千三百六十七話 ダークエルフ5
「あ、神獣化計画の件で話があるんですけど、今、時間良いですか? ガウェインさんだけで構わないので」
夕食後。
農場で気絶している王子を呼びに行ったユキとルナマリアを除く関係者および父さん、レオ兄と共にリビングに移動した俺は、ユキ特製のマヨネーズの分離に苦戦するダークエルフ達を眺めつつ、セイルーン王国のトップに連絡を入れた。
『何かトラブルでもあったのかね?』
混雑だか地場の影響だかで未だに王都近辺へのケータイでの通話は出来ない。
ただ、風精霊を特定の相手に飛ばすという恐ろしく高度な精霊術なら可能とのことなのでフィーネにお願いしたところ、通知も拒否権もないプライバシーガン無視の連絡となってしまったが、謎の力による突然の映像通話、一方的な指示、「はあああああっ!!」「な、なにぃっ!? ここで氷属性だと!? ならば……くっ、ダメか」など明らかに何かしている環境音、自分の事情などなど、ガウェインさんは一切合切をスルーして話を進めた。
「魔界で暮らすエルフ達の口から気になる情報が出たので、確認と相談がしたくて連絡しました。騒がしいのは気にしないでください。ダークエルフ……ルナマリア達とごっちゃになるのでそう呼んでるんですけど、彼等の腕試しをしてるだけなので。もちろん後で殴り倒した王子も参加させます」
『で、出来れば今後は事後報告で頼むよ……』
まぁ国王は多忙だろうしな。余計な報告はノーセンキューだわな。
一瞬で飽きたユキが単身迎えに行こうとしたのだが、流石に無謀なので、同族にして農場関係者にして加害者であるルナマリアも同行させた。
国の方針に興味がないこともあって、魔人についての情報をすべて引き出した彼女はすんなりと提案を受け入れた。変態王子と1対1にならなければ誰でも良いらしい。
ちなみに個人的には逆パターンもあると思っている。
ユキがストッパーになるのだ。
強気でも貧乳でも格下でもないフィーネはおそらく変態王子の対象外だが、もし世界樹の子と気付かずに失礼なことをしたら、今度こそ命がない。俺以外の連中からのエロに厳しいフィーネや、フィーネのことを自分以上に大切に思っているルナマリアがガチギレする。
つまり今のこの形が最適解。
「で、さっそく本題なんですけど、魔人って知ってます? 魔に人って書いて魔人。1000年前にあった世界大戦を激化させた元凶で、そいつ等は人間に知恵を与えられた魔獣の中から生まれたらしいんですよ」
『想像の遥か上をいく事態だったんだが!?』
「あ~。ってことは知らない感じですか」
『た、たしかに魔神の方しか知らないが、そんな軽く流して良いことなのかね?』
「たぶん」
『いや、たぶんでは困るのだが……』
「じゃあセイルーン王国滅びますけど」
『なにその究極の二択……』
人払いを済ませたのだろう。
国王らしからぬリアクションを取るガウェインさんにホッコリしながらも、このままでは埒が明かないので、俺は夕食時の出来事をダイジェストで語ることに。
『戦闘欲求を満たすための場所はいくつか用意するつもりだったが、平穏を必要としない魔獣にとっては群れも縄張りも枷でしかない、か……』
ダークエルフ達が、3杯目のマヨネーズモドキ(失敗してもいいようにスプーンでちょびちょびすくって分離している)を、苦痛に満ちた表情で飲み干す中。
話を聞き終えたガウェインさんは眉をしかめながら呟いた。
「俺もそれで十分だと思ってたんですけどね。どうも元野生児の中には、自然界にあるルール無用の理不尽さを求めてるヤツもいるみたいで」
ルールのある闘技場では殺し合えず、標的が魔獣のみのダンジョンでは同族や同格の夢や希望を奪った時の優越感は得られない。
他者からの賞賛ではなくギリギリの戦いや一方的な蹂躙を求める彼等にとって、何かにつけては倫理観を訴える社会は息苦しい場所であり、属するぐらいなら無謀だろうと抗って最後に生を実感しようとするはず。
欲求が満たされない息苦しさはわかるが、だからと言って命の奪い合いを許すことは難しい。
「で、考えたんですけど、そういう連中のための場所を作るのはどうでしょう? 魔道都市ならぬ戦闘都市をつくって私闘と死闘を認めるんです」
『ちょ、ちょっと待ってくれ。それでは人間社会で生きる神獣に人権を与えるというこの計画が破綻してしまう。神獣とどういった違いがあるかは知らないが魔人にも人権を与える必要があるだろう。驕り高ぶったセイルーンの民が犠牲になったり、無関係な一般人が戦いに巻き込まれる可能性もある』
「大丈夫だと思います。あくまでも建前なので」
『建前……?』
「ルールを設けるんですよ。殺し合いが認められるのは強者同士のみっていう。
冒険者ランクがA以上じゃないと受けられない依頼ってあるじゃないですか。あんな感じで殺し合いは一定以上の実力者同士でないと許可が出なくて、ランクを上げるためには闘技場で戦ったり冒険者として活躍しないとダメで、やる前には本人達の同意が必要になる」
