百十九話 紹介しました
いくらフィーネに事前の説明を頼んだとは言え、婚約者の王女様、そして国の頂点にいる女王様を家族に紹介するとなると緊張してしまう。
ひとまずユキとフィーネに今オルブライト家に居る皆を応接室に集めてもらったので、目の前にある扉の向こうには、父さん、母さん、エル、マリク、ヒカリが事情を知っているフィーネ達と一緒に居るはずだ。
しかしいつまで経っても俺は最後の一歩を踏み出せずにいる。
この扉こんなに大きかったっけ?
「うぅ・・・・こ、怖い」
「ルーク君でもそんな事あるんだね」
扉の前で震える俺を見たイブが『新たな発見をした』って顔でちょっと嬉しそうにしていて、その隣ではユウナさんが肩を震わせながらも静かに笑っている。
この短時間で俺の人となりを理解しているのだろう。
そんなに俺の緊張した姿は滑稽ですか!?
まぁ緊張を解すために少し説明しよう。
「・・・・前にイブの事を説明した時、散々な目にあったからトラウマなんだよ」
どうせ王族の2人は理不尽に殴る蹴るの暴行を受けたり、超至近距離でガンつけられたり、ネチネチと正論で説教されたり、腕の色が変わるまで握りつぶされたりした事なんてないんだ!
話をしただけでもそんな有様なのに、今回は直接の御対面。さらに女王様まで居るのだ。『話で聞く』のと『実際に会う』のとではインパクトが桁違いだろう。
だからこそ一体どうなるのか想像もできないのが怖い。
前回の悲惨な出来事がなかったとしても、『婚約者を紹介する』ってだけで汗が止まらなかっただろうけどな。
そんな緊張でガチガチになっている俺を和ませるためなのか、ユウナさんが話しかけてくれる。
「ウフフ、あの人が私の両親に挨拶した時の事を思い出すわぁ~。やっぱり男の人って緊張するものなのね」
いや、これが同レベルの貴族だったらここまで緊張しませんって。
貴方達、国のトップですからね?
無礼な態度ひとつでリアルに首が飛ぶ存在ですからね?
これで緊張するな、と言う方が無理だろう。
しかしいつまでも扉の前で立ち止まっている訳にもいかないので、覚悟を決めて突入するか。
ふぅ・・・・。
いざ参る!
バンっ!
「しょ、紹介したい人が居るんだ!」
俺はいつも以上に重たい気がする扉を勢いよく開けて声高らかに宣言した。
普段出さないほど大きな声出し過ぎて裏返ったけど知らん。勢いで乗り切れ!
「・・・・それは、やっぱりアレ?」
「・・・・アレ、だろうね」
「・・・・来たか」
「・・・・私なんかが居て良いんでしょうか? ガクガク、ブルブル」
そこには予想通りの人達の姿があり、力任せに開けたドアの勢いと、俺の大声に一瞬ビックリしつつも全員が『紹介したい人』って聞いて誰の事だか察したらしい。
「あわわわわっ・・・・お、お姉ちゃんを呼ばないと!」
すぐに察して流れに身を任せた大人達とは違い、1人だけ別の意味で動揺する少女が居た。いや、エルも悟ってはいるけど動揺してるか。
ヒカリ・・・・話がややこしくなるから止めて。
でも全員がイブの事を察しただけで、付き人が誰かまでは想像も出来ないんだろうな~。
諦めてさっさと進めよう。もう知らん。
「え~・・・・婚約者のイブ=オラトリオ=セイルーンさんです」
再び扉が開き、イブが入室。
勢い任せの俺とは違い、ゆっくりとした王女の風格がある入り方だ。いや、セカセカする事の無いイブは普段からこんな感じなのかもしれないけど。
そしてお決まりの挨拶をする。
「初めまして。お世話になります」
と思ったらちょっと違った。
ん~、それはまだ早いかな。
「「「・・・・はじめまして」」」
よし! 何とか耐えた!
俺の言葉で大体察した一同は色々ツッコミたい衝動に駆られながらも同じ挨拶を返す。
流石に初対面の王女相手に失礼だと思ったんだろう。
しかし問題は次だ。
「あと、挨拶したいって言うので遥々ヨシュアまでやって来たユウナさん」
イブに続き姿を現すユウナ=オラトリオ=セイルーン王妃。
その顔は一見微笑んでいるようだけど、ドッキリを仕掛ける側って事で入室前にワクワクしていたのを知っている俺からすれば悪戯っ子にしか見えなかった。とても可愛かったです。
そしてイブの謎挨拶とは違い、こちらはちゃんと礼儀正しい挨拶をする。
「お初にお目にかかります。イブの母親のユウナです」
「「「っ!?」」」
あ、やっぱり無理ですか~。そうですよね~。
一瞬父さんとマリクの目がユウナさんの豊満な肉体に向いたのは仕方のない事だと思う。
たぶんユウナさんは気付いてるんだろうけど、慣れたもので微塵も不快感を露にしない。
もしも国王にチクられたら貧弱貴族のオルブライト家なんて吹き飛ぶぞ。いや、その前に母さんに沈されるか。
・・・・また父さんの脅迫ネタをゲットしてしまったようだ。それも超特大な。
俺がそんな事を考えている間もウチの連中は固まっていた。
ほら、イブ達がどうすれば良いか悩んでるじゃないか。特にイブなんてこういうことに慣れてないんだから『失敗した』とか思ってオドオドし始めただろ。
可哀そうだから早く復帰してくれ。
「イブちゃんのお母さんって事は王妃様?」
いち早く硬直から復活したのは、やはりと言うかヒカリ。
もちろん俺の想いが届いたとかそんなことではなく、そもそも周囲に合わせて驚いてただけで、紹介された2人の凄さを理解してなかったらしい。
まぁ理解したからって対応が変わるわけでも無いけど。
初対面の王女様を『ちゃん』付けで呼ぶとか凄い事だぞ。ユキみたいな特例を除いたら世界初じゃないか?
