千三百七十二話 適任者
「くっ……神め、厄介な仕組みを作ってくれたものだ」
雑談を交えつつの基礎測定を終え、自分の目と勘だけが頼りの本格的な調査に入ったコーネルだが、結果は失敗。ダークエルフ達の力の減退の原因や足りない属性を見つけることは出来なかった。
何がわからないのかわからず創造主への暴言を吐く始末である。
(甘い甘い。彼ごときが私の生み出したすんばらしいシステムを理解するなんて1000年早いです。特殊五行は世界の仕組みの一部でしかありません。1つ2つ習得したところで無意味。すべてを理解して初めて踏み入ることの出来る領域なのです。そもそも彼は力を借りただけ。砂場で泥団子を作って満足しているような子供が、自らの力で生み出した土を使った地下迷宮をつくれるわけがないのです)
(バラすぞ。性悪神様の嘲弄を)
突然の神託。
久しぶりの再会がこれというのは色々思うところはあるが、嘆き悲しみ怒り性懲りもなく再調査を始めた一同にはしばらく触れない方が良さそうなので、俺は脳内で失笑している神様へと意識を向けることに。
(世界の導き手とオオカミ少年の言葉。どちらを信じるか見ものですね。忘れているようなので言っておきますが、特殊五行の件で彼等の前に降臨した時はちゃんと神様してましたからね)
割とふざけていた気はするが、俺が不利なのは間違いない。捏造したことはないが冗談を言ったことは腐るほどある。勘違いをしたことも山ほどある。
例え神への恨みつらみを垂れ流している者でも信じるとは思えないし、褒めている可能性すらある。未知を与えてくれた神に感謝している気もする。
(てか煽るために来たんですか?)
(まさか。私はそんなに暇じゃありません。他にも用件があります)
(……聴きましょう)
吹き荒れるかもしれないトラブルの嵐に負けないよう、そして若干の期待が裏切られても大丈夫なよう、俺はどっしりと構えて神様の言葉を待った。
(まず1つ目はプロジェクト名。いつまでも戦闘都市・魔獣都市と呼ぶのは正直ダサイです。コスパ悪いです。そこで私はこの両計画を合わせて『プロジェクトM』と命名します。魔獣のM。魔族のM。マップのM。メイクのM。マッチングのM)
他者の作業に名前を付けるなんて暇人以外は絶対やらない。ちゃんと考えられているのも腹立たしい。個人的にはマゾヒストも入れてもらいたい。参加者に数名混じってるし、こんな苦労をしたがるのはマゾ以外の何物でもないから。
まぁこれなら無関係な人間に誤った情報を与えることもないし、色々な理由を含んでいて説明も簡単なので、採用する方向で行こう。
関係者一同もネーミングなんてどーでもいいと思ってそうだから拒否はされないはず。
(2つ目は最近遊びに来てくれないことへの説教。いくつ積みゲーがあると思ってるんですか。ふざけるのもいい加減にしてくださいよ。私は年一で会えば満足するような安い女じゃないんです)
ふざけてるのはどっちだ。
こっちだって忙しかったんだ。見てたならわかるだろ。見てなかったとしたら全知全能の名を返上しろ。自分の都合を押し付ける女は嫌われるぞ。もちろん男も。
(最後はミステリーサークルのある場所での転移装置の取り扱いには注意してくださいという忠告。設置者や使用者が別世界に行っても知りませんよ)
ガチじゃねえか。そこはボケろよ。ツッコませろよ。
(そして、もしかしたら神様との対話が出来なくなってるんじゃないかと心配していたルーク君を安心させてあげるため)
最後って言葉の意味を辞書で調べてこい。
(てか転移装置って気をつけてなんとかなるもんなんですか? 昔チラッと調べたことありますけど微塵も仕組み理解出来ませんでしたよ? たぶん今も使い方以外誰にもわからないんじゃないですか?)
