百二十三話 戦闘力
今、応接室には俺、イブ、ヒカリ、母さん、ユウナさん、ジャンさん、アリシア姉、ユキの8人が居る。
母さんから猫耳イブについて説教を受けている俺は、この空気を変えるために丁度帰宅したアリシア姉を呼び寄せたのだ。
「紹介したいのってこの人達? 誰よ?」
イブ達の正体を知らないアリシア姉はヒカリに続き無礼千万な態度を取る。
いや、相手の凄さを理解していないヒカリと違ってこの人は貴族。最低限の上下関係は知っているはずだ。
でも王族って聞いても変わらないんだろうなぁ~。
誰かと聞かれたので一応教える。
もしかしたら学校で教えられてるかもしれないけど脳筋なお姉様は絶対覚えてないからな。
「え~、俺の婚約者のイブ=オラトリオ=セイルーンさん。そして母親のユウナさん」
これで王族だってわかったろ? イブはともかく、流石にユウナさんの名前は聞いたことあるよな?
「ふ~ん、初めまして。姉のアリシアよ」
しかし2人の名前を聞いたアリシア姉は別段気にした様子もなく、友達にでもするような挨拶をした。
ほら、やっぱり。らしいと言えばらしいんだけど、少しは貴族らしい対応の仕方を学んだ方が良いと思うぞ。
それにしても『ふ~ん』って・・・・。もうちょっと弟の人生に興味持とうよ。義理の妹の趣味とか性格とか気にならない?
こんな大雑把な挨拶をされたのは初めてなんだろうけど、一応なりにも挨拶をされたので、戸惑いながらもイブ達は返すしかない。
「イブ=オラトリオ=セイルーンです」
「ユウナ=オラトリオ=セイルーンです」
「よろしくね」
いやだから・・・・。
い、いかん。このままでは本格的に母さんの説教が始まってしまう。
仕方ない、爆弾投下!
総員退避ぃーっ!
「そして彼は王族の護衛として一緒に来た、王国騎士団団長の「勝負よっ!!」・・・・よし」
これで空気は変わった。
当たり前だけどアリシア姉が世間一般で知られている『王国最強』を相手に黙っているはずが無い。
騎士団所属って事による世間的な知名度が違うだけで、たぶん彼より強い人は多い。フィーネとかユキとか。
まぁその辺はアリシア姉もわかってると思うけど、取り合えず有名な騎士団団長に勝てば『最強』を名乗れるので挑戦したいのだろう。
王族には興味がなくてもその護衛には興味津々で、イブ達を無視してジャンさんに訓練方法から戦歴、果ては秘奥義まで色々と質問している。
ちょっと興奮しすぎて他人には見せられない顔をしているので割愛。
そんなアリシア姉を見てユウナさん達も『勝負はダメ』と言えるわけもなく、練習試合1回だけならと許可を出してしまう。
なので俺達は今、我が家の訓練場に居る。
「アリシアさんは強いの?」
イブは王女らしく『お姉様』、俺と同じく『アリシア姉』、そしてこの呼び方の3種類で悩んだ結果、無難なアリシアさんにした。
傍若無人な彼女を『お姉様』などと言う貴族貴族した呼び方は無いと俺も思ったしな。
で、そんな貴族らしさの欠片も無いアリシア姉がどのぐらい強いかだけど・・・・。
「そうだな~。ヨシュア学校では2番目で、魔獣討伐ならCランクが出来るかどうかって所だな」
ちょっと前に全校生徒の中で2位になって『これで学校は制覇したも同然ね!』とか自慢そうに話していた。
1位を取ってから言えとは思ったけど、トップの人はそう言う事に興味がないらしくヨシュア学校全体の認識としてはアリシア姉が1番怖い人なんだろう。
「ふ~ん」
イブが将来姉になる人の戦力を確認してきたけど、よくわからなかったらしく曖昧な返事を返してきた。
実は言った俺もどれぐらい強いのは理解していない。
たぶん学校に入ったら嫌でも理解してしまうんだろうけど、今は『戦闘狂の姉』って事にしておこう。
ならば、と俺もアリシア姉の対戦相手である騎士団長について聞いてみる。
「ちなみにジャンさんは?」
「・・・・知らない」
そもそもイブは戦闘に興味がないようで、身内のジャンさんの強さすらよくわかっていないと言う。
そりゃ王女様だし仕方ないか。
「たしか前にユキがドラゴンスレイヤー候補とか言ってなかったっけ?」
単身で倒せるとか、抑えられるとか聞いた気がする。
その時イブも一緒に居たはずなんだけど、俺に夢中だったので覚えていないらしい。代わりに俺の顔は何も見ずに書けるようになったとか。
まぁ周囲が気にならないほど好かれるってのは良い事だよな。なっ?
「ドラゴンスレイヤー!? 打倒フィーネの前哨戦じゃない!!
