千三百七十三話 続・適性者
「ぐあああああああああああああッ!!」
イヨ達との待ち合わせ場所である猫の手食堂へとやってきた俺は、入店した直後、両目を抑えて床に倒れた。
「はい。アイマスク」
「た、助かる……」
そんな俺に、エプロンのポケットから取り出したゲジゲジ眉毛&怒り目のアイマスクを手渡したヒカリは、何事もなかったかのようにレジへ入る。
動揺して立ち止まっていた客も、アイマスクを装備したまま手探りで入口横の椅子に姿勢正しく腰掛けて微動だにしなくなった俺を数秒眺めた後、恐る恐るレジに近付いて一連の作業を済ませていく。
彼女の淡々とした対応に加え、他のウェイトレスや店内の客達も一切気にしなかったことで『ここではこれが日常茶飯事なのだ』と理解したのだろう。
「関わり合いになりたくないんだと思うよ。自分が正しいと思う行動を取れないのはダメだけどこれはそういうんじゃないし」
一仕事終えた後。
昼前ということで手が空いていたのか、ヒカリは接客に戻ることなく、俺の対応に専念してくれた。ツッコミ担当とも言う。
「営業妨害したみたいに言うんじゃないよ」
「そっちの方がマシだね。武力行使に出られないギリギリのラインだから厄介なんだよ」
「ラインか。まぁたしかにあれはライン超えてるよな。可愛すぎる。犯罪だ」
視線……もとい意識の先には、空きテーブルの目立つ店内の片隅でパフェを頬張っているイヨとルイーズ、そしてせっせと働くココとチコの姿が。
危なかった。あんな愛らしい猫達の姿をあとコンマ数秒でも目に入れていたら精神が崩壊していたところだ。継続率96%のキモケモード突入だ。期待値3000枚オーバー。
「前から時々手伝ってるとは聞いてたし、夏休みで学校が休み、かつ待ち合わせ前の空き時間に友達に働いてる姿を見せびらかしてやろうってのは理解出来る。
でもどうやって俺の感知を掻い潜った? ウェイトレス姿のココとチコが、子犬のようにちょこまか動き回って注文を取ったり料理を運んでいる波動なんて、微塵も感じなかったぞ?」
「そろそろ来る頃だと思って結界を張ったからね」
結界……まぁこれは結界と呼ぶに相応しいものだ。
手入れされたばかりのツヤツヤな尻尾と、これ見よがしに放置されたブラシ。休憩室のテーブルの上にあるがそんなことは俺に関係ない。裏にある自宅内で、風呂上りで湿った髪の毛や猫耳を乾かしていた形跡も、ニーナとユチによる百合百合な耳掃除&触るなと言わんばかりにぴょこぴょこ動く獣耳も、ウェイトレス衣装と引き換えに干されている少女達の私服も、俺のために用意された罠でしかない。
自身の周囲5m程度しか感知することの出来ない初級ケモナーのために用意されたものとしては、普段の口角を上げるだけのものではなく口を開いて八重歯を見せる笑顔、歩いている時に普段の3割増しで尻尾を振る接客、呼ばれた際は必ず猫耳を動かし、胸が強調されるウェイトレス衣装と露出多めのスカートとムレムレの黒ストッキングという何に見惚れてもエロに直結してしまう状況を作り出している。
人目のない厨房や仕切りの奥で「ふぅ、汗かいちゃった~」と胸元をパタパタさせて色香を振りまいているのも、わかる人間にはわかるだろう。
「夏だからだよ。暑いからだよ。薄着だからだよ」
「理由なんてどーでもいいんだよ。大事なのは『魅了されやすい』って事実。従業員が全員獣人の食堂で“気”を高められたらもう終わりだよ」
……いや、始まりだな。俺と彼女達との恋の物語が。
「これって人間で例えるなら下着を見せるようなもんだけど愛の告白と受け取っても?」
「ケモナーにしか効果のない逆結界。察知から逃げられないなら獣人成分を過剰摂取させて混乱させれば良いじゃない作戦だよ」
「よしわかった! ハーレム王に俺はなる!」
「申し訳ないけどわたしとお姉ちゃんは手伝えないんだ。これ以上本業を疎かにするわけにはいかないからさ。戦闘都市とか興味あるんだけどね。龍脈や転送装置はこの前散々調べたからいいや」
「無視しないでください」
「そっちもね」
まるでバトル漫画で小手調べを終えた後のようなニヒルな笑みを浮かべ合った俺とヒカリの戦いは、次なる段階へ移行した。
話を逸らしたり誰かを身代わりにしても自分の罪が軽くなるなんてことはない。あと悪人が正しいことを言ったらダメなんてルールもない。
お互い特大ブーメランになるから口に出さないだけで理解はしているはず。
「てかヒカリさん。貴方の本業は素材調達でしょ?」
「誤解だよ。流れ的に食堂員っぽいだけで一言もそうだとは言ってないよ。どっちをメインにしてるかはさて置き、疎かにしてるわけじゃないし」
置いとかないで欲しいなぁ。
まぁ専念されたらされたで、トンデモナイ素材取ってきたり、生態系を変えそうなほど乱獲したり、暇を持て余して強者に喧嘩を売ったりしそうで怖いんだけど。
「一応聞くけど神獣化の件、時間を置いたら考え変わったりしてない?」
「変わってないよ。相棒は別に要らないし、他人を育てるより自分を鍛えた方がメリットありそうだから答えはNO。そもそもわたしやお姉ちゃんクラスだと並の魔獣じゃ無理だしね。あとライバルならそこら中にいるし。ハンデはあるけど、逆にそれが制限が緩和された次のステージに進むっていうやり甲斐に繋がるから」
二度目の勧誘も失敗、と。
「たノしみッ!!」
猫の手食堂を出た直後。
