千三百五十七話 嘘と偏向は紙一重
「お前等が魔道具を壊した経緯はわかった。拾ったものを好き勝手に使うのはダメだし、他人に貸すのはアウトだし、壊すなんて以ての外だし、壊した理由が用途を守らなかったからなんて弁償待ったなしだけど、俺の作ったものだと知った上でのことだからまぁ許そう。問題はその後だ」
ハーピーから事の経緯を聞き終えた俺は、見ず知らずの他人には迷惑を掛けていない……どころか喜ばれていることに安堵し、どうしてその善行を続けられなかったのか、何故気に入っていた品を売るという選択を取ったのか、尋ねた。
もとい尋ねようとした。
「当然ですネ。人間が無意識に草花や小型生物を踏みつぶしてしまうように、ワタシ達がその有り余る力と好奇心で物を壊すのも仕方のないことデス。過ぎたことを気にするより先のことを考えた方が有意義デス」
「言っておくけど改善する気がないのは後で咎めるからな! 同じ過ちを繰り返せば繰り返すほど説教時間は長くなるし罰は重くなるからな!!」
こういった場合、ありがちなパターンとして都合よく記憶喪失になったりするが、忘れたからって見逃してもらえるわけじゃない。
あれはダメな例だ。
普通、反省文を書けるぐらい詳細に思い出す&反省するまで拘束されるし、どうしても思い出せないなら普段通りという名目で罰を与えるだけ。辛い時間が長くなるだけ。
「やれやれ……本当に人間は愚かですネ。ルークさんがこんなに頑張っているのに一切報いようとしナイ。もっと強めに叱った方が良いんじゃないですカ? そこを面倒臭がったり怖がっても自分が苦労するだけですヨ?」
「お前等のことだよ。他人事にすんな」
と、これ以上脱線しないよう念押しするに留めた俺は、ハーピーの説明の続きを待った。
………………。
…………。
が、いつまで経っても誰も何もしない。
「あ、これですか? 1分過ぎたのデ」
「余裕で過ぎとるわ。もう諦めて全部話せ」
今更ながら律儀に制限時間を守ろうとするハーピーに、必要なことであればという条件付きでリミッター解除を申し出ると、彼女はゆっくりと目を伏せ、首を横に振った。
「3分は流石に貰い過ぎデス。出番が多過ぎだと怒られてしまいマス」
「誰目線!?」
「周囲の人々に決まってるじゃないですカ。ワタシは自分のことを客観的に見ることが出来るんデス。あなたとは違うんデス」
「うるせえよ。本当に客観的に見れるヤツはそんなこと言わないし、説明役という名の出番は求められてるよ」
ありがちな迷言なので某総理とは関係ないと思う。
関係あったところでだし。どうせユキから吹き込まれたんだろ。俺が何かの拍子に言っちゃった気もするし。
「というわけで、ルークさんがしようとしていた『なんで売ったんだよ?』という質問には、メルちゃんに答えてもらおうと思いマ~ス」
「うぇっ!?」
突然の指名に動揺して変な声を出すメルディ。
正直、俺としてはもう十分楽しんだので、ここから先の説明がクソ真面目になっても構わないのだが、説明不足だったり間延びするのは困る。
「ちゃんと説明出来るんだろうな?」
当然それ相応のプレッシャーは掛けさせてもらう。
「出来マス」
「何故貴様が答える!?」
一瞬の戸惑いが命取りになるとはまさにこのこと。メルディは、無責任極まりないハーピーの返答に、悲鳴にも似た声をあげた。
「仲間を信じているのデ」
しかしハーピーは構わず保護者面で言葉を紡ぎ出す。
「嘘だ! 私がどれだけ本当のことを言っても知らぬ存ぜぬで押し通すんだ! 『仲間に罪を擦り付けるなんて信じられない』って私に罪を押し付けるんだ!」
「それが何カ?」
「――っ!?」
「仲間を庇って罪を背負うことも含めての『信じている』に決まってるじゃないですカ。もしかしてメルちゃんは自分は無実とでも言うつもりなんですカ? ばっちりガッツリかかわってますケド?」
「う、うう……」
おーい。メルちゃんモード出てますよー。目が潤んでますよー。
「ささ。ワタシもライムさんもルークさんも、誰も傷つけないようにうま~く説明しちゃってくださいヨ」
そこは嘘でも良いから肯定しとけ。
俺がメルディの言うことを信じれば良いだけという考え方は一旦置いておいて、ハーピーの発言で気になることがあった俺は、指摘を質問に切り替えた。
「なんでそこで俺の名前が出てくるんだ?」
「~~~っ! ラ、ライム、パス!!」
『バーリア』
「ズ、ズルいぞ!?」
からかう気満々という名の臨戦態勢を取っているハーピーは無理だと判断したメルディは、足元に転がっていたライムを標的にするも、スライムであることを存分に活かし、全身を盾に作り変えて防がれてしまった。
いやまぁ触れることは出来るが精神的に防いだ。
肉体的接触に意味はないとわかっているメルディも色んな意味でノータッチ。
「闇のオーラで貴様のバリアを破壊する!!」
『絶対無敵バリアなので無理でーす』
「ありとあらゆるものを侵略するオーラだから無敵とか関係ないし!」
『私のは世界の理すら無効にする無敵バリアです』
そして小学生にありがちなやり取りが展開された。
「……メルディ」
「ふっ、その言葉を待っていた! ここからは全力で行かせてもらうぞ! 封印術式解除! はああああっ!」
