百十一話 6歳になりました
ヒカリの誕生日は俺より1週間早いだけなので、俺達はほぼ同時期に6歳を迎えた。
とは言え一般的に重要なのは5歳・10歳・15歳の区切りの年だけであり、6歳の誕生日を盛大に祝ったりすることは無い。あくまでも一般的なら、だ。
オルブライト家の唯一の出資先であるロア商会が絶好調で、生活に余裕のある俺達はそりゃ盛大に祝うさ。
イベント好きな連中が揃ってるし、俺も新作料理を出したいからな!
そのパーティで俺は1人、ひたすら皆が食べる料理を作っていた。
「ってなんで祝われる側の俺が料理作ってんだよ!」
思わずノリツッコミをしてしまったじゃないか。
そりゃパーティ用に料理を出したいとは言ったさ。でも主役が延々料理を作るなんて料理コンテストぐらいしか聞いた事が無いぞ。
どういうことだ!
「え? だってルークが1番上手にケーキ作れるじゃない。いいからさっさと作りなさいよ」
「なんでこれだけ料理人が居るのにルークさんが1番なんだろ? あ、私はイチゴショート」
「チーズケーキ求む」
「わたしチョコが良い!」
よし、最後のヒカリ以外の少女達、手伝え。
なんで俺が料理してることに誰も疑問に思わないで食べてるんだよ。
男連中は酒飲んで暴れているので別にいい。
でも甘いものを前にした女連中はハイエナの如く皿を取り合っているので、凄いスピードでおかわりを要求されて休む暇がない。
「ムムム・・・・悔しいけどアタシの負けだニャ」
「美味しすぎるにゃ~。ほっぺが落ちそうにゃ~」
「こ、これは・・・・何故これほどまでの味が生み出せるのでしょうか?」
大衆食堂で料理人をしているリリや元料理人のトリー、オルブライトの厨房を担うエルが一口一口噛み締めつつ自分が作る品との味の違いに悩んでいる。
別に特別な事はしていないから、単純に作業手順を覚えて絶妙な焼き加減を心掛けたら誰でも美味しく作れるぞ。あえて言うなら下処理から手を抜かない事かな。
他にもノルンが「是非アタシの店で販売したい」と言っていたり、ソーマが「結婚式には大きなケーキを頼むよ」と俺にウェディングケーキの予約をし始めたり、母さんから「太らないケーキを作って」とカロリーオフな品を要求された。
当然誰も手伝わない。
「なぁ手が疲れてきたんだけど・・・・誰か代わってくれないか?」
「「「今、手が離せないから無理」」」
なんでお前らの手が離せない理由がひたすらケーキ食べる事なんだよ。
俺の誕生日祝いのはずだよな?
「私が代わりましょう。ルーク様、ただいま戻りました」
俺が世の不条理について考えていると、唯一の味方のフィーネが交代を名乗り出てくれた。
どうやら俺へのプレゼントの準備でどこかへ出かけていたようで、たった今戻って来たのだ。じゃなきゃ料理を作る俺を手伝ってるはずだしな。
でもこれでやっと休める。
もちろん俺の食べる料理なんて男連中の所にある酒のツマミしか残っていない。パーティ用の菓子は全て女性の物なのだ。
試しにケーキを一切れ貰おうとしたらヒカリ以外の全員から睨まれてスゴスゴと退散した。
なにも睨まなくたっていいじゃないか・・・・。
調理を開始したフィーネは俺より早い包丁捌きでケーキの素材を切り、卵を混ぜ、火の魔術で一瞬にしてケーキを焼きあげる。
細かい作業なら負けない自信はあるけど、こういう素早く肉体を使うってのが苦手な俺とは比べ物にならない速さで料理を完成させる。
「流石だな。お前らも頑張れ」
休日とは言えなんで料理人が料理してないんだよ。素人に負けんなよ。
「フィーネ様は仕方ないニャ」
「私達があの動きをするのは無理にゃ」
「分身して見えますよ? あれを料理人に求めないでください」
いや、別にあそこまでは求めていない。
でもせめて『祝う側』と『祝われる側』ぐらいは理解してもらいたいな~。俺も美味しいケーキが食べたいな~。
さてここで問題です! 俺はどっちでしょう?
