百二十七話 入学式2
俺達は『母さん』『フィーネ』と言う尊い犠牲の下、なんとか無事に校内へ入る事に成功した。
そこまでしなくても貴族連中に囲まれて自慢話に付き合えばいいって? 入学式までずっと?
いやいや、俺にはそんな事に時間を取られている暇など無いのだ。
最初の出会いって重要だからな。
ここで失敗すると灰色の学生生活になってしまう可能性が高い。『友達』と言う存在には人数制限があり、それは大抵の場合において先着順である。
すなわち! 全員平等に初対面なこの入学式前に知り合う事が大切なのだっ!
「さて、訓練場で入学式するんだっけか?」
卒業生のユチ達から聞いた話によれば、ヨシュア学校にある訓練場は地面だけど室内なので天候に関係なく運動できる広いスペースと結界があるらしい。
言うなれば体育館だな。
さらに生贄となったフィーネが最後に仕入れた情報では、一般人(自慢したがらない市民)は既にそこへ集まっていると言う。
つまり卑劣にもヤツ等は俺抜きで友好関係を築こうと企んで・・・・いや実行に移しているだろう!
貴族って連中は肌に合わない俺が友達を作るなら彼等だ。
だから俺も早く行って仲良しグループに入らなければならない。
「でも最初にクラス分けを見ないとわたし達が並ぶ列もわからないよ。
式はクラス別で並ばないといけないんだよね?」
急ぐ俺を引き留めてヒカリがあっけらかんと重要な事を言い出した。
な、なん・・・・だと?
「ちなみに校庭に張り出されてましたね~」
さらにユキはその事を知っていたにも関わらず無視していたらしい。
お前、もっと早く言えよ。そしてどうせなら見とけよ。
まぁ俺達に『ドキドキしながら掲示板を見る』って言うのをさせたかったのかもしれないけどさ。
人生の中でも数少ない機会だし実際楽しみではあったので責めはしないけど、なんかユキ相手だと釈然としない。
「も、戻るのニャ?」
嫌そうに言うリリは俺と同じ考えなんだろう。
その通りだ。戻ったら絶対変な人に絡まれるよな。
ここは・・・・ユキだな。
「いいか? 俺とヒカリのクラスを調べる。簡単な任務だ」
ほら、特に理由なく着いて来たんだから少しは役立て。
なんなら今ここに張り出されてる紙を氷魔術で念写しても良いんだぞ。自分の名前を探してドキドキする俺達を見たいんだろ?
そうだ、それが良い。そうしよう!
「フッフッフ~。私がこ~んな面白そうな出会いの場を邪魔すると~で~もぉ~?
さぁっ! 一緒に行きましょうねー!」
「イヤァアアアァァーーーーーーー!!」
結局全員で校庭に戻って来てしまった。
正確にはバカ精霊に拉致された俺と、無言でついて来たその他だけど。
こうなったら隠密行動で誰にもバレずにクラス発表されている掲示板を確認するしかない。
普段でさえ貴族の自慢話なんて一言も聞きたくないのに、早く友達を作ろうと急いでいる今はなおさらだ。全員とは言わないけど高確率でそういう貴族が居るからな。
大丈夫、大丈夫。掲示板の前には人だかりが出来ているから目立たないなんて余裕、余裕。
今の俺は名も無き石ころ。視界の片隅にすら入らない石ころ。
「あっ! 良かったねルーク! わたし達、同じクラスだよーーっ!!」
そんな石ころにヒカリが嬉しそうに抱き着いて来た。
ギロリッ!
