閑話 ヨシュアよいとこ一度はおいで5
「~~♪」
要請を断って冒険者の資格をはく奪されるか、国の命運が掛かっていそうな面倒事を引き受けるか、究極の選択を迫られた私、ミスティ=ブルーネルは上機嫌だった。
何故なら成功報酬が望みの品をなんでも言われたから。釣られたから。
ここで永遠の命や国一番の美貌、世界一の実力なんて願い事をするほど、私は馬鹿じゃない。いやまぁ願うことは願うし努力もするけど、今回のこれはセイルーン王家に叶えられる範囲のことだって理解している。
私が望むのは、超一流の冒険者ですら入手困難と言われている、ミスリルの剣。
本当は装備一式が良かったけど流石にそれはダメだって言われた。裏を返せば剣だけなら大丈夫ということ。引き受ける前に確認したから決めつけでもない。
セイルーン王国は祖国でもなければ何の思い入れもないけど、普段通り魔獣と相対して、普段よりちょっと多めに愛想を振りまくだけで全冒険者の憧れの品が手に入るなら安い物だ。
別に引き留められてないけど家族や友人を振り切って町を出ていくし、魔獣との友情を育むための講習だってルンルン気分で受ける。もしエロい魔獣がエロンエロンな条件出してきたら下着ぐらい全然見せる。
剣を生成出来るほどの量のミスリルだけでも来孫(ひ孫の孫)の代まで遊んで暮らせる額だし、そもそも市場に出回らないからダンジョン潜るか山を掘り返してミスリルを見つけて、魔窟から持ち帰って、加工出来る職人を探してって諸々含めると値段なんてつけられないけど、私の柔肌にはそれだけの価値があるわ。
当然タッチは別料金。下着の中身はプライスレス。
「――というわけで、今から皆様には心と体を鍛える訓練をしていただきます」
おっと、いけないいけない。
魔獣と友情を育む必要性という、既にメルディ達から聞いている&彼女達との交流で実感していることを長々と語られたので講義をまったく聞いてなかったけど、これはしっかり聞いておかないと。
一流冒険者になった未来の自分で妄想膨らませてる場合じゃない。
私は、30人ほどの候補者がいる部屋で講義している、二十歳そこそこの緑髪の女性に注目した。
何故かメイド服を着用している。あと教鞭に使っている枝が突然消えたりする。私の気のせいでなければ手に潜り込んでいる。そういう義手や魔術かもしれないから触れないけど。便利っちゃ便利だし。
やたら丁寧な口調なので、最初はどこぞの貴族の出か王家に仕えている物腰穏やかな有能さんかと思ったけど、すぐに違うことに気付いた。
彼女の言動の節々には、生徒である私達はおろか、共に教鞭をとっている講師陣すら嘲笑うような雰囲気が見られる。『貴様等みたいな下等生物はこのぐらい丁寧に扱わないとすぐ壊れるだろ』『ゴミにすら優しくする私って偉い』と、自分以外のすべてを見下しているようだ。
(それは誤解でございます。わたくしは唯我独尊などではありません)
(――っ!?)
