プロローグ2
「ど~も~」
(……あれ? 意識がある?)
俺は確かに病気で死んだはずだ。
あの意識が消えていく感覚――。
体の自由が利かなくなり、暗闇に放り出されるような光景はしっかりと脳裏に焼き付いている。
しかし今の俺には間違いなく自我があって、記憶があって、意識がある。
「こんにちわ~」
(つまり、これが死後の世界ってやつか?)
目の前にはどこまでも真っ白で何もない空間が広がっている。
自分の死を覚えている人間がこんな風景を見たら天国と思うんじゃないだろうか。
「ハロー」
しかも、だ。
(声は出ない。体……もないし、幽霊になった?)
色々と試してみてわかったことは、この世界に干渉出来ないって事。
脳が無い状態でどうやって思考しているのかは知らないけど、どこをどう見渡しても俺の姿は映らなかったので意識だけの存在になっているらしい。
「アニョンハセヨ~、ニ~ハオ、ナマステ~、チャオ~、ジャンボー、グッドモーニーン、ビシソワーズ」
あとさっきから女性の声が頭の中……じゃなくて……なんだろ? まぁ良いや。とにかく聞こえているけど、自分の姿と同じく辺りには影も形も無い。
真っ白な空間に声が響いているだけだ。
「無視ですか~? 無視なんですか~?」
いくら声を掛けても反応がないことに無視されていると勘違いした女性は、徐々に非難するような声になっていく。
(無視じゃないですよ。姿が見えないし声も出せないんです)
「あ~、なるほど~。これでどうでしょう?」
女性が何かを合図した瞬間、目の前に女神が現れた!
……違うな。
全身からダルそうな雰囲気を漂わせ、上下黒ジャージで赤い褞袍を羽織り、一切やる気の感じられない目とボサボサな金髪をしている女性を女神とは呼びたくない。
その姿はさながら『休日の親父のだらけきった姿』とでも表現するべきだろうか。
ニートの俺でもここまでじゃなかったと思う。
「誰がオジサンですか! 天罰あたえますよー!」
「心を読まれた!? ごめんなさい! ――あ、声出た」
相変わらず自分の姿は見えないけど、声が出るようになっていた。
今すぐ『天国で言葉は必要か?』という議題について自問自答したいところだけど、死後の案内人らしき女性への謝罪が先だろうと俺は必死に弁明を始めた。
「まぁ許しましょう。神様に不可能はないのデス、死後の世界だけに! ププッ、クフフフッ」
「…………ア、ハイ」
自称神様は自分のギャグで爆笑しておられる。本気で怒っていたわけではないようだ。
さっき挨拶で英語が2回あったし、ビシソワーズは料理名。たぶん地球の挨拶っぽいものだけを覚えたんだろう。バカだけど面白い人だな。
……なんでわかるか?
暇つぶしに各国の挨拶とか面白い地名を調べていた俺も同類なだけですが何か?
誰ともなしに言い訳をした俺は、目の前で微笑む(彼女の名誉のためにもそう言っておこう)神様に話し掛ける。
「神様ってあの神様?」
「イエスっ、神様! 正確には神様の1人で地球ではない別世界担当です~」
謎のブイサインを決めた神様は、目の前の空間に地球と別惑星の2つを映し出した。
3Dグラフィックもビックリの高画質で雲や影が動いている事から察するに、リアルタイムの両世界らしい。
手を翳しただけでこんなことが出来るなんて、本当に神様っぽいじゃないか……。
「す、凄いですね、これ。一体何なんですか?」
俺はこの人を本物の神様だと信じることにして、両方の世界を見せた理由を尋ねる。「も、もしかして例のアレかも!」という期待も無きにしも非ず。
「君が生きていた世界とこれから生きる世界ですよ~」
「――ッ」
「お気付きのようですね~。そう! 優一君は地球で亡くなり、こっちの【アルディア】という世界で生まれ変わってもらいま~す」
転生モノきたぁーーーーーーっ!!!
