百四話 復讐の盗賊団
以前アリシアとユキが壊滅させた盗賊団の事を覚えているだろうか?
隣町ダアトで知り合ったバンとツグミと協力(?)してアリシアの努力、いや、ユキの活躍により3人の盗賊を捕まえたのだ。
だが実はその盗賊団には捕まった3人以外に後2人、買い出しに出かけていたためアリシア達とは出会わなかった盗賊が居た。
当然残された2人は仲間を捕まえた連中を恨み、報復に必要な情報を集めた。
するとどうやらヨシュアに居るアリシアなる少女、そして保護者のユキが原因らしい。
ちなみにバンとツグミは自分達の情報を完全に隠滅させていたため、同じダアトに居ながら盗賊達に情報が漏れることは無かった。
これはそんな彼らによる復讐の物語である。
「クックック・・・・ここに奴らが居るんだな。俺達を壊滅に追い込んだ連中が!」
「あぁ、許せないな。ただ楽に生きようとしていただけなのに、勝手に賞金首にして労働施設行きにさせる横暴さが!」
完全な逆恨みだが、とにかく彼らは仕返しをしなければ気が済まないようだ。
そして情報通りの金髪ツインテールをした少女、アリシアを発見した。
クロとの魔獣討伐帰りなのか、全身泥だらけで所々に傷を負ったアリシアだが、いい戦いが出来たのようでその顔は満足そうである。
そんなアリシアに忍び寄る影。
「おい嬢ちゃん。前にダアト盗賊団を壊滅させたのはお前だよな? あぁん!?」
「素直に白状しな。俺達はその残党だよ! ごるぁっ!」
ダアトを中心に活動するから『ダアト盗賊団』。平凡ながら非常にわかりやすい名前である。
2人が声を掛けたのは人通りの多い場所なのだが、非力な少女1人ぐらい誘拐するのは訳ないと思っていたのだろう。周囲を気にすることなく威勢よく恫喝している。
もちろんアリシアはここで泣いて許しを請う普通の少女ではない。
「じゃあ敵ね! くたばれっ!!」
そう言って背負っていた大剣を振り回し、魔術をぶっ放す。
「「えぇーーーっ!?」」
街中なので当然周囲に迷惑が掛かるし、露店などには被害も出る。アリシアが最初に放った魔術で店の棚が1つ吹き飛んでいたりもする。
しかしそんな事は気にせず盗賊討伐だけに集中するアリシアは、盗賊の2人にとって恐怖でしかなかった。
だからこそ彼らは逃げた。
破壊の限りを尽くす少女から全力で逃げた。
戦闘後の疲労もあってか、いつもより動きの鈍いアリシアをなんとか撒くことに成功した盗賊達は呼吸を整え、今一度作戦を練り直すことにした。
「くそ! なんであんなに平然と暴れられるんだ!? おかしいだろ!?」
「何故か周囲も止めたり、驚いたりしてなかったし・・・・まさかアレが日常だとでも言うのか?」
2人が驚くのも無理はなかった。
流石に日常とまではいかないが、アリシアを始めロア商会の人間が奇行に走る事は多いので民衆からすれば慣れたものなのだ。もちろんフィーネやユキがすぐに弁償するし、お詫びの品も用意する。
そもそも有名商会には敵が多いので、割と頻繁に戦闘行為も必要になるのである。
そしてそれは『とある理由』から民衆に歓迎される行為となっていた。
アリシアの戦闘能力の高さを思い知った2人は目標を変更することにした。いや、しなければならなかった。
「ガキであれだろ? 聞いた話じゃロア商会の幹部はさらに化け物らしいじゃないか」
「あぁ・・・・嘘か本当か知らないが、ドラゴンスレイヤーだとか、討伐難易度Aランクの魔獣を暇つぶしがてらに倒したとか、森1つ消し飛ばしたとか、王国騎士団より戦力があるとか。
とにかくヤバい連中らしいな」
