百一話 日向ぼっこ
「はぁぁぁ~。いい~天気ですねぇ~」
ユキはセイルーン王城の1番高いところに居た。
最上階ではなく、そのさらに上。
つまり屋根の上である。
王城へ遊びに来たことを誰かに言ったわけでもないし、周囲にあるどの建物よりも高い場所なので下から見えるわけでもない。
ただ日向ぼっこをするためにやってきたのだ。
そんな不審者が屋根に居ることなど露知らず、王城内は今日も慌ただしかった。
第2王女マリーの自室にて。
「マリー様、婚約の申し込みがこんなにたくさん届いていますよ。相変わらず凄い人気ですね~」
「捨てておいて。直接会いに来ない人に興味はありません」
「い、いけませんよ! 貴族の方々からのお手紙なんですから」
メイドが両手一杯に抱えている手紙を一瞬たりとも見ることなく破棄するマリー。
彼女は今年9歳になる。そろそろ王族としての将来を考えなければならない年齢なのだが、彼女なりの譲れない男性像があるらしくメイドがいくら説教しても取り合おうとしない。
それでもなお説得を続けるメイドに嫌気が刺して、つい心にもない冗談を言ってしまった。
「本当にルーク君と結婚しちゃおうかな~」
「「!?」」
そんな呟きを聞いたイブとメイドが驚きつつマリーに詰め寄る。
メイドの方は元から部屋に居たのだが、どうやらイブはたまたま遊びに来たタイミングで姉の本音を聞いてしまったらしい。
「あ・・・・いや冗談だから、気にしないで」
妹は愛する婚約者の事になると冗談すら通じなくなる事を理解しているマリーはすぐに訂正した。
が、メイドの方まで本気にしているとは思わなかったようだ。
この数時間後には『マリー様のお相手はイブ様の婚約者』と言う噂が城中に広まり、略奪愛か、姉妹で同衾か、とメイド達の間で一大論争が巻き起こったらしい。
もちろんマリーが揉み消そうとしても、それより遥かに早い速度で伝達され続け、しまいには「妹の旦那と不倫はちょっと・・・・」と両親から注意されてしまう。
「冗談だからぁーーっ!!」
そんなマリーの叫びが城内に響き渡った。
「なんか背中が痛いと思ったら屋根が欠けてます~。直しておきましょう~」
そんな騒動とは無関係なユキは屋根の上をゴロゴロ転がっていた。
ついでに修繕作業に精を出す。
いや・・・・頑張るのは土精霊で、ユキは寝ながら補修部分をペチペチ叩いて指示するだけである。
その後、数百年に渡り傷1つ付かない頑丈な屋根になったとか、ならないとか。
「ねぇイブ。婚約者のルークさんのお家には、いつご挨拶に行くのかしら?」
「・・・・近々」
「先週も同じことを聞いたけど・・・・決めてないのね?」
イブの部屋で母親のユウナが説教じみた事をしている。
ルーク大好きなイブだが、どうやって彼の家族に挨拶すれば良いのかわからないらしく中々行動に移せないでいた。
そんな説明をされるまでもなく娘の気持ちを察したユウナは自ら話を進め始める。
「そんなの簡単よ。まずイブと私が、いえ私が空いてる日を確認して相手に手紙を送るだけ。
もし驚かせたいのなら・・・・そうね。ユキさんに頼んでオルブライト家の皆さんの予定を聞いて、都合のいい日にコッソリ伺いましょう。もちろん内緒にしてもらって」
イブに予定などあるはずもなかったので言い直したのは、母親として気を使ったのか、暗に責めているのか・・・・。
取り合えずユウナが同行することは確定らしい。
そんな母のアドバイスを受けてイブが動いた。
「サプライズがいい」
「わかったわ。なら今度ユキさんが遊びに来た時に聞いておきましょうね。彼女ならきっと協力してくれるはずよ」
その相談相手は今2人の上に居るのだが、そんなことは知る由もない。
どうやらルークの平和な日常が終わるまでの秒読み段階に入ったようだ。
その後もヨシュアへの旅行計画を立てる親子であった。
「竜さん、こんにちわ~。あなたも日向ぼっこですか~? ここ気持ちいいですよね~」
『伝書鳩』ならぬ『伝書小竜』が仕事を終え、ひと休憩しようと屋根に居るユキのところへやってきた。
どちらかと言えばいつも休んでいる場所にユキが居ただけなのだが、どちらも驚くことなく穏やかな世間話を楽しんでいる。
すると彼は今回の仕事、何やら重要な手紙を運んで緊張したと言う。
そんな小竜の労をねぎらうためにユキが取り出したのはキングホエールのから揚げ。
超高級食材なのだが、そんな事は気にせず小竜はその肉を美味しそうに食べ、急激な魔力補充で一回り巨大になった中竜はその後、他の小竜とは比べ物にならないほどの活躍を見せるようになる。
そんな美味しい食べ物をくれたユキに、竜が『とある相談』を持ち掛けた。
「なるほど、〇〇〇国が過剰戦力を密かに集めている、と言う事か」
国王ガウェインは大臣達と重要な会議をしていた。
