千三百五十五話 善意のおこないでもダメなものはダメ
「『3人』ってことは人間……適性者の方だよな? これだけ馴染んでるのに神獣化出来る魔獣はいなかったのか?」
気を利かせた&成果出していたこともあり、メルディ達のトンデモ企画を許すことにした俺は「ほどほどにしとけよ」と申し訳程度に注意し、先程の発言で気になった部分について尋ねた。
「ププ~。ルークさんはおバカさんですネ~。見つかるわけないじゃないですカ。ここの魔獣達は強者に従ってるダケ。ワタシ達の力を知った後で人類を頼るなんてありえないデ~ス。妥協して覚醒出来るほど世の中甘くないデ~ス」
「……たしかに」
ケラケラ笑い出した時はどうしてやろうかと思ったが、言われてみれば納得の意見だ。
人類との交流を楽しんでいる魔獣も中にはいるだろうが、最初は労働を強いられたはずだし、もう二度と呼ばれたくないと思っている者も少なくないはず。
仮に力を欲するなら人類ではなく強者を頼る。
それは世界最強を目指すためではなく、自分や大切な者を守るための保守的な力。困ったことがあっても自分では何もせず親や警察に言うようなものだ。
それ自体は別に悪いことではないが、面倒臭がったり諦めたり楽しようとする者では絶対に辿り着けない領域というものが存在する。神獣化はそれ。
力を与える側の人間が自ら考え、愛し、成長する必要があるように、力を与えられる側の魔獣も真摯かつ無垢であることが必須だとしたら、ここにいる魔獣達はもう神獣にはなり得ない。
この企画に魔獣への嫌悪感をなくさせる以外の意味はないのだろう。
「――ってちょっと待て。なんで今回に限ってそこまで考えてる? どうして人類のために動く?」
いつも『勝手にやれ』『失敗したら面白いのになぁ』『オラ、下等生物が災いにどう立ち向かうのか考えたらワクワクすっぞ』と放任主義を極めているメルディ達が、弁解とは言えここまで筋の通った考えを持つのはおかしい。
そんなことをする暇があったら、どうやったらバレずにミスリードや邪魔出来るか、考えを巡らせる。
「それは違いマ~ス。ワタシ達が足を引っ張ろうとしているのはルークさんだけデ~ス。他の人間にはよっぽど楽しくなければチョッカイ掛けたりしまセ~ン」
害鳥め。
今すぐ焼き鳥にしてやりたい気持ちはあるが、肝心の部分の説明がまだなので、一旦怒りを忘れて話を進める。あくまでも一旦な。
「この企画も神獣化計画が始まる前からやってるっぽいし、仄めかしてたわけでもないし、お前等がここまでする意味ってなんだよ? レイクたんも協力してたけど実は俺達が想像してる以上にヤバかったりするのか?」
「そうだと言ったら?」
「え? い、いや、別に何もしないけど……全部終わった後でお礼言ったり、回りくどいやり方を咎めたり、本当に意味があったのか問い詰めたりするだけだけど……」
「なら訊かないでくだサ~イ。気になったことが全部わかると思ったら大間違いデ~ス」
まさかまさかの返答というか質問に戸惑っていると、ハーピーは面倒臭そうにしっしっと何かを払うような仕草をした。
この話題はここまでのようだ。
「そういうのに弱いメルちゃんを問い詰めるのも無しで」
(くっそぉ~)
最後だけやたら流暢な発音で告げたハーピーへの言及を諦め、俺は内心悔しがっているフリをしながら満面の笑みをメルディに向けた。
ルナマリアが「逆でしょ……」と呆れているが知らん。俺は忙しいんだ。メルディを問い詰めなきゃいけないからな。
「ク、ククク……我の中に眠っている闇が血を欲している。暴れ出さない内に封印の儀を施すとしよう」
「よしよし、おいちゃんがその辺で美味いもん買ってやるからな。食い終わったら主犯の名前と関係者の名前と理由を言いながら犯行計画の一部始終を書け」
「ううぅ……」
今のメルディの発言を訳すと『お腹が空いた』。
さらに訳すと『言い逃れ出来そうにないからさよならしたい』。
ガッチリと肩を組まれ、ハーピーとライムに助けを求めるも頑張れと言わんばかりのサムズアップ(笑顔付き)を受けたメルディは、泣きそうな顔で鳴いた。
「ハ、ハーピーのせいだ! コイツがすべての元凶だ!」
と思ったら急に怒り出して味方に罪を擦り付けた。
「ワタシは切っ掛けの1つを作ったに過ぎまセ~ン。メルちゃんの背中を押したようなものデ~ス。ワタシの答えないという選択をルークさんは受け入れたので、メルちゃんだけ言ってくだサ~イ」
「ぐぬぬああああ!?!?」
ただ、ハーピーの仕返し返しによって、彼女が主犯の1人であることだけ明かしただけで話を続ける羽目になった。
「あ、でも、メルちゃんがちゃんと説明出来たら言っても良いですヨ」
