百二十四話 最終日
風呂にも入ったのであとは寝るだけとなった俺は、ユウナさんと交流を深めるために王族が泊まる客室を訪れるつもりだった。
「抜き足・・・・差し足・・・・・・忍び足」
そのために今こうやって夜遅くに廊下をコソコソと移動しているのである。
ヒョイ。
ポイ。
「おやすみなさい」
でもその途中でたまたま通りがかっただけと言い張るフィーネに拉致されてしまう。
めげずに2度目の挑戦をしようとしたら部屋の前に居たフィーネが、
「朝まで気絶しますか?」
と脅してきたので強制的に自室就寝させられてしまった。
もちろん義理の母親とのムフフな夜などありはしない。それどころか婚約者との夜の語らいすら出来なかった。
そんな何もない夜を過ごし、翌朝約束通りクロに乗っての日帰りヨシュア小旅行を決行。
その様子を一部抜粋してみよう。
旅行のメンバーは俺と、俺を背負っているフィーネ、クロに乗っているイブとユウナさんの4人。
ちなみにクロに乗っている2人は馬車などの姿を隠す物が何もないので、昨日ロア商店で買ったお揃いのフード付きマントを深々と被っている。
イブはともかくユウナさんは有名人だからな。
そんな偉い人達を万が一にも落下させたらフィーネ様による拷も、いや折檻があると想像したクロはいつも以上に慎重な移動をしている。
普段通り手綱なんて握っていないから、乗っている2人が落ちるのも酔うのも全部クロの責任だ。
「ぐるぅ・・・・」
クロにとって楽しい散歩のはずが最重要任務を受けて泣きそうになっている。
しかし昨日イブから聞かれた際に移動手段として名乗りを上げた以上やってもらうしかないのだ。
クロ、ドンマイ!
この小旅行にはヒカリも参加したそうだったけど、それよりも昨日のアリシア姉に刺激されたのかジャンさんと実践的な試合をすると言って家に残った。ヤル気だ。
「へぇ~、じゃあレオ兄の事は知ってたんですね」
道中で王都に兄が居ると言う話をしていたら、初耳のイブは驚いていたけどユウナさんが知っていたのだ。
どうやら婚約者である俺の家族についてそれなりに調べたらしい。
もしも俺が転生者だと知られてたらフィーネかユキを王都にけしかける事になるけど、当然そこまで調べられなかったようだし他の事なら全然OKだ。
「えぇ、高校で優秀な成績を収めているのよね? ただ意図的に避けているのか、近い学年に数人居るんだけど王族との関りはないみたい」
「それは良かったです。何せわざわざ勉強するために王都へ転校したほどですからね。
順調みたいなので現状維持が出来るように温かく見守ってもらえたら嬉しいです」
本人が今の生活を楽しんでるなら下手に王族と関りを持たせる必要も無いよな。
俺繋がりで権力者と仲良くなるってのが嫌なのかもしれない。
いち高校生『レオポルド=オルブライト』として友達になるなら構わないけど、あちら側から声を掛けてくる理由が『妹の婚約者の家族』だとバレた時に何か面倒臭そうだし。
とにかく普通の高校生活を送りたいんだろう。
「挨拶しない方が良い?」
「イブは学年が離れてるから会う事もないだろうけど、もし会う機会があっても他の学生と同じ対応をしてくれると助かるな」
マリーさんならギリギリ先輩後輩の間柄で関わる可能性もあるかもしれない。
他の王族の年齢は知らないけど今まで通りでお願いします。
「わかった」
「なら子供達にレオ君の事は伏せておくわね」
その方向でよろしく。
ふふふ。レオ兄。俺のお陰で平穏無事な高校生活が送れるんだ、感謝しろよ。
俺はここ1年ほど手紙でしか交流が無い兄の居る王都セイルーンに向かってグッドサインを出した。
ちなみにユウナさんは俺の事を『ルーク君』と呼ぶ。
イブも同じはずなのに、ユウナさんから呼ばれる度にドキドキするのは俺が年上趣味だからなのだろうか?
