百七話 森の異変
最近マリーは特に忙しいらしく中々遊ぶ機会がないので、妹のイブとのみ各地へ出かける事の多いユキ。
そんな王女を連れ回す日々が当たり前になり、他の王族はもちろん家臣からも何も言われなくなったユキ達は、最高級ハチミツ発祥の地である『ホーネットの森』へとやって来ていた。
ハチミツ生産者のキラーホーネットは昔から世界中に存在していたが、最高級ハチミツはクイーンホーネットにしか生み出せない極上品。そんな彼女が住処にしている『ホーネットの森』は発祥の地と言っても過言ではないだろう。
「クーさんに会いに行きましょうか~。ハチミツを作る時に珍しい魔術を使うんですよ~」
と言うユキに勧められるまま再び魔界へとやってきた魔術と魔道具大好きなイブ。
彼女はあまり表に出さないが、実はユキとの魔界訪問を毎回非常に楽しみにしていた。
「・・・・すごい」
初めて見るホーネットの巣。そして世界最大規模のキラーホーネットの集落。
森全体を住処にしているホーネット達は外敵の居ない平和な暮らしが出来る。それによって凄まじい速度で数が増え続けており、手狭にならないよう自分達で林業をして森自体も急速に拡大しているのだ。
その結果として現在市場に出回っているハチミツ、その80%以上がこの森で作られた物である。
そんなクイーンホーネットの治める森は、自分の想像していた魔界の風景とは全く違う平和で美しい場所であり、それを見たイブは呆気に取られている。
少なくとも絵で見たことのある魔界や王国の森よりも綺麗だった。
そして「魔獣がこんなに凄い森を作れるのに・・・・」とショックを受けている。
もしかしたら将来これが切っ掛けで王国林業の革命が起きるかもしれない。
突然の訪問者にも柔軟な対応を見せるのは、言わずと知れた森の主クイーンホーネット。
「ブーン(いらっしゃいませ。人間が来るのは初めてなので、御不満があれば何なりと仰ってくださいね)」
知能があるとは言え魔獣のクイーンホーネットは言葉が話せないので、彼女の動きに合わせてユキが同時通訳する。
「仲良くしてあげてくださいね~。
イブさん、彼女がいつも美味しいハチミツをくれるクーさんですよ~。よろしくって言ってます~」
流石に初めて見た時はクイーンの大きさと銀色の体に驚いていたイブだが、優しい魔獣だと知ってすぐに友達感覚で接することが出来るようになっていた。
「よろしく・・・・じゅるり」
いつもユキから貰うハチミツは王族の自分すら食べたことのない、それはそれは美味しいハチミツ。そんなハチミツを使ったお菓子はまさに天にも昇る美味さなのだ。
様々なお菓子を思い出してヨダレを垂らす王女様。
「ブーン? (な、何故彼女は私を見てヨダレを出しているのでしょうか? だ、大丈夫ですか? 突然捕食されたりしませんか?)」
実力ならばまず負けないだろうが、本能的な恐怖を感じたクイーンは唯一言葉の通じるユキに震えながら問いかける。
「大丈夫ですよ~。ハチミツで作ったケーキやクッキーを思い出したら自然とヨダレが出ちゃうんです。美味しかったですもんね~?」
「絶対お礼を言おうと思ってた。
クーさん、美味しいハチミツをいつもありがとう」
ハチミツ生産者にお礼を言ってペコっと頭を下げるイブ。
クイーンあってこそのお菓子なのだ。
「ブーン(あぁ~、たしかにアレは美味しかったです。ユキさんにあげたハチミツがお菓子になって返って来た時にはビックリしましたよ。
私達の口には調理してない方が合いますけど、ああやって誰かの口に入っているかと思うと作ってる側としては嬉しいですね。
イブさんも、どういたしまして。そしてありがとうございます。こちらこそ森が平和なのはアナタ方のお陰です)」
ユキが「原材料の生みの親にも食べてもらいたい」と、お菓子へと華麗な変貌を遂げたハチミツを時々渡しているのだ。
そのお菓子も、どちらかと言えばハチミツを受け取る小屋に出入りする魔族に食されているのだが、役立っている事が実感できるだけでホーネット達は嬉しいと言う。
食材が気に入ったからと言って無理に採取したり、侵略しないと言う協定を結べているため、人類の敵の『魔獣』であるにも関わらずホーネット達は平和に暮らせる。
人間や魔族との間でWIN-WINの関係が保たれているのである。
すぐに仲良くなった3人は自然豊かな森を満喫し始めた。
実は自慢好きなクイーンがイブ達に見せたい場所があると言うので、案内されるがままに名所観光をしている。
