千三百五十一話 犯人は俺 動機は色々
「コーネル、お前、その人形持ってきてたのかよ……」
やんごとなき事情により別の竜車に移ることとなった俺は、乗客達の中でただ1人、作業に没頭していてノーリアクションだったコーネルに溜息を漏らした。
コイツが世話になった大精霊が宿っていた器を大切にしていることは知っているし、他人の趣味趣向をとやかく言うつもりもないが、旅行先にまで持ってくるのは流石に引く。手入れ(?)に夢中で会話に参加していないのも開いた口が塞がらない。
車内の盛り上がりや窓の外には目もくれず、イヤホンを装着してスマホ弄っている陰キャのそれだ。優先順位を完全に間違えている。
「もっと旅を楽しめよ。あんま関わりのないメンツだから喋りづらいのはわかるけど、ルナマリア達の話は聞いてるだけでも魔道具開発に役立つ情報飛び出すかもしれないし、レオ兄やシャルロッテさんなんかは適度に話を振ってくれただろ? ボーっと外の景色を眺めてるだけでも輪に入ってる気になれるもんだぞ?
百歩譲ってそれは良いとしても俺の相手はしろよ。まるで俺がつまらないみたいじゃないか。滑ってるみたいじゃないか。追い出されるのが時間の問題だったみたいじゃないか」
と、旅行の何たるかを教えるつもりだったが、それより早くコーネルが反応した。
「何を言っているんだ。よく見ろ。これは別の人形だ」
自分が熱中しているものを笑いのネタにされた場合は無視することが多いが、誤解であったり純粋に興味を持たれた場合は、まず間違いなく作業を中断して乗ってくる。オタク特有の早口で弁解や布教をしてくる。
そこまでは読めていたのだが、オタクの反応速度を舐めていた。
まさか俺が尻尾チラ(パンチラ的なもの。大体同時に発生する)に反応する速度に匹敵するとは……やるじゃないか。人形を差し出す動作は若干遅いけどな。壊れやすいものだから仕方ないけど。俺がカメラを取り出す速さは音速だし、画像や動画を脳内フォルダに保存する速度は光速を超える。フフン。
「あ、そうなん?」
優越感、恐怖、申し訳なさ、安心感といった様々な感情を抱きながら、俺は差し出された金髪人形に注目した。俺は優先順位を理解出来る人間だからな。フフン。
剣士をかたどった木彫りの古びた人形だ。
言われてみればコーネルが大切にしている人形とは違う気がする。装飾品なんていくらでも付け替えられるし、中身も詳しく覚えていないので疑問形だが。
人によっては相手を試すために嘘をつく可能性もあるしな。
俺とか俺とか俺とか。
「ああ。自分のは出発前に手入れした」
(持ってきてはいるんかい……そして手入れしたんかい……)
やはりこの隔たりにも似た空気は生まれるべくして生まれたものだったらしい。
「じゃあこの人形は何だよ? 1つじゃ物足りなくなって王都で買ったやつか? ご神体を愛でてるうちに人形そのものが好きになったのか?」
当然のように言うコーネルに戦慄したものの、人形の正体と行動理念について言及することを優先した俺は、対人関係が苦手というわけではないのに輪に入らない理由を尋ねた。
「たしかにこれは王都で買ったものだが、所有者は僕ではなくオリバーだ」
なんで交流そっちのけで作業してるんだ、自分勝手な理由なら怒るぞ、と脅す俺に対してコーネルはまたもや平然と言い放った。
気になる部分への返答だけ絶妙に避けているのは一旦置いてお……かない!
