千三百四十七話 人の役割 雇用編
意識されたら実現不可能という助言しようのない状況に陥ったものの、皆が自分で気付けば問題ない話なので、俺は引き続き進行役をおこなうことに。
聞き出すのは、アリシア姉がここに居る理由と、聖獣モドキの成功例であるクロがここに居ない理由と、どのように力を与えたか。主に最後。
あとは、出てきた情報から閃いたり俺の出したヒントに気付く察しの良いヤツが居れば……察しの良いヤツ……察しの……。
(察しの良いヤツ誰も居ねぇ……)
頭が良いのは研究の時だけで私生活だと天然のイブも、冴えたところでなニーナも、察しの良さが見当違いの方向で活躍するアリシア姉も、まっっったく期待出来ない。
善悪の判断が出来ず俺を攻撃しようとしたバカ野郎共は言わずもがな。
おそらく各々に合った方法や相手を知っているフィーネもこれ以上手助けする気はないのか保護者のような顔で見守っているし、頼みの綱のガウェインさんは国王という責任ある立場上迂闊に発言&決定は出来ないし、レイクたんに至っては邪魔してやるぜと言わんばかりの目を向けている。
八方塞がりだ。
「イテッ!」
「憐れみの視線を向けるからよ。話の邪魔をするからよ」
つまりこういうことだ。
殴った理由を尋ねられる前に答えた察しの良いアリシア姉は、悪びれた様子もなく話を続けた。というか始めた。
「レギオン連合国にあるダンジョンでアッシュ達と一緒に修行してたんだけど、思ったような成果が出なくてね。ライバル視してる勇者は週に一度大量の素材やお宝と共に帰還するのに、私達はトラップに引っ掛かってダンジョンの外に追い出されたり、売るはずだった素材を失ったり、チマチマ稼ぐのは性に合わないから強敵のいる階層まで突き進んで魔法ぶっぱなして生き埋めになったり、その度に装備や食糧を調達し直したせいで財政難になって仕方なく食糧を現地調達しようとして失敗したり、なんやかんや15層から先に進めないのよ」
「バカなの?」
「そこまでは良いのよ。冒険者としての力が足りてないってことだから」
「足りてないのは実力じゃなくて頭な」
「ただ冒険者ギルドはそういう当たり前の失敗を咎めたの! 『ダンジョンの構造はこれまで数ヶ月に一度しか変わらなかったのに』だの、『この町で食糧や回復薬がどれほど貴重なものか理解してますか? アナタ達のせいで高騰して皆が迷惑しているんですよ?』だの、思い出しても腹が立つ!
自由にやらせなさいよ! 何のための冒険者だと思ってるのよ! 悪いのは想定外の出来事に対処する実力のない連中でしょ!?」
俺の発言をことごとく無視したアリシア姉は、自分のことを棚に上げて、拳を握りしめたまま異国の冒険者ギルドの方針について意見を求めてきた。
賛同しなければ殴られていたかもしれないが、俺は強い子なのでそういった脅しには屈せず、本心で答える。
「1個目はともかく2個目は怒って当然だな。冒険者ギルドは冒険者を支えるのが仕事。食糧や装備や回復薬を供給するのは義務だ。手に入りにくい場所なら相応の価格にすればいいし、それに納得して払ってるのに文句を言うのは違う」
話の根幹に肯定を置くことで自分は味方だと暗に主張しつつ、同意しかねる部分は『ともかく』という批難とも呼べない触れ方で誤魔化す、事なかれ主義における高等テクニックを披露したこととは一切無関係だ。
こういった場合、初動がすべてを決めると言っても過言ではないが、俺は後からでも違うことは違うと言える人間だし、2個目の方が重要そうだったので先に触れただけ。正直このギルドはどうかと思う。
「でしょ? しかも相場を下げてあげたのに、よ?」
「……ほわい?」
「やたら外に追い出されるから、折角だし地上で食糧や回復薬を大量に購入したら財政難になって、日頃迷惑掛けてるお詫びに役立ててもらおうと思って赤字にならないように10層の町で売りさばいたら、相場が下がったのよ。そういう時に限って道中で魔獣の大群や薬草の群生地見つけるしね」
「意図せず転売ヤーしてますね!?」
市場を荒らした挙句、転売で稼いだ金で限りある資源を買い漁ったら、そりゃあ経営者からも冒険者からも文句を言われるわ。
「あと、魔獣に襲われてるところを助けてあげたのに、もうちょっとで手に入るはずだった素材が消し飛んだとかイチャモンつけられたからボコしたら、3ヶ月出禁にされたの! 酷いと思わない!?」
「思わない」
やはりこの人を野放しにしておくと危険だ。
クロは一体何をやっているんだ。こういう事態を防ぐために同行してるんだろ。アッシュ達も。先輩冒険者として後輩をちゃんと導けよ。
「誰も止めなかったのか?」
「意見は分かれたわね。でもお互い根拠があったりなかったりしたから多数決で決めてたのよ。それも同数ならコイントス。私全勝」
何やってんだよ、神。
てか誰か1人ぐらい論破しろよ。
「他のダンジョンはあらかた回ったしロクなのなかったから路頭に迷ってた時、パックが気まぐれにやった占いでセイルーン王都に行くのが吉って言われたらしくて、暇だし1000年祭って面白そうなイベントをやってることは知ってたから行ってみようってことになったの」
パック……聞いたことがあるようなないような。まぁ最近仲間になったヤツだろう。アリシア姉の暴走を止められていないので能力や性格には期待出来ない。
「そしたらパックが、一番最初に王都に到着した人の言うことなんでも聞くって勝負を持ち掛けてきたの。たぶん女子風呂に入る権利でも得たいんでしょうね」
