千三百六十八話 ダークエルフ6
「いや~。やっぱりマヨカステラは最高ですね~」
「ちょっ、アンタそれ、手土産に買ったやつじゃない。勝手に開けてんじゃないわよ。しかも魔改造までして。せめて上からかけなさいよ」
現在進めている人と魔獣の共存を目的とした都市づくりの他に、力こそすべての戦闘狂の楽園も必要になりそうなので、事情の説明がてら俺なりに考えた策を語っていると、ダークエルフの王子を呼びに行っていたユキ達が戻ってきた。
誰に向けたものなのか、そもそも向けているのかすらわからない感想を入室時の挨拶としてリビングのドアを開けたユキの手に握られていたのは、真っ黄色のカステラ。
ルナマリアの発言から察するに、才能の無駄遣いによって異物混入された品だ。
レモンやドレッシングを取り皿ではなく大皿に直接かけるようなものだ。同じ卵製品なので美味しくなっている可能性はあるが断りもなくやることではない。たぶん金も出してないし。
「し、失礼します……」
見覚えのあるパッケージだったこともあり、俺はその行為を悪と決めつけることなく、最後に入ってきたやたらオドオドしているダークエルフに注目した。
見た目は16、7歳。エルフ族の中ではガタイの良い方ではあるが俺やレオ兄とそう変わらない体形で、肩口で切り揃えられたおぼっちゃんヘアーの青年だ。
これがユキの仕掛けた罠でなければ噂の変態王子である。
前評判と違ってえらく腰が低い。
「まぁまぁ~。ルークさんのものは私のもの。私のものも私のもの。時々感謝の印で力を貸す。つまりこれは投資です~」
過ぎてしまったことをとやかく言う気はないらしく、ルナマリアはユキからの返答に一切興味を示さず、ドア近くの一人掛けソファーに座った。下手かどうかより一人掛けという部分が大事らしい。まぁ空いているのが俺の両脇か、フィーネとレオ兄の間というのもあるだろうが。
そんなおざなりな対応に気を悪くした様子もなく俺の下へ歩み寄ってきたユキは、そのままテーブル近くの空いていた(?)床に両足を投げ出す。
「分ける気ないんかい」
堪らずツッコむ。
「あ、あ……えっと……」
仲間だと思っていた者達に次々に裏切られ、良い感じの空きスペースを見つけられなかった王子は、ただただ狼狽えた。
グラウンドや体育館といった広いスペースなら棒立ちでも目立たないが、豪邸とは言えリビング……しかも全員から注目されている初来客が空気になることは不可能に近い。
座る場所がないわけではないが、中心部であるテーブルから離れすぎるとそれはそれで気を遣うし遣われる。かと言って何やら作業中のテーブルには近寄りがたい。
例え知り合いでも邪魔になることを承知で間に割って入ったり、その様子を眺めている俺達の視界に入ることは躊躇われるだろうし、ユキ達によってスペースはさらに埋められ、作業のためにソファーとテーブルの位置をズラしているので床に座ろうにも妙齢の女性の足元になる。
残された選択肢は、画面を移動させて三人掛けのソファーを1人で占有するか、メインで話している俺の隣に座るか、フィーネとレオ兄の間に挟まるか、席を譲ってもらうか、女性の足元に座るか、部屋の隅か。
「ぁ……ぅ……」
盛り上がりを台無しにしただけでも肝が冷えるだろうに(黒海の主について尋ねた時のガウェインさんの声は廊下にまで響いたはず)、相席をお願いするタイミングも俺のツッコミによって完全に見失ったこの状況は、彼をさらに動揺させた。
もはやそのか細い声は聞き取ることすら難しい。
レオ兄が席替えを提案するまでの数秒の間は、彼の人生において最も長く苦しい時間だっただろう。
「トレント……トレント=オーベロンです」
マヨネーズ分離作業を中断させ、画面をテーブル(というか部屋)の角に移動してもらうことで三人掛けでも不自然ではない状況を作り出そうとしたレオ兄だが、幸か不幸かラストチャレンジも失敗し、中断ではなく終了という形でダークエルフ専用ソファーが誕生した。
何故か失敗した2人ではなく、事情も知らないはずの王子がますます泣きそうな顔になったが、それはさて置き――。
王子は大きく深呼吸して若干改善された声量で名乗った。
「私とルナマリアさんは何もしてませんよ~」
問いただされる前に言い訳をして視線をフィーネに向けるユキ。
エルフ4人衆以外の全員も自然と注目する。
「400年ほど前に道場破りのようなことをしていた時期がありまして。もちろん意図におこなったものではありませんよ。各地に住まうエルフに挨拶をしに行った際に『な~にが世界樹の子だ。生まれだけで認めてもらえると思うなよ』と難癖をつけられ、仕方なく応戦したのです」