「布教か? 英才教育か?」
「この人形の購入に僕は一切関与していない」
「つまり別の人形には関与してるってことだな。よくある叙述トリックだ。俺を騙そうったってそうはいかないぜ……って、オイこら、逃げんな。納得のいく説明しやがれ。はいかイエスで答えろ。俺が正義でお前が悪って構図を作れ。お前等も拘束する相手間違えるな。俺は真実の探求者……くっ……放せ! はーなーせー!」
不都合な真実から目を逸らして作業を続けるコーネルと、甘い汁を吸うためなら武力行使もいとわない乗客達によって、俺は身動きと言論の自由を封じられた。
これが人間社会……っ!
「あのねルーク。これは――」
「ははーん。わかったぞ」
「オリバーの人形――」
「あやされていることから察するに、お前が『手入れしてやるから寄こせ』って俺の可愛い可愛い甥っ子から人形を奪い取って、抗う連中を話術や武力で薙ぎ払ってたら壊してしまい、仕方なく直してるんだな?」
「壊れ――」
「なんてヤツだ!!」
「はぁ……もう好きにしなよ」
最初からそのつもりだ。
一応言っておくけどその予想大外れだからね、と溜息をつきながらご機嫌斜めのオリバーの相手を始めた……もとい再開したレオ兄を他所に、俺は次なる可能性を模索した。
もし当たっていたら、この握った拳がコーネルの顔面目掛けて振り下ろされていたが、違うようなので一安心。殴った方も心が痛いんだぞ。辛いんだぞ。
「この人形がコユキちゃん復活のための贄として最適だったから、手入れって建前で魔改造中」
「違う」
「ぼっちであることを隠すために弄んでる」
「否だ」
「一緒に人形遊びしてたら自分のを壊されて、仕返しに――」
「オリバーが乱暴に扱って壊したから直してやっているんだ」
「いいや。それは違うな」
「無関係な人間が当事者面するな」
キリっとした表情で言えば何とかなるかと思ったけどそんなことはなかったぜ。
「でも社会ってそういう場所じゃね? メリットありそうなら首突っ込んで、デメリット被りそうなら知らんぷりしたり他人に擦り付けて、最強なのは一方的に攻撃出来る場所から口だけ出して正義面することだよな?」
「…………」
「無視するな。せめて、否定出来ないのか相手にするのが面倒なのか、わかるようにしろ。そしたら勝手に満足する」
「相手にするのは面倒だし、そういう人間が多いことは否定しないが僕はそういう人間が嫌いだ。周りがやっているからとその理屈を押し付けてくるお前のことも嫌いだ」
「まぁそれは俺もどうかと思う。人形の右手周りの接着剤でくっ付けようとした跡を無視するっていう、目の前のヒントに気付けない初歩的なミスと合わせて、謝罪しよう」
「謝罪はいい。改善しろ。人をおちょくるその態度を」
善処します。
「~~♪」
「随分と上機嫌だな。楽しいのか?」
「ああ。楽しいね。掃除と一緒だ。綺麗にしてあげると心が和む……っと。これで良し。いい顔になったな」
愛子を撫でているような優しい目で修理すること20分。作業中からの溢れていた表情と声に、スルーされた謎のすべてが詰まっている気がしたが、俺は一切触れなかった。
……触れたのは別のもの。
「ちょっと貸してみ」
オリバーの手に渡ったら二度と見れなくなる。
そんな焦りと好奇心が俺を動かした。
「ほうほう……よく出来てるな。あちこちの関節が動くようになって……なんと! 手首の関節まで動くのか! でも俺のルクガンダーZの負けてないぜ!」
「お、おい……」
「変形合体! な~んて」
ぷらん――。
「…………は?」
ゴミ袋の中にあったお菓子の箱や乗客の誰かが拾ったであろう枝で作ったロボ『ルクガンダーZ』とくっ付けた瞬間、コーネルが直したばかりの人形の手が、力なく垂れた。
ぷらん――。
何度見ても辛うじて細い糸で繋がっている状態だ。
(ってぇぇ~~! く、首が! 首が!)