ほらね。
占いが作り話の可能性もある。証人がいないのもさることながら、今後の方針を提案したのも賭けを提案したのも、どちらもパックというのが怪しすぎる。
「普段なら流すのに何故かクロが賛成して、アッシュ達も勇者一行の使った地下洞窟なら勝てるって言い出して、陸と地下と空でレースすることになったの」
リーダー権が欲しかったんだろうな。有効期限はメチャ短いし、どうせ誰も守らないけど、何もないよりはマシだろうし。
「で、トップだったものの不眠不休の全力疾走が祟ってクロは宿屋でダウン。ピンキーと遅れて到着したパックはその介護。集合場所の冒険者ギルドにアッシュ達がまだ着いてないのを確認した後、面白そうなことを探して1人フラフラしてたらレイクと会ったのよ」
絶対仲間達に何も言わずに出てきたな。でなきゃクロがそんな蛮行許すはずがない。這ってでも同行する。そうしないと新しいトラブル持ち帰るんだもん。
なんかもう色々アレだ。
「ちなみにこちらで2件目でございます」
「既にやらかしているだとぉ!?」
やけに連携が取れていると思ったらそういうことだったのか。俺の知らないところで魔獣アンチを片付けてくれてたんだな。うん。余計なことすんな、この野郎。
「何よ? その不満そうな顔は?」
「不満があるからに決まってんだろ。こっちはなんとかなったけど、1件目はどうしたんだよ? まさか全員ぶちのめして無理矢理解決させたとか言わないよな?」
「ぶちのめしたわよ。手を出してきたから」
もはや何度目か数えるのも面倒になるぐらい自分のことを棚に上げ、眉をひそめるアリシア姉に尋ねると、思春期の息子の部屋を勝手に掃除した母親のような様子で暴行事件を起こしたことを明かした。
「最近頑張ってくれてるしクロに何かプレゼントしようと思って魔獣専門店に行ったらゴロツキ共が客や店員に絡んでて、私にも『お前みたいなヤツがいるから防壁がなくなるんだ!』とか訳のわからないことを言いながらどついてきたから、返り討ちにしてやったわ」
「あ~、ゴロツキを雇うタイプの強硬派か。ならしゃーないな」
まぁ理由が理由なだけに俺も秒で納得したんですけどね。
……え? 過剰防衛? 何言ってるんだ。話を聞かない輩には何をしても良いって法律があるのを知らないのか? 突然言いがかりをつけてきたり怒鳴ったりどついてくるバカは取り敢えず殴っても許されるんだぞ。
対話をするのはそれからでも遅くはない。
この程度のことで冷静さを欠くような相手とは話し合いなんて出来ないからな。圧迫面接みたいなもんよ。ちょっとしたクレームでマインドブレイクされたら困るから、就職、特に接客業に就く際はこのぐらいやるべきだと思う。割とマジで。
「後始末はちゃんとやったんだろうな? 誰かの差し金と勘繰られたりしてないだろうな?」
「少なくとも『覚えてろよ』的なセリフは吐かなかったわね」
「よし。じゃあアリシア姉には魔獣アンチの撲滅を頼みたい」
「ハァ? なんで私がそんなことしなくちゃいけないのよ?」
「どうせ暇だろ。クロがどうやって力を手に入れたかその身で体感させてやってくれ。祭りを楽しむついでに目についたゴミを暴行する簡単なお仕事だ。な~に。明日にでも国が魔獣協定の宣言をするから数は激減する。手間は取らせないよ」
かなり強引ではあるが、それほど俺はアリシア=オルブライトという第三勢力を、この件に関わらせたいのだ。
彼女は『基本的に倒すべきだけど良い魔獣もいる』タイプ。
擁護するわけでもなく、排除するわけでもなく、動物的直感で善悪を見抜いて動く彼女のような存在は実は結構重宝する。
実力はそれなりにあるし、信念はとんでもなくあるし、クロをはじめとした仲間達も悪い連中ではないはず。彼女がやるとなれば手伝うだろう。何より、国や強者を巻き込んで盛大にやれる彼女なら、大抵のことが上手くいく。
認めたくはないが荒らしに荒らされた今が一番良い状態だ。
結果オーライ主義って怖いわぁ。
(って普段俺が享受してるものなんだけどさ。俺の周りの連中っていつもこんな気持ちなのかな。なんで上手くいくんだよってツッコミたがってるのかな)
まぁとにかく、魔獣アンチがゴロツキを雇うように、こちらも遊撃部隊を使おうってわけだ。
目には目を。歯には歯を。暴力には暴力を。国の決めた方針に従わず、理由もなく悪意をまき散らすバカ限定で、な。
「ま、人に教えることで新しい発見もあるって言うしね」
「てことは……」
「ええ。価値観の狂った連中に正義の心を叩き込んであげる」
アリシア姉は大きく頷いて快く依頼を引き受けてくれた。
言っていることは間違っていないし、苦しむのは俺じゃないし、有難いことでもあるのだが、腑に落ちないのは何故だろう。
(((頼む! 気付いてくれ! そして止めてくれっ!)))
あと一同が懇願するような目を向けているのは何故だろう。
悪いのはこれまで何もしてこなかった自分達だ。正義の心や、魔獣との対話方法や、殴られても平気な強靭な肉体を持ち合わせていないから苦労するだけ。
俺の知ったことではない。
大体、アリシア姉より酷いことをする人もいるのに、何故彼女を最悪だと決めつけるのか。レイクたんの暴走を止められる可能性があるかもしれない分だけマシだろ。相乗効果で悪化する可能性の方が高そうだけど、そこは触れないお約束。




