外伝42 失敗を恐れぬ教育者
王都から徒歩1時間のところにある山の麓に広がる森に、巨大な石の上に供物を置いただけの、手抜きにも程がある祭壇があった。
祭壇の周りには大小5つの影。
彼等が泣きそうな顔をしていたら森の主に生贄を差し出した村人と思うだろう。ほくそ笑んでいれば正義執行か罪の擦り付けに成功した悪人と思うだろう。歓喜していれば食糧や財宝を見つけた貧困層、面倒臭がっていれば手入れを命じられた労働者、首を傾げていれば偶然辿り着いた旅人と思うだろう。
しかし一同の表情はどれにも当てはまらない。
まるで、ゲーム内で生物を殺す行為を作業にしか思っていない子供のように、風前の灯となった供物を平然と取り囲んでいる。何なら出来立てホヤホヤの祭壇にご満悦だ。
「いやあああああああああああ!! 人殺しいいいいいいいいいい!!」
静寂を切り裂いた……というか切り裂き続けているのは、数の暴力によって全身をグルグル巻きにされた供物こと、ゴロツキA。
まな板の上の鯉と化した彼は、唯一自由に動く首を振り回して叫ぶ。
自分をこんな目に遭わせた仲間だと思っていた5人を、自分の生死に一切興味を示さないアリシア達を、全力で批難する。
「魔獣を強化するためには努力が必要って言ってただろ! 心を通わせる必要があるって言ってただろ! ハズレ枠だからか!? 俺が不適合者だから捨て石にするつもりか!? あっ、わかったぞ! 一般人で試すってのは実は真っ赤な嘘で、本当は最初から店に迷惑掛けた罪で処刑するつもりだったんだな!?」
「へぇ~。思ったより強度あるわね、この縄。仮にも冒険者だし、魔力で強化した肉体で暴れたらすぐ千切れると思ったけど、自然界舐めてたわ」
「石も良い感じですね。ビクともしてません。こういう形で魔術を使ったのって初めてでしたけど、案外簡単に作れるものですね。頑丈な石って」
「そんなことより早くここから離れね? オイラ達が居たんじゃいつまで経っても魔獣が寄って来ないだろ?」
そんなゴロツキAとは一切関係な……くはないが、助ける気は一切見せず、微妙にズレた感想を述べたり予定を立てるアリシア一行。
蛮族にも等しいこのおこないを止めてくれそうなクロは魔獣強化の成功例としてイブ達に預けられているため不在。アッシュ達は未だに王都に辿り着いていない。アリシアとパックとピンキー、そして予言者イズラーイール……もとい保護者イーサンでは、最適化と実験と悪乗りの連鎖によってこうなることは当然の結果と言えた。
唯一憐れむような顔をしている相棒のゴロツキBも、わが身可愛さで口出しする様子はない。典型的なイジメの原因だ。
発端は、魔獣強化宣言による混乱が落ち着くまでは手出し無用と言われたアリシアが、暇を持て余したこと。
近隣の生態調査をすると言い出し、マクモス商店に迷惑を掛けた罰として手伝う羽目になった彼等だが、道中はそれなりに楽しんでいた。
1000年祭で盛り上がる王都のことを話したり、三流冒険者の金銭事情を語ったり、自分とは住む世界の違う者達の冒険譚を聞いたり。普段なら緊張する魔獣との戦闘もアリシア達が見ていて気持ち良いぐらい無双してくれるので歓喜し、肉食系の魔獣をおびき寄せるための餌として手際良く捌いたり手際の悪い者をからかったり、森の中では草食系の魔獣が好む果実や山菜を採取。捕獲用のトラップを考えたり、ロープに使えそうな蔓をむしったり、草笛を作って演奏したり、衣類にひっつく種子をこっそり投げて悪戯したり。
外界の危険性を知らない子供のようにはしゃいでいた。
ただ、道中で口にしたのは遺言ではないし、楽しい時間は最後の思い出づくりではないし、採取したのは自分を縛るための道具ではない。
自分を餌に魔獣をおびき寄せるなんて聞いていない。
「この縄を解けえええええーーーーーっ!!!」
ゴロツキAは全身全霊で叫び続ける。
「じゃあ私達は引き続き人間と気の合いそうな魔獣探すから、そっちも頑張ってね。ゴロツキA」
意味があるかどうかは定かではないが『魔獣大歓迎!』と汚い字で書かれた看板を立て、満足気に頷いたアリシアは、まるで一足お先に次のステージへ行くクイズ大会のチームメイトのような雰囲気で、石の上で暴れる男に言い放った。
無関心や己の気持ちを優先するのも典型的なイジメの原因だが、咎める人間が居なければ改善されることは少ない。そしてここには居ない。
……被害者となったゴロツキA以外。
「何を頑張れってんだよ!? この状況で喰われる以外に役立つ方法教えてくれるか!? どうせ魔獣寄って来なかったら無能扱いされるんだよな!?