「そうじゃない。お前が説明しろ」
名指しされた瞬間、(´・ω・`)←こんな顔をしたことは記しておく。ごっこ遊びに付き合ってくれなかったからかもしれないけど。
「ノンフライヤーが壊れた時……ルークに怒られるのを覚悟でそのまま保管する勢と頑張って修理してみる勢に分かれたのだ……」
2人の味方から見捨てられ、無駄に責任感があるので知らんぷりも出来ないメルディは、最初以上にオドオドしながら話し始めた。
「我は前者だったのだが、ハーピーが『挑戦してみる心は大事』というので、取り敢えず調べてみることにした」
「素晴らしい心掛けだな。危ない橋を渡る必要はないけど出来るならやるべきだ」
「ルークも知っての通り、我等は強者の中でも人間社会とのかかわりが多い方だ。魔法陣の知識もそれなりに持っている。しかもノンフライヤーは、熱したり回したり、自然現象を利用した調理用魔道具。修理はそう難しくはなさそうだった」
「まぁ普段から俺達の相談(魔獣や魔力方面)によく乗ってくれてるし、人間が作ったものに興味津々だしな」
並の研究者より魔道具に詳しい上、ノンフライヤーは発想の転換さえ出来れば誰でも作れる代物。彼女達なら道具を使わずとも同じことが出来るかもしれない。
「我等なりに直してみたら、調理した食材に自然エネルギーが付与される、完全上位互換になってしまった」
「ぐああああっ!?」
例え気まぐれで作ったものだろうと、出来ることならつけたかった機能をこうもあっさりと実現されるのは、開発者としてのプライドが傷つく。致命傷だ。
「値段未定ということでコンテストでは見向きもされなかったのだが、これなら金に糸目はつけないと注文が殺到」
「ぐぬうううう!!」
当然の結果とは言え現実を突きつけられると傷つく。
「劣化させられそうになかったので壊れた状態に戻したが、時すでに遅し。噂を聞きつけた商人や貴族が大挙して押し寄せ、売り物ではないと何度言っても聞いてもらえず、挙句『自分達だけで良い思いするつもりだな! ロア商会はそうやって大きくなったんだな!』とイチャモンをつけられ、仕方がないので祭りを一番盛り上げた者に売ることにした」
「途中からおかしなことになってるな!? どうしてそこで妥協しちゃったの!? 全然仕方なくないよ!? 何なら暴力で解決しても良いところだよ!? 売るにしても不良品であることを明かしてからにしろっ!」
「ハ、ハーピーが説明した!」
アイアンクローを涙目になりながら避けたメルディは、我関せずで隣でボーっと突っ立っていた害鳥を指した。
「え? あ、はい。『ま、皆さんには使いこなせないでしょうけどネ』と、笑顔で誠意を籠めて説明しましたヨ」
「それがお前の考える誠意なら、俺達は今後そういう対応を取るぞ」
「是非」
ノータイムで返答するハーピー。
「もちろん口にするだけだからな。その後の煽り合いとか喧嘩とか一切しないからな」
「さっすがルークさん。わかってるますネ~♪」
俺も負けじとノータイムで釘を刺すと、何故か喜ばれてしまった。
一体どういうことだ? 煽り煽られひゅーひゅるりを望んでたんじゃないのか?
「望みを理解してもらえたからこそでしょ。きっとハーピーはプロレスしたくて煽ったのよ。人間のことわざにあるじゃない。喧嘩するほど仲が良いってやつ」
「イエース。ルナマリアさんも流石デ~ス」
と、俺達にサムズアップをプレゼントしたハーピーは、バカにしたように笑いながら続けた。
「悪意や怒りの中に混じる誠意と笑いこそワタシが求めているもの。なのに彼等は『値を吊り上げようとしている』だの『魔獣風情がほざくな』だの、本気の文句を口にしてぜ~んぜん楽しくありませんでシタ。
ただワタシは気の長い性格。ノンフライヤーの起動に失敗したら罵り合いが出来るのではないかと様子を見ていたら、自分の非を認めたくないからと責任を擦り付けてきたんデス。『不良品を売りつけやがった!』『金だけ奪いやがった!』と」
「事実じゃん」
「このままでは難癖をつけられそうだったので、受け取った硬貨を武器にして撃退しまシタ」
完全に「こんな金受け取れるか!」だ。受け取った方がやる札束ビンタだ。金や権力には屈しない主人公一派がやる言動だ。
これは俺の個人的な考えだが、あれは気を利かせてるわけじゃないと思う。プライドの問題だ。たぶん投げ返された方も拾わない。いつか実験してみたい。
「ただワタシは気の利くハーピー。時速160kmで高速回転しながら飛んでくる硬貨に書かれた文字を投げられた順番に読めば謝罪文になるので、お互いの関係にヒビは入りまセン。当たった瞬間に消えるので普通に使えますし恥ずかしさも軽減出来るパーフェクトなフォローデス」
「ふっ、フォローはそこだけではない。彼奴らではお話にならないので、もっと楽しいリアクションをしてくれる者達の手に渡るまで一時的に機能を復元することにし、我の裏工作がバレぬよう注意を引いてくれたのだ」
何もかもがダメだ。裏目なんてレベルじゃない。
そしてメルディは何故こんなヤツに任せてしまったのか。立ち会ってたなら自分でやれ。せめてフォローしろ。