「美味しい料理を作れる人が作ればいいのよ」
アリシア姉の理屈は人を堕落させるやつだから考え直しなさい。
「祝われるのはヒカリちゃん1人だよね~」
ユチは俺にもっと敬意を払って優しくするべきだと思う。そのセリフは精神の弱い人なら泣くぞ。
「チーズケーキ・・・・」
ゴメンなニーナ、ずっと待ってたのか。でもホールケーキ5個は食べ過ぎだと思うんだ。材料もなくなったし、そろそろ諦めようか。
「みんな! ありがとうー!!」
ヒカリ・・・・感謝の言葉としては正しいんだけど誰か忘れてるよ。
なんか最近みんな冷たくない?
悲しみに暮れる俺を置いてパーティはまだまだ続く。
フィーネが高速で菓子を作り出すけど、それと同等の速度で女達は完食していった。
俺よりフィーネの方が早く作ってるんだけど、それに合わせて食べる方も加速してる気がする。
もしかしたら主役が作っているケーキだからって少しは遠慮していたのかもしれない。
そんなリミッターの無くなった彼女達はそれはそれは早かった。
当然用意していた食材は無くなったけど、ユキが転移でどこからか持って来るので心配無用だ。
それを知った女性達の食事スピードはさらに加速する。
甘い物にそれほど興味のないユキが料理人に加わり、フィーネに負けない動きを見せて製作スピードは2倍になった。
これで提供者と飲食者の形勢は逆転したかと思われたが、なんとここで仕事を終えたロア商会の人々が参戦。
結局、休んでいた俺まで狩りだされて延々『切る』『混ぜる』『焼く』『塗る』と言ういずれかの作業をすることになった。
やっぱりユキが最高級のハチミツを調達したのが悪いと思うんだ。
食べたことのない美味しいハチミツを求める女達の目が明らかに変わったもん。
足りなくなった食材も普通に店で買えば良いのに、たぶん人類未踏の地から究極の食材を持ってくるから余計ヒートアップするし。
あぁ~あ。明日は筋肉痛か腱鞘炎だな~。
なんで誕生日パーティの主役が倒れそうになってるんだろうな~。
なんでフィーネやユキと同じ強靭な肉体を持ってると思われてるんだろうな~。
なんで腕が麻痺したって休もうとすると殴られるんだろうな~。
なんで女って甘い物が好きなんだろうな~。
「全員太って後悔しろぉーーーーっ!!!」
そんな俺の悲痛な叫びは母さんやノルンを筆頭に、大人な女性達の怒りを買いました。
体重に関することは禁忌らしいです。
だったら甘い物を食べなきゃ良いのに・・・・。
あれ? 今日はユキが凄く役立ってる?
どうしたんだろう・・・・嬉しいけど不安になるのは何でだ?
気になるので聞いてみた。もちろん料理しながら。
休んだら鉄拳が飛んでくる恐怖の誕生パーティなのだ。
「このハチミツを貰いに行った時にクーさんから言われました~。『お誕生日を祝ってあげれば必ず感謝される。そして自分も祝ってもらえる』って。
あと何故か『他の事は一切やるな』って私の行動を全部指定されました~」
おぉ・・・・誰か知らないけど、クーさんありがとう!
そうなのだ。ユキは自分で考えて動かなければ有能なのだ。その事をわかって的確な指示を出したクーさんにはいずれお礼をしないとな。
「私の時はもちろんマヨネーズ料理を希望しますよ~」
ユキが頑張った報酬を今から求めてきた。
もちろんその希望は叶えてやるけど、言わなきゃ良いのに・・・・最後まで締まらないヤツだ。
「ふっ、任せとけ。恩を仇で返すような真似はしないさ。
『人に感謝される事をすれば巡り巡って自分に返ってくる』ものだからな」
ほらそこでケーキを貪ってる奴等、聞いてるか?
お前らに言ってんだぞ!?
そんなんじゃ誕生日来ても祝ってやらないからなっ!