先ほど届いた密偵からの手紙によると、近々大規模な戦争が起きそうだという。
最低限の情報しか書かれていないが、詳しい情報は追って通達すると書いてあったので気にすることなく話し合いを続ける国王達。
「我が国にも少なからず影響がありましょうな」
「今の内から戦力を整えなければ」
「いや、それよりも食料の確保を」
「いえいえ、いっそこちらから攻めてみては?」
「ふむ・・・・こんな時にユキさんが居てくれれば状況把握もしやすいのだが」
そんな国王の冗談を大臣達は「ない物ねだりをしても仕方がない」とひと笑いして真剣な議論を続ける。
今まさに呼べば聞こえる距離に居るのだが、当然彼らはそんなこと思いもしない。
「グルー」
「え? 任務失敗で仲間がピンチ?」
先ほどエサをやった竜からの相談事は『仲間を助けてもらいたい』と言うものだった。
どうやら必ず手紙を届けるために数匹の竜がセイルーン王国まで飛んだのだが、無事に辿り着けたのは自分だけらしい。
城の兵士に頼もうにも言葉が通じないのでどうしようもなかった所、まさかの屋根にユキが居たのだ。
この王城では有名人のユキならなんとかしてくれると思って相談したらしい。
「大切な仲間なんですね~。わかりました、私にお任せです!」
そして竜から詳しい場所を聞き出したユキは戦争間近の王国へと転移した。
戦力が集まっていると言う、いかにも怪しい城に潜入する。
「抜き足・・・・差し足・・・・・・精霊の足」
「誰だ!?」
「もう見つかりましたー!?」
気配などいくらでも消せる最強の隠密ユキだが、にも関わらず一瞬で見つかったのは『さすが』である。
「仕方がありませんね~。水と氷、どっちが良いですか~?」
応援を呼ばれる前に兵士を尋問しようと静かに近寄っていくユキ。
「え? ・・・・は? ・・・・・・ちょっ・・・・ま、待って。いやっ! ・・・・・・・や、止めてぇええぇぇ~!」
名誉のために言っておくが、この兵士は頑張ったと思う。
そんな騒ぎを聞きつけて次から次に湧いてくる警備兵を無力化していくユキは、聞き出した情報から地下に囚われていた伝書小竜を助け出した。
「息が・・・・息が出来ない・・・・・空気、空気」
「股間は・・・・股間はダメ・・・・・」
「お肌の水分取らないでぇ~。もう若くないの・・・・シワが減らないの・・・・」
ユキの通った後には兵士たちが死屍累々と転がっていた。
少しばかりトラウマを作ってしまったが素直に白状せず敵対するので仕方ない。
「ムムム~。お仲間の密偵さんも捕まってしまったようですね~。乗りかかった船ですし助けましょうか~」
もちろんトラウマを抱える人を増やしつつ、怪我人が出ないよう平和的に密偵を助け出す。
「じゃあ私は帰りますので密偵、頑張ってくださいね~」
顔がバレたので人員交代になるだろうが、助け出された密偵は何度もユキにお礼を言い、最後に急いで書いた手紙を渡してどこかへ消えた。
「くっ。な、なんということだ・・・・!」
ユキに助け出された小竜は急いでセイルーン王城へ手紙を届けた。
それを受け取った国王は今までにないほど焦った表情をする。
「ど、どういたしました?」
「危険な状況なのですかな?」
大臣全員に行き渡った手紙の内容は『魔石を使った新兵器が大量に作り出された』と言う事、さらに『密偵がバレた、自分はもう長くない』と言う事だった。
多くの犠牲を払う事になるだろうが、戦争が始まる前に攻め込まなければならないようだ。
「戦の準備をしておけ・・・・」
「「「ははっ!」」」
「あ、皆さん帰って来たんですね~。大丈夫でした~?
・・・・そうですか、それは良かったです~」
竜達の配達任務は無事完了のようだ。
なので彼らと次の仕事までの間、のんびり日向ぼっこをすることにした。
何やら訓練場に王国騎士が集まって緊張感が高まっているが、今のユキには関係なかった。
「皆さん、もっとのんびり生きた方が楽しいですよ~」
翌日、準備を整えた軍隊が王城から出発しようとした時に新たに手紙が届く。
実は『新たな手紙』ではなく、密偵から受け取った手紙をユキが兵士に渡し忘れ、たった今それを渡された中竜が焦りながらも、さも新しい任務をやり遂げたと言う顔で伝達係に渡したのだ。
『真っ白な少女が全て解決しました。
自分は無事です。この国の兵士は大勢引退したのでしばらく戦争は出来そうもありません。なので自分もこっちで作った家族と平和に暮らします。この手紙も退職届代わりにしてください。』
と言う内容だった。
「・・・・全軍、解散」
後日、王城に遊びに来たユキは何故か感謝状を貰った。
「私、何かしました~?」
感謝状を理由なく貰うわけにもいかず、突っぱねたユキはきっと今日も誰かに感謝されている。