『な、なるほど……現在世界各地でおこなわれている武道大会と同じ状況になるわけだな。客を入れれば経済がまわり、ギルドの依頼は次々に達成され、向上心が社会貢献になると』
「そして一番の肝はほぼヤラセってことです。一定ラインに到達した連中の最終試験を担当するのは魔人より強い魔族。Aランクに上がるの試験でSSランクが立ちはだかるんです。合格者はほぼ出ないでしょう」
いくらでも戦えるが殺し合いがしたければ強くならなければならず、敗者は己の未熟さを認めるしかなく、一応強敵と戦えるので満足する。
試験官を超えるためにダンジョン攻略や私闘を繰り返す日々の幕開けだ。
「ランクによって待遇を変えたらなお良しですね。というか自然とそうなると思います。弱者は居座ってもバカにされるか踏み台にされるだけですし。憂さ晴らしに暴れるようなヤツは雑魚ですし、都市の連中に討伐を依頼しても良いでしょう」
『たしかに実現出来るなら夢のような環境かもしれない。しかしそんな強大な力を持つ魔族が協力してもらえるのかね? そもそも都市の候補地はどこだね? 魔界であろうと人間界であろうと黒海がある以上、そう簡単に行き来することは出来ない。君達にとっては違うのかもしれないが、人類にとって黒海は死の海と呼ばれるほど恐ろしい場所だ。移動以外にも他種族との交流や住み心地など精神的な問題も山積みだと思うが……』
「それを説明する前に魔人と神獣の違いについて話しておきますね。結構大事なことなので」
俺はガウェインさんが頷くのを確認して話を続けた。
「元々、自力で進化した魔獣を『神獣』、他者に協力してもらって進化した魔獣を『魔人』、親の力を受け継いだ連中を『魔族』と呼んでたんですけど、いつの頃からか魔人は人間界の、神獣は魔界での呼び方になったらしいんです。
ただ、さっきも説明したように魔神や言い間違えでごちゃごちゃして、獣型と人型で分けた方がわかりやすいって派閥が現れて、だったら自分達も魔人だって言い出す魔族まで現れて、逆に魔族で統一したら良いのではって連中も現れて、すったもんだあった挙句魔神や魔人という言葉が廃れて魔族と神獣だけが残りました」
『一番気になる部分を省いたね……』
「そこはフィーネ達も知らないらしくて。実は自由自在に情報を引き出せるわけじゃないらしいんです。閃きと同じで、ふとした瞬間に出てくるらしくて、ユキが魔人について知ったのは、口を開けて空から落ちてくる雪を食べながらダルマの黄金比率について考えていた時って言ってました」
『驚くほど無関係だね……』
「ちなみに俺は『魔人が勝手に名乗り出して、汚名を残したくない人類が賛同した』って説を推しますね。獣人って言葉は残ってるのに魔人だけ廃れるのは変ですから。魔族は多種多様なので混ざってもバレないでしょうし。見た目や実力があまりに違うのは、争いに負けたり、平和主義者だったり、人間社会から排除された人や獣人やハーフが集まったからだと思います」
「その理屈でいくと彼等も魔族になるんじゃ……?」
もう後がない5杯目のマヨチャレンジ中の2人に視線を向けたのは、レオ兄。
初出し情報だったので気になったようだ。
「いいや。彼等はエルフだよ。だって日焼けしたエルフと言えば通じるじゃん。魔に染まればもっと色黒になると思う。闇を拒絶することに力を割いてるのか、中途半端に混ざって打ち消しあってるのかは知らないけど、どっちつかずの状態だから弱いんじゃね?」
ダークエルフ達の力はたしかに大きい。
しかし魔力操作はウチの研究者レベルだ。全力全快で挑むのではなく当たり障りのない操作をしている。壊さないように、不純物を混ぜないように、慎重になったせいで熱した鉄を打てない。そんな感じだ。
「あ、言っておくけど、俺も出来ないからな。なんとなくそう思っただけ。指示厨の戯言みたいなもんだから気にすんな」
と、呆れたような顔をする一同に何か言われる前に弁解してみたものの、誰も信用してくれなかった。
「まぁとにかく魔人が闇の力に馴染むまではしばらく掛かるはずです。それまでなら一般の魔族で十分対応出来ますし、結構暇してるみたいなのでたまになら強い連中も手伝ってくれると思います。
しかも都市の候補地は魔界と人間界の中間。黒海に面した港です。魔族の力はさらに上がることでしょう。
魔界への移動は世界各地で持て余している転送装置を使えば楽勝です。魔獣都市でも使えると思います。あの辺りは自然エネルギー凄かったですからね。集団転移も月一なら余裕でしょう」
『魔族が警備を面倒臭がったり魔人が寄り付かない可能性は?』
「ないですね。魔の者は闇に惹かれます。強くあろうとする者であればなおのこと。実際、過去に起きた魔人達の争いの多くは魔界近辺です。その土地で過ごせば過ごすほど体に馴染むと自覚しているかどうかは知りませんけど、たぶん今回もそうなります。力さえあればやりたい放題出来るので不満も出ないでしょうし、魔族は基本的に温厚ですし、もし暴れ出すようなら黒海の主が黙ってません」
『主とはッ!?』




