十八話 新しい仲間
予期せぬトラブルがあったものの、俺達は改めてこの一カ月の集大成とも言うべき積み荷を見せてもらうことに。
「これが塩!? 私が知ってるのと全然違う! 真っ白でサラサラしてるわ!」
「それに量が凄いです! この樽が全部塩ですよ!」
樽の一つを開けて大はしゃぎの我が家のハイテンションコンビ、アリシア姉とエル。ここまでではないが、それ以外の人達も興奮している。もちろん俺も。
日本でも見たことがない混じりっ気のない上質な塩だ。
「八個はそちらと同じものです。一個はアクアで売られていた高級品。もう一個は……その……」
「どうしたのフィーネ?」
「私が手を貸す前の低品質な塩ですよ~」
何故か言い淀むフィーネに代わってユキが答える。
その瞬間俺は全てを理解した。
(貯水ボックスだけじゃまともに塩を作れなかったんだ。いろいろなトラブルの中に製造問題……俺のせいも含まれてるんだ。品質、生産速度、容量。改良しないと量産は難しいってことか)
顔に出ていたのか、フィーネは俺の方を見てさらに申し訳なさそうな顔をする。
「手を貸す前ってどういうこと? フィーネとユキは塩づくりをしてたの?」
しかもユキのアホが余計なことを言ったせいで母さん達から追及が。
もう頭の中は大混乱だ。
「向こうで知り合った商会の人達の作業を手伝ったんですよ~」
「そう、なの……?」
「はい。ゼクト商会のお手伝いを少々」
フィーネの補足で疑いは確信に変わる。俺の心も安寧に変わる。
「ゼクト商会!? 世界的大商会じゃないか!」
「これはじっくり話を聞く必要がありそうね……」
大人達の反応を見るに凄いことをしてきたらしい。
「旅の話は長くなるのでお茶をしながらゆっくり話しましょう」
「そうだね。長旅でフィーネとユキも疲れてるだろうし、荷物もたくさんあるからそっちを先に片付けようか。思い出は逃げないんだから」
「一応聞いておくけど、今すぐ対処しないといけないようなトラブルはないのよね?」
「はい。全て解決済みです。オルブライト家の皆様にご迷惑をおかけすることはないかと」
その言葉に安堵した父さんと母さんは、目の前の大荷物の対応に乗り出した。
フィーネは塩以外にも海産物や魔石を持ち帰ってくれていた。
あと竜!
「グルルー」
「うわー! これが竜か~!」
荷台の前に鎮座していたのは、ユキとは正反対の真っ黒な体躯。体長は二メートル近く、丸太のような足と小さいながら鋭い爪の手、二足歩行の恐竜だ。振り回される尻尾は太く長くしなやかで、鞭と鉄筋の性質を併せ持っていそう。
筋肉質ながら全身を柔らかな毛に覆われており、近くで見るとトカゲというより鳥の印象を受ける。
「ルークは見るの初めてだったっけ?」
「うん。家に来てるのもみんな馬車だし。レオ兄はあるの?」
「街中ではよく走ってるよ。でも彼は普通のより大きいね」
「ああ、良い筋肉だ!」
樽を下ろしていたマリクが食いついた。
……おい、よそ見するな。重い荷物持ってるだろ。
「竜って暴れるイメージあったけど大人しいわね」
「なんで不満そうなんだよ。いいだろ。賢い竜で」
俺とレオ兄は大満足。アリシア姉は野生をご所望。
臆病とか気力がないわけではなく、むしろじゃれたがっている雰囲気すらある。でも自分で抑えているあたり、フィーネが道中で教育してくれたんだろう。ユキはたぶん何もしてない。
「気に入っていただけたようで何よりです。それではルーク様、この竜に名前をつけてください」
「……クロだな」
黒い竜だからクロ。非常にわかりやすくて良いと思う。もちろん白かったらシロだ。
「ぐるぅー♪」
どうやら本人も気に入ってくれたらしく、嬉しそうにすり寄ってきた。ネーミングセンスの欠片もないとか言われたらどうしようかと思った。
「よ~しよしよしよし、よ~しょしょしょしょ」
自分より倍以上の巨体、しかも初めてみる生きた魔獣ということで最初は怖かったけど、こうなると可愛く見えてくる。
「ふふ、決まね。今後クロの世話はルークにお願いするわ」
愛情込めて体中を撫でまわしていると、母さんから世話を命じられてしまった。父さん達が足に使うようなことを言っていたのに。
「わかった。竜車が必要な時は言ってくれよな」
もちろん俺は二つ返事で応えたよ。ペットって可愛いじゃん!
