千三百六十四話 ダークエルフ2
「……キタン」
「ウィルスだ」
王子に負けず劣らず人類を見下している短髪が不貞腐れながら、2人よりはマシだが幼女のナンパに加担する程度にはアホな長髪は何かを訴えるように、名乗る。
「俺はルーク。こっちはユキ」
「よろ~」
キタンの方が若く20歳前後、ウィルスは30過ぎに見えるが、長寿種族相手に外見は無意味。
実力もおそらく地位も上のルナマリア相手にタメ口なのに、敬語というのも何なので、俺はユキのボケを潰すついでに返す。
「そろそろ解放してやれよ。そのままだと邪魔になる」
そして恩を売るべくウィルス氏の訴えている『何か』……拘束解除を進言する。
ごはんですよ→ご飯に誘えば上手くいきますよ。
流石にポジティブシンキング過ぎる気がするが、神獣化計画の問題提起という正当な理由があることを知ったからには拒否する気はない。
まぁそれがわかったのは夕食に招待した後のことで、我が家に一緒に食べるルールなど存在しない(行けたら行くレベル)のにわざわざ呼びに来たのは何かしら理由があるからだろうとルナマリア一行を夕食に招待しただけなのだが、結果オーライだ。
王都で出会った身勝手な魔獣アンチと違って真っ当な反対意見を出してくれそうだ。
エルフ界隈や婚約者騒動に関しても興味がないと言えば嘘になる。
「調子に乗るなよ、下等種族が。この程度のこと苦でもない」
「うるせえ。人んちでSMプレイ楽しむな。言っておくけど、それって人間目線では自力で解けないことより恥ずかしいことだからな? もし子供に悪影響を与えたり料理を残したり変な食べ方したらマジで転がすぞ」
「ふん。出来るものならやってみろ」
転がすが攻撃的な行動の比喩ということを察して挑発し返すキタン。
相手はあくまでも格下。身構えはしない。否定もしない。
「世界樹の子が」
「すいませんでしたああああッ!!」
人間からの評価など気にしないキタンだったが、フィーネの名前は問答無用で彼を土下座に追い込んだ。それに合わせて2人の拘束も解除される。
(フィーネの権力ってエルフ限定っぽいけどメチャクチャ有効だな……)
他国のヤツにも通じるとかどんだけぇ~。フィーネがここに居ることはルナマリアから聞いてたんだろうけど、主従関係までは明かしてないはずだし(明かしてたらもっとへりくだるか好戦的になる)、嘘の可能性もあるのに……。
「まぁ会おうと思えば会えるスイちゃんみたいなものだし」
「へぇ~。スイちゃんって希少性が評価されてるわけじゃないんだな。ちゃんと敬われてるんだな。俺はてっきり王族みたいに形だけのもんだと思ってたよ」
「人間がテキトー過ぎるのよ」
エルフはこんなバカでも敬う心を持ってるのになぁ。
やっぱ教育方針が悪いんじゃねえの? 武力・知力・人望・金儲け、何かしらの力を示さないと認められない弱肉強食の世界にした方が良いんじゃねえの? まぁそんなことしたら手柄を横取りするヤツばっかになりそうだけど。今も十分多いけど。
「なっ!? そ、それはスイちゃん様ッ!?」
「こちらは鳳凰様だ!!」
食堂に集まっていた面々を確認したダークエルフ達は、オリバーが握っていた2体の人形……翠龍と鳳凰を目にした瞬間、激しく動揺した。
プレゼントした6体+αの中でこの2体を特に気に入ったようだ。力作なので嬉しい。色々察して人形遊び(ぶつけ合い)を止めたレオ兄もナイスだ。
そして、ダークエルフ達が事情を聴き出そうとオルブライト一家を睨むのが早いか、オルブライト一家自慢の状況把握能力で皆して向くのが早いか、2人は俺を凝視した。
「違うよ。あれはスザクとドラグナー。どっちも俺が作ったオリジナルキャラだよ」
「いいや! これはどう見てもスイちゃん様と鳳凰様だ!」
「違うっつってんだろうが!!」
「なんでルークがキレるのさ……」
「違うもんは違うからな」
謂れのない批難されることほどイラつくことはない。
まさかここまで熱を帯びた返答がなされるとは思っていなかったようで、たじろぐダークエルフ達を放置して、レオ兄の質問(?)に答えつつ席につく。
「本当に鳳凰じゃないの?」
そんな2人を可哀想に思ったのか、ルナマリアが空いている席(俺の右隣。普段はフィーネの席)に座りながら尋ねてくる。どちらも流石の配慮だ。
「は? なんでお前が知らないんだよ?」
ただルナマリアが鳳凰を知らないことは驚愕の一言に尽きる。
「ハイエルフだからってなんでもかんでも知ってると思ったら大間違いよ」