「何度も訊いて悪いけど強いヤツって暇なの? バカしかいないの? なんで一目で実力差がわかるようになるまで努力しないの?」
「逆だと思うよ。フィーネの隠し方が上手いから気付けないんだよ」
「実力の差を明らかにして戦闘を回避しなかった理由ってなんだよ?」
「そ、それは……わからないけど……」
レオ兄から正論のようで謎を謎のままにするフォローが入ったので、指摘してもごもごさせていると、
「ミナマリアさんをはじめとした里の方々から『エルフ族の沽券にかかわるから』と戦闘を推奨されまして……」
「あ~。なら仕方ないな。モンペのせいで教師と生徒の立場が逆転したとか、弱みを握られた権力者がロクでもないことをするようになったとか、実力を示せなかったばかりに破滅したとか、上下関係のトラブルはよく耳にするし」
「それ全部同じだよね?」
「気にするな。重要なのはそこじゃない」
とにかく、ハイエルフと並ぶ存在の強さと高貴さは知らしめておいた方が良いってことで、各地で無双したと。二度と舐められないように恐怖を植え付けたと。
ダークエルフの寿命は500年。
幼少期に最強だと思っていた両親が屈服させられる光景を見たか、鬼か雷様のようにヤバさを語られたか。どちらにしても一族の恥ではあるので詳細を知るのは王族のみだろうし、そんな相手を前にした変態王子が他のダークエルフ達とは比べ物にならないほど委縮するのは当然と言えた。
道理でフィーネの方を見ないと思ったわ。自分のせいで画面の移動っていう無駄な労力を使わせたことにも戦々恐々してたんだろうな。
「まぁ起こした時から怯えてたんですけどね~」
「ルナマリアのせいでもあるじゃん。攻撃されるにしても王女と一波乱あった時ぐらいだと思ってたらトンデモ火力でビビったんだって。実力と性格を見誤ったんだって。なんで俺の周りの女ってこうも凶暴なの?」
「男が情けないだけでしょ。実力があるのに何もしなかったり、実力がないのに驕り高ぶったり、ヘタレとバカしか居ないじゃない」
「ルナマリアの言う通りですね」
どっちもどっちなのだが、ここでそれを口に出せない俺はやはりヘタレなのだろう。この場に居る男性陣もみんなして『止めておけ』という顔をしていた。
所詮男は女に勝てないのだ。
腕力で勝っているからいざとなれば力づくでどうとでもなると思い込むことで平静を保っているが、社会的に殺されるので行使出来ず、正々堂々口論しても泣かれて終わりという事実から目を逸らしている。
人間と魔族の関係と一緒じゃないか。
この世界では魔力で補えるから腕力すら勝ることが出来なくて一方的に虐げられるし。誰か勝ち方教えてくれよ。一時的じゃなくて未来まで続くやつをさ。
「……なぁ、もしかしてだけど、魔人もそうやって生まれたんじゃねえの? 人間と魔獣。どっち切っ掛けかは知らないけど『女を見返してやる!』って考え方に賛同して力を得たんじゃねえの? 戦場は魔界周辺って言ってたけど、闇に惹かれた以外の理由として、女から逃げた先がそこだったとか逆に女と戦うために来たとか、ない?」
「さ、流石に違うんじゃないかなぁ」
「そうか? だって方向性は違うけどダークエルフ達も力の衰えで悩んでるじゃん。王族は結婚相手とか継承権とか血でごたつくし、魔獣は強い遺伝子を欲するし、普通の恋愛だって顔とか家柄とか実力とか『他者より優位に立ちたい』って気持ちで選ぶじゃん。
それって逆に考えれば劣等感を回避するのが目的ってことだろ? 根本にあるのは男女の力関係と同じじゃん。むしろ他人の考えとか他種族と仲良くする方法なんていくら考えてもわからないものより、重要で有意義なものじゃん。男も女も、異性・同性問わず、モテたいし尊敬されたいし羨ましがられたいって思うじゃん。それを幸せと感じるじゃん」
理由はわからないが冷や汗を垂らすレオ兄に畳み掛ける。
口には出さないが、親子二代にわたって偉いエルフ娘の手で酷い目に遭わされた王子がサディスト気質なのも、貧乳が好きなのも、その辺が原因だったりして。
虐められることが快感だけど認めたくないとか、復讐心から強気の女を虐げるのが好きになったとか、巨乳だとフィーネに辿り着きそうだからツルペタスキーになったとか。
だとしたら相当切ないけどな! 涙ちょちょぎれるけどな!
『例えそれが事実だったとしてもどうしようもないのでは?』
「で、ですよね!? これも人間と魔族の関係と同じで、現実逃避だろうといびつだろうと平和が保てているならそれで良いですよねぇ!?」
「まぁそれはそうなんだけどさ……」
偶然とか性癖って言われたらそれまでだし。
てかレオ兄なんかあった? 女性恐怖症になりかけてね? 母は強しってそういうこと?