(気をつけないよりは良いじゃないですか~)
まぁそれはそうなんだけどさ。
「コーネル」
「……なんだ?」
神様が去った後。
煽られていたとも知らずに『なるほど。これは神からの挑戦状というわけか。良いだろう。ダークエルフ達が本来の力を取り戻せるよう自然界を調べ尽くしてやろうじゃないか』とポジティブシンキングを始めたコーネルに呼び掛けると、何故か不機嫌な顔と声で応じられた。
「あー。これは別件だけど、お前、もしかして俺のこと嫌い?」
「いつも自分より先にゴールに辿り着き、自慢してきたり素知らぬ顔で導こうとする同僚を好きと言えるのならノーだ」
なるほど。なら嫌いだ。
「ごめんな。天才で。ちゃんと嫌う理由があって、それを本人に直接言えて、それも仕事限定でプライベートでは好きって言ってるようなものなのに、お前みたいな良いヤツを置き去りにしてしまう俺ってばホント罪な男だよな。
でも安心してくれ。今回はちゃんと足並み揃えるから。一緒にゴールしような」
「…………」
コーネルの目に尋常じゃない力というか意志が宿るが、生まれや周りの人間のせいにしないのはやっぱり良いヤツだ。俺の頑張りを理解してくれている。強者頼りで今の地位を手に入れたわけじゃないとわかってくれている。
「はぁ……それで? 天才が僕に何の用だ?」
僕と書いて『足手まとい』と読めた気がするがスルーすることにして、コーネルの溜息と共に空気を入れ替えたつもりで俺は話を進めた。
「お前等の作業を見ててちょっと気になることが……あ、違うぞ。作業に文句を言いたいわけじゃない。暇だったから考え事してたんだけどそっちのことだ。
転移装置なんだけど、あれってどう取り扱うのが正解なんだろうな。龍脈近くに置くだけで良いのか? その作業は誰がやっても良いもんなのか? そもそもどうやって運ぶんだ? 石像ぐらい簡単に動かせるみたいだから気にしてなかったけど扱いも石像と同じで良いのか?」
「……本当に相談なんだろうな?」
「どんだけ信用ないんだよ。大丈夫だって。精霊の生き死に関わる冥の力の一端に触れたお前なら上手くやれるかもしれないし、逆に相性が良すぎて変なことになるかもしれないって仮説を述べてるだけだ」
転移装置は太古の昔から使われているもの。使用に力の有無が関係ないことは証明されている。
が、頻度や性能は右肩下がりで、国に残っている記録では前回設置(移転)したのは200年前。作業をおこなったのはほぼ間違いなく特別な力を持たない者達だ。
神様がこのタイミングで注意したり話題に出したことと言い、性質が関係する可能性は十分ある。
「特にヤバいのはイブとパスカルだ。イブは現世でも精霊界でもない場所で新たな魂の生成だか移植だかをする力とそれを現世に生み出す力だし、パスカルは心の行方を決める力と相性が良かった。絶対変な世界に飛ばされるだろ。肉体と精神が分離したことのある俺や、フィーネ達も手を出さない方が良いだろうな」
安全策を取るなら特殊五行にかかわった者は全員別の作業を担当した方が良い。
「もしかしたらフィーネさん達が最初から何もしなかったのはその辺りが原因かもしれないな。強者はお前以上に導くことに真剣だ」
「いやいや。俺は実力もないし偶然切っ掛けを与えてるだけだって。ごく稀に保護者ポジになれることがあるぐらいで。それも一緒に頑張ろうってなもんだし」
まぁいつの間にかフィーネ達に近い立場になっていたことは否定しないが。
「しかしどうする? 事故になる可能性もあるが適任者でなければ成功しない可能性もあるぞ?」
「シュレディンガーの猫だよなぁ」
やってみるまで合否は不明。
設置作業に入る前に現地と転移装置を調べるのは当然として、最後の工程は無難に他者に任せるか、多少の危険を承知で俺達でやるか、いっそ振り切って女性陣に任せるか……。
「フィーネ達が手を貸さなかったのもフラグのような気もするし、最近やたら多い放任主義なだけの気もするし……う~ん、わからん! 一旦保留で! 他にも作業はたくさんある! その進行度次第! 不自然に早く終わったところがあれば任せていいと思う!」
「結局強者頼りか……」
「というより『なるようになるさ』かな。強者や世界が導いてくれるならそれでも良いし、関与されなくても手が空いたヤツに次の作業に入ってもらうのは当然のことだし、とにかくやってみようって精神で行くしかないっしょ」
「ふっ。そうだな。僕は僕に出来ることをしよう。
3人とももうしばらく付き合え。現地調査だ。補うべき属性がヨシュア周辺にないか調べてみる」
俺に慰められるまでもなく運命という名の理不尽を受け入れたコーネルは、今自分のするべきことをやろうと席から立ち上がった。
「さて……それじゃあ俺はこの辺で御暇させていただきましょうかね」
「メンバーに交渉しに行くのか?」
玄関までの道すがら。団体行動終了のお知らせをすると、コーネルが暇なら手伝えとでも言わんばかりの様子で尋ねてきた。
俺はすぐさま首を横に振る。
「いいや。それは明日から。この後は町を見て回って防壁や神獣化の影響を調べる。そのついでに子供達とアミューズメント施設巡りをする。実は前から連れて行けって言われててな。機械や魔道具の解説役とかマジめんどいわ」
「メインは後者で、楽しみで堪らないという認識で良いんだな?」
その通りだよ。言わせんな恥ずかしい。