そして王都暮らしなので自然に触れる機会の少ないイブは、森の中にあるもの全てを珍しがっていた。
「水がすごく綺麗。木も手入れが行き届いてる」
おそらく相方がユキでなければ王女が6歳で外出など許されなかっただろうし、例え許されたとしても魔界の森へ来るなど論外だ。
イブは知らず知らずの内に貴重な体験をしているのだが、彼女がそのことに気付くことはなかった。
「あっ、ルークさんが作ったろ過装置を使ってくれてるんですね~。木の剪定技術も上がってますし、見事に計算された間伐です~。良い仕事してますね~」
ユキが長年見てきた森の中でもトップクラスの居心地の良さだと絶賛する。もちろん魔獣が管理者の森としては最高の出来栄えだ。
「ブーン(ええ、これのお陰でより住みやすい土地になりましたよ。素晴らしい技術力です。アレを生み出したルークさんにお会いして直接お礼をしなければ。
そうなんです! よくぞ気付いてくれました! 剪定については最近コツがわかって来たんですよ!! 風の魔術を纏わせて、尻尾の針で素早く切り裂く! これです)」
2人の内どっちでもいいから早く気付かないかな~、と内心ソワソワしていたクイーンは技術力の高さを理解したユキを褒め、嬉しそうにブンブン飛び回り始めた。
実際に剪定している様子を見せると言って近くを飛んでいたホーネット達に指示を出す。
すると数匹のホーネットが凄まじく器用に目の前の木を剪定し始めた。
おそらく魔術の訓練中に発見した伐採方法なのだろうが、小枝の一本、葉の一枚に至るまで丁寧に切り分けている。
それを眺めながらイブは「ホーネット可愛い。王城に欲しい」と密かにうっとりしていた。やはりアイリーンの血族である。
「ハチミツが採れにくくなった、ですか~?」
大自然を堪能した2人が来客用(魔族向け)に建築された休憩所で、ハチミツクッキーと紅茶をいただきながら一服しているとクイーンからそんな相談を持ち掛けられた。
なんでも一部の地域でここ数週間ハチミツの生産量が半減したらしいのだ。
そこに暮らすホーネット達も原因はわからないと言い、クイーンや知り合いの魔王関係者が調査してもやはりわからなかった。
そこで魔術のプロであるユキに頼ろうと言う事になり、早く来ないかな~と待っていた所へタイミングよくユキ達が遊びに来たので相談したのだ。
魔界での不可解な事件。
危険はいくらでも考えられる。
イブも居るので無茶は出来ないが、友人の頼みを断れるわけもなくユキは調査を開始した。
「あぁ~。これはたぶんアレですね~」
「ユキさん何かわかったの?」
「ブーン? (え? もうわかったんですか? 解決できそうならお願いします。もちろん協力しますよ)」
現場に近づいた時点でユキが原因を突き止めたらしい。
そして若干困った顔をしながらイブの方を振り向いた。
「・・・・私、足手まとい?」
勘の良いイブは連れて行ってもらえない事を理解して悲しそうな顔をする。
しかしユキやクイーン達に迷惑をかけるつもりはないので、1人で来た道をトボトボと引き返す。一応その辺を飛んでいたホーネットの護衛付き。
「あ、でも何事も経験ですかね~? やっぱり一緒に行きましょうか~」
ルークの婚約者として将来は危険な目に遭う事はわかっていたので、ユキはイブを連れて行く事を決意した。
ユキですら迷うと言う事は、割と本当に危ないようだ。
ハチミツが採れなくなったと言う地域にやってきた一行。
すると何処からともなく喧噪が聞こえてくる。
「なに?」
「争い事ですかね~?」
驚きと発見を楽しむためにユキは基本的に察知能力を使わない。
そんなユキの代わりにクイーンが声のする方へ案内してくれる。
「ブーン(あっちに誰か居ますね。調査兵団の人でしょうか?)」
少なくとも原因がわかるまでは調査してくれると言う魔王に甘える事にしたクイーン達。
その中には正義感溢れるお人好しも居るらしく、ボランティアとして度々森を訪れているその人物が魔獣と戦っているのかもしれない。
いくら自分達の森とは言え食料があれば魔獣は寄ってくるのだ。
普段ならその様な魔獣が居ればホーネットの集団で一掃しているのだが、今は原因不明なハチミツ事件を調査しているので安全が確保されるまでの間、治安維持のホーネット達以外は別の住処で生活させていた。
そして近くに兵隊ホーネットは居ないようだ。
ならば自分達が助けるべきだと声のする方へ向かう3人。
「正義の鉄拳、受けてみろ!!
ぬうぅえぇえええぃっ!」
そこではむさ苦しいオヤジが巨大なオークを殴り飛ばしていた。