やってやるわよぉぉぉーーーーっ!!」
遠く離れている俺の声を聞いた地獄耳なアリシア姉がさらに気合を入れ始めた。
「ユキ、この場に居る全員を数値化するとどんな感じ?」
1番わかりやすい戦闘力の数値化をしてみよう。
何故今まで思いつかなかったのか、って考えてみたら俺には必要ない情報だったからだ。喜ぶのはアリシア姉ぐらいだし。
そんな問いかけに対してユキが答えてくれた・・・・けど。
「え~っと、そうですね~。ルークさんが5マヨネーズで、アリシアさんが40マヨネーズで・・・・」
「ちょ、ちょっと待って。マヨネーズ換算はやめてくれる?」
よくわからない上に、なんか嫌だ。
しかも単純に『俺が5なら、10は俺の倍強い』ってわけでもないらしい。マヨネーズ摂取した後の消化する能力と、消費カロリーへの変換効率で語っていると言う。
俺、戦闘能力って言ったよな?
ちなみにイブは3マヨネーズだった。
だからわかんないって!
ユキに聞いたのがそもそも間違いだったことに気付いた俺は後日フィーネに聞くことにして、今は40マヨネーズのアリシア姉の戦いを見ることにした。
「でやぁああっ!」
と思ったらマヨネーズ談義をしている内に始まっていたらしい。
でも一安心。当然と言えば当然だけど、少し見逃したからなんだってぐらい見るまでもない戦いだ。
アリシア姉の攻撃は全て弾かれているので力の差は一目瞭然。いくら破格とは言え、9歳に負けるほど弱くはないようだ。伊達に王族の護衛はしてないな。
どちらかと言えば戦いって感じじゃなくて、試合の中でアリシア姉を指導しているみたいだ。
まぁそれを理解しているからこそアリシア姉も全力で色んな技を出してるんだろうし。
「ヒカリなら勝てそうか?」
具体的な戦績は知らないけど、どうやらアリシア姉よりヒカリの方が強いようなのだ。
アリシア姉が手も足も出ない相手にヒカリならどう戦うのか、ちょっと気になったので聞いてみる。
「たぶん負けるよ。わたしは試合より実践の方が力を発揮できるタイプだから」
だからこういう1対1で移動範囲やルールが決まっていて妨害も無い戦闘は苦手だと言う。
ヒカリの戦闘スタイルは奇襲・トラップなんでもござれの回避メイン。
まぁ千里眼がある以上は相手の行動筒抜けだし、魔術と精霊術で強襲もお手の物、近距離戦闘になっても獣人の身体能力があるから全力を出せるのは実践だわな。
しかしそれでも『たぶん』なのか。実はヒカリって凄いんじゃないか?
「くっ・・・・流石は国のトップね! やるじゃない!!」
おっと、話が逸れていた。
俺達が雑談している間もアリシア姉は色々試すけど全てジャンさんには通じない。
「イブはこの戦闘内容わかるか?」
「あんまり・・・・ルーク君はわかるの?」
「俺もわからん」
取り合えずアリシア姉が高速で移動してかく乱しようとしてるのは理解できるけど、その最中の攻防については目が追いつかないのだ。
だから詳細に説明しろって言われても無理だし、派手な展開がないからぶっちゃけ見てて飽きる。
1つだけ言えることがあるとすれば『俺はこの2人と絶対に戦いたくない』ってことだけ。
次元が違い過ぎる。
「・・・・あれ? アリシア姉が学内2位なんだろ? ってことは学校に入ったらこのレベルの戦闘技術を求められるのか?」
小学校卒業までに100m走で12秒出せるようになってくださいって言ってるようなもんだ。絶対無理だろ?
「大丈夫だよ。アリシアちゃんが特別なだけで運動苦手な人も多いらしいから」
何故か俺より情報通になっているヒカリがフォローしてくれた。
言われてみればアリシア姉みたいなのが量産されたらCランク以下の魔獣は絶滅してるだろうからな。
なるほど納得!
「ルークさんが引きこもってるから周りに置いて行かれてますね~。どうせ学校の場所も知らないんですよ~。プププ~」
だまらっしゃい!
俺は発明家なの、技術者なの!
だから来月から通う学校の場所を知ってるかどうかなんて話題には触れなくて良いよな?
母さんとユウナさんは余裕で見えると言う『アリシア姉 VS ジャンさん』の戦いは、まぁ予想通りなんの盛り上がりも無くアリシア姉の完敗で幕を閉じた。
「完敗ね。でも私はまだまだ強くなるわよっ! 覚悟してなさい!」
「これで9歳ですか・・・・末恐ろしいですね」
試合中に友情が芽生えたのか、固い握手を交わす2人。
「夕食の準備が出来ましたよ」
そして試合終了を待っていたかのような絶妙なタイミングでフィーネが声をかけてきたので、俺達は食堂へ向かった。
アリシア姉は汗を掻いたので先に風呂に入ると言う。
ジャンさんは汗ひとつ掻いていないのにな。
・・・・今夜俺は誰と一緒にお風呂に入れるのか。楽しみである。