突然飛んできた、おそらく講師からの念話に、私の全身はビクンと跳ねた。
仮にも冒険者。心を読むという、戦いから私生活まで不利になるものに対して抗う力ぐらい持っているし、術を使用されたかどうか判断することもお手の物なのに、そんな形跡は一切なかった。
メルディ達と相対した時と同じ圧倒的な力の差を感じた。
(天上天下唯我独尊とは、己より尊いものはないという意であり、すべての生物に当てはまる言葉でございますが、世界の主であるわたくし以上に尊い存在などいるわけがないのでわたくしには当てはまりません)
そして圧倒的な傲慢を感じた。
ついでに嫌な予感もした。ひしひしと。
そんな私を放置して話は進む。
「内容は至ってシンプル。恋人・友人・恩人。誰でもいいので感謝の言葉を贈ってください。愛を叫んでください。町の中央で」
「……は?」
訓練内容が一ミリも理解出来ず、私は目を点にして講師を見た。周りも大体同じような反応をしている。
「相手に伝わる必要はありません。皆さんの想いの丈を打ち明けてください。心の強さを見せてください。感情を表に出すことを恥じる人間は邪魔です。今すぐ死ん……すいません、間違えました。記憶を含めた全財産を置いてこの建物から出ていってください」
「どんな間違え方!? というか記憶を置いていけって何!? 貯金下ろしに行けなくなるけど!?」
「次に体ですが、皆様には防壁のことを知っていただきたいので、町の外を走って観察してください。足腰立たなくなるまで走ったら、近くの門まで這っていき、到着する頃には足腰立つようになるはずですのでまた走ってください」
「無視しないで!? そして何そのデスマーチ!? 出来るわけないでしょ!?」
「出来る出来ないではありません。やるのです」
またまた無視されるかと思ったけど今度はちゃんと返答してくれた。
ただ感謝や納得はない。暴論に対する怒りしかない。
「皆様のような劣等種が魔獣に認めてもらえる生物になるためには、この程度のことはしていただかないと。これを苦行と感じるその精神こそ、皆様がこれまで理不尽から逃げていた原因であり証拠でございます」
「これはそういう次元じゃないわよ!?」
「勘違いしてもらっては困ります。困難に立ち向かう意志を持ってイーブン。泥や汗、血や涙にまみれて、ようやくこれまでのツケがチャラになるのでございます。開拓者になるためにはそこからさらに努力する必要があります。皆様はまだ挑戦する資格すら持っていないのです」
たしかに自然界には理屈なんて通用しない。冒険者は特にだけど体力が限界でも動かないと死ぬし、どんな恥辱でも耐えてみせるという強い精神が必要だ。
出来ない人から死んでいく。諦めた人から死んでいく。
そんな世界は嫌だと腑抜けた人類が、町や、人間社会に閉じ籠っているだけ。
力を示さない者が放つ甘い言葉に耳を傾けないように、魔獣と対等になるためには自力が必要なのかもしれない。殻を打ち破るガッツが必要なのかもしれない。
――と、心ではわかっていても体はついて行かないし、受け入れられる理不尽にも限度があるわけで。
「食事は1日3食。腹が破けるまでしていただき、エネルギーを蓄えてください。栄養のみを追求した料理ですので味は最悪ですが、心の鍛錬にもなりますし構わないでしょう」
「それはアンタが言うことじゃないわよ!?」
またまた心を読んだのか、講師は私が噛みつく直前の絶妙なタイミングで、説明を再開した。
意識を持っていかれる。
「心の訓練は1日3回。喉が千切れるまでしていただき、感情を爆発させる楽しさと充実感を味わってください。叫んでいる時のブサイク顔も、恥ずかしい内容も、知り合いに見られても気にしません」
「だからそれアンタが言うことじゃないわよ!?」
「体の訓練は1日中。気絶するまでしていただき、心臓の鼓動と全身を流れる血を子守歌に、大地の温もりと風の息吹を布団に、憩いのひと時を過ごしてください。
皆様のようなゴミが戦士になるためにはこの程度のことはしていただかないと。泥や汗、血や涙にまみれたことのない人間が開拓者になれるとお思いで?」
期間はわたくしが良いと言うまで。死んだ時は自分はなんて無能だったのだと、わたくし達に無駄な時間を使わせたことを謝罪しながらこの世を去ってください」
「地獄よ! ここはこの世の地獄だわ!」
「ご安心を。町の中央で奇声を発することが近隣住民の迷惑になることは重々承知しております。声量が1/100になるよう結界を張るので、思う存分叫んでください」
「そういうことじゃなくて!!」
「物足りないという方はスクワットをしながら叫ぶと効果的ですのでお試しあれ」
