉は挨拶代わりに友達の背後から飛び膝蹴りをかましていたけど、それでも笑いながら挨拶を返すんだから彼女達にとってはこれが日常なのだろう。
何はともあれ俺はこれで注目度は下がったと一安心して教室へ向かった。
しかし教室の前まで来たら急に今朝の不安が脳内をよぎり、最後の一歩が踏み出せなくなってしまう。
「なんだろう。イブを紹介した時と同じような緊張感があるんだけど。やっぱり今から引き返すとか無しですか?」
「無しです。いいから早く入ろうよ。アリスちゃん達と近い席を取るんでしょ」
教室のドアを開ける事を躊躇う俺を尻目に早々と入っていくヒカリ。
昨日確認したけど席順は早い者勝ちで、俺達5人は既に席を決めていたのだ。
つまり俺がここで立ち止まっているせいで次の席替えまで友達と離ればなれになってしまう可能性がある。
悩んでも仕方ない。男は度胸! 女も度胸!
覚悟を決めた俺は1年1組の教室へと足を踏み入れた。
「やぁ、おはよう」
「おはようですの」
「おはようございますわ」
そこでは既にアリス達は登校しており、各々が決めた席に座っていた。
クラスに居る生徒は大よそ半数ってところか。
顔も名前も知らないけど、全員が新たなクラスメイトを歓迎して俺達に挨拶をしてくれる。
どうやら俺の取り越し苦労だったようだ。アリシア姉の事を覚えてる人は誰も居ない。
うん、これなら上手くやっていけそうだな。
「よっ! みんなおはよう!」
「おはよう!」
もちろん俺とヒカリも元気いっぱいに挨拶する。
予定通り5人固まって席を取る事が出来た。
俺の学生生活は明るいぞ!