千三百六十五話 ダークエルフ3
今から1000年以上昔。
いつから始まったのか、何が原因なのか、何を目的として続けているのか、誰にもわからない全世界全生物を巻き込んだ戦争があった。
血で血を洗うその争いによって幾多の命が失われ、数多の技術が生まれ、多くの自然が消え、そして再生し、各種族・各国が繁栄と衰退を繰り返していた。
最も力を持っていたのは、魔獣。
数や実力もさることながら、その大半が争いによって消費された魔力と精霊から生み出されるため、実質無尽蔵の勢力となっていたからである。
さらに、ダンジョンも同じ理屈で生まれることを知らなかった人類は、ダンジョンを破壊すれば魔獣は生まれなくなると思い込み、意気揚々と乗り込んで修行がてら魔石や素材を持ち帰り、入手した品々を繁栄の糧としていた。
エネルギーが循環しているのではないかという仮説を唱えた者も居たが、確証はなく、ダンジョンから得られる品々は生活においても戦闘においても必要なもので、放置すれば自分達の命が脅かされるため、新たなダンジョンや強敵の誕生に尽力するこの負……もとい正の連鎖が終わることはなかった。
しかし人類も馬鹿ではない。
魔獣の唯一にして最大の欠点『知能の低さ』を改善することで彼等と協力関係、ともすれば主従関係を作れると踏んだ人類は、戦乱の世に終止符を打つべく動き出した。
「馬鹿なの? 死ぬの? ただでさえ世界中が心身共に余裕ないのに、劣勢な相手から『知識を与えるから力を貸してくれ』なんて言われて誰が約束守るんだよ。力づくで奪うに決まってんだろ。百歩譲って生活が安定するまでの協力関係だわ」
結果論で言っているのではない。
ただ多角的な視点からその後のことを考えただけだ。
「まぁまぁ。歴史なんて勝者の好きなように改変出来るんです。話半分に聞いた方が良いですよ~」
「真実は違うってのか?」
「いいえ~。合ってますよ。それほど人類が追い詰められていたというのもありますけど、もし敵対されてもその矛先は自分達ではなく他の魔獣や魔人、魔族、強者に向くと考えたんです~。そして実際そうなりました~」
「数ヶ月におよぶ争いの末、8人の強き魔人『八星将』と、森や海など自然環境に特化した5人の魔人『五大老』と、いち早く勢力を整えた最初の3人『御三家』と、人類ではなく魔獣と魔族に寄り添った2人『二聖』が誕生した。
八星将と五大老の1人がぶつかり4つに断ち切られて各地に封印された五大老の一柱が御三家に従うこととなり、二聖の配下の十二神将と御三家の1人が治めるイレブン帝国のフィフテン軍が全面戦争し、三銃士に吸収され、世界は混沌を極めた」
「今まさに混沌を極めてんだよ。ちょっと落ち着け」
続きをどうぞ、とユキに促されたキタンは、話の風呂敷をとんでもない勢いで広げていった。
堪らずツッコむ。
「あ~ん? 教えてくれって言うから説明してやってんだろうが」
「『魔人がヤバかった』の一言で済む話だろ。それとも何か? 今出た二つ名は覚えとかないと困るもんなのか? この後の話に出てくんのか?」
「チッ……」
例え見下している相手からの指摘でも正論パンチには激昂しないタイプらしく、不貞腐れながらもキタンは大人しく引き下がった。
喋りたがりというより知識をひけらかすのが好きなのだろう。
「それよりそれのどこが今の状況と似てんだよ。全然違うだろ。争う理由ないだろ」
人類はおろか世界中に存在するすべての生物の心身に余裕がない当時と、生活が安定し各種族の棲み分けが上手くいっている(?)現状では、比べようがない。
「その思考に至ることが高慢だと言っているんだ」
この主張も納得してもらえると思っていたら、今度はウィルスが苦言を呈してきた。
「何故現在の方が問題ないと思える? 命懸けで心身を鍛えていた当時と平和ボケした現在では、魔獣の方が上と思うのが普通ではないか」
「戦力はそうかもな。ただ絶滅覚悟で世界の覇者になりたいヤツなんて少ないだろ。他者より優れた存在でありたいって承認欲求や闘争本能はあるだろうけど、それ以上に平穏を願うヤツが多いはずだ。命あっての物種だぞ」
「その平穏を手に入れるために生物は争うのではないか」
「それは自分達のことしか考えなくて譲歩出来なかった昔の連中がバカなだけ。土地も資源も食糧も一緒に育てて増やして使っていけば良いんだ。仕事ではライン作ったり適材適所の割り振りするのに、国単位になると出来なくなるとかおかしいだろ」
「魔人や魔獣に地位と国を与えると?」
「状況によるけどセイルーン王国には開拓想定で話を通してる。人間の相棒として暮らすにしても、魔獣の町を作るにしても、今の環境じゃ難しいからな」
鳳凰山への道中に立ち寄った例のミステリーサークルがあった場所だ。
元々は別の開拓予定地だったが、当然のようにパワースポットになっていたので人より魔獣が暮らすのに最適だろうと、町&ダンジョン化させてもらうことに。
べ、別にロア商会の力で無理矢理奪い取ったんじゃないんだからね! 勘違いしないでよね! フィーネとユキが「自然環境は常に変化しています」「防壁の修繕で手一杯で開拓なんてしてる余裕ありませんよね~?」って口々に呟いただけよ!