もちろん幹部とはフィーネとユキの2人だけを指すのだが、何も知らない彼らにとっては軍隊のような大規模集団に思えるのだろう。
そんな幹部を相手にするわけにもいかず、狙うは非力なユチに決定。
早速食堂へとやってきた盗賊達。
「あれか?」
「あぁ、あれだ。熱狂的なファンから聞いた話じゃ、奴は毎週火曜と木曜が休みで、そのどちらかは買い物に出かけるらしい。良く立ち寄るのは中心街が多いが、出資者のオルブライト家にも高確率で出没すると言う。
ちなみに趣味は金稼ぎ、好きな色は茶色、好きな食べ物は焼き鳥、好きな・・・・」
「あぁーーっ! もう喋るな、そんなどうでもいい情報!」
ウェイトレスに熱を上げるヨシュアの住人に聞き込みをしたらしい。割とマメな人物のようだ。
するとタイミングよくユチが店から出てきた。
情報通り今から買い物に出かけるのか、軽装でどこにでも居る少女の姿をしている。当然アリシアの様に帯剣してはいない。
「よしっ・・・・行くぞ」
「おう!」
今度はユチに忍び寄る影。
「嬢ちゃん、ちょっと・・・・・・かはっ」
「どうした!? ・・・・・ぐっ」
2人がユチを誘拐しようとした場所はロア商店街。
ここには守護者が居る。
「わたくしの目の黒い内はナンパなんて破廉恥な真似は許しませんよ」
少し勘違いしたフェムによって気絶させられた2人が意識を取り戻したのは夕方になってからだった。
唯一の救いはナンパ目的だと思われていたので警備兵に通報されなかった事だろう。
もちろん商店街で倒れている彼らを気にする通行人は居ない。これまた日常茶飯事なのだ。
「うっ。ま、まだクラクラする」
「俺もだ・・・・あっ、居たぞ。ユチだ」
意識を取り戻した2人は仕入れた情報からユチを探し出した。
恐怖のロア商会が経営する店なので特殊な結界があったのだ、とポジティブに捉えた2人はヨシュアにある普通の商店街で誘拐をすることにしたのだ。
そして今、彼らの目の前で大荷物を抱えたユチがフラフラと歩いている。
あれなら逃げ足が遅くなるし、肩にも荷物を背負っているので外すにも時間が掛かる。まさに誘拐に持ってこいの状況だ。
再びユチに忍び寄る影。
「おい、嬢ちゃん。ちょっと付き合ってくれるか?」
「アンタには恨みは無いが、ロア商会にはあるんでね」
実にわかりやすい悪者のセリフである。
「え~っと・・・・ウチで働きたいとかそう言うことじゃない?」
そんな悪役のセリフを聞いたユチは慌てた様子もなく、むしろ自分に声を掛けた理由を尋ねる。
ユチが知らない人から話しかけれられる理由の実に8割以上は『ロア商会で働きたい』と言うものなので、今回もそれだと思ったらしい。
もちろん盗賊達は否定する。
ついでに誘拐目的だとちゃんと説明する丁寧さ。
「あ~・・・・じゃあ」
スーッと息を大きく吸い込むユチ。
そして突然大声で叫び出した。
「ロア商会従業員が襲われてますよーーっ!! ピンチですよぉーーーっ!!!!」
助けを求めるにしてもセリフが少しおかしい。
普通なら『助けて!』や『暴漢が!』などだろうが、ユチの場合は何故か周囲に語り掛けるような叫びだった。
「な、なんだ?」
「ちっ・・・・いいから早く黙らせろ!」
そんな2人の一瞬の動揺が致命的な間となった。
「何ぃ!? ここは俺に任せろ!」
「恩を売るチャンスだ! 俺がやる!」
「ちょっと、邪魔しないで!」
「アタイが殺るよ!」
「っしゃぁ! 左右から挟み込めー!」
通行人はもちろん、近隣にある家の窓という窓から人が飛び出してくる。その他にも屋根の上や馬車の中など、ありとあらゆる方法で人が登場し始めた。