「ホントだな!?」
害鳥め。
「もぐもぐ……もぐもぐもぐ……」
「…………」
「もぐもぐもぐもぐ……もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ……もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ……」
逃げるための口実かと思いきや、本当に腹を空かせていたメルディは、俺に奢ってもらったフランクフルトを頬張った。頬張り続けた。
「口の中にものを入れてたら喋らずに済むと思ったら大間違いだからな。噛み砕いたのにいつまでも飲み込まないのもマナー違反だ」
「…………」
一瞬固まったメルディは、やむを得ず飲み込んだと思ったら、今度は串をベロベロガリガリ、暇を持て余した子供しか許されない行動に出た。
「それもマナー違反だ」
当然注意する。
「そんなバカな!? アイスのフタと串とスナック菓子をつまんだ指を舐めるのはごく自然なことだろう!? 勿体ないではないか! お菓子の袋の底に残っている粉や破片を最後にザーッと口に流し込むのも、ゼリーの汁をジュルルと吸うのも、ガムや乾物を味がなくなってもなお噛み続けるのも、許されるべきことだ!!」
「キレんなよ……」
「というかマナー違反の自覚あったのね……」
「別にプライベートで何をやっていようと構わないし俺も全然するけど、公共の場ではするなよ。説明求められてる状況でするのもダメだし」
「クク……贄が足りぬ」
「なら最初からそう言え。そうやってれば察して追加購入してくれると思ったら大間違いだ。ほら。これもやるから。食いながら話せ」
俺とルナマリアの両名から刺されたことは一切気にせず、物欲しそうな目を屋台に向けたので、ハーピーの手から焼き鳥を奪い、時間短縮を試みると、
「ふっ、まぁ焦るな。強者のみが許されたこの至福のひと時をゆっくり楽しもうではないか」
メルディは片手で片目を隠すいつもの中二ポーズを取りながら微笑した。
「いただきますって言え」
「……人混みの中では話したくない」
そして今度こそちゃんとした理由を告げて移動を開始した。
それも最初から言え。
「ひ、非礼を……これまでの非礼を詫びようと思って……」
ドラゴン遊覧飛行を閉鎖して強引に空き地を作り出したメルディは、それでもなお人目を気にして辺りをキョロキョロし、かつてないほどモジモジしながらポツリポツリと話し始めた。
「……何をやった? 怒らないから正直に言ってみろ」
「し、失礼な! 我をなんだと思っている!」
これまでというのは建前で、実際はこの数日で相当なことをやらかして謝罪ポイントを天元突破させたに違いないと思い尋ねると、メルディは否定するように激怒した。
「自分勝手な中二病」
が、そんな彼女を他所に俺は淡々と告げる。
今もそうだ。少し離れた場所でドラゴン達が自主的に遊覧飛行を開始(再開)させていなければどうなっていたことやら。
ボーっと立ち尽くしていた彼等をルナマリアが睨んだこととは関係ないと思う。
「大体、心の底から詫びるつもりなら茶番なんて挟むわけない。道中でもここでも見かけた瞬間に真摯な態度で頭を下げるべきだ」
「まぁまぁ。仮面を被らないと小っ恥ずかしくて素直になれないメルちゃんの気持ちも酌んであげてくだサイ。神獣化計画でワタシ達に迷惑が掛からないように手を尽くそうとしたことへの感謝と合わせて、嬉しさのあまり『ルークは良いヤツだ!』と笑顔で連呼したり、ベッドでバタバタしたりする可愛い子なんデス」
「~~~っ!」
そこまでわかってんならやめてやれよ。
「そっか。ありがとな。嬉しいよ。俺もメルディのこと好きだぞ。お前は良いヤツだ。これからも仲良くしてくれよな」
「~~~~っ!!」
まぁ俺も全力で弄るんですけど。
「要するにこれまで迷惑掛けてきたことへの感謝と謝罪がてら企画してくれたんだろ? ならもっと堂々としとけ。しんみりするな。お別れみたいじゃないか」
「我等にこの地を去れと!?」
「んなこと言ってないだろ。むしろ残ってくれることを喜んでるわ。てかどんだけこの土地とここの連中に愛着湧いてんだよ。真相よりそっちの方が驚きだわ」
――と、俺が呆れる前にメルディの動揺は悪化し、暴露大会が始まった。
「やっぱり怒ってるじゃないか! ハーピー! お前がノンフライヤーを盗んで来なければこんなことにはならなかったんだ! 壊れることも、壊れたノンフライヤーを売ることも、それを献上品として受け取った他国の王族が怒ることも、居合わせたエルフに宣戦布告することもなかったんだ!」
「……詳しく聞かせてもらおうか」