「ふん。上手くいくわけがない。たしかに争いを好まない連中は多いが、望まない連中もゼロではない。自らが望んだ結果や評価が得られなければ争ってでも勝ち取るものだ。その理想は知識をつければつけるほど高く、多く、狡猾になっていく」
「別に争うなとは言ってない。命を奪い合ったり、相手を蹴落とすことで楽に手に入れたり、勝てる相手とだけ戦うような生産性のない争いをやめろって言ってるんだ」
弱肉強食も否定はしない。
ただ、縄張り争いも戦力の強弱も無縁の国があっても良いじゃないか、という話。
「力を持った者が大人しく従うとは思えないな」
「かもな。でもセイルーン王国はやるしかない。もうすぐ効力を失う防壁をなんとかしないと滅びるかもしれないんだからな」
「誰がおこなったかもわからない発言を信じると?」
「対策しておいて損はないだろ。真偽は半年後に明らかになる。何も考えずにやった結果大失敗した例も今まさに出たしな」
「やはり人間は愚かだ。国が1つ滅ぶより悲惨な目に遭うかもしれないのだぞ」
魔人からの宣戦布告か……。
「まぁ大丈夫だろ。何度か魔界行ったことあるけど戦争したがってる魔族なんて1人も居なかったし、強者は良いヤツばっかだし、抑止力なんてなくても共存出来ると思うぞ」
「何故そこまで楽観的になれる!?」
「逆になんで楽観的になれないんだよ。やるしかないんだから不安や思案はそっちに向けろよ。セイルーン王国が滅んだら次は魔界が対象になるかもしれないんだぞ。決して他人事じゃない。これは全世界が一丸となって取り組む課題だ」
「そうやって歴史は繰り返されるのだ」
「だから状況が違うっつってんだろうが」
神獣化計画に反対する姿勢を崩さないダークエルフ達。事前に説明したルナマリアもこんな気持ちだったのだろう。
「大体、魔人は悪だって言ってるけど、本当にそいつ等は争いの火種になったのか? 実は争いを止めるために戦ってたとかないか? ユキも言ってたけど、歴史ってのは、勝者を讃えるために、自分達が悪にならないために、真実をねじ曲げた結果として生まれるものだぞ? それも見方を変えれば善悪逆転するし」
「というより大半が誤解ですね~」
ダークエルフ達がその情報をどこから得たのか尋ねようとした矢先、ユキが笑いを堪えながら口を挟んできた。
予想はしていた。
参考程度にしかならないにしても前例があったなら強者の誰かが言うはずだ。『やらない』と『出来ない』は違う。知っておいて損はない。
しかし誰も魔人のことを教えてはくれなかった。
つまりその前例こそが嘘。真実とは異なる歴史。
「たしかにユキは『魔人は矛先を人類以外に向けた』としか言ってないしね。行動理念には一切触れてない」
レオ兄が補足を入れる。
「てか誤解ってなんだよ? すれ違いで報われないとか、優しさ故に不幸になったとか、泣いた赤鬼……じゃなくて泣いたビッグベア展開は嫌だぞ」
「安心してください。自分のことを魔王より上と思っている魔族や魔獣さんが『魔神』と名乗ることがあるんですけど、それと魔獣から人型になった『魔人』がごっちゃになったというだけなので~」
中二病って、どの時代、どの世界にも存在するんだなぁ……。
魔人と魔神。どっちが先か知らないけど同音異義語は避けろよ。ごっちゃになることぐらい予想出来るだろ。用途も似てるし。
「言い間違えがそのまま広まるパターンも多いですね。『あのマーリンとかいう魔導士つええ!』が『魔人つええ!』になったり、『この魔法陣がある限りこの村が脅かされることはない』が『魔人が存在する限りこの国は脅かされる』になったり」
バカなの? 昔の人間ってバカしかいないの?
「仕方ないんです……人間にとって魔界は未知で、魔族にとって人間界はどうでもいいもので、そんなことより強者に弄ばれる日々を何とかするために魔人と協力して立ち向かっては惨敗し、ボロボロの状態で人間界に逃げ延びて人類と互角の争いを繰り広げる……すべては時代のせいです」
「違う。お前等のせいだ」
「私悪くありません。その頃はまだ生まれてないので」
「そういう考えをする強者が生まれないための指導を怠ってる時点でその言い訳は通用しない。今回の件が切っ掛けかどうかはさて置き、もし今後戦乱の世になったら、同じことになるだろ」




