百三話 弱点2
前回、ユキの弱点を探し続けた少女達の努力は無駄に終わった。
しかし、どうしても諦めきれないアリシアは後日、再調査を開始。
メンバーは前回からグッと減ってアリシアとヒカリの2人だけである。
「今回は集まり悪いわね~」
「みんな働いてるから仕方ないよ」
学校が休みになる世間一般の休日は、接客業をしているロア商会からすれば稼ぎ時なので、招集したにも関わらず全員忙しくて不参加だった。
付き合ってくれたのは入学前で暇なヒカリ、ただ1人。
一応ルークも暇そうなので誘ってみたが、「ユキの弱点探し? 時間の無駄だろ」と初っ端から全否定して部屋に引きこもった。
「まったく、もう! 皆もっと頑張らないとダメじゃない!」
「・・・・頑張ってるから不参加なんだよ? 勤労してるから」
ヒカリの冷静なツッコミが冴えわたる。
間違いない。
今回はユキの日常を尾行することで、本人すら気付いていない弱点を探す作戦だ。
と言うわけで間違いなくバレているだろうが、コッソリとユキの後をついて行く2人。
そんな彼女は人々に挨拶しながら買い物するでもなく、目的があるわけでもなく、ヨシュアの街を歩いている。
「なんか街の中をウロウロしてるだけね」
「あっ、あの人は知り合いかな? 果物もらってる。・・・・あっ、また」
前々から冗談めかしてアイドルを自称していたが、実は本当に街の人気者なのか、ユキは行く先々で感謝されたり売り物をもらったりしている。
そんな彼らにアリシアが事情を尋ねると、
「旦那を魔獣から助けてもらった」
「暑くて倒れそうになってたら氷をプレゼントしてくれた」
「なんか高級なお肉もらった」
などなど日頃のお返しだと言う。
ユキが居るとこでヨシュアの治安が守られているようだ。
「・・・・なんか私の知ってるユキじゃない」
「ウチじゃ変な行動ばっかりだよね?」
ユキは誰かの役に立とうと頑張れば頑張るほど空回りするタイプらしい。
ちょっとした手助けぐらいが丁度いいのかもしれない。
もちろん弱点探しには無意味な情報だ。
続いて2人は石鹸・冷蔵庫工場へとやってきた。
ユキの数少ない仕事の中に『工場の魔道具管理』と言うものがあり、製造機器の点検のため、日に何度か立ち寄るらしい。
「「お邪魔しま~す」」
そんなユキやフィーネと共に何度も遊びに来ている2人は工場内の全員と知り合いなので、入り口に居る受付に挨拶して顔パスで入っていく。
まずは屋敷内にある石鹸部門を訪れる。
「あれ? アリシアさんとヒカリちゃん、どうしたの?」
そこでは前回メンバーのリンが石鹸を作っていた。
最近『とろみ』を研究しているらしく、全身ネトネトで素肌が透けるマニア垂涎の姿である。もちろんこの場に男性従業員は居ない。
そんなエロティカルな少女の恰好を気にすることなく工場へやってきた目的を告げるアリシア。
前回の続きなので詳しい説明など必要なく、リンはすぐに『懲りないなぁ』と呆れつつ納得していた。
「と、言うわけでユキの尾行をしてるんだけど見なかった?」
「さぁ? 今日は会ってないよ」
どうやら同じ工場内にある冷蔵庫部門の方に居るらしい。
お仕事頑張って、と激励してそちらへ向かう2人。
道すがらアリシアが前に夜遅くまで考えたと言う秘策を話し出した。
「ねぇ知ってる? 石鹸って滑りやすいじゃない? だからトラップに使えるのよ」
「・・・・ユキちゃんが滑ったとして、近づいたらアリシアちゃんも滑るよ?」
石鹸の製造過程を見学したため、忘れかけていた『スリップ作戦』を思い出したらしい。
何故かアリシアの頭の中では自分はトラップに掛からないと言う前提のようだ。
もちろんそんな訳はないので、この作戦は試す前から失敗している。
ところ変わって氷の館、冷蔵庫工場。
ここでは試運転もしているので室内は全体的に涼しかった。
「なるほど、ユキはこの冷気を求めてやってきたわけね!」
「違うと思うよ。すいませ~ん、ユキちゃん見ませんでした?」
ユキがここに来た理由を『仕事』ではなく『娯楽』だと断定したアリシアを冷たく否定して、ヒカリが近くに居たオッサンに声を掛ける。
もちろんオッサンにとっても見知った顔の2人なので、子供が工場に居ることを疑問にすら思わない。
「ん? あぁ、確か完成品を眺めてたぞ。あっちだ」
そう言ってオッサンが指差す方へ行くと、目的の人物は直ぐに見つかった。
ユキは冷蔵庫の中で丸まっていた。
「・・・・アレ、前にフィーネから禁止されてたわよね?」
「それでもどうしてもしたいって言うから、ユキちゃんの部屋に特大の冷蔵庫を作ったんだよね?」
どうやらユキの習性のようなものらしい。猫がコタツで丸くなるのと同じなのだろう。
その様子を見たアリシアが再び秘策を思いついたらしく、自信満々でヒカリに提案する。
「あっ! ならマヨネーズ入りの冷蔵庫なら絶対入ってああやって丸くなるんじゃない!?」
「・・・・入るだろうけど、その後どうするの?」