「ええ、そうよ。今、セイルーン王国で4番目ぐらいに偉いわよ」
そんなヒカリの質問に丁寧、かつユーモアを含ませつつ回答する女神ユウナ様。
4番目。国王ガウェイン様、第1夫人、前国王アーロン様、で第2夫人ユウナ様かな?
もしかしたら隠居しているアーロン様より第1王子の方が偉いのかもしれない。
考えて行動したわけじゃないだろうけど、ヒカリがあれこれ質問して間を持たせていると他の連中も硬直から復活してきた。
と、同時にいつの間にかテーブルには紅茶とケーキが用意されており、王族歓迎の準備は万端だった。流石フィーネ様。
「じゃ、俺はこの辺で」
「わ、私も・・・・ど、どどど、どうしよう!? 凄い人に会っちゃった!」
簡単な自己紹介と挨拶だけしてマリクとエルは退室した。
エルなんか泣きながら出て行ったし、精神的に限界だったんだろう。顔見せ出来ただけでも十分だな。
ちなみにマリクは下っ端だったので王族に会った事はないようだ。
ただ護衛のジャンさんは下っ端時代のマリクを覚えているらしく「強くなったな・・・・」と何やら納得していた。
さて各々に挨拶も済ませ、いよいよオルブライト家のターンだ。
「・・・・」
「・・・・・・」
何か喋れよ!
王族がわざわざヨシュアまで来て婚約者の家族と仲良く会話しようとしてくれてんのに、なんで両親が2人して黙ってんの!?
「だ、だっていきなりだったから! ド、ドレスに着替えた方が良いかしら!?」
普段着のTシャツ・短パン姿で女王と対面するという貴族として有り得ない恰好の母さんが衣装チェンジを申し出る。
入室した時から気になってたけど家族全員が普段着だった。
フィーネから事前に来客があるって聞いてただろ! なんでその時に着替えなかったんだ!?
「ルークの新しい友達かと思って・・・・。貴族の間だと私、大体こんな感じの扱いだし、下手にドレス姿だと緊張させるかな~って」
父さん達も同じ理由だと言う。
たしかに。家に友達連れて来て母さんが張り切ってたら恥ずかしいけど!
でもだからって人に見られても良い恰好ぐらいはしようよ!
しかしそんなだらしない母さんを見てもユウナさんは平然としていた。
「いえ、大丈夫ですよ。私も部屋では似たようなものですから。
それにしてもお肌綺麗ですね。どのような化粧品を使っているのですか? 是非、教えてください」
まぁ嘘だろうけど、母さんを落ち着かせるためユウナさんは『誰しもそんな姿の時がある』と言う。
いや・・・・王女様や女王様の部屋着がジャージとか短パンって考えたら萌えるな。ギャップ萌えがあるよね! まぁ俺の性癖なんてどうでもいいか。
ユウナさんは同じ女性として『美』に敏感のようで母さんにアレコレ聞いている。
もちろん母さんは自慢のロア商会の美容グッズを持って来て嬉しそうに説明を始めた。
あ、フィーネも混じった。エルフの美貌に興味があるユウナさんに誘われて、3人が私生活について話している。
「じゃあイブちゃんは学校違うんだね。私とルークはヨシュア学校に入るの」
「・・・・私もこっちが良いから転校する」
「じゃあいつでも会えるね! お母さんとお姉ちゃんが働いてる食堂の料理が美味しいから今度一緒に行こうね!」
「うん」
こちらはヒカリとイブの6歳少女コンビ。
人見知りしないヒカリが消極的なイブにガツガツ話しかけて、それに対してイブがリアクションをすると言う方式で割と盛り上がっている。
初対面にも関わらず俺関連の話なら鉄板だと察したヒカリの洞察力が素晴らしいのだろう。コミュニケーション能力の高い子だ。
イブとしても待望だった俺の話題なのでいつになくハイテンションで、ヒカリが家族の話なんかも交えつつ面白おかしく興味深い話題を振り続けていて会話が止まる気配は全く無い。
「・・・・父さんもなんかしたら?」
「ルーク、男は黙ってる方が良い時もあるんだよ」
俺達2人とジャンさんは完全に蚊帳の外だけど、家族の交流は成功してるので良いにしよう。
その後も男性陣は黙って女性達の話を聞き続けた。
大人達の話す『部分痩せの運動方法』や『お肌に良い食材』とか、少女達の話す『ルークの好きな所』や『女友達との過ごし方』とか知らんわ~。
そんな時、男はひたすら無言を貫くものである。