前世の記憶が無かったら絶対初恋の相手はユウナさんだな。
「・・・・ルーク様、私も年上ですが?」
などと考えていたら、どういうわけか背中から伝わってしまったらしくフィーネから年上アピールを喰らう。
たしかに見た目は大人な女性だし、実年齢は数百、いや数千歳の可能性も・・・・(ゾクッ)おっと寒気がしたからここまでにしよう。
「ん~、フィーネやユキは年上と言うより『メイド!』って印象なんだよな~。
特にフィーネなんて生まれた時から一緒だから何されてもドキドキしないし」
親子に近いので思春期ならいざ知らず、今の俺にはフィーネの事でドギマギする可能性は一切ない。ほら10代の男っておサルさんだし、そこは否定しきれないな。
「ドキドキ、ですか・・・・入学式で派手なパフォーマンスでもしましょうか?」
そのドキドキは要らない。
目立つの怖い。動機や息切れが止まらなそう。
でもたまに暴走するフィーネがやらないとも限らないので注意しておくことにする。
さて今回の小旅行の目的地が見えてきた。
俺達がやってきたのはヨシュア近くにある山のふもと。
実はこの山、ロア商会の所有物なのだ。
ここ、山のふもとは農場で、山は林業を行うために地域一帯を購入したのである。
元々領主様の持ち山だったんだけど「管理しきれなくて荒れているので格安で譲って差し上げますわ」と言うエリザベスさんから買い取った物。
そのお礼ってわけじゃないけど、山で採れた果物などは定期的にプレゼントしてるし、ロア商会で使い切れなくて余った木材なんかはヨシュアの工事現場で役立ててもらっているのだ。
別に山持ちってことを自慢したいわけじゃないし、『そんなの王都にもあるだろ!』と思うかもしれないけど、俺達がここに来た理由はもちろんある。
色々手広くやっているロア商会は林業にも手を出したんだけど、そこで張り切ったのがフィーネだった。
正確にはいつも商会拡大のために経営努力してるけど、『森の妖精』とまで呼ばれるエルフ族のフィーネは、それはそれはいつも以上に張り切った。
張り切って、張り切って、張り切り過ぎて・・・・気が付いたら精霊の住む森になっていたのだ。
ユキ曰く「ムムム・・・・クーさんの森に勝るとも劣らない完璧な手入れです~」との事。しかも数十年掛けたクーさんと比べ、桁違いの速度で完成させた事に嫉妬していた。
まぁフィーネには元々林業のノウハウがあったらしいから仕方ない。
むしろ素人のクーさんが数十年でプロのフィーネと同じ仕事が出来るようになった事の方が凄いと思うぞ。だって魔獣だろ?
そんなわけで精霊が多く存在している山に、ユキから好かれるイブならば精霊と交信出来るんじゃないかと思って連れて来たのだ。
この世界では精霊と交流出来るのは相当なステータスらしいので、入学前に箔をつけるのも良いかと思った次第です、はい。
緊急時に助けてくれる可能性もあるので絶対知り合っておいて損は無いのだ。
イブとユウナさんは『そんな事より精霊を見てみたい』って感じだったけどな。
精霊が多い場所を探す途中で農場に居るツンデレエルフをからかい、山を登っている最中に見つけたのんびり魔族とお喋りをして、俺達は大きな池のある山頂に到着した。
既に人目も無くなっているのでマントを脱ぎ去ったイブ達はその壮大な景色に感動している。
「いい景色ね~。空気が美味しいわ~」
都会を離れて自然を満喫するユウナさんはその大きな胸を反らして深呼吸をする。たゆんたゆんしている。素晴らしい景色だ。山頂だけにな!
おっほん・・・・たしかに、何度来てもここの空気は格別だ。
やっぱり精霊が多いとマイナスイオンとか自然エネルギーが溢れているので、ここもパワースポットと言えるだろうな。林業が一段落したら観光名所にしてもいいかもしれない。
ただ田舎者の俺から言わせてもらえば、ユウナさんのセリフは『褒めるところ無いから取り合えず常套句を言いました』って暗に言われている気がするのは被害妄想なのだろうか?
