千三百五十三話 旅が終わっても次のイベントが待っているだけ
ズドーーーン!!
けたたましい音と共に俺達の乗っていた竜車が震えた。
王都を出発して半日。
何気ない言動に難癖をつけられたり、善意のおこないにクオリティと速度を求められたり、騒がしくも楽しい帰路を望んでいた俺にとって苦痛以外の何物でもないものを味わった俺がようやく見つけた……もとい作り出したオアシスは、第三者によってまたもや崩壊した。
(ヨシュアまであと少しだってのに……)
いつだってコンテンツを壊すのは部外者だ。
本人達は楽しんでいるのに、自分勝手な意見を押し付けてきたり批難したり比較したり、無自覚なのか意図的に荒らしているのかは知らないが周りを嫌な気持ちにさせて純粋に楽しめなくさせる。幸せを感じなくさせる。
苛立ちと納得の感情を入り混じらせつつ窓から顔を出して外の様子を確認した俺は、屋根の上に立っていた見覚えのある人物と上空をはばたく物体の関係を一瞬で把握し、隣の席に座っていたルナマリアに真顔で問いかけた。
「あれは御宅の管轄ですよね?」
「何言ってんのよ。ベルフェゴールでしょ。もしくはユキ。仮にアタシの管轄だとするならアンタの管轄でもあるわよ」
衝撃によってオリバーの手から落ちた人形をダイレクトキャッチしていて上空はおろか車外も見ていないが、予想通り事態を把握していたルナマリアは、質問されるのを待っていたかのようにスラスラと言葉を紡ぎ出す。
視覚情報を頼った俺のことを見下している雰囲気すらある。
「え~っと……話の邪魔してごめんね」
と、ここでレオ兄が申し訳なさそうに手を上げた。
「僕等にもわかるように説明してくれるかな。キミ達は何の話をしてるの? メルディが何をやってて、あのドラゴンが何なのか、教えてくれる?」
進行方向というどうやっても視界に入る場所に降り立ち、闇のオーラを纏い、ドラゴン目掛けて飛翔したメルディを眺めながら尋ねるレオ兄。
パンチラ目的だとしたらドンマイだ。
全年齢向けアニメの温泉回ばりに闇のオーラで上手いこと隠れている。
まぁ嫁や息子の手間そんなことしないだろうけど。
「ちょっと前に界隈の話題が出ただろ。力ある者、上に立つ者、人気者はその界隈を変えることが出来る。つまり良い部分も悪い部分もそいつのせいと言っても過言じゃないってやつ。
あの時は共感しちまったから引き下がるしかなかったけど、人類が無能なことを俺のせいにしたクセに自分はベルダンの連中の蛮行を見てみぬフリとかふざけてるじゃん。それを咎めてるんだよ」
「あ~。それでルナマリアさんの『アンタの管轄でもある』発言に繋がるわけだ。つまりこれはメルディが周りの迷惑を考えずにレッドドラゴンとごっこ遊びしてるだけだと」
「そゆこと」
どうせいつもの中二病だ。ただのドラゴンにメルディが苦戦するわけないし。
道中でドラゴンがどうこう言われていたのはおそらくこれのことだ。
もし違ったらベルダンの連中だか妙な力を手に入れた人類だかがドラゴンを使ってヨシュアで何かしていることが確定するので、そうであってくれと願うばかり。
「ちなみに最初の衝撃は、ドラゴンに吹き飛ばされたメルディが魔術を逆噴射して勢いを殺したがゼロには出来ず、そこそこの運動エネルギーを持って車両に激突したことで発生したものだな」
「え? もしかして見えてたの?」
「いいや。ただの消去法だ」
凄まじい速度で通り過ぎただけの可能性もなくはないが、そちらのシチュエーションを採用するとしたら彼女は俺の視界に入るギリギリで土煙を上げ、「へっ、中々効いたぜ」と余裕の笑みを浮かべながら立ち上がったり、うめき声をあげながら土煙を晴らすはず。
わかりやすく言えば注目を集めるまで次の行動をしない。
山の向こうを指差しながら「な、なんだあれは!?」と言うヤツが現れてから、巨大飛行船なり魔物の群れなりが出現するのと同じだ。
自分やボスのせいで平穏が壊れたことを見ている者達にわかりやすく説明し、まだどこも襲われていないので主人公達が間に合えばという焦りを誘うこの手法が取られてない以上、今回は激突パターンと見てまず間違いない。
「流石同じ思考の持ち主。よくわかってるね」
「ザケんな。俺は温度感や知能レベルを合わせてやってるだけだ。
そしてルナマリア。これはお前への返答でもある」
求められたことは一応やったので、俺は無言で生暖かい目を向けてくるレオ兄を放置して、再びルナマリアとの会話に取り掛かった。
「俺は友達。お前は保護者。責任の度合いが違う」
「そうね。何も知らない保護者より悪の道に唆したアンタの方が責任は重いわよね。だから責任もって事情を聞き出しなさい。参戦してくれるの待ってるわよ」
「そうならないように指導しておくのが保護者の役目だろ。そりゃあ友達とはその場のノリで色々やるさ。でも家に帰ってから保護者に叱られたら反省してもうやらなくなる。激突前に処理しなかったことも含めてこれはお前の責任だ」
「アタシや強者が放任主義なの知ってて何もしない方もどうかと思うけど? 『敵の大技を身を挺して防ぐシチュエーションを選ばなかったのは発想の貧困な中二力弱者と言わざるを得ない』とか訳のわからないことを考えてるのも含めて」
「へっへ~ん。残念でした~。人類で手一杯の俺にそんな余裕はありませ~ん。起きてしまったことを嘆く意味もわかりませ~ん。不謹慎にならない程度に楽しんだ方が良いんじゃないですかぁ~」
「周りを唆したりしてるからでしょ……あとどっちもどっちだよ……」
ったく、しゃーねーな。やればいいんだろ。やれば。
ラストスパートで先頭に出たのが仇となったな。ここまで来ると他の車両に乗っている強者がこうなることを予想して手加減させた可能性が出てくる。
ぶおおおお!!