「そういうことでもなくて!!」
「ああ、それと、時折係の者が様子を見に行きますので手は抜かないように。声量が小さかった者は最初からやり直していただきます。人生を」
「~~~っ!」
参加したことを後悔したけどもう遅い。
非情な現実を受け入れられないなら立ち上がるしかない。国を、強者を、無理強いする者すべてを薙ぎ払い、平穏を勝ち取るしかない。
私達は講師に飛び掛かった。
「はぁ……」
講師に触れるどころか魔力の発動すらさせてもらえない、闘いとも呼べない戦闘終了後。頭の中に何かを埋め込まれた私……いや私達は、玄関まで続く長い廊下を、死刑執行までのひと時を、噛みしめていた。
「というかこんなことを許す国ってどうなのよ? 人権侵害どころの騒ぎじゃないでしょ? いくら国のためとは言えバレたらヤバいでしょ?」
「セイルーン王国は何も知りませんよ。すべてわたくしの独断でございます。講義および訓練内容については一任していただいているので。皆様は厳しい訓練を受けながらも限界を迎えたら休息を与えられ、優秀な治癒術師に回復してもらうという建前でございます」
「建前にしないで」
当たり前のように突然傍に現れた講師……もといレイクさんに、私は臆することなく応じた。メルディ達も似たようなことしてるし、教育的指導も気にしない。
冒険者は涙の数だけ強くなるのよ。
一瞬で他の人達から距離を置かれたし、何故か動こうとしないから私も立ち止まるしかなくて輪から外れたことは、ちょっと気にする。2人きりは流石に怖い。
「わたくしのやることに口出しする人間がこの国に残っているとは思えませんし、圧倒的な力を目の当たりにして屈服しないとも考えづらいですが、念には念を入れて用意した策でございますので。国王をはじめ一部の者達はこのやり方に納得していますし」
もうこの国はダメかもしれない。
「たしかに。怠惰を良しとする者にとっては生きづらい国になるでしょうね」
「そうね」
なんかもう色々面倒臭くなってきた。
「カハッ!」
胸が締めつけられるような痛みが私を襲った。
「ああ。言い忘れておりました。さきほど皆様に植え付けた種でございますが、意志が挫けた際に激痛をもたらすものとなっておりますので、お気を付けください」
「ツッコミの放棄ですらアウトって厳しすぎない!?」
「まぁ今のはそれを知らせるためにわたくしが暴行しただけでございますが」
この腐れ強者がぁぁ~~っ!
「ただ、告白や便秘といった『あぁ、今日も出来なかった……』には反応しますし、『家に着くまでは頑張、がん……無理ぃ』という小便の我慢にも反応します」
「どうしろと!? 出すにしても出さないにしても苦痛じゃない! 肉体と精神のダブルパンチじゃない! そして例えがいちいち下品!」
「何も考えなければ良いのですよ。神に祈るでも自分ルールを設けるでもなく、いつものように自然に身を任せれば良いのです」
「私はそんなものしないわよ。アイドルだから」
「アwイwドwルw」
これまでの嘲笑とは違う噴き出すような笑いをおこなったレイクは、凄まじい反射神経で笑うと同時に口元を手で押さえるという、申し訳程度に上品さを見せた。
うざっ。それも含めてうざっ。
「あ、いえいえ、申し訳ありません。そうでございますね。どれほど美しかろうと皮一つ剥いただけで気持ち悪がる、自然の何たるかを理解していない愚かな人類ならば、貴方様程度の美でも歓喜するでしょうね」
いちいちムカつく。
「おっ! 姉御も昔、似たようなこと言ってたぜぃ。血と肉と筋はたしかに気持ち悪いけど、魔獣は生きることに必死だから気にする余裕はないって。生きていくために同族の肉すら喰らうその意志こそ強さの秘訣だってな」
「まぁ、学生だった僕達に、魔獣の死体をそのまま食べさせようとしたのはどうかと思ったけどね。まさかこんな形で活きるなんて思ってなかっただろうし」
トイレから出てきた2人の少年(おそらく友人同士)が、知ったような口ぶりでレイクさんの言葉を補足した。
そして私も彼等の言っていることがすぐに理解出来た。というか補足される前からわかっていた。苛立ちが先に来ただけ。
ここからの流れもわかる。
「揃いましたね。ではお三方はこちらへどうぞ」
予想通り、皆が向かった玄関ではなく、建物の奥を指すレイクさん。
「私達は心と体を鍛える必要はないってわけね」
「はい。早速実地訓練に入っていただきます」
友人やペットの死体を抱きしめられないような精神じゃ使い物にならないと。
生と死を実感してない人間は邪魔だと。
あの講義を受けたメンバーの中で私達3人だけがそれが出来ていたと。




