閑話 怠惰の悪魔
前に話したけど、フィーネが守護者として呼び寄せた残念エルフ『ルナマリア』が農場で生活しているのは覚えているだろうか。
この呼び方?
そりゃ最初こそ緊張して『さん』付けで呼んでたけど、もういいだろ? あの人は敬語を使うに値しない面白キャラだ。
本人も格下の人間からなんて呼ばれようと気にしないみたいだし、
「ま、まぁフィーネの主って言うなら交流することもあるでしょうから特別よ!」
と許可も貰っている。
たぶん会いに来るときはフィーネと一緒に来いって事なんだろう。あの人フィーネ大好きだし。
試しにフィーネ抜きで会いに行ってみたら凄く冷たかったけど、帰ってからフィーネに告げ口したらウチまで泣いて謝りに来た。
やっぱりあの人は弄られてる時が1番可愛いな。
さて、そんな残念要員がまた増えたわけだけど、ユキもガーディアンを呼び寄せていることを覚えているだろうか?
フィーネが呼んだ『ルナマリア』、そしてユキが呼んだ『ベーさん』である。
まぁユキが言う通りのんびりした人だった。
今回はそんな彼女との初対面を振り返ろう。
ルナマリアが農場にも慣れた頃、俺はユキが呼んだ人の事も忘れ、迫る入学式に緊張しながら日々を過ごしていた。
そんな俺の下へやって来たユキが何の説明もなく「来ましたよ~」と言い、俺を農場へと連れ出したのだ。
もちろんユキが呼んだガーディアンなんて忘れてるから聞いたよ。神具の警護はルナマリア1人で十分だったしな。
「誰が来たんだよ?」
「フッフッフ~。さては忘れてますね~? 神具を守る人が来たんですよー!
私、一押しの人物です~」
やけに自信満々なユキに一抹の不安を感じながら俺は農場に到着とした。
もちろん想像通り残念な人物だったので落胆することになる。
「はじめましてぇ・・・・。ベルフェゴールです~。
長いので『ベル様』とか・・・・『ベーさん』とか呼んでください・・・・・・」
さりげなく『さん』付け以上を強要された。
まぁ年上だろうし『ベーさん』で。
これだけなら多少ゆっくりした普通の挨拶に聞こえるだろうが、彼女は地面に寝そべりながら挨拶をしているのだ。
服も髪も汚れ放題になっているけど気にすることなく両手両足を投げ出してダラーンと横になっている。
ただ、人間の俺を見下しているからそういう態度を取っている訳ではないらしく、近くではルナマリアが「またなの!? シャンとしろ!」と怒鳴り散らかしていた。
どうやら誰が相手でも寝そべって会話する人のようだ。たぶんルナマリアの時も同じだったんだろう。
キッチリキッパリした性格の彼女は、のんびりまったりのベーさんとは相性が悪そうだ。一方的にだけど。
しかし今回に限っては「挨拶ぐらいちゃんとしなさい!」と怒るルナマリアが正しい。
「まぁまぁ~。ベーさんは昔からこんな性格ですから許してあげてくださいよ~」
ボーっとして言われるがままになっているベーさんの代わりにユキがフォローする。
たしかに、これと比べたらユキはキビキビしていると言えるだろう。前にベーさんの事をのんびり屋って言った意味がわかったよ。
容姿に関しては・・・・胸がデカい。とにかくデカい。もう重さに負けて横になってるんだと思うぐらいにデカい。
当然美人である。だが美人であればあるほど残念な性格をした人物だと俺は理解している。
その大きすぎる胸部以外に関心を向けるなら『大和撫子』って儚げな雰囲気があるな。もちろん雰囲気だけだとここに断言する。
綺麗な黒髪は手入れをサボっているのかボサボサだし、黒い瞳は半分閉じられていて、今なお全身を汚しながら最適な睡眠ポジションを探している。
ここまでいくとスカートが捲れていても見向きもしなくなるな。
この人マントに包まれてるんだけど、それが捲れて太ももが露になってるんだよ。
しかしそんな態度や容姿なんかより俺が気になったのはベルフェゴールって名前だ。
怠惰の悪魔だったはずだけど、こっちの世界ではどうなんだろう?
いや、間違いなく怠惰ではあるんだけど・・・・。ほら、凄い有名な悪魔とか、そもそも魔族と悪魔って違うの? とか。
俺の問いかけに答えたのはベルフェゴールのベーさん、ではなくユキだった。
「あ~、有名ではありますね~。元魔王なので~」
衝撃の告白!