「いや、それはそうだけど、この2人はどっちの聖獣も姿形知ってたんだぞ? 仮にもエルフの本家なのに伝承も残ってないのか?」
「アールヴはスイちゃん特化なのよ」
スイちゃんと会った時、アイドルと対面したファンみたいに感動してたクセに。住所も電話番号も知らないクセに。一緒に遊んだことないクセに。
「何か思った!?」
「いいえ! 王族だから仕方なく顔見せてもらえるだけの雑魚としか思ってません!」
「ぶっ飛ばすわよ!?」
「お、落ち着けって……冗談じゃんか。怒るとかえって本当っぽくなるぞ。そこは嘘でも余裕ぶっとけ。スイちゃんと滅多に会えないのは心で通じ合ってるから会う必要がないからで、鳳凰の容姿を知らないのはそのための取捨選択。浮気・ダメ・絶対。お前に王族としての資質が足りないわけじゃなくてミナマリアさんが凄いんだ。女王になればお前だって毎日会えるし毎分通話出来る」
聖獣と知っていて鳳凰を様付けしない理由が気になっていたが、鳳凰の領域で暮らしているダークエルフ達と違って、スイちゃんと同格として扱いたくないからだったようだ。
きっと必要なことなんだ。
どっちも敬ってない俺は友達になれたけど。
敬語使うとか自分から距離置いてる気がするけど。
「これは本当に鳳凰じゃない。たしかにモチーフにはしたけど、スイちゃんの件があったから可能な限り遠ざけた。お前も車内で製作過程見てただろ。オリバーが少年心を砕かれたからあれを作り直したんだ。だからこれはオリジナルのドラゴンモドキ。ユキが言うには側近にソックリらしいけどそれも完成してから知ったし」
「これが鳳凰様ではない……だと……?」
「ああ。俺も会ったことあるけど全然違う。お前等の里にこれが鳳凰として伝わってるのは、どこかで間違った情報が混じったか、そもそも代理人だったか、二つに一つだ」
「貴様の方が間違っている可能性もある!」
「ないな。状況的に本人以外あり得ない」
もちろん詳細は秘密。
言えやしない。言えやしないよ。数百年に一度しか生めない鳳凰の卵を食べちまったなんて。
「なんで農作業中に来ようと思ったんだよ?」
例の如くフィーネが同行していたことで信憑性が増し、反対に彼等は鳳凰と対面した状況を説明出来なかったことで、この話題は有耶無耶になった。
あまりのショックで言葉を発せなくなったとも言う。
仕方がないので2人の名前を一同に教え、復活までの時間稼ぎがてらルナマリアの恰好について尋ねることに。
道中でチラッと聞いたが、拘束にはイヨを魔界に連れ帰ろうとした罰の他に、自力で飛んでくることの出来ない2人をここまで運ぶ目的もあったらしい。
問題は突然オルブライト家を訪れようと思い立った理由。
「堪忍袋の緒が切れたからに決まってるでしょ。昨日一日話し合って無理で、今朝とち狂ったからボコして、ヘルガ達が上手くやったせいでこの2人は昼には起きて、仕方ないから農作業をやらせたら覚えが悪くて、じゃあ魔界の農業を教えなさいよって講義させたら従業員達がすぐに身につけて、劣等感に苛まれて『これは嫌がらせだ!』ってアタシに八つ当たりし始めたから連れて来たのよ」
「最後おかしいよな!? 八つ当たりされてからここに連れて来るまでに色々出来たよな!?」
「その前からちょくちょく『世界のバランスが~』とか『人間が魔獣と共存なんて~』とか言ってたのよ」
ぐぬぅ……ああ言えばこう言うヤツめ……。
どうせ「めんっ」でロープを魔力で形成して、「どうっ」で2人を縛り上げ、「くさいわねええ!」で飛び立ったんだろ。投げ込まなかったのはせめてもの良心か。
なんかうまいこと繋がったし本題入ろうか。
「貴様なら魔人とのうまい付き合い方を見つけられるかもしれないな」
「ああ。我々は傍観することにしよう」
復活したダークエルフ達はこれまでの高圧的な態度から一遍。鳳凰と対面したことのある俺を敬い、頼り、意味深な台詞と共に後方腕組み師匠面になる。
「自分がわかることは他人もわかると思うな。なんだよ魔人って。説明しやがれ」
「知恵をつけた魔獣の中に、ごく稀に魔術や細工をより効率的におこなえるよう、人の姿になる者がいる。そいつ等が『魔人』だ」
「それのどこが恐ろしいんだよ? 別に良くない? むしろ良くない?」
「良いものかッ!」
「戦乱の世はそうやって生まれたんだぞ!」
言い方が完全に畏怖だったので尋ねると、2人は弾かれたように席を立ち、怒鳴り散らかした。
(……マジで? 人類と魔獣が手を取り合って神獣化した前例あったの?)




