十七話 フィーネの帰還
「喰らいなさい!」
「寸止めって話だったよな!?」
明らかに当てる気の掛け声。そして弾き飛ばされる木刀と身体。
今日も今日とてアリシア姉にボコボコにされていた俺は、扉の向こうから入ってきた馬車……もとい竜車に気付いた。それを先導するのは見慣れた美人。
「フィーネ! 一カ月ぶりだな!」
「ルーク様、ただいま帰りました。遅くなって申し訳ありません。少々とトラブルがありまして……」
「おかえりなさい。みんなを呼んでくるわね」
さすがのアリシア姉も再会には勝てないらしく、運動を切り上げて家の中へ駆けていった。
――今がチャンスだ。
「それで、成果は?」
「ご覧の通りです。貯水ボックスのお陰で大量に確保できました」
挨拶もそこそこに尋ねると、フィーネは荷台に積まれた樽を指差す。ぺこりとお辞儀をしてくる漆黒の竜にほっこりしつつ駆け寄ると、中には十個の樽と、真っ白の美少女。
「……誰? てか、何?」
横になっていたり座っているのではなく、壁に張り付いている。しかも笑顔でひらひら手を振ってくる。
年の頃は十八かそこら。白い肌に整った顔立ち、そしてどこか人間離れした澄んだ瞳。腰まで伸びた髪も、質素なワンピースも、大きな瞳も、すべてが白い。
「彼女は道中で再会した旧友です。ユキ、ご挨拶を」
フィーネはそんな少女の行動を平然と受け入れて促す。車内から這い出してきた少女が一歩前に出る。
「はじめましてユキです~。精霊やってます~」
神秘的な容姿からは想像もつかない、あまりにものほほんとした自己紹介。まあ初対面がアレだったので神秘的も何もないのだが。
「精霊って、あの精霊? その辺を漂ってて願いに反応する?」
「私は変わってるみたいで~。人間っぽくなりたいな~と思っていたらなれました~」
自分のことを変わっていると言う人間は十中八九計算高いが、どうやら彼女は残る数パーセントの方らしい。これで天然じゃなかったら人間不信になるぞ。そんなのがフィーネの友達って意味でも。即座に指摘せず俺任せって意味でも。
「フッフッフ~。私はあなたのことを知っていますよ、ルークさん」
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、ユキはジリジリと迫ってくる。いくら中身が残念だろうと、美少女は美少女。こんな至近距離にいると緊張する。
そして放たれる一言。
「私あなたのことが好きです~」
俺、三歳にしてハーレムをつくる。有能エルフとまったり系お姉さん精霊の両手に花状態だ。
いや違う。今はそうじゃない。ツッコミどころ満載だけど何から聞くべきか。
「えーっと……なんで?」
迷った末に出た質問は全てを包括したものだった。
「綺麗な魂を持っているので好きなんです~。塩を作った魔道具、あれも凄かったですね~。どういう発想で生まれたのか気になります~」
「え、あの……どうも……」
ユキさんの接近は止まらず、とうとう抱き着かれてしまう。しかもベタ褒め。どう反応したらいいのかわからない。
とりあえず彼女は人外だと言われなければわからないほど温かくて柔らかかった。
「というわけで私もフィーネさんみたいにメイドになりたいんですけど~?」
「どういう流れでそうなった!?」
「人生一度はメイドになってみたいじゃないですか~」
「な、なるほど……?」
たまたま今がチャンスだったと。フィーネに誘われただか無理矢理ついてきただかで貴族の屋敷にしばらく住めそうだから、憧れの職業、もしくは服装になってみたいと。
納得の理由、か?
「あ、仕事はこっちで決めるので安心してくださいね~。あれしろこれしろって命令されるの嫌いなんです~」
「どう安心しろと!? 従者舐めんな! 仕事舐めんな! なら居候でいいだろ!」
「なるほど。まずは私の力が見たいというわけですね~?」
「言ってない言ってない」
「フッフッフ~、私が真面目に相手をすると思ったら大間違いですよ~。そういって泣きを見てきた人はごまんといますからね~。あなたも敗者の仲間入りです~」
「なんでちょっと偉そうなんだよ……」
間違いない。彼女はギャグキャラだ。強大な力と美貌を無駄な方向にしか使わない残念担当だ。
「誰がギャグキャラですか~!」
「何故バレた!?」
「精霊なので~」
さらりと返すユキ。
なんという説得力。これは信じざるを得ない。
(あれ? このやり取り……どこかで……あっ! 神様だ!)
