千三百六十二話 疑心暗鬼
一緒に祭りを楽しむ気でいたメルディ達にはガッカリされたが、トラブル担当が珍しく……ほんと~~っに珍しく俺以外の人間になったことで平穏を確信した俺は、長旅で疲れていたこともあって一同と別れ、自宅を目指していた。
「そこの人間。少々尋ねたいことがある」
いつも以上に賑わうヨシュアの町中を歩いていると、ここ数年で見違えるほど立派になった住宅街に入ったところで、男に呼び止められた。
「ん? 俺か?」
俺は何食わぬ顔で振り返る。
タイミングと言い、種族呼びと言い、トラブルの予感しかしないが何度も言うように今回はルナマリア達がなんとかしてくれるので、うんざり顔をするより知らぬ存ぜぬ御用のある方はあちらへスタイルが正義。
万が一ここでワチャワチャしたとしても後日賠償金を請求すれば良いだけ。引き受けるとはそういうことだ。奇跡的な確率だがエルフとは無関係の可能性もゼロではない。
(まぁそんなわけないんですけどね~)
そこに居たのは予想通りエルフの男。
闇の力が強い魔界出身だからなのか、ルナマリア達より肌が若干黒く、『ダークエルフ』と呼ぶにふさわしい見た目をしている。
が、余計なトラブルになりかねないので当然スルー。
魔獣アンチ撲滅運動の一環としてメルディ達が広めたのか、町中がハロウィンパーティ状態なのでエルフ耳も珍しくはないが、これはどう見ても本物。緑色の髪も地毛だ。女性がスレンダー体質のようにエルフの男は細身ばかりなので、あまり参考にはならないが外見はコンプリートしている。
言いがかりに近いが、精霊達がまとわりついていないのも、意図的にそうしているからだと思う。『変装まではしたくないけど正体がバレて騒がれたくもない』という難しいお年頃だ。知らんけど。
「ああ。この辺りにエルフの女が住んでいるという噂を耳にしたんだが、詳しい場所を知っているか?」
弱者を見下すタイプらしいので真似するのもアウトかと思いきや、憧れ故の行動と錯覚しているのか数が多過ぎて諦めたのか、沸点激低くっころわっほいツルペタスキーは不機嫌オーラを表に出さずに尋ねてくる。
「あ~、それならここから30~40分歩いたところにある農場だよ。道なりに行けば着く。ただ色々凄いって話だから気を付けた方が良い」
言いながらロア農場の方を指す。
何度も言うが今回は奴等に任せたんだ。下手に隠したり動揺したりすると逆効果だ。他人事。他人事。それとなく他人のフリもしたし。
「そうか。助かる」
奥さん聞きました? このエルフ、ちゃんとお礼言いましたよ。やれば出来る子ですよ。しかもしかも。何事もなく立ち去りましたよ。
俺は内心戦慄しながら、片手をヒラヒラさせる『どういたしまして』のポーズでエルフを見送り、気を取り直して自宅へと向かって歩き始めた。
………………。
…………。
「どうして何事もなく到着するんだッ!! どうして誰も待ってないんだッ!!」
エルフと別れておよそ5分。
門前にも庭にも玄関にもリビングにも客人がいないことに愕然としたコンマ数秒後。現在地であるリビングでくつろいでいる一同に向けて、家中に響くほどの大声で怒鳴り散らかした。
「何言ってるのよ。フィーネが出迎えたじゃない」
「そっちじゃない! ノートラブル! ノー来客! 意味がわからない! どうなってんだ! この世界正気か!?」
「もうそこまで行くと病気ね……」
「憐れむような目を向けるんじゃない。万能エルフに頭の治療を依頼するんじゃない。我が子を遠ざけるんじゃない。こうなったのはアンタ等のせいだろ。俺は大人達(一部同世代)に人生を狂わされた被害者だ」
もはや煽りとしか思えない言動を取る母と兄と義姉に不満をぶつけながら長椅子に腰掛け、深い溜息をつき、無意味とは思いつつ一応尋ねる。
「俺が居ない間に来客はなかったのか? ベルダン連中の不満を言いに来た町民とか、実は匿名掲示板でBL仲間になってたエルやシャルロッテさんに会いに来た王女とか、エルフの力を狙う悪の組織とか、神獣化計画に反対する魔獣アンチとか。来る気配でもいいぞ」
「ないわよ」
「ルークが僕達と別れてから何をしてたのか大体わかるね」
「嗜んだことはありますがハマりはしませんでしたよ」
「客人の気配もありませんね」
クソがよぉ……。
ピーンポーン!