あと俺の名前は《ゴロッエ》だ! 道中で二度も名乗っただろうが! まさか今から死ぬヤツの名前なんて覚える必要ないって暗示だったのか!?」
ずっと不満だった他者の無関心も、理不尽な死の前では些細な問題だ。
それでも文句の中に入れるというのは、彼は案外細かいことを気にするタイプなのかもしれない。A型なのかもしれない。ゴロツキAだけに。
「そうやって叫んでアピールすれば良いのよ」
が、この状況のおかしさを理解していないアリシアには通用しない。むしろ、ようやくわかってくれたのかと見当違いの解釈をして、得心したように笑みを溢す。
「あ、でも、やり過ぎたらダメよ。頭のおかしい人間だと思われて仲良くなってもらえないから。釣りと一緒。駆け引きが重要よ」
そして助言する。
「どう考えても頭のおかしいのそっちだよな!? 一緒に探せば良いよな!? 百歩譲って棒立ちで良いよな!? 縛る必要ないよな!?」
「何言ってるんですか。性欲の権化であるこのピンキーさんにはお見通しですよ。男の人は女性を好き勝手出来るシチュエーションに興奮するんです。壁尻、催眠、睡眠、人質を取られたり金のために仕方なく従う『無抵抗』が好きなんです」
「一歩間違えたら命のないリアルと、食事のメニューを選ぶぐらい気楽にする妄想を、一緒にすんな!」
アリシアよりはこの状況のおかしさを理解しているピンキーだが、それが良いことはどうかは別の問題。
悪戯に成功した子供のような彼女の口調に、ゴロツキAはこれまで以上に怒りを籠めて噛みつく。生贄だけに。今から自分がそうなるかもしれない立場だけに。バカに一から理解させるより、故意におこなった犯人を改心させる方が楽だと思ったのかもしれない。満足させて解放してもらう作戦の可能性もある。
「ゴチャゴチャうるさいわね~。大の男が情けない。店を荒らしてた時の勢いはどうしたのよ。噛みつけるもんなら噛みついてみろってあの自信に満ちた空気はどこへやったのよ」
「噛みつくって比喩表現だろ! 魔獣と人間じゃ被害の度合いが違うだろ! この状況で落ち着けるヤツがいるなら今すぐ連れて来い!」
「それが出来るようなヤツはアタリ枠じゃね?」
「ぐっ……」
「道中の戦闘を見てて思ったのよ。なんでこいつ等、人を頼ってばかりなんだろうって。人間は戦えば戦うほど、逆境に立たされれば立たされるほど強くなるんだから、今は無能でも成長すれば有能になれるわ。これはそのための試練よ」
パックの正論パンチにたじろいだ瞬間、会話の戦いにおいては素人同然のアリシアが、幸か不幸か抜群のタイミングで畳みかけた。
「何だ、その主人公!? 希望的観測も大概にしろよ!?」
「やんきーハ犬ニ噛マレルコトヲ怖ガッタリシナイネ。抱キシメルコトデ仲良クナレルネ。傷痕ぺろぺろサレルネ。魔獣モ一緒ネ」
「だから噛まれるなんて次元じゃないだろ! 命が危ないって言ってんだよ!」
というゴロツキAの努力だか主張だかも虚しく、アリシア達は宣言通り森の中へと消えていった。