脳裏に浮かんだのは、異世界転生した時のこと。
「おやおや、どうやら気付きましたね~。そういうことです」
ユキの瞳が一瞬だけ、深い湖のように澄み渡った。
なんてことだ。本人がこんな形で現世にやってくるなんて。
「……ルーク様は決して、幸せになれる壺を買ったり、楽して儲かる話に乗ってはいけませんよ」
「は? なんのこと……って、まさか嘘か!? こいつ神様の化身じゃないのか!?」
「誰もそんなこと言ってませ~ん。あなたが勝手に勘違いしただけですぅ~」
「紛らわしいんだよ! あんな意味深なことシリアスな雰囲気で言われたら信じちゃうだろ!」
――ってこれか。フィーネが言ってたのは。
誰にでも、どんなシチュエーションにも、当てはまることを言うだけの簡単なお仕事。
「ちょっと待て。ギャグキャラって思ったのはバレてたぞ? あの読心術は本当だったぞ?」
「だいたい皆さん、私のことをギャグキャラとか残念美人とかコミュ力お化けとか呼びますから~」
「読心術じゃなくてただの経験則かよ……」
どの異名を挙げられていても読心術を疑っていた。
俺は最初から負けていたのだ。こんなやつと戦ったこと自体が間違いだったのだ。
そんなこんなやっていると、アリシア姉に呼ばれた家族が集まってきた。
「どうも~、フィーネさんとルークさんの友達のユキって言います~。今日からメイドとしてお世話になります~」
「……ルーク?」
「お、俺じゃない! 俺もさっき知り合ったばかりなんだ! 雇うのだって許可なんか出してない!」
両親からの責めるような視線。堪らず弁解。
しかし、ユキはこうしている間もベタベタ触ってくる上、交渉成立したと思っているので「またまた~」と笑う。
納得してもらえるはずもなく、父さん達に続いてアリシア姉まで眉間にしわを寄せ――。
「あんた口調どうしたのよ? ずっと『ぼく』だったじゃない」
「気にするとこ、そこ!?」
ゆ、油断した……延々繰り出されるユキのボケと突然の責任転嫁に、普段通りのノリでつい口に出してしまった。
『やれやれ……転生者だと自分でバラしちゃってますし、騙されやすいですし、期待と不安で胸がいっぱいですね~』
「――っ!?」
脳内に直接語り掛けられる感覚。声の主は当然ユキ。
こんなところで精霊っぽさ出すんじゃない。
『新生活を始める人?』
『そうですけど?』
そうだった。こいつ遠方の地からやってきて、オルブライト家に居候して、俺達と一緒に働くんだったわ。そりゃ期待と不安で胸がいっぱいにもなる。
――って、俺は何を真面目に説明してるんだ。ボケることでペースを取り戻そうとしたら、あっさり被せられて結局ツッコミにまわってるし。
『てかバラしてねえよ。神様と会ったからなんだってんだ。大半の人は妄想とかその場のノリと思うだけだろ。フィーネがお前を仲間に引き入れたのはわかってたしな』
貯水ボックスのことがバレていたし、遠方から連れてきたり、家族が来る前に俺にだけ紹介するなんておかしい。
『ただのツッコミの達人じゃなかったんですね~』
『褒めてないでなんとかしろ』
『お任せあ~れ~』
念話(?)を切ったユキが、俺発言を訝しむアリシア姉に話し掛ける。
「皆さんが来るまでに、道中で出会った仲間想いの剣士さんの話をしたら憧れちゃって~。言葉遣いを真似し始めたんですよ~」
「そ、そうそう、そんな感じ……」
ナイスフォローだ、ユキ。
うちで『俺』なんて言うのはマリクだけ。まさかあのオッサンに憧れてるなんて言う訳にはいかない。
これまで読んだ英雄譚とかのキャラにすれば良かったのだと気付いたのは、しばらく経ってのことだった。
「それで、ユキさんはルークの専属メイドをしたいと言うことかな?」
その後、俺を責めるより本人に直接話を聞いた方が早いという当たり前の結論に至ってくれた大人達は、ユキとの対話を開始。
「専属じゃなくていいですよ~。やりたいようにやるのが精霊流なので~。お給料もいりませんよ~。誰でもお世話しますし、誰の命令も聞きませんし、面白そうならオールオッケー」
「じ、自由な人だね……」
自由すぎるだろ。存在自体が社会へのアンチテーゼじゃないか。力さえあれば何をやっても許されるっていう、規則や思想を崩壊させる危険因子じゃないか。
「ここに来る前は何を?」
「海中散歩を四年ほど~」
たぶん本当に四年間潜りっぱなしだったんだろうなぁ。特殊装備とかもつけず、意味もなく。
「特技は?」
「雪魔術と他人とのコミュニケーションです~」
絶対嘘だ。剛速球や取れない球を投げて楽しむだけだ。煮詰まったり悲しい空気をぶち壊すって意味なら役立つんだろうけど。
こういう時にメイド業に役立つことを言わないのがユキクオリティ。
実は雪魔術が使えるとか?