「「「うわっ!」」」
敗北を認めたわけではないが、口やら手やらを出さないといつまでも続きそうなので車外に身を乗り出した瞬間、魔術と魔術のぶつかり合いによって生まれた風と衝撃波が竜車を天高く舞い上げた。
「っ! ふぅ……お前達大丈夫だったか?」
空を駆けて受け止めたメルディは、ゆっくりと地面に下ろし、声を掛ける。
その瞬間だけは猛攻が止まるバトル展開あるある。
無情な一撃によって車両や心臓を打ち抜かれてシリアス展開に入るパターンもあるが、幸い今回はそっちシナリオではなかった。採用されても困る。
「俺達を主人公達の激戦に巻き込まれたモブにするな」
日常を謳歌していた者達を驚かせるのも、戦いに巻き込まれて瓦礫の下敷きになったり吹き飛ばされた人間を助けるのも、「ここか危険だ! 今すぐ逃げろ!」と忠告して「はぁ? 何言ってんだよ。おっさん頭おかしいんじゃねえの?」とバカにされるのも、主人公の役目だ。
そして俺達は、感謝したり悲鳴をあげたりその場では批難するけど後から擁護に回る、名もなき登場人物だ。ヒーローが覚醒する切っ掛けを与えるだけの存在だ。
「これ以上被害を出さないためには真の力を解放するしかないか……」
「無視するな。今すぐごっこ遊びを止めれば済む話だろ」
「ヨシュア……ダアト……セイルーン……貴様はやり過ぎた。もう手加減はせん。我を本気にさせたことを後悔するがいい」
「だから無視するな。そして不穏なこと言うな。現地見るの怖くなるだろ」
「これが理から外れた魔眼の力だっ!!」
当然のように俺を無視したメルディは、先程とは比べものにならない闇にオーラを全身から噴き出し、その衝撃で大地をえぐり、大地を踏みしめて割り、とんでもない速度でドラゴンに突っ込んだ。
第二ラウンドだ。典型的な逆転パターンだ。
「ダメじゃな。あれは魔ですらない。彼女ならばと思っておったが、所詮ヤツも力に溺れた強者でしかなかったか……」
「――ッ!!」
自分の力が本物でないと知れば大抵の覚醒者は止まる。止まらないのは仲間の命が掛かっている時だけだ。今は違う。
ルナマリアとのやり取りに時間を取られたせいで余計な茶番が入ってしまったが、ようやく俺のターン。
「あーっ! なんかたのしそうなことしてる!」
「ねえねえ。これって参加自由?」
「空気読め。お前等が出てくるところじゃない。あとヒカリは俺が何でも知ってると思ったら大間違いだしそんな権限もない」
と、追いついた一号車の乗客数名をテキトーにあしらい、メルディとの対話をスタート。ドラゴンも心なしかホッとしている。
「……意味だと? ふん。そんなものはない。ヨシュア近郊でこのドラゴンと戯れていたら興が乗ったのだ」
お前はお前で空気読め。
あとドラゴンさんがホッとしてる理由は、厄介な子供達に絡まれなくて安堵した他に、遊びに付き合わなくてよくなる解放感もあるんかい。
善良な魔獣(?)に迷惑掛けるなよ。
「って、いやいや、ちょっと待て。いくらヨシュアでも町の近くでドラゴンと戯れてて良いわけないだろ。ジモティはともかく最近引っ越してきた連中や旅行客はパニックになるぞ」
「くく……行けばわかる」
メルディはいつもの通りとも意味深とも取れる笑みを浮かべ、それ以上の情報は一切出さず、去っていった。
「…………」
「ヴォ?」
「言え。この先に何がある。どうしてお前はヨシュアに居た」
「ヴォ……」
そして、口封じをされているのか知力が足りないのか、いずれにしても俺の実力不足によってドラゴンから情報を引き出すことは出来なかった。
当然乗り合わせた強者達はノータッチ。