「それはあれですか!? チート能力与えられて無双したり、現代知識で金稼ぎしたり、困ってる女の子が大勢出てきて助けたらハーレムになるって噂の! あの!! 転生モノですかっ!?」
『お前そんなキャラだっけ?』なんて疑問は持つな。いくら50代の引きこもりのニートだってラノベ好きだったんだから転生モノを夢見たことだってあるさ。
それが今、現実のものになる! テンション上がらないわけないじゃないか!!
「まぁ大体そんな感じですよ~」
ほら!
シリアスだったり努力が報われないなんて展開にならない! プロローグが最初で最後のシリアスだ!!
「コミュ力が高いイケメンで貴族の次男で姉と妹が1人ずつ、戦争のない平和な国で陰謀に巻き込まれないような家で、幼馴染の少女とイチャイチャしながら現代知識で内政してスローライフを送りたいです。
冒険者ギルドに所属してチート能力でSSSランクなのに実力隠してDランクでニヤニヤ展開、旅先で困っている女性を助けたりケモ耳少女を救ったり助けた獣が擬人化する人生でお願いします!!! 重婚ありで!!」
「…………」
い、いかん、ついつい普段からの妄想が完璧だったからハッスルして希望を全部言ってしまった。神様が呆れてるじゃんか。
落ち着け俺、大事なのは事前の確認だ。
「ごめんなさい。説明お願いしてもいいですか?」
「妄想はほどほどに~。そんな世界あるわけないですよ~」
ですよね~。
でも可能な限り叶えてもらいたいです。
「え~、アルディアは魔法中心の世界ですね~」
魔法きたぁーーーーーーー!!!
これは幼少期から鍛えたら魔力が上がりまくって最強になれるって言う、あの!
間違いなくエルフと魔族が居るはず。そしてきっと美形だ。是非お知り合いになりたいものだな。
「神様の話を~」
「そういう種族って長寿ですよね!? ……って、拳を握って何するつもりですか?」
「聞け!!」
ドゴッ!
殴られた。痛い……。
魂なのに痛みってあるんだね……。
神様暴力はどうかと思います。話し合いで解決しましょう。人は言葉を交わせる生き物です。
「優一君が聞かないからですよ~」
いい笑顔だった。
まぁ俺が悪いから仕方ないな。妄想が止まりそうにないけど頑張って話を聞こう。
「何か?」
いいえ、なんでもありません。さっきから語りにツッコまないでください。
「で、魔法の世界ですか?」
「地球で言うファンタジーとして考えてもらったらいいかと。色々な説明は面倒くさいので自分で経験しながら覚えてくださ~い」
なるほどわかった。彼女はダメな女神、略して駄女神だ。
ギリギリギリッ!!
「わ、わかりました! 自分で成長するって大事ですよね! いや~、教えてもらったら人生を楽しめないですもんね。さすが神様、わかってる~♪」
拳を握りしめる音が聞こえた瞬間、俺は『転生者を送り出す人ってそれ以外に何かすることあるの?』とか『チュートリアルスキップしちゃったらもう二度と出番ないとかあり得るよ?』といった疑問を心の奥底へと押し込み、無理くり肯定派に所属した。
この神様怖い……。
「と、ところで俺のような存在って珍しいんですか?」
こういう時は話題を変えよう。
それにこの情報も大事なことだ。もし転生者が多いなら現代知識はあまり役に立たないからな。
「私は攻略本だの攻略サイトだのに頼ってゲームを楽しもうとしない人は嫌いですからね~」
それとチュートリアルは違う気がする。
でもここでツッコんだらまた暴力を振るわれるので、俺は黙って神様の回答を待つ。
「アルディアでは1000年ぶりですね~。
転生者は少ないので神々からも引っ張りダコ。そしてようやく私の順番が来たんです~」
転生に必要な条件を満たした存在自体少ないのに、さらに無数の世界から要望があるらしい。
そりゃ1000年もかかるわな。
でも現代知識で大活躍な転生になりそうだ。