そもそも攻撃が効かないので自滅させるしかダメージを与える手段がないのだ。
「じゃ、じゃあ途中で冷やすのを止める! そしたら魔術で冷却し出すから・・・・からぁ・・・・・・」
本人に魔術を使わせるまでは良かったのだろうが、その後が続かないアリシア。
結局ユキが満足して工場から出ていくまでの30分間、悩み続けた。
もちろん何も出てこなかった。
次にやって来たのは猫の手食堂。
昼時を過ぎたにも関わらず行列が出来ていた。
「相変わらず繁盛してるわねぇ」
「お母さん達、元気かな~」
肝心のユキはそんな行列を成す人々が飽きない様に水芸のパフォーマンスで楽しませている。
一流の魔術師でも難しい流体操作で人々に興奮と感動を与えていた。
ユキが何かする度に必ず歓声が巻き起こる。
もちろん喉が渇いたと言う人には冷水を無料配布する。
「何気なくああいう事してるから街でも感謝されるんだね」
「・・・・実はユキって私達の中で1番役立ってるんじゃないの?」
もしかしたら会長でドラゴンスレイヤーのフィーネより知名度があるかもしれない。
「あ、お店に入っていくよ」
数十分に及ぶパフォーマンスの後、鳴りやまない拍手を受けつつ店内に入っていくユキ。
未だに行列は出来ているが、関係者だと知れ渡っているのか誰も止めることは無い。
「私達も行くわよ!」
そんなユキとは違い、顔の知られていない2人は、流石に子供だけで店内に入ると注意されそうなので従業員用の裏口から入る。
そこには当然、忙しく厨房を駆けまわるリリ達が居た。
「ニャ? ヒカリ、どうしたのニャ?」
一瞬2人を見て、再び料理に取り掛かったリリ達にヒカリが理由を説明する。
「ユキちゃん来なかった?」
「ユキ様なら、ウェイトレスとして接客してますよ」
そう答えたのは唯一犬人族で語尾に『にゃ』付けを強要されていないフェム。
ルークから指示されている猫人族とは違い、
「犬なら『ワン』か? いや、『ッス』も有りだな。
くっ・・・・! どっちにすれば良いんだ!!」
と散々悩んだ結果決められず普通の喋り方で認められているのだ。
「ちなみに今、ウェイトレスに喧嘩を売ったらユキと戦えるの?」
この食堂には飲食無料を賭けて客が試合を申し込めるシステムがある。
「それはしないらしいです。あくまで食堂従業員とお客様とのバトルですので」
弱点を見つけるまでユキ達と戦わないと宣言したアリシアだが、ちょっと挑戦したそうだった。
余談だが、たまに『アリシア VS 従業員』でバトルすることがあり、結果はアリシアの全戦全敗である。
ニーナ1人でも互角なのに、武装、援護ありでは手も足も出ないようだ。
その度に「課題は縦横無尽に飛び交う包丁の回避ね」とボソボソ独り言を言っていた。
話を戻して、厨房からコッソリと店内を見ると、フェムに言われた通りユキはウェイトレス衣装で配膳をしている。
「いらっしゃいませ~。精霊食堂へようこそ~。え? 猫の手食堂? 私が居る間は精霊食堂になるんです~」
勝手に名前を変えている。
「お待たせしました~。お好み焼き定食です~。え? 頼んだのはから揚げ定食? マヨネーズがタップリ掛かってるこっちの方が美味しいですよ~」
注文間違いでリリから説教されている。
「ありがとうございます~。お会計は銀貨2枚です~。え? 銀貨3枚? じゃあ割引でいいですよ~」
会計間違いでユチからも説教されている。
「ねぇ、ユキ邪魔になってない?」
その光景を見たアリシアが素朴な疑問を投げかけた。
「ほ、ほら! 美味しい水の補充は完璧だよ!」
善意の行動なので普段は毒舌気味のヒカリもフォローに回る。
たしかにコップに水を入れると言う作業だけは誰よりも早く、そして丁寧だった。
それとマヨネーズの素晴らしさを語る布教活動も欠かしていない。
「あの作業だってニーナに任せればいいじゃない。料理させた方が良いんじゃないの?」
厨房を振り返り、料理人達に提案するアリシア。
「・・・・食を冒涜する行為は料理人として勘弁ならなかったニャ」
「わたくし達も以前そう思って厨房に入れたんです。そしたら・・・・」
散々な結果になったらしい。
少なくとも客にマヨネーズを過剰摂取させたのは間違いないだろう。
ならドジっ子ウェイトレスとして注文間違いなどをしてもらう方がまだマシだと言う。
「それってつまり『邪魔』って事よね?」
「なんで知り合いになればなるほどユキちゃんの性能は劣化するんだろうね?」
少なくとも今日1日、ユキの行動を見てきた2人には有能に見えた。
全く同じことをロア商店でも繰り広げ、弱点探しどころではなくなったがそれはまたの機会に。
「もしかしてルークとペアで戦わせれば勝てるんじゃない? 弱点じゃないけど、弱体化の原因にはなりそうよね?」
「あっ! それはありそう! ルークが絡んだ時のユキちゃんはビックリするぐらい無能になるから」
案外いい線行きそうな作戦である。
そしてヒカリは順調に毒舌メイドへの道を歩んでいた。