大自然を堪能した時の言葉って決まってるよな・・・・。
まぁ気のせいだって事にして、引きこもりのイブが自然を満喫するなんて珍しい体験してるんだからそっちを気にしよう。
「どうだイブ! こんなに手入れされた山は中々お目に掛かれないぞ~。あの池と木の絶妙なシンメトリーとかフィーネ渾身の一作らしいぞ」
丁度俺達が今立っている場所から池を見ると景色が完全に左右対称になっている。
これが完成した時、よっぽと嬉しかったのかフィーネが珍しく自慢してきたのだ。
もちろん連れてこられた俺も感動したね。これは最早『芸術』と言って良い。
だから俺は当然イブも見惚れるだろうと思ったのだ。
「・・・・うん。凄い」
おや? 結構冷めた反応ですね?
王都からほとんど出た事の無いイブは、各地を訪問していて散々野山を見てきたユウナさんより反応がなかった。
素晴らしい場所だと思うんだけどな。
「クーさんの森で感動しちゃったから」
な、なるほど・・・・。
言われて気付いたけどイブはユキと共に各地を探検してたな。俺より旅行してるじゃないか。
ユキと同じく両方の素晴らしい森を知るイブは感動も半減、どころかクーさんみたいな友達が居ない分だけこちらの方が劣っていると言う。
「クイーンホーネット・・・・やりますね」
流石のフィーネも自慢の山を絶賛されなかったのでショックを受け、勝手にクーさんをライバル視し始める。
ちなみにクーさんの森でも精霊を見れなかったので、当然ここでも同じ結果だった。
あ、俺は見えないぞ。自然を守る活動の時は精霊が集まってるらしいけど、最初の樹木の治療以降は一切見たことが無い。
たぶん俺もイブも必要になったら見える人なんだろう。
その後は林業体験として斧で木を切ったり、フィーネ補助付きで風魔術の雑草刈りを行ったり、制限時間を設けて果実争奪戦をやったりした。
同じく農業体験もして、楽しい自然学習が出来たと思う。
そんな楽しい時間を過ごしたイブが嬉しそうに抱き着いて来た。
「ルーク君、楽しい。やっぱりこっちの山の方が好き」
「そうだな。ってかイブからその言葉を聞くためにフィーネ必死だったんだぞ」
予定では野山を散策しながら食べられる物を採って、昼の食材にするだけだったんだけど、フィーネが急遽プログラムを変更したのだ。
クーさんに負けたのが悔しかったらしい。
エルフとして譲れない何かがあったんだろう。
もちろん当初の予定通り、俺達が採った山菜や野菜を持ち帰って料理する。
折角なので全員で作ったんだけど、ユウナさんは宣言通りに料理出来たし、メイド見習いのヒカリも出来るので、この場で作れなかったのはイブだけだった。
「お姉ちゃんは作れるよ」
と言うヒカリの一言がイブに火をつけたらしく、王城に帰ったら絶対練習すると張り切っていたから台所に立つのも時間の問題だな。
どうやら完全にニーナの事をライバルとして見ているようだ。
うむ、うむ。切磋琢磨してお互いを高め合ってもらいたいものだな。
こうして楽しい1泊2日ドタバタ王族訪問は昼食をもって幕を閉じる。
今後は王女として忙しい日々を送ることになるイブだけど、今回の訪問で得た事を糧に頑張ってもらいたい。
少なくとも俺の前で誓った『友達作り』『運動』『勉強』『料理』が出来れば王女として一歩前進する事だろう。
困った時は携帯で連絡してくれれば助けになるからな!
頑張れイブ王女!
この数日後。
俺はニーナに約束を守ってもらおうとウキウキしながら食堂を訪れた。
「そんな約束してない。いつ? 何時何分何秒、世界が何回回った時?」
しかしニーナは頑なに認めようとしなかった。
たしかに契約書があるわけでも無いし、録音もしていない。つまり口約束で証拠が無かった。
結局この話は俺の妄想で終わってしまう。
くっそぅ・・・・今に見てろ!