俺に声掛けたダークエルフが何事もなく農場に向かっていることをフィーネから教えられ、いよいよもって拗ねようかと思っていると、チャイムの音が響いた。
「はい来た!」
すぐに立ち上がり壁に備え付けられたインターフォンの受話器を取ると、「御届け物で~す」という事務的ながらも愛想のある挨拶が返ってくる。
「……なるほど。今回はフィーネも仕掛ける側ってわけか。危ない危ない。もうちょっとで油断するところだったぜ」
「いえ……あの……」
と、迫真の戸惑いの演技をするフィーネ。
ダウトだ。
「頭おかしくなってるから気付いてないだろうけど、フィーネは間違ったこと言ってないわよ。配達は客人じゃないもの」
「頭がおかしいのは母さんの方だ。宅配便を使ったトリックは定番中の定番。客じゃないっていう叙述トリックも、配達した人は何も知らないミスリードも、読めてるよ。残念だったな」
「残念なのはアンタの思考よ」
「やれやれ……これだから素人は困る。宅配物の中身が原因でトラブルが発生するに決まってるじゃないか。これまで何を見て生きてきたんだ」
「その景色を見てるのは世界中でアンタだけよ」
「まぁそうだろうな。誰一人として同じ景色を見ることは出来ない。でも限りなく近い景色を見ることは出来るはずだ。理解出来ないのは理解しようとしないヤツだけ……。本当に残念だよ。家族との価値観の相違に気付けない人がこんな身近に居たなんてな」
「いいから一旦停まりなさい。暴走するのは宅配物を確認してからでも遅くないわ」
「何を悠長なことを! アポカリプスを止めるには今しかないんだ! 動き出したら世界が終わるんだぞ!」
「「「…………」」」
珍しく相手をしてくれるので調子に乗った結果、全員から無視されることになった俺は、ユキが注文していた雪ダルマのフィギュアを上回るクオリティの雪ダルマ型マヨネーズ専用小型冷蔵庫を作り、春限定の置物にする刑を執行した。
夏でも冬でもなく、誰からも冷たさ求められていない春。
しかも本来の用途では使われず、マヨネーズを入れるためのスペースが空いているのに入れられないもどかしさに、ユキは大層苦しむこととなる。
悶々とした夜を過ごした、翌日。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーッッ!!! うおおおおおおおーーーッッ!!! だりゃああああああぁぁぁぁッッ!!!」
俺は庭を転がり回っていた。
「呼び…ました?」
「別に呼んではないけど、どうなってるんだ。ベーさん。知ってることがあるなら教えてくれ。何故こんなにも穏やかな時間が流れてる? どうして誰も来ない?」
パッションに任せて地面をゴロゴロする行動が怠惰の化身を呼び寄せることとどう繋がるのか、また家族から奇怪な目で見られた挙句無視されたことはさて置き、折角なので尋ねてみることに。
「皆さん…たまにはゆっくりさせてあげようと…言ってました」
「ありがとう。でも気を遣うのは今じゃない。というか気を遣うなら報連相だけはしてくれ。フラグだけ立てて何が起きてるのかわからないのはモヤモヤする」
「…そもそもフラグが立ってない説」
「嘘つけ。あのダークエルフとか完全にそうだろ。話題に出た王女もだいぶだ。あの2人今どこにいるんだよ?」
「ルナマリアさんと…お話ししてますよ」
「王女は?」
「さぁ…?」
「彼女はシュナイダーさんのサイン会にお忍びで参加していますよ」
道中(?)で見かけたこと以外知らないベーさんに代わって、いつの間にか傍に立っていたフィーネが答える。
「会いに行かれますか?」
「……やめとく」
農場かサイン会の会場に行けば事態が動き出しそうだが、なんとなく負けた気がするので自宅から離れるわけにはいかない。メチャクチャ気になるがダメだ。
たぶん1歩でも外に出たらなんかやんかあった末に遭遇する。
「もしかして…暇…ですか?」
「まぁ暇と言えば暇だな」
やろうと思っていたことがすべて上手くいってる(?)ので手出し口出すすることがなく、たまにはゆっくりしたいとも思っていたので、今のこの状況が嬉しくないと言えば嘘になる。
地面ゴロゴロも実は結構楽しんでたり。
「じゃあ…一緒に大地の震動を楽しみませんか…?」
「なんだそれ? 具体的に何すんの?」
「視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚の五感の中で…触覚以外を封じる遊び…です」
「あ~、要するに寝転がって自然を感じろと」
「転がり回るだけが大地じゃありません…時には停止してみるのも楽しいですよ…魔術と違って他者にバレませんし」
前半部分は何を言っているかサッパリだが、最後の一文で超上級者向けの盗聴だと判明した。
「でもやらない。出来る気しないし、出来るようになったらなったで色々問題ありそうだし、そもそも今回の一件に興味ないし」
「じゃあ…空を眺めましょう…」
「おっけ~」
こうして俺は、ベーさんとフィーネ、そしてこれまたいつの間にか隣で寝ころんでいたユキと共に、一日中ボーっとヨシュアの空を眺めることになった。
なお、それとなく震動を感じてみたところ、やっぱり何もわからなかったが、不思議と晴れ晴れした気持ちになった。
「これが大地の力…です」
「嘘つけ。時間と自然の力だろ」




