外伝44 強欲な者達
「たしかに私はアリシア=オルブライトだけど、それがどうかした?」
顔合わせで、自称凄腕美少女冒険者ミスティ=ブルーネルに名指し指差し悲鳴をあげられたアリシアは、キョトンとした顔で尋ねた。
昔から無意識に加害者になることが多く、周りは実力・知名度共に化け物だらけなので、関係者から、あるいは関係者として名前が独り歩きしがちな彼女は、初対面の相手にこういった反応をされることに慣れていた。
それに加えて、他人からの評価を一切気にしていない彼女の性格が、この毅然とした態度を可能にしている。
「会ったことはないけど私はアンタのことを知ってるわ! なにせ私の輝かしい功績に泥を塗った張本人なのだから!」
そんなアリシアの高慢を知ってか知らずか、ミスティは栗色の髪を振り回して叫ぶ。
「何したんです、アリシア?」
「さあ? 心当たりがあり過ぎるわね」
後ろめたい生き方はしていないものの、自信を持って勘違いだと言えるほど人に恨まれない生き方もしていないアリシアは、ピンキーの疑念に満ちた目に諦め半分で肩を竦めた。
「でもここに居る時点で逆恨みの線はないでしょ。改心したならこんなこと言わないわ。彼女の言い方からして未来の話でもなさそうだし。よっぽど些細なことなんじゃないの?」
実力や社会的地位が自分より低い者から教えられることを嫌う阿呆は意外と多い。
教えられることがあるという一点のみを見ることが出来ない者……アリシアのクロを神獣化させた(?)功績は指導者として申し分のないものだが、それを黒歴史と呼ぶようならもっと別の言い方をするはずだ。
――と、そこまでは頭の回ったアリシアだが、ドストレートの言葉が相手を傷つける時もあるということまでは気付けなかった。
「ぐぬぬぅ……!」
「昔イジメっ子だと思って成敗した相手が実はイジメっ子じゃなかったのに後処理面倒臭がって汚名着せられたままとか、手柄を奪って格下扱いして世間体を最悪にされたとか、自分が振った男で満足してるお下がり女m9(^Д^)プギャーと言われたとか、やった側にとっては些細なことでもやられた側は根に持ったりするものですからね。さぁ答えてください。何をされたんですか?」
コミュ力の高さに定評のある(笑)のピンキーが、自分なりの予想と共に説明を求める。こちらは確信犯。
「そんなことしてないし、もしそうでもルーク達がどうにかするわ。あと全然些細じゃないわよ」
「え? ダメですかね? やっぱり必要だと思うんですよ、上限関係ハッキリさせるのって。本人達は何も言ってきませんし大丈夫でしょ」
予想ではなくピンキーの実体験……もとい犯行履歴だった。犯罪はバレなきゃセーフ、訴えられなきゃセーフ理論の持ち主だった。
「ダメなんて言ってないでしょ。大賛成よ。私が言ってるのは今の状況にそぐわないってこと。そういうよくある恨みを持ってたら適性者から省かれるでしょ」
アリシアも大概だった。
「あ~、そういう。たしかにアリシアの言う『些細』ではありませんね。立派な逆恨みです」
「なぁなぁ。これって他力本願になると思うか? 解決『するだろう』じゃなくて『する』って断定してるぞ?」
「俺はならないに一票入れるぜぃ。知らないところで起きたことは誰かを頼るしかないからな。それは本願じゃなくて人徳って言うんだぜぃ」
「僕も。リーダーの周りで起きるトラブルのほとんどは、リーダーの耳に入る前に解決してるのは事実だしね。ヨシュアってそういう場所だし」
と、雑談という名の関わり合いにならないようバリアを張った男達を他所に、話は進む。
「わからないなら教えてあげるわ! アンタは私を冒険者人気ランキングトップ100から追い出した憎き相手なのよ!」
自信満々に胸を張って理由を告げるミスティ。
そこには『ここでアリシアを上回ればランキング上位に返り咲くことも夢ではない』という、未来への希望と対抗心がありありと浮かんでいる。
「……何それ?」
「な、何って、年に一度冒険者ギルドが各国と連携して作成してるランキングよ!? 知らないの!?」
「知らない。討伐数や強敵と戦った実績、大会の戦績なんかを基に作成される『実力ランキング』とは別なのよね?」
が、アリシアがランキングの存在すら知らなかったことで、勝手にライバル視している三下感が出てしまった。ミスティのミステイク。ミスミスティ。
「あ、私知ってますよ。通称『オカズランキング』ですね。見目麗しい冒険者が選ばれる傾向にあり、ランキング上位になるほど自家発魔力に使われています」
ピンキーがいつものように水を差す。
意図してかどうかは定かではないが、彼女はアリシアの抱いた『何故そんなことで怒っているんだ? 他人の評価なんてどーでも良いじゃないか』と『なんだそのランキングは? どうやって決まるんだ?』の片方だけに答えた。
「自家発魔力って?」
「自慰行為のことです。魔力を生み出す要領で性欲を高めたり発散に励むため、一部の業界でそういった隠語が用いられているのです」
「……そんなものの地位が欲しいなんて変わってるわね。喜んで譲ってあげるわよ。露出度上げれば上位に入れるんじゃない?」
下ネタ嫌いなアリシアだが事実としてある以上怒るわけにもいかず、ミスコンより酷いランキングの存在に呆れつつ、露出狂に近い感性を持つミスティから距離を取る。
「ち、違うわよ! 魅力と実力、どっちも大事なの! そこの妖精、テキトーなこと言わないで!」
「『テキトー』ではなく『適当』ですよ。ランキング上位者になると絵を描かれたり、創作小説を書かれたり、身につけていた物が高額取引されたり、同じ装備品がバカ売れしたり、それはもう様々な形でエロコンテンツになります。違うとは言わせませんよ」
「た、たしかにそういうこともあるけど! それ以上に憧れを数値化したものだわ! 邪な心を抱かない人だって大勢居るのよ! このランキングは一種のステータスなのよ!」
圧と言っても過言ではないものを放つピンキーに一瞬たじろいだミスティだが、すぐに負けじと圧を飛ばした。
「その人間の全部が評価対象って凄いランキングなの。腕力がなくても知識が優れていれば上位になれるし、見た目が悪くても性格良ければ評価されるし、貧乏人が金持ちに勝てるのよ? こんな素晴らしいものはないわ」
「実力だけでのし上がれば良いじゃない」
「チッチッチッ……甘いわね、アリシア=オルブライト。それは素人の考えよ。何か1つが特出するのが偉いなんて浅はかだわ。美貌、知能、武力、財力、その他諸々、すべてを兼ね備えてる方が凄いに決まってるじゃない! 人気ランキングはその象徴! いくら実力があってもランクイン出来ないんだから!