思った以上に大物が来たらしい。
ベーさんは『怠惰』って言葉が自分の事を指しているとは想像もしていないのか、興味なさげにボーっと寝転んでいる。
話の流れ的に確実にアンタの事だよ・・・・。
そんなベーさんだけど流石に自己紹介だけはキチンとしてくれた。
いや、話を理解出来たってだけで相変わらず地べたで寝てたけどな。
そのついでにここまでの成り行きを語ってくれたベーさんの長ったらしい話をまとめるとこうだ。
元々普通の魔族である彼女はのんびり昼寝する場所を探していた。
しかし世はまさに戦乱時代。当然そのような場所など存在せず、彼女は誰も居ない土地を求めて地下へ掘り進んでいき、その途中で深層に居たユキと出会ったらしい。
同じ空気を持つ2人はすぐに仲良くなり、ユキの協力も得て深層と呼ばれる場所より深く潜っていく。
眠りを妨げる者が現れる事の無いほど深く、深く、深く・・・・世界の中心まで。
彼女はそこでマントルのエネルギーを蓄えつつ眠り続けることになる。
どれぐらいの時間寝たのか覚えていないほど寝た彼女が地上へ出ると戦乱の時代は終わり、強者が治める平和な世界になっていた。
そして魔界を治める強者達はベルフェゴールの強さに気付き、我先にと軍隊を率いて戦いを挑んでくる。自分より強い相手には数で攻めるしかないからな。
しかしかつての彼女ならともかく、永い眠りによって強大な力を得たベルフェゴールの敵では無かった。
という生活を繰り返している内に挑戦者は居なくなり、気付いたら魔王に祭り上げられていたらしい。
もちろん怠惰な彼女は何もせず、ひたすらダラダラしていたので首にされたけど気にしない。
そもそも魔王になったのも首になって初めて知ったと言う。
で、相も変わらず『食う』『寝る』『だらける』の怠惰な生活を繰り返している暇な彼女を呼び寄せてガーディアンにしようと企んだのがユキだった。
元々長い話だったのに、さらに口調のゆっくりなベーさんが語った事でより長くなったので事前に小屋の中に入っていた俺達。
話し始める前にルナマリアが「長くなるから移動するわよ」と言ってくれたのだ。こんな短期間で早くもベーさんの性格を理解しているらしい。
その時のベーさんの移動方法は『転がる』だった。
ゴロン・・・・ゴロン・・・・グデ~。
「・・・・ここ、ですねぇ~」
なにやら小屋内で最高のポジションを見つけたベーさんは一切動かなくなり、語り終わった今はもう何も話すことは無いと言わんばかりに俺達の感想を聞くことなく眠り始めた。
おい、メインパーソナリティが寝たぞ!?
起きろよ! まだまだ聞きたい事たくさんあるんだよ!
・・・・起きない。
まさかここに来るまでもこうやってトロトロ転がっては寝てを繰り返しながら移動したんじゃないだろうな?
横にならないといけない理由でもあるのかもしれない、と思ったらルナマリアから「そんなの無いわよ」と見も蓋もない事を言われた。
「あの~、理由無いならそろそろ起き上がってもらえますか? おーい、起きてるか~?
せめて目を開けろーっ!」
俺に同調したルナマリアが寝ているベーさん巨大な胸を蹴飛ばすと言う雑な起こし方をする。
酷いとは思うけど話が進まないし仕方ないかな。
「痛いです・・・・虐待です・・・・貧乳の嫉妬「いいから進めろっ!」・・・・ぶぅ~。
ユキさんからの手紙に『急いで来てください』と書いてあったので・・・・頑張って急いだんですけど~・・・・さっきからルナマリアさんには~・・・・遅いと言われて怒られてるんです・・・・・・」
どこに居たのか知らないけどルナマリア到着から1ヶ月以上経つ。
人間が馬車やワイバーン便を使って移動するより時間が掛かっているのは間違いないだろう。
元魔王のベーさんは強いらしいので高速移動ぐらい出来るだろうし、彼女達の移動速度から考えたら遅かったのは間違いない。
ルナマリアは早すぎたけどな。トコトン正反対な2人だ。
「歓迎しますよ「あ・・・・敬語いらないです・・・・。ユキさんの友達は、私の知り合いです~」・・・・ん?」
いや、間違ってないけどそこは友達じゃ・・・・まぁいい。
「了解。農業にはルナマリアが居るから林業のフォローをしてくれ」
守るべき神具は農場にしかないけど、林業の方も警護が必要だと思ってたし、この2人が仲良く出来るとは到底思えないので別々にした。
「あぁ・・・・良いですね~。精霊が・・・・たくさん居る場所で寝るとか最高ですねぇ」
いや警護しろよ。
完全にサボる気でいるベーさん。
そんな彼女を戒めるべく呼び出した本人が立ち上がった。
言ってやれ、言ってやれ。
「オススメは頂上の池の近くですー!」
それだけ言うと再び着席するユキ。
うん、こういう奴だった。相手にしないことにする。
ルナマリアとベーさんも同じ意見だったのか、無視したまま仕事内容について確認し始めた。
「ならアンタがあそこの山、私がこのふもとを守るって事で良いわね?」
「ばっちグー・・・・」
よくわからないノリだよなぁ。悪い人ではないけどユキよりサボり癖が酷そうだ。
そんな自堕落な性格はともかく戦闘能力の方は抜群なのか、ベーさんの行動に散々文句を言っていたルナマリアが仕事に関しては『山を任す』と丸投げした。
その1点に関しては口出しする事がないんだろう。
「フフフ~。私が呼んだ人に間違いはないのです~」
そりゃ元魔王なら間違いないだろうけど・・・・。
「なぁ、ユキやフィーネの知り合いって強い奴しか居ないのか?」
しかも性格に難ありな。
「そう言うわけじゃないですけど、仲良くなった人って長生きなので必然的に強くなるんですよ~」
人間みたいな短命の種族は精神も未熟だし、生き急いでるから友達になりにくいんだとか。数百年単位で約束の守れる人が良いと言う。
たしかに種族によっては絶対無理だな。
「アンタ良い事言うわね~。流石は精霊王」
「あぁ~・・・・それ言って良いんですかぁ・・・・。秘密バラして怒られますよぉ。
でも私も同意見・・・・ですねぇ」
この場には居る連中は全員知ってるから大丈夫だよ。
その後も理想の友達談義に花を咲かせて、なんか3人が仲良くなった。
天然ボケのベーさんと、それに対してキレツッコミをするルナマリアの関係は一生こんな感じなんだろう。
そんなわけで林業農業ともに安全な職場の完成である。
今日もドMエルフが大根を抜き、力の入れ過ぎで折って怒られ、フィーネに慰めてもらいに来るのだろう。
そして元魔王が木の上で寝て、草原で寝て、山頂で寝ていることだろう。
一応職場の平和を守っているらしいので良しにする。