まぁ出るわ、出るわ。アッと言う間に盗賊の2人の包囲網が完成している。
街中での戦闘行為が歓迎されている理由がこれだ。
ヨシュア、いや世界最高の待遇を誇るロア商会。
そこで働きたいと熱望する人は数多く、困っている従業員に恩を売る事が出来ればその切っ掛けになると考えているのである。
ユチの叫びは、そんな彼らを呼び寄せるためだった。
例え戦闘のプロである盗賊と言えど数百人を相手に出来るわけもない。
「くそっ! 逃げるぞ!」
「どうやってだよ!?」
数、地の利、熱意、物欲、それら全ての面でヨシュア民が盗賊達を上回っていた。
「「「くたばれぇぇええええーーーっ!!!」」」
「「ぎやぁああああーーーー!!」」
住民たちによる一方的な鉄拳制裁が始まった。
「相変わらず凄いですよね~」
この騒ぎを起こしたユチの下に呑気なセリフと共に現れたのはユキだ。
実はユキは盗賊達がアリシアに声を掛けた時から彼らをマークしていたのである。
もちろんメインは街の散歩で、人々とコミュニケーションを取りながら気が向いたら意識を向けるぐらいなものだが、一応マークしていたことに変わりはない。
「ユキ様、居たんなら助けてくださいよ。部下のピンチじゃないですか」
恨めしそうなユチはユキを責めつつ、圧倒的な人数差の前に成すすべなく虐められている盗賊を傍観している。
「とてもピンチには見えませんでしたよ~。それにユチさんなら荷物を捨てて逃げるぐらいは出来ますよね~?」
武闘派食堂の中では最弱のユチだが、腐っても獣人。身体能力は人間の比ではないので『逃走』という事なら彼女にも可能なはずである。
「この荷物は私のお金で買った新しい商売道具なんです! 捨てるなんてありえまんせんって! じゃ、急ぐんで」
と大事そうに抱えて家路を急いだ。
幾度となく繰り返される誘拐未遂に慣れたものなのだろう。
「おやすみなさ~い。
さて・・・・え~、ユチさんの声に最初に反応した茶色い服の男性。それと逃走経路を塞いだロングスカートの女性。それから・・・・」
「あざっす!」
「やったわ! お母さん、私やったわ!」
「よっし! よっっし!!」
ユキによる採用通知が始まり、一喜一憂する人々の姿があった。
これ、実はヨシュアでのみ有名な『良い人採用試験』だったりする。
フラフラしているユキが唐突に素晴らしい行動をした人を雇う謎システム。
しかしそれによりヨシュアでは日々人助けやボランティア活動が行われるようになっていた。
とは言え全員がロア商会に採用されたい訳では無いのでユキの勧誘を断る人も居る。
そんな人には感謝の印として高級な魔獣の肉や特製ハチミツ、農作物や新作魔道具などの何かしらのお礼をするので、人助けをするメリットは誰にでもあるのだ。
「ちなみに盗賊の2人にはダアトで温泉地拡大してもらいますからね~。
犯罪行為の代償として馬車馬の如く地面を掘ってください~。温泉が出なかったら危ないので穴を埋めてくださいね~」
水源を探す能力などない2人は今後数年間に渡り、穴を掘っては埋める作業を繰り返し、精神を崩壊させるのであった。
刑期を終えた彼らの顔は、地獄の苦しみを耐え抜いた兵士の顔になっていたと言う。
「っふ、知ってるか? 無意識で掘れるようになるとスコップが地面に当たった瞬間の『ザクッ』って感触が快楽になるんだぜ」
「穴の中に居る時が1番落ち着くんだ。もうベッドでなんて眠れなくなるぞ」
その後、彼らは立派な炭鉱男として採掘に励んだとか、励まないとか。