イヨが両手を上げたりジャンプしたり大声を出したり、パフェで摂取したカロリーを消費するように今の気持ちを全身で表した。
「そ、そんなにか……」
そのテンションは祭りにも引けを取らない。言語すら失いかけているのは流石にちょっと引く。あと自作ないし製作協力しているものが多いのでプレッシャー。
「ええ! いつもは大人しいクラスメイトがめずらしくハイテンションで言ってたのよ! あそこだけが私の居場所だって! 生き甲斐だって!」
「それたぶん意味違う……遊技場が楽しいんじゃなくて他がつまらな過ぎるだけ……」
「そんなことないわよ。その子いつも机に突っ伏してるか木目をながめて遊ぶためのエーキをやしなってるし、じょーきゅーせーにお金を貸すぐらいよゆーあるし、この前なんてその人達に頼んで体操服を隠してもらってじゅぎょーに間に合うかどうかスリル満点の宝探ししてたのよ。探すの手伝ってあげたら教えてくれたわ。間に合わなかったら持ってくるの忘れたことにするつもりだったことも。あれは絶対またじょーきゅーせーに頼んでこっそり楽しむつもりよ」
先生に告げ口、相談に乗らせる、情報収集、説教。
どれを推奨あるいは実行するか迷っていると、何かを思い出したイヨが真っ青になって悲鳴を上げた。
「あーっ! このことは2人だけのヒミツって言われたの忘れてた!」
「大丈夫だ。実は俺もその子から相談されててな」
「そうなの!?」
「ああ」
頷きながらチラッとココに目をやると、尻尾を2回揺らし、最後にクルンと丸めた。
……なるほど。
「その子……アイラちゃんは上級生に鍛えてもらってるんだ。見返したい相手がいるけど、ビックリさせたいから努力してるのを知られたくない。でもなかなか上手くいかないし、事情を知らない人が見たら勘違いされそうで怖いって」
「前にわたしがそれとなく訊いてみた時に『遊んでるだけだから』の一点張りだったのはそのせいだね。イヨちゃんもその場に居たよね」
「あった!」
ココのフォローが光る。
「精神の修行は隠したものを時間内に見つけ出せるか。失敗した場合は自分が精神的につらい目に遭い、成功した場合は上級生がつらい目に遭う。忘れ物したら怒られるからな。何度もやると反省してないと見なされてさらに怒られる。
肉体の修行は如何にさり気なく攻撃出来るか。ただ相手は仮にも上級生。何度やっても上手くいかず、アイラちゃんはお金を渡す時に相手の体内に攻撃することを思いついた。腹痛ぐらいなら簡単だからな。けどこれもなかなか上手くいかない」
「ゆだんしててもダメなの!?」
「ああ。1回手本を見た方が良いんだけど部外者が基礎学校に入り込むのは難しいし、いつ誰が通りがかるかわからない環境じゃないと意味がないから、学校外でやることは出来ない。あー困った困った」
「ふふーん! わたしならやれるわよ!」
「おっ、マジか。お前そんな成長してたのか」
満面の笑みで右手の親指で自分を指すイヨ。
ちょろい。ちょろすぎる。
「でも本人には言うなよ。あくまでもヒントを出すだけな。それとやるなら脅し取られた……じゃなくて貸したお金もこっそり奪ってみろ。俺が許す」
「ダメよ! そんなことしたら借りた分と合わせて2倍になるじゃない!」
小1で掛け算が出来ることに感動するべきか、人を信じすぎて事実に気付いてないことに落胆するべきか、俺にはわからない。
もしかしたらルナマリアも、ダークエルフに求婚されていることに気付かず魔界に連れて行かれそうになったイヨを守るために、そして説明という面倒事を放棄したいがために、つい手が出てしまったのかもしれない。
まぁ俺は説明派だけどね。
「なんだ。お前知らないのか。世の中には利子ってのがあって、借りた方は多めに返さないといけないんだぞ。適応されないのは家族や親友ぐらいだな。友達は違う。現金の代わりにジュース奢ったりするけど見たことないか?」
「ある! たしかにこの前のお礼とか言ってた!」
というか説得派?
事実なんてどーでもいいんだよ。大事なのは相手が納得するかどうかだ。あとでバレても「お前のため」とか言っときゃ大体なんとかなる。
「それだよ。アイラちゃんには俺の方から事情説明しておくからこっそりやってみろ。失敗したら俺に言え。指示した人間としてちゃんと謝っておいてやるから」
「まかせなさい!」
「あ、あとこの方法流行ってるっぽいから、今度から見かけたら俺やルナマリアに相談しろ。お前は学業で忙しいだろうから俺達で真偽の確認してやる」
「わ、わかったわ……」
この様子からして忙しくはないのだろうが、兎にも角にもこうして名も知らぬいじめっ子がまた1人(?)成敗されることとなった。
「おにぃ、やるじゃん」
息まくイヨと、そんなイヨの様子に興奮する変態の少し後ろ。近寄ってきたココが小声で言った。
「お前等は気付いてなかったのか?」
「確信はなかったかなぁ。でもあったとしても何もしなかったよ。こういう時は本人が勇気を持って動かないとダメだからね」
「学校は社会に出るための訓練場。被害者になった時の対処法は、相談の仕方や頼るべき相手の見つけ方は、子供の内に身に付けておいた方が良い」
「意識たけぇな、おい」
と、苦笑しつつ、子供ながらに……いや、子供だからこそ当たり前のことを理解している2人のニャンコにほっこり。
ただ同時に世界の未来は暗いなぁと嘆いてしまう。
(立ち向かう勇気、か……)