(スマン、ゴロッエ……強く生きてくれ。というか強くなってくれ。俺も頑張って魔獣探すから。お前の犠牲は無駄にはしない)
ゴロツキBこと《ビーキツ》も、心の中で相棒の無事を祈りつつ、その後に続いた。
「いやあああああああああああ!! 人殺しいいいいいいいいいい!!」
「逃げるんじゃないわよ! 抱き着きなさい! 噛まれなさい! 相手の心を開かせるためにはこっちが先に心を開かないと!」
「無理いいいいいいいっ!!」
因果応報。百錬成鋼。
ゴロツキAと同じハズレ枠のゴロツキBが見逃してもらえるはずもなく、敵意こそないものの仲良くする気もない魔獣に歩み寄っては攻撃される、チキンレースと呼ぶにはあまりにも過酷な試練を与えられていた。
ちなみに男を追いかけ回しているのは、森のくまさん……もといベア族の中でも毛皮の硬さに定評のある『ウッドベア』という魔獣。
魚を捕るのに夢中になっていたので目の前を通り過ぎても相手にされなかったが、それでは意味がないとアリシアが石を投げこんで邪魔した結果、こうなった。
「ったく……これじゃやってること普段と変わらないじゃない。ギルドの依頼だか何だか知らないけど、店を荒らして迷惑掛けてるのと同じじゃない」
遠く離れた木の上から逃亡劇を見守っていたアリシアは、魔獣のプライベートタイムを邪魔したことを咎めた。完全に他人事だ。
「やっぱり実力を認めさせる方向でいきませんか? 男は拳と拳で語り合うことで仲良くなれたりしますよ?」
「そりゃあ和解には決闘が一番よ。でもやっぱり目を見ただけで通じ合うやり方も必要だと思うし、まずは暴力に慣れてるゴロツキで試すべきじゃない? こういうのは怖気づいたら負けでしょ?」
自身の心と体の強さを認めさせ、力を与える代わりにその力を貸してくれと頼むという、創作物においては大正義の方法を思いついたまでは良かったが、肝心の能力が伴わない。
倫理観はもっと伴わない。
「本当に大丈夫なの、この計画?」
「結論ヲ出スノハ早イネ。試合ハ始マタバカリヨ」
木登りは苦手だからと大地に残ったイーサンに尋ねると、担当者ではないのに知ったように答えた。無責任とも言う。
「まぁたしかに根気強さって大事だけど……」
「おーい。あっちに良い感じの魔獣見つけたぜー」
納得には程遠い言葉に難しい顔をしていたアリシアの下に、妖精の特性を活かして空から偵察していたパックが帰還した。そのまま少し離れた場所を指差す。
「それじゃあウッドベアはサクッと追い払ってそっち試しましょ。彼とは相性悪いみたい。相性の良い人間が現れるかもしれないから危害は加えないように。恨まれたら終わりよ」
「「了解」」
「ふぁいとネ」
助言はするが最終決定はアリシアに任せる方針の仲間達は、早々に諦めたアリシアを咎めることなく肯定&やる気の欠片も感じられない様子で応援した。
やっぱりそう簡単に人は成長するものじゃない。選び抜かれたアタリ枠じゃないと今年いっぱいの期限に間に合いそうにない。
アリシア達がその結論に辿り着いた頃には、ゴロツキ達は心身共にボロボロになっていたとか、なっていなかったとか。