次の瞬間、首まで垂れる。
(い、いや、おおお、落ち着け! 手で隠れてるからバレてない。これはただ外れただけ。こうして繋げればまた元通りに……)
ポロッ……。
ついには取れた。
(神様、仏様、ユキ様、フィーネ様! 誰でも良いのでヘルプミー!)
誰にもバレずに直すのは不可能に近い。というか接続部分が砕けたので修理自体が不可能に近い。人形を構成している物質を変化させれば質量が変わるし、似た物質を生成したらそれはもう別物だし、細かな傷やら雰囲気はどうやったって再現出来ない。
相手は赤子。犯行動機は好奇心。許されるわけがない。
頼れるのは超常現象のみ。妖精さんが直してくれるのを祈るのみ。
(いいや! ダメだダメだ、他人を頼るなんてダメだ! 自分で何とかするしかない! 俺にはそのために力と知識があるはずだ!)
「オリバー……この人形を俺のルクガンダーZと交換しないか?」
俺は自作ロボをオリバーに突き出し、遠近法やら何やらを巧みに利用して人形の破損部分を隠しつつ、交渉に入った。
誰だ、今『それは何か違くない?』って言ったヤツ。根本的に解決するためにはこれしかないだろうが。赤子に金渡しても仕方ないし。物々交換すれば俺の物になる。俺の物が壊れようが誰も何も気にしない。パーフェクッ。
「あう?」
「キミは本当にこの人形が大事なのかい? 本当はもっと凄い品が欲しいんじゃないのかい? 親から贈られたから仕方なく遊んでるんじゃないのかい?」
「あうぅ」
「くっ……欲張りさんめ。良いだろう。変形合体機能も追加しようじゃないか。完成度も上げる。もちろんこれはこれでやろう」
「だうっ」
「なっ、なんだと!? いや、しかし……あーもうわかったよ! キミの言う通り6体揃えようじゃないか! ドラゴン、グリフォン、シーサーペント、ユニコーン、オーガを模した5体は合体するようにして、1体は強大な敵キャラ、それで良いな!」
「あぅ~♪」
すべての条件を飲ませたオリバーは満足そうにルクガンダーZを手にした。
「ただし時間はくれよ。ヨシュアに到着するまでに作れるのは早くても1体だ。敵キャラで良いよな? 色々意見聞きたいし、この壊れた人形が使えそうだし」
「あう」
もちろんだ、と言わんばかりに頷くオリバー。
「おい……」
「あ? なんだよ? ちゃんと壊した責任取っただろ。買ったばっかで思い出はそんなにないだろうけど、一応親から贈られた品を基礎に使うんだから、咎められる筋合いはない。
まさか人形壊したことを怒ってんのか? 言っておくけど半分はちゃんと補強しなかったお前の責任だからな? オリバーが乱暴に振り回すのわかってるんだから同じ強度じゃダメだろ。何考えてるんだよ。お詫びとしてお前もドラグナー作るの手伝え。パーツは俺が作るからしっかり繋げろ」
「まぁ筋は通ってるわね」
「あの人形は元々オリバーが選んだものだし、本人が良いなら僕達も気にしないよ。ルークなら凄いもの作るだろうし」
戸惑うコーネルを他所にルナマリアとレオ兄が俺の味方につく。
「おいおい、なに他人事みたいなこと言ってんだよ。2人とも手先も魔力操作も器用なんだから手伝えよ。シャルロッテさんも。手作りは想いが籠ってこそだぞ」
「親はともかくアタシは関係ないでしょ!」
「エルフが手伝ったらなんか恩恵ありそうじゃん。どうせ暇だろ。旅は道連れ世は情けって言うし。ついでよ、ついで」
「作るならイヨの分ね。あとついでにココとチコ。ルイーズの分もまぁ時間が余ったら」
(((絶対全員分作るじゃん……)))
と、ルナマリアのツンデレに全員が心の中でツッコんだのとは無関係に、二号車全員が誰かしら贈る相手がいたのでモノづくりに励むことになった。