「ッチ。誰だアイツ?」
「ケッ。美少女の幼馴染ってか? 勝ち組気取ってんじゃねぇぞ」
「貴族じゃなかったらボコる。貴族なら陰湿な嫌がらせをする」
「入学式早々イチャついてんじゃないわよ」
ヒカリが大声を上げて俺に抱き着いた瞬間、とても6歳児とは思えない嫉妬にまみれた視線が集まる。
終わった・・・・。
俺の学生デビュー、完全に終わった・・・・・・。
「やぁやぁ、諸君! ボクのメイドが可愛すぎるからって嫉妬は止めたまえ」
すると突然、俺の隣に居たいかにも『貴族』って感じの金髪君が自分に対しての嫉妬だと勘違いして自慢を始めた。
一目で貴族だとわかるように制服の校章はわざわざ金の糸で刺繍し直しているし、留めるボタンは金。魔道具らしき腕輪や指輪を身に付け、通学鞄にはデカデカと家紋を刻んでいる。
そんな金髪君が連れているメイド(たぶん俺達と同じ新入生)は確かに可愛かった。ヒカリほどじゃないけどな!
でも実際に周囲の嫉妬は俺に対してじゃなくて、そっちに向けられてるのかもしれない。
いやぁ、勘違い勘違い。
「おいっ! お前どこの貴族だよ!!」
未だにメイドを自慢する金髪君を素通りしたやんちゃそうな坊主の少年が俺に近寄って来て罵声を浴びせる。
あ~。やっぱりワタクシに対してですか? そりゃ金髪君とメイドは何も嫉妬されるような事してないしな。
「ボクかい!? ボクを知らないなんてモグリだね~。ボクは・・・・」
いや、お前も違うから!
何を勘違いしたのか素通りされたはずの金髪君まで近寄って来て勝手に自己紹介を始めた。
どうやら人の話を聞かない人物のようだ。空気が読めないとも言う。
「ハァ!? 金髪じゃねぇよ。茶髪のお前だよ!」
喋り続ける金髪君を一喝して黙らせ、再び俺へと怒りをぶつけてくる坊主。
「あ、お気遣いなく。お互い楽しい学生生活にしましょう。
ではっ!」
怒り続ける坊主に無難な挨拶だけして俺は校内へと走っていった。
こんな面倒くさい状況さっさと逃げるに限る。ヒカリが戦闘態勢に入ってたし、あのままあそこにいたら騒ぎが大きくなるからな。
「・・・・ふぅ。クラスも確認したし、早く訓練場行こうぜ」
校内に戻って来た俺は走ったせいで上がった息を整えつつ、ドレス姿でも余裕でついてきたリリ達に話しかける。
そりゃ俺以外のメンバーが獣人2人とユキだから仕方ないけど、改めて力の差を思い知るわ~。
ちなみに掲示板付近には貴族の子供達しか居なかった。やっぱり友達候補の子供は訓練場に集合してるっぽいな。
「であるから、ボクはヨシュア学校で主席卒業をしなければいけないのさ」
・・・・・・なんで金髪君が居るんだ?
少年の傍にはちゃんとメイドさんが控えていて、全員からの無視を気にすることなく彼の自己紹介はまだ続いてた。メイドさんだけはたまにコクコク頷いているので全員ではないか。
「この子、『ファイ=パトリック』君って言うんだって。同じクラスになるから挨拶してたの」
なんだ、勝手について来たのかと思ったら移動する前にヒカリが話しかけてたのか。
まぁ目的地は同じ訓練場なんだし、一緒に向かうのは構わないけど。
「そうなのさ。ウチのメイドに負けず劣らず可愛い少女だったからつい声を掛けてしまってね。
同じクラスのようだし仲良くしようじゃないか」
チッ。ヒカリから声を掛けたのかと思ったから油断していたが、ただのナンパ野郎か。
金髪君、改めファイは自らのおかっぱヘアーを『ファッサ~』となびかせて説明する。鬱陶しい。
聞くところによると彼も俺と同じく家族を犠牲にして子供だけで行動しているようだ。
・・・・パトリック家?
どっかで聞いたような。どこだっけ?
「イブさんの誕生パーティで友達になったスーリさんの親族じゃないですか~?」
・・・・・・ああっ! 3バカ!?