こうしてフィーネが一カ月旅した結果、精霊メイドが一人、ペットの竜が一匹増えた。
なんか一気に賑やかになったな。
クロが落ち着いたのを確認してから、ようやく荷物の仕分けに取りかかった。
今すぐ使える塩や海産物はエルが台所へ、保存のきく食材はフィーネとマリクが食糧庫へ、魔石は父さんが保管庫へ。レオ兄がそれを手伝い。ユキがちょっかいを掛ける。
それぞれテキパキ働いている中、俺はというと……クロにべったり張りつかれて身動きが取れない。
「ルーク、そろそろ放してやりなさい。荷物が片付かないでしょ」
「えぇ~……でもクロが離してくれないんだよ」
巨体をすり寄せてくるせいで、完全に大型犬だ。押し返せば尻尾でぐいっと引き戻される始末。
そもそも母さんの言葉は俺じゃなく、横からずるずる引きずられて一緒に遊んでいるアリシア姉に向けられたものだ。俺にはクロを引きはがす力なんてない。一番乗りしたのもアリシア姉だし。というか今も乗っている。さっさと代われ。
「アリシア、片付けを手伝いなさい!」
「ちょっと待って! クロの毛、ふわっふわ!」
「だったらそのクロのことをやりなさい。寝床を用意するのよ」
これにはアリシア姉も俺も従わざるを得ない。
「うちの敷地で二メートルって、どこに置くんだ……?」
俺が腕を組んで唸ると、すかさず母さんが口を挟んできた。
「決まってるでしょ。外よ。露天風呂みたいなのをもう一つ作ればどうにかなるわ」
「えぇ~? でもこの子、毛がふわふわしてて絶対寒がりよ! 家の中がいい!」
アリシア姉がクロの背中に抱きつきながら、抗議の声を上げる。クロも「ぐるぅ」と甘えるように鳴いて賛同する。
「そんな巨大生物を家の中に入れるわけないでしょ」
「でも、ほら。見てよ、この目! 『一人はいやです』って言ってる!」
「言ってない」
「言ってる!」
アリシア姉と母さんの押し問答を横目に、俺はクロの毛並みに顔を埋めながら考え込んだ。たしかにこのサイズを家の中に置くのは無理がある。けど、外に放り出すのも気が引ける。
「ねぇルーク。どこがいいと思う?」
俺を仲間だと思っているのか、アリシア姉がすがるような目を向けてくる。俺はしばし考え、ある場所を思い出した。
「……しばらく露天風呂を貸してやればいいんじゃね?」
「はぁ!? 俺達の風呂は!?」
「マリク……大人ってのはな、我慢する生き物なんだ。庭の隅に小屋を作るまでの辛抱だ。作業が長引けば、その辛抱もいくらでも伸びるけど」
「俺達にやれと!? あと妙に実感籠ってるその目はなんだ!? 三歳のルーク様が世間の荒波と大人のプライドの何を知ってるんだ!?」
「うん」
後半部分を無視してさも当然のように頷くと、クロが嬉しそうに顔を舐めてきた。
「ちょ、やめっ、冷たい! ……うわ、よだれ!」
「くすっ。決まりね。じゃあマリク、あとはお願いね」
「マジかよ……」
母さんの一言で、会議は強制的に締めくくられた。
クロとの親睦を深めた後、荷台に戻ると、風魔術で樽を浮かせていたフィーネが振り向いた。全員何かしら作業中なのか他に人の姿は見えない。
「お疲れさまです、ルーク様。さっそく懐かれましたね」
「懐かれたっていうか……まあ、振り回されたって感じ」
労いの言葉を掛けられる程度には、俺は疲れた顔をしているらしい。それも合わせて苦笑いを浮かべると、フィーネは微笑みで応じた。
「クロだけならいいんだけどなぁ……」
なんであんなにベタベタしてくるんだ、ユキのやつ。
コミュ力お化けらしいので馴れ馴れしいのはともかくとして、他と比べて明らかに俺だけ距離感がおかしい。構う前からおかしかった。
「ルーク様に興味津々なのですよ。なにせ貯水ボックスに惚れ込んでついてきたのですから。どのような人物なのか、どういった知識を持ち、この世界をどう思い、どう生きていくのか――知りたくて仕方がないのですよ」
「あれのせいで俺は追いかけ回されてんのか……」
「……ご迷惑でしたか?」
不安げに問われて、俺は慌てて首を振る。
「いや、全然。ちょっと疲れただけだよ」
実力者達に認められたんだ。素直に喜んでおこう。楽しんでおこう。
「そうだ! ついに風呂が完成したんだよ!」
別の話題を、と考えた瞬間に浮かんだの加熱鉄板のこと。
彼女もお風呂計画を一緒に進めた仲間だ。ユキの怒涛のボケと、アリシア姉の二度の乱入せいで遅くなってしまった。うっかり頭から抜け落ちてしまった。
「ついに完成したのですか、おめでとうございます。お風呂は良いものです。長旅の疲れを癒すには最適ですから」
「お、おう……」
「というわけで、今から一緒に入りましょう」
フィーネが真顔で、妙な圧力をもって、そう言った。
次の瞬間――。
「もちろん私も行きますよ~」
「どっから現れた!?」
声と同時に、荷台の陰からユキがにゅっと顔を出す。
「人を神出鬼没みたいに言わないでください~。さっきからずっとここで待機してましたよ~」
「待機ってなんだよ……」
「愛の語らいを邪魔したら怒られるのは、古今東西の常識なので~」
「お前が常識を語るな! てか愛の語らいって何!?」
「妙齢の男女が一緒にお風呂に入ろうと誘うのは、誰がどう見ても愛の語らいでは~?」
反論できなかった。
俺は見た目こんなでも中身オッサンだし、フィーネも実年齢はともかく容姿端麗の女性。心までビューティ。主とメイドという立場もなんとなくインモラル。
……年齢のことを考えた瞬間寒気がしたけど、すぐに収まったのできっと気のせいだ。
「では私が先に行きますので、お二人はごゆっくり~」
「だから勝手に決めんな!」
俺が全力で拒否している横で、フィーネが袖口で口元を隠し、肩を震わせている。
「ふふっ……すみません。なんだか楽しそうで……」
「楽しくないからな!? めっちゃ必死だからな!?」
美人二人に囲まれての風呂に憧れはあるが、手玉に取られ続けるのは嫌という男……いや、漢のプライドもあるわけで。楽しみたいけど楽しみたくない。のんびりしたいけどのんびりしたくない。
なんという二律背反。男と漢のせめぎ合い。