「雪? 氷とは別なのかな?」
「同じと思ってもらっていいですよ~。ユキの名前にちなんで勝手にそう言ってるだけなので~。ツルツルじゃなくてフワフワになるだけ。それを使って雪だるまになるのが趣味です~」
俺と同じことを考えたであろう父さんが追及するも、返ってきたのは自分が楽しいだけという答え。それ以前に命令に従わないと宣言していた。役に立とうが立つまいが正しい使い方をしなければ意味がない。
ちょっと羨ましい、楽しそうと思ったのが悔しい。
「何故メイドになりたいと? ルークと仲良くするなら他に色々あるでしょう?」
のらりくらりと交わされ続ける父さんに痺れを切らしたのか、ここで選手交代。母さんから質疑応答がおこなわれる。
「私が御社を希望したのは、長年磨き上げてきたこのスキルを活かすにはメイドになるのが一番であると考え、数ある貴族の中でも御社の経営理念に――」
急にどうした!? やっぱここまでの道中で面接練習してた!?
「ん~、あまりウケが良くなさそうですね~」
何もかもが当然の結果だ。アリシア姉ですら面白い女とは思っていそうだが、従者としては遠慮するといった顔をしている。
「こうなれば最終手段です~。聞いたところによると、この家では武力で制圧すれば雇ってもらえるとか~」
「んなっ!?」
「暴れられたくなければ雇うことです~」
フィーネから聞いたんだろう。でもあれは彼女の真摯な態度と人柄があってこそ。それにフィーネがいれば十分だ。いくら強くてもユキをメイドにする理由はない。
いろんな人のトラウマを刺激しただけ。
「……フィーネ、どうにかならない?」
「無理ですね。言って聞くような人ではありません。抑え込むことは可能でしょうが、どれほどの被害が出るかわからないので、ここは大人しく提案を飲むべきかと。しばらくしたら飽きるはずです」
「わ、わかったわ……」
が、俺の予想に反してごり押しの勝利。
オルブライト家における最高意思決定機関、母さんの承諾によってユキの雇用問題は決着を迎えた。
「それにしてもエルフに精霊か~。我が家は凄いメイドが多いな~」
「凄いってもんじゃないわよ。どの王族より豪華なんじゃない? もちろんエルも。フィーネに教えてもらった調理法や料理でメキメキ腕を上げてるわ」
父さんと母さんが改めてオルブライト家三メイドに目を向ける。
フィーネは微笑み、エルは尻尾をブンブン振って喜びながら両こぶしを握り締めて向上心を漲らせ、ユキは――。
「まあ使いこなせればの話ですけどね~」
何故か他人目線で同情した。
自分で言うな。
「あ、タメ口やめてもらっていいですか? たしかに私は、艶めかしい白髪に、端正な顔、雪のようにきめ細やかな肌。きわめて整った容姿にどこかつかみどころのない雰囲気で魅惑を振りまく美少女。そして見た目だけではなく心もビューティ。しかし世の中は年功序列が基本。どーしてもタメ口をききたければ私と対等である魅力を見せてください」
「うるせえ。本当に心が綺麗なやつはそんなこと言わない」
「ふ……やりますね。気にした時点で私の負けということですか。いいでしょう、認めてあげますよ。ルークさんは私のライバルに相応しいと」
もしかして俺は一生このノリに付き合っていないといけないんだろうか……。