一まとめで覚えてたから個別で言われると思い出せなかった。
なるほど、なるほど。3バカトリオで3を担うスーリか。
「ん? スーリを知ってるのかい? 彼はボクの従兄弟にあたるんだ。まぁパトリック家と言えば王都が本流だから、知名度が高いのはそちらだろうね」
「一応知り合いだよ。従兄弟共々よろしく」
やっぱり親族だった。もしかしたらスーリから俺の話を聞いているかもしれない。
貴族だけど悪いやつじゃなさそうだし、従兄弟とも知り合いだから共通な話題はある。自慢話も勝手に語る事が好きなだけらしいのでスルーすればOK。
十分友達候補である。
しかし1から3が居て。ファイ、つまり5が居る。
そこから導き出されるメイドさんの名前は・・・・。
「あぁ彼女かい? ほら黙ってないでクラスメイトに自己紹介ぐらいしたまえ」
「・・・・シィですの」
でしょうね。シィ、つまり4だな。
1から5までの名前が同い年の知り合いで統一されるとかどんだけだよ。
しかし無表情な子だ。
「いやぁ、すまないね。ボクの付き人と言う事で容姿だけで選んだからこの通り不愛想な子でね。しかし性格以外は中々の成績を収めている優秀な人物なんだよ」
貴族の護衛兼メイドって事で入学前から勉学に励んでいると言うので、ヒカリと同じような立ち位置らしい。
たしかに寡黙な少女だけど俺の知り合い達より全然マシだ。不愛想って実害は一切ないからな。
俺の周りの連中は実害どころか、ついでに迷惑までまき散らす奴ばかりだ。
「シィちゃん、よろしくねっ! わたしヒカリ!」
おっと、早速ヒカリ固有の仲良しスキル『マシンガントーク』が発動した。
シィの鉄壁そうな仮面もこの攻撃の前では跡形もなく消し飛ぶだろう。
「わたしフリスビー好きなの! フリスビーって知ってる? 投げると回転して遠くまで飛んでいくんだよ。お互いに投げ合うのも良いけど、オススメは誰かと競争してどっちが早くキャッチできるかって言うゲーム!
シィちゃんはどんな事が好き? わたし読書は苦手なんだけど、戦術考えるのは好きなんだ」
「・・・・あ・・・・・・うぅ」
見る見るうちにシィの無愛想な顔が崩れてオロオロし始める。
まさにマシンガン。止まる事の無い連撃だ。
まぁ話すのが苦手な人だって居るし、そろそろ止めよう。
俺は気遣いの出来る男なのだ。
「ほらヒカリ。訓練場に着いたぞ。俺達は1組だから・・・・あそこに座るか」
ヨシュア学校の訓練場は3つの戦闘フィールドがあり、結界を展開すれば3か所同時に試合が出来るけど普段は1つの大きな集会場として使っている。
そしてそんな訓練場には新入生50人ほどが集まっていた。
実際は80人ぐらいになるらしいけど一部は未だに校庭で自慢大会中か、学校に到着していないのだろう。
保護者は2階にある観戦席から入学式の様子を眺めるようなので、ユキとリリはそっちに移動した。
もちろん新入生も入学式の最中ずっと立ちっぱなしと言うわけではなく、クラス別で椅子が用意されているので空いている所に座るんだけど、それが4人分は空いていなかったので2人ずつに別れて座るしかない。
式にはまだ早いけど会話に消極的なシィを気遣って別れることにしたのである。
「・・・・ッチ」
そんな俺の行動を迷惑だと思ったのか、別れる寸前にシィからイラ立ちを隠そうともしない舌打ちが聞こえた。
他の2人には聞こえていないのか特に気にした様子はない。どうにかして俺にだけ聞こえるようにやったのだろう。
・・・・え? あ、あれ? シィさん?
実は話しかけられるの楽しんでました?
これは・・・・アレか。受け身なので話すのは苦手だけど、他人の話を黙って聞くのが好きなタイプの腹黒さん。
なるほど、そう考えれば勝手に喋り続けるファイと相性良いな。
そしてヒカリの楽しいお喋りを邪魔した俺は完全に敵視された、と。
クラス発表での男子生徒からの嫉妬と言い、友達(予定)の付き人からの逆恨みと言い、俺の学生生活は最低な滑り出しのようだ。