例えば恋人! 付き合った男の数は多すぎても少なすぎてもダメでしょ? 『その年で処女とかww』『やりまんはちょっと……』『そんな頻繁に別れるのってキミに原因あるんじゃない?』って言われたり勘繰られたりするでしょ?
でも人気ランキングは違う! 客観的な数値はプラスにしか働かないの! 謙遜するも自慢するも自由自在! 何故なら他人が決めたことだから! 自分が如何に魅力的か褒め讃えたものだから!」
「ふ~ん。そういう考え方もあるのね。私は他人の評価を気にすること自体くだらないって思うけど、浅く広くを目標に、自分を磨く生き方も悪いことじゃないわ」
「極める必要なんてないわ。周りより優れていれば良いのよ」
「なるほどね……THE人間社会って感じね」
自分と異なる価値観を持つ相手というだけならここまでしないが、これから受け持つ生徒、しかも適性者として何かしらの信念を持っている相手ということで話を掘り下げたアリシアだが、どうやら正解だったようだ。
「そう! 人気ランキングは、バレンタインデーにいくつチョコを貰ったかとか、異性からどれだけ貢いでもらったかとか、旦那の給料や待遇がどうとかと同じ! 私の人生に潤いを与えるものよ!」
「……実は言うほど他人の評価気にしてないでしょ?」
「でもあるに越したことはないわ」
ちょっと……いや、かなり歪んでいるが彼女は自分と似ている。向上心が凄い。ヤバい。色んな意味で。
元ヨシュアレンジャーのレトとフクは言わずもがな。あっさりと内心を暴露したミスティのことも気に入ったアリシアは、彼女の装備品についても触れた。
「腰の剣ってドラゴンの素材から作ったものよね? 人類最高峰の物理攻撃力があるのにまだ上の装備が欲しいわけ? 二刀流ってわけでもないわよね?」
腐っても冒険者。魔法剣頼りでもルークの関係者。
幼い頃からドラゴン以上の敵や超素材に触れてきた彼女にとって、武具から溢れるオーラやミスティの立ち振る舞いから実力を見抜くことなど造作もない。冒険者の望み=武具という戦闘狂ならではの発想だが、今回は珍しく的中している。
「ええ。今回の功績で知名度上げて、報酬でもらうミスリル剣とこのドラゴンの爪から作ったドラゴンソードで、これまで以上に迅速かつ確実に依頼をこなすっ! そうすればいつかアンタを超えることが出来るわ!!」
ミスティはミスティで情報収集に余念はない。
アリシアの背負っている大剣が魔法剣などというチート級の代物であることには気付いていないが、噂や言動から超ド級の魔道具であることは察しがついている。
物理攻撃はこれまで通りドラゴンソードを頼り、魔力伝導率の良いミスリル剣で魔術耐性の低い魔獣を一刀両断したり、2つを合わせることでまったく新しい攻撃を生み出すというのが、彼女の未来予想図である。
「それって指導した私の方が評価上がるんじゃない?」
「私はライバルだろうと親の仇だろうと元カレだろうと全然利用するわ。むしろ育てたことを後悔させてやるわ。悔しがる姿を見て人生に潤いを与えるのよ」
「では私は教えを乞うミスティの姿を見て人生を潤わせます。ミスリルとドラゴンの牙を錬成した物質『ドラグタイト』を生み出せる職人を知っているんですが、土下座して頼むなら紹介してあげても良いですよ」
「ぐっ……お、お願いします! 紹介してください!」
またもや会話に割り込んできたピンキーの提案に一瞬悩んだミスティだが、背に腹は代えられないと、ニタニタした顔で空中を漂う彼女の前にひれ伏した。
「ああ。言っておきますけど加工された素材では意味がありませんからね。人類では到底手に入れられない高純度のミスリル鉱石と、100年以上生きたドラゴンの牙が揃って初めて生み出せるものですからね」
「…………」
「あと当然ですけどドラグタイトを武具に加工する鍛冶職人は別で必要ですからね」
「…………」
「そして紹介したところで気に入ってもらえるかどうかは別の問題ですからね。貴方程度の容姿・性格・実力では到底無理でしょうけどね。せいぜい頑張ってください。アリシアとの訓練で伸びたらワンチャンありますよ」
(ド畜生がぁぁ~~っ!!)
彼女がピンキーを嫌いになったのは言うまでもない。
アリシア達とパーティを組むのも悪くないかもしれない、という想いがどの程度残っているかは神のみぞ知ることである。




